23話 アイニール=レストレンジ
≪ドルトムントメモリー≫
青い海、白い砂浜。
そこを駆ける二人の男女。
一人はドルトムント、そしてもう一人はフリーシェ。
二人は仲睦まじい様子で、浜辺で水をかけあう。
「そぉれ」
「あはは、やったなぁ」
ああ、なんと美しいひと時。
もうすぐ結婚という、人生で一番楽しいひと時。
二人は砂浜で横になり、お互いに顔を見合わせる。
「ねぇフリーシェ、子供は何人欲しい?」
「そうね、私は五人は欲しいかな?」
「五人? たったそれだけでいいのかい?」
ドルトムントは立ち上がり、フリーシェを抱きかかえる。
「俺は十人は欲しいかな、子宝に囲まれる幸せを君と味わいたいんだ」
「まぁ素敵よ、ドルトムントさん!」
「ハッハッハ! そうだろう、そうだろう!」
ドルトムントは彼女を抱え上げ、美しい水平線を眺める。
この幸せがいつまでも続きますように。
「でもごめんなさい、私……アナタに言っておかなければならない事があるの」
「どうしたんだい? フリーシェ」
唐突に顔をしかめるフリーシェに、ドルトムントは心配そうな声をかけた。
だが彼女は何かを決心したかのような表情を浮かべると、抱き上げていた腕から逃れて数歩退がる。
「実はね、私」
そしてフリーシェは、ワンピースの裾をたくし上げる。
そこにあったのは、彼女の下着。
だが、その中央は――不自然に盛り上がっていた。
「男なの」
その瞬間、地面が崩れ落ちる音が聞こえる。
暗闇の中へ、真っ逆さまに堕ちるような。
実現しない幸せを、語ってしまったかのような。
「嘘だろォォ!」
やがてドルトムントは、そのショックで絶命した。
××××
≪リリック視点≫
「みたいな事かぁ!?」
「なげぇよ!」
近くにあった石をドルトムントの頭に投げ飛ばし、リリックは大声で怒鳴った。
「まさかお前の妄想を話されるとは思わなかった!」
それ以上に結婚するまでを想像できるこの男に、ある意味で鳥肌のようなものが立っていた。
色んな意味で危ないし気持ち悪い。
「そうか、恋敵よ。お前はハーフエルフという逆境に立たされても、それでも折れずに禁断の愛を貫き通そうとしているのだな」
禁断の愛。
それはつまり男同士の恋愛だと、未だに勘違いしているという事だろう。
「おい、マジで話聞けよ」
「いい、言わなくていい! そうか、男と知り恋心を打ち砕かれているようなら、俺は最初からあの人の隣に立つ資格なんてなかったんだな……」
そしてドルトムントは空を見上げると、一粒の涙を流した。
「どうでも良いから構えろよ! 他の奴らを探しに行かなきゃなんねえんだからよ!」
勝手に勘違いで恋敵認定され、独り相撲で泣く男を始めてみた。
もう見ているのも辛い、というか見ていたくない。
「俺はお前を尊敬するよ、我が恋敵よ」
「勝手に尊敬されてもなぁ……」
恋敵認定され、その後勝手に親友扱いされても困るだけだ。
まして尊敬などされても、むず痒いだけでしかない。
「だが、俺は尊敬する相手に手心を加えられる男ではない。お前を超える為に――」
その刹那、リリックの背を一筋の悪寒が駆ける。
「俺は全力でお前を倒すぞ」
その言葉と同時に、ドルトムントの姿が消えた。
いや、違う。
消えたのではなく、消えたと思えるほどに移動速度があがったのだ。
(なんだコイツ、急にスピードが!?)
一瞬で後ろに移動したドルトムントは、拳を握り打ち出してきた。
紙一重で躱し、地面を蹴って距離を取る。
「さぁこれからが本当の勝負だぞ、我が恋敵よ!」
そしてドルトムントは再び拳を握る。
×××
≪フリーシェ視点≫
森の中を駆ける二つの陰。
一人は小柄な子供のシルエット、そしてもう一人は両手を掲げて走る女。
「た、た、た、た、助けてぇ! ルイス先生ぇ!」
そう叫んだフリーシェは、一目散に逃げ続けていた。
その後ろには、リリーが両手をワキワキとさせながら追いかけてきている。
「待ちなさ~い、優しくしてあげるからぁ。アタシの舌で舐めるだけだからぁ」
「ひぃぃぃ! やだぁああ!」
舌を出してベロベロと口周りを舐めるリリーの姿は、もうどうやっても恐怖の対象でしかない。
怖い。
ただただ怖い。
「なんで僕ばっかりぃぃ!」
大聖祭が始まってから、フリーシェは変態にしか出会っていない。
求婚してくる大男に、自分を性的対象としてしか見ていない女。
自分の不幸を嘆いていると、腰にリリーの腕が巻き付いてきた。
「アハハハハ、捕まえたわよ!」
「ひぃぃぃ! 怖いぃ、この人怖いぃ!」
ただでさえ人見知りである彼に、幼子に欲情するリリーというのはハードルが高すぎる。
やがて押し倒され、その上からリリーが圧し掛かってきた。
そして舌をベロンベロンと交差させ、首筋を舐めてくる。
「さぁフリーシェちゃん、アナタの体を舐め舐めさせてもらうわよ……って、え? これ、もしかして……」
すると突然リリーの動きが止まり、驚愕の色でこちらを見降ろしてきた。
「あなた男だったの?」
「えっぐ……えっぐ……そうだよぉ……」
なぜ皆自分を女と勘違いするのか。
そしてなぜ求婚したり、欲情したりしてくるのか。
「まぁ可愛いならどっちでもいいか」
「ええええ、何でぇぇ!?」
彼にとって、これほどトラウマを植え付けられた日はそうないだろう。
「助けてぇ、ルイス先生ぇ!」
彼の叫びは、森全体をこだまする。
××××
≪ルイス視点≫
