36話 王都侵攻
表彰台に上るのは、決勝まで上った二人のみ。
これは昔からの伝統で前回ガイリックが優勝した時も、その隣にいるのはウォルフォートだけだった。
『ここに、未来の勇者候補がまた一人現れました!』
観客席で実況の声を聞きながら、ルイスは拍手を送り続ける。
観客席に居る市民達は、ハーフエルフであるリリックが優勝してしまった事を疑問視しているのが多数だったが、起き上がったドルトムントがリリックを讃えた事で、流されるように今は拍手を送っている。
それでも何人かは拍手すらせず、愚痴をこぼしているようだが。
『大聖祭優勝者、リリック=ワーグナー二級兵士へ、今レガリア王より栄誉が与えられます』
レガリア王から盾と記念品である剣を受け取ったリリックは、立つ事もやっとの様子だ。それでも最低限の礼儀作法でレガリア王からの贈品を受け取っている。
「凄いね、リリック」
隣でそう呟いたフリーシェの頭を、ルイスは優しく撫でた。
十九歳のリリックはもう大聖祭に参加する事はできないが、メイアにはまだ一度チャンスはあるし、フリーシェやアイニールには二度も機会がある。
強くなるまでに数年はかかるだろうが、それでも彼らには強くなってもらう。
あの栄光を、勝ち取ってほしいから。
勇者になってほしいから。
「頑張ろうね」
「うん、頑張るよ」
真剣な眼差しを送るフリーシェは、ただ息を飲んで見つめるだけだった。
今彼が何を考えているのか分からないが、それでも憧れを持っているだろう。
「さてと、これからが長いんだよねぇ」
大聖祭が終わった後は、エルドリア王国際という名の打ち上げが始まる。
そこで行われるのは大聖祭に出場した少年兵達を、王国各地に散らばる貴族諸侯がスカウトするといったものだ。遠い未来で勇者になるかもしれない子供達に、今のうちに唾を付けておこうという者は多い。
リリックやアイニールがその話に乗るとは思えないが、矢継ぎ早に繰り返される貴族達からのスカウトは、それなりに神経を使うだろう。
ガイリックやメリッサ、そしてクロードにも頼みリリックを早めに移動させておいた方がいい。
ただでさえ疲れているだろうから、早めに休ませてあげないと。
そう思って、ルイスが立ち上がった時。
『それ』は起こった。
××××
ドルトムントの肩を借りながら、リリックは盾と記念品の短剣を胸に抱えた。
「おいおい、我が恋敵よ。大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃねーっての、つーかなんでお前はもうピンピンしてんだよ」
「俺だって立つのがやっとだぞ? だが貴族たるもの、そして未来の勇者たるもの、情けない姿を民に見せつけるべきではない」
未来の勇者。
それがドルトムントの事を指していると、リリックは遅れて気が付いた。
「大聖祭での優勝は結局できなかったが、それでも勇者になれないと決まったわけではない。俺はこれからもっと強くなるぞ。お前はどうなんだ、我が恋敵よ?」
「……俺だって、立ち止まってやるつもりはないさ」
今回の勝負が、そのまま実力差であるとリリックも思っていない。
トーナメントの組み合わせが逆だったなら、多分リリックは負けていた。
実際にやってみないと分からないが、それでも直観はある。
「リリック=ワーグナーよ」
不意に声がして、目を向けるとレガリア王だった。
思わず姿勢を正し、痛みで顔が引きつった。
「無理をするな、後でジューナに治療を任せるから、楽にしているが良い」
「そうは言われましてもねぇ……」
リリックは迷っていた。
この国の政を担うこの男は、ルイスをあの地へ送った張本人でもある可能性があるからだ。
それでも殴る何てことできないが、警戒するに越したことはない。
「貴様はルイスの弟子であるのだろう? どうか奴を見守っていてやってはくれないか?」
「見守るって、俺がルイスさんをですか?」
そんな事できるはずがない。
ルイスの実力は、リリックが逆立ちをしても勝てない相手なのだから。
「何も強さだけが守る方法ではないだろう。貴様はあ奴の弟子として、ルイスの支えになって欲しいのだ。余もルイスの心に甘え、ルイスの心を殺してしまった者の一人なのだからな」
この時、レガリア王とリリックの会話を、ジューナとジェイクが耳を傾けている事を、リリックは気付きもしなかった。
「ルイスは自身の迫害に抵抗しようとも、半魔を救うなど考えてる男ではなかった。だから余はあの男を英雄として扱わなかった事を良しとした。だがルイスが考えを変えた今、余もあの男の手助けをしてやりたいと思っている」
