1話 開戦
「隊長、あれ……」
全身に鎧を着こみ、盾と剣を持つ兵士が地平線を指さしてそう呟く。地平線の彼方に、いつの間にか空を覆っていた分厚い雲を抜けてくる光を捻じ曲げ、稜線一帯が黒く染まっていた。
「あれは……」
それは、まるで津波だった。
押し寄せ荒れる大海のように、無数の黒い影が王都を取り囲む平原を疾走する。ひたひたと水が迫るように、炎が燃え広がるように、しかも地平線の向こうから現れる後続はその果てが見えないまでに膨大。
見渡す限りを埋め尽くす影。
あれが全て――、
「魔物なのか?」
王都の端から一キロ程度までの距離しかない場所へ、魔物の軍勢はもう既に迫っていた。
視界に入る魔物は、オーク、ゴブリン、オーガ。
「て、敵襲うううぅぅ!」
見渡す限りを、魔物の群れが覆っていた。
目を覆いたくなるような、地形が変わってしまったような。
それほどまでに、無数な魔物の群れだった。
××××
王城。
王都司令室に軍務大臣ナルニアレイ=ラストゥード、治定大臣スペード=レオマーヌ、そしてエルドリア王国現国王レガリア=フォン=エルドリアが集まった。
「王都中にある目をここへ繋げ、私が直接指揮を執る!」
司令室の中央でナルニアレイがそう叫ぶと、目前に無数のスクリーンのような映像が現れた。大聖祭二次試験でルイス達が使っていた千里眼と同じ魔法だが、眼の相手は鳥や虫ではなく、それ専門の観測者。
かつて戦争のセオリーを変えた千里眼の魔法。
「魔物は王都を中心として南東、北東、北、北西、西の五方向に分割して進行しています。魔力感知によれば敵の総数は八万から十万ほど。依然敵は増加中です」
軍務大臣補佐の報告を受けて、ナルニアレイは考えを巡らせる。
十万という数は驚異的だが、それ以上に分散させられるのがまずい。
敵は既に王都の下民街を目前に捕らえ、王都への侵入を許す事になるかもしれない。
「敵の戦力は?」
「六級のゴブリン、五級のオーク、そして四級のオーガが複数確認できています。魔力感知に頼った物なので正確な数は判りませんが、一部では二級レベルの魔物の存在も確認しています」
兵士達にも等級が振り分けられているように、魔物にも等級が振り分けられている。
勝って当たり前の六級から、勇者でなければ対処できない、規格外の特級クラスまで。力の幅が大きい分、六級と特級では天と地の差以上に力が分かれる。
五級、六級の魔物であれば、並みの兵士一人で十分勝てるが、四級ともなれば複数でないと勝つのが難しく、二級クラスになると二級兵士以上が数人でかからねば勝てないほどの力を以っている。
(五分割、間に合わないな)
そう判断したナルニアレイは、補佐を向いて口を開く。
「今動かせる王都の兵の数は?」
「一万です、二十個大隊規模で運用が可能」
「解った。なら十二個大隊総勢六千名を三分割にして北、北西、西の魔物撃破に当てろ。そして四個大隊二千名を市民の避難に回し、残る四個大隊は待機させろ」
「——了解!」
「ちょっと待ってください、軍務大臣殿!」
後ろから叫び声が上がり、目を向けると治定大臣スペード=レオマーヌが顔を青ざめていた。
「敵を王都に侵入させるわけにはいきませんし、ここで全戦力を投入するべきでしょう。なぜ八個大隊、総勢四千名を遊ばせておくのですか」
「遊ばせているわけではない。敵の戦力、その底が判別できない以上、ここで全戦力を投入するわけにはいかない。大聖祭会場で言った十万の魔物がブラフで、総数がその倍以上の可能性だってある」
既に後手に回されている時点で打てる手は少ない。相手の戦力増援を考えるのならば、合計四千名の待機ですら足りないくらいだ。
それに戦闘の時間が長引けば、それだけ兵士も消耗する。
その交代に備える必要もある。
「ですが、それにしたって三方向では無理でしょう! なにより北東と南東から来る四万の魔物をどうするおつもりですか!」
「それについては問題ない」
四万の魔物。
それだけ聞けば確かに驚異的だろう。
しかし、敵が攻めてくるには時期が悪かった。
「北東にはウォルフォート=マンティス、南東にはルイス=アドレルトが向かっている。四万の魔物なら、あの二人に任せておけばいい」
歴代最強と謳われる『赫月の勇者』ルイス=アドレルト。そして殲滅力に置いては当代勇者の中で最強の力を持つ『破壊の勇者』ウォルフォート=マンティス。あの二人が丁度王都に来てくれていて助かった。
あの二人であればそれぞれ二万の魔物など、例え敵の数が倍に増えたところで対処できるだろう。
「民の避難を急がせろ。有事の際だ、上流街への避難も許可する」
「ですが上流街に避難させるのでしたら、貴族大臣の許可が必要ですが――」
