35話 大聖祭優勝者
一方はラズグッド家の嫡男にして、ラズグッド家史上最高傑作とまで呼ばれた男。四年前に行われた勇者の選定に参加するも勇者になれなかった。だがそこで折れる事はなく、より一層の力を付けた最高峰の少年兵。
一方は少しだけ尖った耳に深い隈、色が抜け落ちたような髪色をした一人の青年。ハーフエルフという境遇にありながらも、その強さは誰もが目を見張る。歴代最強の勇者を師にした半魔。
二人が向かい合い、ジューナはその間に立った。
「大聖祭決勝です。この試合の勝者が未来の勇者に最も近い存在になります。ですのでお二人とも正々堂々戦ってください」
ジューナが言い終えると、二人は同時に頷いた。
本戦の審判を担当する身として、大聖祭の一次試験からこの二人を見ていたが、それほど険悪な関係でもなさそうだ。
しかし今二人の間に笑顔はなく、ただ二人とも淡泊な表情で見つめ合うだけ。
「ではお二人とも、開始位置まで下がってください」
ジューナの言葉で二人は後ろを向いて足を進める。
お互いの距離は十五メートルほど、近距離主体でも遠距離主体でもある程度の公平性をきせる距離だ。
『さぁ、まもなく本戦決勝が開始です!』
実況の声に急かされるように、ジューナも右手を上にあげた。
そして王を筆頭とした宰相達、そしてガイリックやメリッサ、そしてジェイクの居る場所を一瞥すると、レガリア王の相槌も受け取れた。そしてリリックとドルトムントに目を向けて、二人とも戦闘への準備が十二分にできていると判断する。
「では、大聖祭本戦、決勝——」
長かった戦い。
エルドリア王国にいる少年兵達。
大聖祭に参加するのは、その中でもほんの一握りの精鋭。
第一次試験、第二次試験、本戦。
四百名以上の頂点が、今決まる。
「——開始ッ!」
そしてジューナは右腕を振り下ろす。
××××
「君は、何故勇者を目指すんだい?」
前にも言っただろ? 俺をハーフエルフだと馬鹿にした奴らを見返すためだ。
「…………」
俺が勇者になれば、誰もが俺を見返す。だから俺は英雄にならなくちゃいけないんだ。
「……そうか、でもそれだけなのかな?」
どういう意味だ?
「君が強さを求める理由は、少し度が過ぎている気がする。君はそう――自分の命すら犠牲にしてまで強さを求めている気がするんだよ。魔人化についてのリスクを説明しても、君は何も感じていなかっただろう?」
怖がってちゃ、前に進めねえだろ。
「違うよリリック、それは強さじゃない。ただ自分の命を軽んじているだけだ」
……だけどよ。
「教えてくれないかい? 君が強さを求める本当の理由を」
…………。
「…………」
俺がハーフエルフの里を追われた理由をルイスさんは知ってるか?
「いや、知らない」
メイアはもう魔眼で知ってるらしいけど、誰にも言わないように頼んでたんだ。俺の父親はエルフで、里で最も強い英雄だった。だけどある日、殺されたんだ。
「殺された? 誰に?」
俺の兄だ。人間の血を引く兄が父を殺したせいで、同じ血を引く俺と人間である母はエルフの里を追われ、人間達の中で暮らす事になった。そのせいで、何度も辛い思いをした。だから俺は兄を許せないんだ。
「……つまるところ、復讐かな?」
ああ、だから黙ってた。でも皆を見返したいってのも本音だ。
「なんで黙ってたんだい?」
そりゃ、復讐なんて止められると思ったからだ。
「なんで?」
なんでって、そりゃ。
「強くなる理由なんて何でも良いよ、大切なのは君の人柄さ。復讐は何も生まないなんてこと言わない、復讐だって立派な目標の一つさ」
…………。
「けどねリリック、一つだけ覚えておいてほしい。君が傷つけば私は悲しい、フリーシェもメイアも、アイニールもだ。だから自分の命が自分だけのものだなんて思わないでほしい」
…………わかった。
「じゃあ修行再開と行こうか、魔人化を一週間で取得するなんて普通は不可能なんだしね」
まぁ、実際キツイな。
「もう少し休もうか?」
まさか、あと半日は続けるぜ。
××××
思い出すのは、本戦までの出来事。
ルイスと共に魔人化を習得するまでの間、死ぬ思いで必死に修行しながら、時々話し合っていた。リリックが兄について話したのはその時だ。
あれからもう何年にもなる。
ある日唐突にそれまでの人生の全てを奪われ、母親と共に隠れて暮らす事になった。
兄を恨んでいるかと問われれば、もちろん恨んでいると答えるだろう。
だが迫害に苦しんでいる内に、その恨みは人間相手にまで広がった。皆が憎くて、苦しくて、暴力沙汰なんて何度も起こした。その結果軍法会議にかけられて、そこをクロードに助けてもらった。