「ルイス、アナタの愛弟子が呼んでるわよ」
「呼んでるって言っても、あの状況で私にどうしろと?」
試験管控室で腰を下ろしていたルイスは、スクリーンに写るフリーシェを眺めながら肩を落とす。
二次試験は会場が森の中なので、試験官が監視できない場所もある。
そのためスクリーンを使った魔法により、森の中にいる様々な動物の視界を借りて少年兵達を監視していた。
「それにしても、ルイス。アイツら結構ピンチみたいだぞ」
隣で同じように眺めていたガイリックは、心配そうにそう呟いた。
彼の言う事ももっともだろう。
ドルトムントという、リリックにとって格上とのマッチアップ。
そしてただ逃げるしかできないフリーシェ。
最後にジェームズと一対一の状況になってしまったメイア。
「そうだね。フリーシェに関してはまだ若いし、メイアも魔力の使い方を覚えたくらいだから仕方ない部分はある。リリックも戦闘に関してはハーフエルフらしい高い能力をもっているがまだ青い、力任せで大雑把な所があるからね」
それを指導していくのがルイスの務めではあるのだが、大聖祭まで三か月しかなかったというのは時間的猶予が無さ過ぎた。
だがこの祭りで勝つことだけが勇者になる道ではない。
ルイスの目的は、戦いを通して他の同世代の兵士達を見せる事にあった。
それでも生徒達に優勝の目は十分にある。
あとは戦術、戦略、そして運が流れを決めるだけだ。
「へぇ、だけどよ。一番ピンチな奴についてはどう思うんだ?」
「一番ピンチな奴?」
ルイスがそう問い返すと、ガイリックは呆れたように肩を落とす。
「アイニールって子だよ、壁で分断されて相手の数は四人だぞ?」
ルーサントスが発動した土属性の魔法により、アイニールは他の生徒達と分断された。
ジェームズもそこに居たのだが、彼はアイニールに敵を押し付けて逃亡し、そのままメイアの相手を担当している。
結果アイニールは、ルーサントスチーム四人を相手に一人で戦わねばならない状況に追い込まれていた。
だが、
「あの子の事か、それについては全く心配していないよ」
ルイスはアイニールを全くといっていいほどに心配していなかった。
それはどうでも良いだとか、そういった酷い理由ではなく、むしろ逆。
「それってどういう意味なの?」
「あの子は特別なんだ。いや、あの子というよりあの子に入っていた物が特別なんだ」
この大聖祭。
ドルトムントや羅刹といった、ルイスにも理解できるほどの強者がうごめいている。
リリックを筆頭とした生徒達もまた、彼らに引けを取らない実力を持っているが、それでもその中で優勝候補を選べと言われれば、ルイスは迷いなくリリックとアイニールの二人を指名する。
「クロードと話していてね、この王国で唯一と言っていい魂の融合という実験の完全な成功例だ。どんな副作用があるのか、計り知れなくてね。それを調べていた時、ある事が分かったんだ」
大聖祭までの三か月。
鬼ごっこを開始した初日、クロードに頼んで彼女の体を調べてもらい、彼女が持つ力が判明した。
「あの子は――」
××××
≪ルーサントス視点≫
ルーサントス。
二十一歳という若さでありながら準二級という階位を持ち、大聖祭でもドルトムントに並んで優勝候補と呼ばれている男である。
繊細な魔力コントロールを駆使し、その頭脳で勝利をつかみ取る。
多種多様な魔法と、状況をコントロールする地形変動。
その二つにより、彼はチーム戦という縛りの中では無類の強さを持っていた。
敵の動きをコントロールして、疲弊したところをチーム全員で叩く。
数の暴力で圧倒するだけの、単純なゴリ押し。
この戦法を防げるのは、ドルトムントだけだろう。
だからこそリリックチームで孤立していたアイニールを分断し、自らのフィールドで戦おうとしていた。
「ハッハッハ、まったく僕の予想通り――」
アイニールと、ジェームズを孤立させ、味方の支援が無い中で囲んで倒す。
ジェームズには逃げられたが、それでもアイニールは囲めていた。
三人倒せば良いだけなのだから、孤立させて叩くを三回繰り返す。
それだけで、勝てたはずだったのに。
「——とは行かなかったね……何だよ、コレは!」
ルーサントスの体は、無数の棘によって固定されていた。
一本一本がまるで槍のように太く、まるで意思を持っているかのように移動する。
四対一のはずだったのに、気が付けば全滅。
たった一人の少女によって、一瞬で全滅させられた。
「どうされたんです? もう、終わりですか?」
藍色の髪をなびかせる、美しい少女。
だが彼女の実力は、こうして相まみえても計り知れるものではなかった。
××××
≪ルイス視点≫
かつて勇者九人が相手であっても命を奪えず、封印するしかできなかった史上最強のハーフエルフ。
誇りを胸に、使命を手にした迫害の被害者。
歴代最強の勇者と呼ばれているルイスを相手に戦い、あと一歩まで追い詰めた。
彼の名はノヴァ。
彼の力は自分が受けた苦痛を、棘として具現化させる魔法。
アイニールが使った魔法は、それと同じだった。
「アイニールは、ノヴァの力を使えるんだ」
無数の棘。
全てを貫く、彼の魔法。
「彼女の持つ力は、歴代最強のハーフエルフと同じなのさ」
レビューとか書いてもらえるとすっごく嬉しくなったりします。
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