24話 アイニールの力
≪ルイス視点≫
三か月前。
ルイスは練兵場にアイニールを連れてきていた。
他の生徒は無く、ただアイニールとルイス、そしてクロードの三人だけ。
「どうだいアイニール、これが君の持つ力だよ」
そう呟くルイス。
全身傷だらけで服は破れ、額からは血を流している。
「ごめんなさい、ルイス。私……そんな……傷つけるつもりじゃ……」
二人を囲う周囲は、アイニールが放った棘により荒らされていた。
壁は破れ地面はひっくり返り、至る所に棘の残骸が転がっている。
「いいんだ、私はあえて避けなかった。君に知ってほしかったんだよ、君の持つ力が一体どれほどの物なのか。今は君も力の使い方がわからず、手加減もできないだろうが、それでもその力をコントロールするべきだ」
「これは、ノヴァの力ですか?」
「ああ、そうだ。これがノヴァの力だ」
ルイスにとって、最も心に刻まれた者の力。
クロードの話によれば、ノヴァとアイニールの魂が同居していた事により、二人の魂がほんの少しだけ混ざってしまったらしい。その結果アイニールは彼の力を使う事ができ、魔法の基礎も知らないにも関わらず、これほどの力を有している。
「これから三か月、力をコントロールする方法を一緒に探していこう」
ルイスは全身の傷を塞ぎ、そしてアイニールの頭を撫でた。
しかし彼女は俯いたまま、顔を上げようとはしない。
「彼の魂が私の中に入った事で、私は辛い思いをしました。だけどノヴァは、私の肌を治してくれました。魔法の実験台にされ、一生女として生きられない程に穢れた肌を、彼は治してくれたんです」
クロードから受け取った資料で、ルイスはその事を知っていた。
攻撃魔法の実験体。毒性を持った魔法がどれほどの威力を持つか、アイニールはそれを調べるための実験体だったという。
彼女の肌はただれ、まるで酸を浴びたような姿だったらしい。
「ルイス、私は彼を恨むべきなのでしょうか。確かに私はあの時苦しくて、辛くて、ルイスに助けを求めました。ですが今こうして幸せな日々を過ごすと、ふと思うのです。あの人は、私を助けてくれたのではないかと」
彼女もまた、壮絶な人生を送っている。
ルイスやリリックとは違う意味で、彼女もまた被害者である事には違いない。
確かにノヴァはアイニールの傷を治した。
今の彼女がメイア達と過ごし、笑えているのは彼のおかげかもしれない。
だが――、
「アイニール、残念だけど私もその答えを知らない。いや、例え知っていたとしても、私は君にその答えを教えないよ。それは君が考えて、そして君自身の心で出すべき答えだからだ。私にとって、ノヴァは悪人ではない。だが、君にとって彼は善人だったのか」
ルイスにとって、ノヴァは真の理解者だった。
そして今も、心の大半を埋めているのが彼だ。
だからこそ、アイニールに自分の言葉を贈るわけにはいかなかった。
「それを、この学校で探し出そう」
アイニールが、自分で見つけ出すべき答えだ。
それ以上でも、そしてそれ以下でもない。
「ルイス、もう一つだけ教えてほしいことがあります」
アイニールは顔を上げ、潤んだ瞳でルイスを見上げてきた。
「ノヴァは悪人として勇者と戦いました。ならば、彼の魂が混じった私は、勇者になれないのではないですか? 勇者を育てる学校なのに、私は勇者に裁かれる側なのではないですか? 教えてください」
「それは考えるまでもない質問じゃないか?」
呆気にとられたルイスは、笑いながら数歩下がって手を広げる。
そして自分の姿を見てくれと、そんな視線をアイニールへ送った。
「私は半分魔物なのに、勇者になれたんだよ? だからこそ、私は思う。勇者になるために必要なのは、強さ、そして本人の『心』だけさ」
半分が人に害をなす魔物であっても、ルイスは勇者になれた。
神造武具は、ルイスを選んだ。
ならば、そんな事は関係ない。
「心――ですか?」
問い返すアイニールへ、ルイスは微笑みかける。
「君がメイアを姉のように慕い、リリックやフリーシェを家族のように思う気持ちも、また心だ。その心が間違っていると、君は思うか?」
「思いません」
即答したアイニールへ、ルイスは満足して頭を撫でる。
「ならば良い、一緒に頑張ろう。アイニール」
「はい、不束者ですが。よろしくお願いしますね」
××××
その話を終えると、ガイリックは目を見開いていた。
「ノヴァって、確か二百年前の奴だよな? 勇者九人がかりで戦って、それでも殺せずに封印するしかなかったって」
「そうだね、アイニールは彼と同じ力を使えるのさ」
「となると、少しアイツは強すぎるんじゃないか? そんなの勇者くらいしか相手にならないだろ?」
「いいや、そうでもない」
クロードの調査結果によれば、アイニールに交じっているのは魂の欠片だけ。
ならばその出力も、その欠片分しかない事になる。
それでも彼女が手に余す程の力だが。