今にして思えばルイスに師事できるようになったのは、運が良かっただけだろう。
皆を見返したいという気持ちがあるのは本当だ。
だが同時に、兄へ復讐したいという気持ちもある。
けどそれをルイスに伝えて、拒否されるのが怖かったのも事実だ。
復讐のための力なんて、つけるつもりはないと。
けどルイスは受け入れてくれて、それがとても嬉しかった。
いつか兄と再び出会った時、父を殺した理由を訊いて。
それでも納得できなければ、殺すつもりだ。
だから、力は付けられるときにつけたい。
(でも――俺はもう、俺だけじゃないんだよな)
ルイスの言葉の持つ意味が、十分理解できている。
リリックも学校の仲間が傷つけば、とても苦しくなる。
だからアイニールを傷付けたバイエルンが許せなかった。
これは弱さだろうか。
それとも強さなのだろうか。
そのどちらなのかリリックにも分からなかったが、それでも心地よいものだった。
一人じゃないというのは、受け入れてくれる人がいることは。
リリックにとって、幸せだった。
「なぁ、我が恋敵よ」
地面に背を付け青い空を見上げていると、ドルトムントの声が聞こえた。
「俺もお前も、限界に近いだろう?」
魔人化の後遺症は、これだけ時間がたっても癒える事はなかった。
体中は痛み、発熱でもしているのか思考が定まらない。
だがそれはドルトムントも同じだろう。羅刹との死闘は彼に多大なダメージを与え、治療は受けたようだがそれでも全快とはとても言えないだろう。
「お互いの全霊を込めた、一撃同士で決着にするのはどうだ?」
「一撃同士ねぇ……」
地面から起き上がり、リリックはドルトムントを見る。
先ほどの格闘戦で後れを取り、リリックは吹き飛ばされた。だがリリックも相応のダメージは与えたので、実質五分といった所だろう。
「良いな、それ」
体に着いた土を払い、リリックは観客席にいるルイスを見上げた。
禁を破るつもりはない。
ルイスとの約束ならば、尚更だ。
だから魔人化は使うなと言われれば、黙って従うつもりだった。
「……ルイスさん」
聞こえてはいないだろう。
だがルイスは少しだけ笑い、そして口を大きく開けた。
「ぶ・ち・か・ま・せ」
聞こえはしない。
だが口の形でしっかりと理解できた。
ふとその近くをみると、フリーシェ、メイア、そしてアイニールが心配そうな顔でこちらを見ている。
「フッ……」
思わず笑みが零れ、リリックは気合を入れなおしてドルトムントに向かい合う。
勇者になりたい。
その気持ちに嘘はない。
だがその理由はなんだろう。
復讐のため?
見返すため?
それとも、ルイスのようになりたいから?
どれか一つを選ぶ何てことはできないし、多分全てが理由なのだろう。
ただ――今は。
「……勝ちたいな」
リリックは足を前後に広げ、右の拳を腰につける。
構えに狙いが隠されていない、ただ右の正拳突きを繰り出すための構え。
「後腐れなく行こうぞ、我が恋敵よ!」
ドルトムントの魔力が彼の体を覆い、それが空気中に溢れ出ていた。
まるで嵐のように吹き荒れる魔力の風が、リリックの体に生存本能を告げる。
「魔人化、十五パーセント!」
ルイスが定めた限界値。
これ以上の魔人化は、どんな状況であっても使用してはいけないと言われた値。
その限界をリリックは引き出した。
「行くぜ、ドルトムント」
「初めて俺の名を呼んだな――恋敵よ!」
轟音と共に大地を蹴る。
ほんの一瞬にも満たない刹那に、ドルトムントも右腕を振り下ろす。
魔人化したリリックの拳。
全霊を込めたドルトムントの一撃。
お互いの右腕が、お互いの顔を捉える。
そして――、
これまで受けてきた衝撃の中で、最も重く強かった一撃。
お互いの攻撃はまるで爆発のような衝撃と余波を放ち、闘技場を地面から根こそぎ引っ繰り返していた。
土煙の中、立ち上がるのは二つの影。
焦点の定まっていない目で顔を上げるリリックは、正面に立つドルトムントを見つめた。
「……強いな」
振り絞るようなその一言を最後に、ドルトムントは膝から崩れ落ちる。
立つことがやっとのリリックは、呆気にとられた顔で横たわるドルトムントを眺めていた。
「…………」
唐突に視界に足が入り、顔をあげるとジューナが傍に来ていた。
あの衝撃を間近で受けても傷一つないあたり、流石勇者とでもいう所だろう。
「おめでとう、リリック=ワーグナー」
小さく呟いてから、ジューナはリリックの手を取った。
そして右腕を天に引っ張り、観客席の方へ顔を向ける。
「大聖祭優勝者、リリック=ワーグナー!」