「ジャンパーノ貴族大臣は今いない、事後承諾でなんとかする!」
「——了解!」
補佐の返答を聞き、ナルニアレイは通信結晶を耳に着けた。
ピアスのような形をした赤く輝いた石。それは通信結晶とよばれる物で、魔力を通せば同じ周波数の結晶を持つ相手と遠距離であっても会話できるというものであった。本来司令官であるナルニアレイが付けるべきではないものだが、通信相手は数人に絞っている。
「各地に散らばる大隊長に伝えろ、遅滞戦闘でいい。魔物どもが王都へ侵入してくる時間を少しでも遅らせろ。民が避難する時間を稼げ。下民街は放棄でもいい、第一城壁を利用して徹底的に相手を足止めさせろ!」
城壁の外にある下民街は、その立地上こちらが有利を取れる場所が少ない。それならば放棄して中流街に入る場所で敵に当たった方が良いだろう。
検問のように作られたアーチへ魔物が殺到するだろうが、あの狭さであればいくらでも対処できる。
「さぁ、魔物共を追い払うぞ!」
××××
王都西部、王都第二大隊の指揮を担当するボルード準一級兵士は、城壁の上に並べた魔導部隊の前に立つ。
「有効射程が長い者は打ち続けろ! 敵は外す方が難しい程に多い! ここを突破されれば我々の家族が死ぬ! それをよく覚えとけ!」
「「「ハッ!」」」
魔法が発展し、白兵戦の割合が少なくなったエルドリア王国では、魔法による遠距離での攻撃に力を注いでいる。その結果としてあらゆる兵科の中で魔導兵士の数は全兵士の半数を占めていた。
ボルードが指揮する第二大隊もまた同じように魔導兵士の数は多く、魔物との距離が五百メートル以上あるにも関わらず、多くの兵士が魔法を放っていた。無数の炎が、まるで雨のように魔物の群れを襲っている。
だが、それでも目前に広がる津波のような魔物は一向に数が減らない。
「白兵部隊! 魔導部隊が取り逃した魔物はお前達が仕留めろ、ただし死ぬなよ。俺達の役目は魔物の足止めだ! 戦力差も大きいが数はそれ以上に不利だ、一人落ちればそれだけで他の負担が増す。それを覚えておけ!」
王都司令部からの命令通りに指揮をして、ボルード二級兵士はまるで波のように押し寄せてくる魔物の群れを睨んだ。
数は圧倒されているが、総戦力でいえばそれほど大差というわけでもない。
「弓兵部隊、構え――!」
剣術に長ける者は、例え弓であってもその範囲に及ぶ。
魔導部隊よりも射程は落ちるが、魔力の消費は低い。
「——放てェ!」
そして空気を切り裂く無数の矢が、戦塵を赤く染め上げた。
××××
ラストゥード家私設兵であるメイドゥーンは、第四大隊の指揮を任され北西部の指揮を担当していた。本来ならば上官であるセバスが指揮を執るべきなのだが、彼は今別件の仕事がある。
「これより、結界術にて敵魔物の分断を図ります。魔導部隊、白兵部隊はそれぞれ位置についてください!」
そしてメイドゥーンが詠唱を始めると、それに続いて魔導部隊の数名が補助に入る。
数人の魔力を直結して発動する大魔法。
「赤色結界!」
突然現れた赤色の結界は目前に広がる魔物を前後で二分し、後続を断つ事に成功した。本来攻撃を防ぐための結界ではあるが、相手の陣に展開する事で戦力を分断する壁になる。
分断された魔物が結界を殴り、削っていく。
いずれ突破されるのも時間の問題だろう。
「『天元の勇者』ジェイク=ラストゥード様よりの命です。誰一人民を死なすなと、ですので例え命を落とそうとも魔物を一匹たりとも通さないで下さい!」
そしてメイドゥーンは大きく息を吸って、険しい表情のまま叫ぶ。
「——突撃ィ!」
そして分断した魔物の群れへ、駆ける騎士が大地を蹴った。
××××
目前に迫る魔物を見て、ルイスは溜息をつく。
数える気にもならないほどに強大すぎる数は、ルイスであっても流石に苦労するだろう。
万を相手に戦う事など、ルイスにとっても初めての経験だ。
これほどの規模が相手となれば、工夫を凝らさねばなるまい。
「——砂岩破衝 ・ 水脈破堤!」
両手を合わせて魔法を唱えた瞬間、草原の地を割るようにして地中から水が空へと吹き昇る。まるで濁流のように広がる水は、砂岩破衝によって崩された地面を沼に変えて、魔物の足を捉えて動かさない。
押し広がる濁流。
捕らえた範囲だけで言えば数千程度。
だがそれでも十分だろう。
ルイスは高く飛び上がり、右手を空へと掲げる。
「——白打雷撃!」
その瞬間、ルイスの右腕から落ちる稲妻が沼を駆け、脚を捕らわれていた魔物達を一斉に感電させた。
最大規模で発動させた雷は、範囲内に捕らえた魔物を全て焼き殺す。
「後何匹居るんだろうか」
せっかくの教え子の晴れ舞台を潰された苛立ちで、ルイスはまた魔力を貯める。
「さて、大掃除だ」