「実際戦闘知識はアイニール自身の物しかないし、いくら魔法が強くとも勇者には遠く及ばない。それに、ノヴァの力を全て使いこなせるというわけじゃないみたいだからね」
大聖祭までの三か月間。
昼間は山で鬼ごっこをし、夜間はルイスとアイニールの二人だけで力の使い方を学んだ。
その結果ある程度コントロールは可能になり、四対一という状況で圧勝できるほどになった。
「これは思わぬダークホースが出てきたわね」
メリッサが、アイニールを見ながらそんな事を言う。
ダークホース、それはつまりメリッサの中ではある程度誰が優勝するのか予想しているという事だ。
「君は誰が優勝すると思っているんだい?」
ルイスがそう問いかけると、メリッサは一瞬だけ迷って、その後笑った。
「私? 私の予想は――ドルトムントよ」
××××
≪リリック視点≫
拳が触れる瞬間、電撃が消えるのをリリックは見た。
(クソ、なんなんだよコレは)
だが次の瞬間にはドルトムントの足刀が目前に迫り、胴体を捻るようにして躱す。
先ほどから、ドルトムントに魔法が効かない。
否、効く魔法はあるのだが、彼に当たる瞬間その威力がゴッソリと削られる。
「氷槍!」
魔法を唱えた瞬間、リリックの手にまるで針のように両端が尖った氷の槍ができる。
それを体術で強化した肩で槍投げのように飛ばし、ドルトムントの顔を狙う。
「フッ、遅いぞ恋敵よ!」
だが、氷の槍は簡単に避けられてしまった。
しかし、それも想定の範囲内。
リリックの狙いは、ここからだ。
「雷注意報だぜ?」
リリックは数歩だけ移動し、位置を整える。
そして右手に魔力を貯めて、電撃を空へと放った。
「避雷針!」
その電撃は一瞬で氷の槍に吸い込まれ、地面を通ってドルトムントを襲う。
だがその電撃は、ドルトムントを避けるように軌道を変えた。
どういった魔法なのか分からないが、彼には魔法が通用しない。
「なるほど……魔法のキレも良い、戦術の幅もある。だがそれではダメだな」
戦いの最中、ドルトムントは手を止めてそう言った。
「一つ訊かせろ。お前はなぜ、エルフの力しか使わない?」
「はぁ?」
リリックが問い返すと、ドルトムントは不思議そうに肩をすくめる。
「ハーフエルフ、いや半魔と呼ばれる者達がなぜ人間に比べて優位な力を持つ者が多いのか、お前は知らないのか?」
「どういう意味だ?」
リリックも拳を下ろし、ドルトムントの話を聞く。
「あの仮面をつけた男がお前の師だろう。あの男であれば知っているはずだ、半魔にとって人間の力がどのようなものなのか。教えてもらっていないのか?」
「……人間の力?」
「ああ、魔物やエルフといった種族は生まれ持って高い力と長い寿命を持っている。だが奴らはなまじ力を持って生まれ、中には死んでも生き返る者がいるせいで、その差を覆そうとするやつがいない」
例えば、魔物の中には『八王』と呼ばれる魔物達がいる。
炎王イフリートを含めた八人の魔物、その全てが特級クラスの魔物であり、そして彼らは生まれながらにして特級クラスの力を持っている。
そのほとんどが殺しても時間を経て復活するのがほとんどであり、ドルトムントが言いたいのはそういうことだろう。
「一方で人間はたった数十年しか生きられない中であっても、赤子の頃の戦闘力に比べれば何十倍、何百倍にも力を増す事ができる。生まれ持った力も、長い寿命も持っていないが、それでもその成長こそが人間の持つ力だ」
「…………?」
ドルトムントの言いたい事は解る。
だが今この話をする理由が、リリックには分からなかった。
「人間の力、そしてエルフや魔物の力。その二つを併用してこそ半魔は一段先のステージへ昇る事ができる。だがお前はなぜかエルフの力しか使っていない。それはなぜだ?」
「なぜって……」
リリックはそもそも、そんな話をルイスから聞かされていない。
ドルトムントが知っているような事なのだから、あの人が知らないはずがないのだ。
それでも自分に教えなかったということは、何か理由があるのかもしれない。
「知らなかったからとしか言いようがねえな」
「ふむ、ならばお前の師に訊ねてみるといい。今のお前の強さは、その教え受けてもう一段階先へ進むことだろう」
そう言って、ドルトムントは拳をアップライトに構える。
両腕に魔力を充填し、何か魔法を打とうとしていた。
「一つ訊いていいか、お前は半魔に対して迫害とかないのか?」
「別に、俺は何もされてないからな。誰が何と言おうと、俺は自分で得た物しか信じない」
「そうか、なら良い」
自分を半魔と蔑めば、怒りだけで戦えた。
だがリリックは初めて人間を相手に戦い、敬意のような物を感じていた。
「迫害の中、禁断の愛を乗り越えた恋敵に、俺は全身全霊で挑むぞ?」
「だからそれは誤解だって……もう、いいや」
問答は終わり、二人は同時に魔法を放つ。
撃ち合った事による魔力の閃光が、森を照らした。