「…………」
「リリック=ワーグナーよ、ルイスがこれから先立ち向かうであろう壁に、どうか貴様も助力してやってくれ」
肩を貸してくれていたドルトムントは、黙ったままレガリア王の話を聞いていた。
何の話か理解できていないようだが、口を挟むような野暮な男でもない。
だから少しの沈黙の間に、リリックは答えを出した。
「言われなくても、俺はそうしますよ。俺は勇者になって、ルイスさんを助ける」
「……そうか、ならその言葉忘れてくれるな」
それ以上レガリア王は何もいう事はなく、後ろを向いて観客席にいる民へ演説を始めた。
『半魔が大聖祭に優勝し、いつの日か勇者になる可能性を持った事。それを疑問視する者も多いだろう』
『今ここに居る者達の中に、半魔からの被害を受けた者も居るだろう。だが、だからと言ってリリック=ワーグナーも同じように罪を犯し、人に害を及ぼすなど誰が決める! 貴様らは遠い未来、この男が世界を救った時、各々で答えを出すがいい!』
『人間達を守り、救ったのが半魔だと理解した時、貴様らは自分の意思で考えるべきなのだ。半魔を迫害する事が正しいのかどうか、現状を良しとするかどうか。自分だけで答えを出せ!』
短いながらも、伝わり過ぎる程に伝わったその言葉を受け、市民達は皆動揺しているようだった。少なくとも、国王が放つ言葉ではないだろう。
されども、これまで迫害を見て見ぬ振りをしてきた国王が、表立って言う意味を理解できない者は多くない。
国王に、何が起こったのだろうか。
そんな言葉が聞こえてくる。
それもそうだろう。
これまでほとんど何も対処してこなかったのに、迫害を責めるかのような言葉を吐いたのだから。
「ガイリック! メリッサ!」
だが重苦しい空気の中、観客席から唐突に声が上がった。
聞き覚えのある声。
目を向けると、ルイスが必死の形相で叫んでいた。
そして同時に、胸から包帯の巻かれた剣を抜く。
「敵だ!」
その瞬間、闘技場の中央、リリック達の居るほんのすぐ目の前で、まるで地面が生きた粘土のように形を変えていく。
「ハロー!」
その瞬間、襟首を引っ張られて闘技場の隅に追いやられた。
瞬きする間もなく、目を向けるとジェイクという男が両脇にリリックとドルトムントを抱えている。
「お前達はここに居ろ!」
必死の形相でそう叫び、同時に具現化させた弓を構える。
だが、それを凝視する間もなく闘技場の中央へ目をやるとガイリックとメリッサの二人が中央に現れた者へ切先を向けていた。
「——動くな」
「お前は何者だ」
見る間も無かった二人は冷めた目でただ警戒しながらも男へ言葉をかけ、その一方で男は飄々とした態度のまま周囲を見渡して笑みを浮かべる。
「ハッハッハァー! 俺は、宣戦布告に来たのさ!」
××××
王都最北部、壁上。
形骸化していた見張り役の兵はふと地平線の彼方に目を向けて息を飲む。
「おい、緊急事態だ。今すぐ通信結晶を使用しろ」
「一体何が――?」
声色を変えた兵士に疑問を覚えたもう一人の見張り役は、同じように地平線の彼方に目を向け――
「何だよ、コレ……」
地平線を覆う黒い海にただ立ち竦んだ。
××××
王都大聖祭闘技場。
予期せぬ侵入者に緊張を高めていた軍務大臣であるナルニアレイに側近の兵であるセバスが駆けよって来る。
「ナルニアレイ様! 緊急事態です!」
「見て解らんか、こっちもそうだ!」
「いえ、こちらの方が重大です!」
息を切らしていたセバスは一瞬だけ言葉を飲み、そして言葉を紡いだ。
「数万の魔物が突然、王都の周辺に現れました!」
「何だと!?」
すぐさまそれを確認しようとするナルニアレイだったが、それより先に闘技場に現れた男がまた声を上げた。
「アッハハァ! 俺達はダブルシックス! 今から十万の魔物で、この王都を攻め滅ぼすよ!」
そして男の体が中から膨らんだように形を変え――、
「——二人とも、下がれ!」
ルイスの声でガイリックとメリッサが跳躍し、男の周囲を結界で覆う。すると次の瞬間には男が大地を揺らす程の爆発を起こし、男を覆っていた結界に亀裂を入れる。
「自爆? いやそれよりも」
「ああ、分かっている。ナルニアレイさん!」
ガイリックの言葉に反応したナルニアレイは通信結晶を耳に着け、即座に行動を開始する。
「兵士を緊急展開! 魔物を退けるぞ!」
王都侵攻編、開幕。
2章完結です。
三章は作者が一番気合を入れて書いた話ですので、是非楽しみにしていて下さい。
短編を投稿しましたので
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