21話 問答
ルイスは剣に魔力を充填させる。
空を覆いつくすほどの無数の棘ならば、それ相応の攻撃で弾かなければならない。
「——ッ⁉」
だが、ルイスは剣を振るう事ができない。
自分の手から棘が生え、それが腕を貫いていたからだ。
「アナタの肉体に憑依することができれば、私は勇者の力を持つ最強のハーフエルフとして、この国を滅ぼせます。だから、どうかお願いします」
ノヴァの声を聞き届けた瞬間、空から降る無数の棘が、ルイスの体を貫いた。
一本一本が槍のように太い棘が、肩を、足を、腕を、体の隅まで貫いた。
「痛いでしょう、苦しいでしょう、それこそが、我々が受けた苦痛の全てです」
半魔が受けた苦しみ。
半魔が受けた痛み。
半魔が受けた悲しみ。
「私の痛みが杭となって具現化し、相手を襲う。それが私の魔法です」
まるで針山のように串刺しになったルイスは、立つことができずに跪いた。
厄災のノヴァ、これほどまでに――強いのか。
ノヴァはゆっくりとルイスに近付き、いつものような笑顔を見せた。
そして自分の掌をゆっくりとルイスの額につけ、魔力を込める。
「アナタの肉体、お借りしますね」
クロードから聞いてい魂の移動。
相手に触れる事で、自分の魂を相手に移す。
ノヴァは今それをしようとしているのだ。
自分の魂をルイスの肉体に移し、勇者の力をもったハーフエルフとしてこの国に再び戦争を仕掛けるつもりなのだ。
「――グううう!?」
その瞬間、ルイスの体に激痛が走った。
ルイスは脳を鷲掴みにされて振り回される感覚を覚える。
体が裂けるような痛みと、心の中までグチャグチャにされる感覚。
自分の肉体に別の魂が入り込む感覚、人生で初めて味わうその痛みに、
ルイスの顔から笑みが零れた。
「もう離さないよ、ノヴァ」
ルイスは血だらけになった腕でノヴァの手を掴む。
そして逃がさないように腕にありったけの魔力を込めた。
その瞬間、ノヴァの顔に曇りが走った。
「アナタの肉体は私の魂に乗っ取られる、私を掴もうとそれは変わりませんよ」
ノヴァの体が徐々に変化し、アイニールへと変わっていく。
背は縮み、髪は短くなり、その面影に少女の色が出始めた。
前に見た光景、ノヴァからアイニールへと主導権が移る時の光景。
つまり、ノヴァの魂がルイスの体へ移っているという事だ。
アイニールの肉体から、ルイスの体へ。
「初めて会った時言ったね、君は私の体が欲しいと。その時点で予想していたさ、君は私の肉体に魂を植え付けるだろうってね」
(それが何だというのです、それを知った上で私を受け入れたとでも?)
頭の中で声が響く。
ノヴァが完全に入り込んだことで、彼はルイスの中から声を発していた。
「それが私の狙いさ、君をアイニールから引き離し、そして君の魂を分離させる!」
(そんな事できはしませんよ、アナタの魔力は魂に干渉できない)
「私じゃない、私の友人さ」
魂魄学――魂の事についてこの国で誰よりも詳しい人間の友が居る。
ルイスをこの地へ呼んだ、張本人だ。
「来い、クロード!」
ルイスが叫んだ瞬間、空から降ってきたクロードがルイスの額に触れる。
「行くよルイス! ノヴァを引きずり出す!」
クロードがそう叫び、ルイスの体に痛みが走る。
自分の中に居るノヴァを引きずりだす痛み、予想以上ではあったが計画通り。
『肉体からノヴァを引きずり出して消滅させる方法』
『ノヴァの魂を引きずり出す難易度は海の底にある重さ五〇〇キロの鉛を海面まで持ち上げるような事、例えアイニールの助力を得られてもそれは不可能だろう』
『ノヴァの魂を、別の誰かに移す』
『本人の強さと、魂の強さは比例する』
『魂の強度がノヴァに肉薄するのならば』
クロードが出した選択肢の中に、答えはあった。
「君の魂を私に移してクロードと共に引きずり出す。アイニールでは不可能であっても、私であればできる。私の強さがあればできる」
本人の強さと魂の強さは比例する。
クロードが言った言葉だ。
体の痛みを抑えながら、ルイスはクロードへ魔力を与える。
クロードが外からノヴァを引きずり出し、ルイスは肉体の中からノヴァを追い出す。
これがルイスの立てた計画。
ぶっつけ本番だが、失敗は許されない。
(ルイス、何故なのです! なぜアナタは半魔の身でありながら、私の邪魔をする!)
不意に、声が聞こえた。
先ほどより遠い声。
焦燥にかられた、震える声。
「何度も言っただろう、私はあの子達を悲しませるわけにはいかない」
ノヴァを哀れに思った。
同情もした。
理解もした。
だが、それでも手を取り合う事はない。
迫害が無くなるかもしれない世界より、ルイスは今を選んだ。
選んでしまった。
「私はね、あの子達の教師で、そしてあの子にとっての英雄なのさ」
体からノヴァを弾き出そうと必死にもがきながら、ルイスは言葉を繋ぐ。
「たった三人の教え子からしか英雄として扱われない哀れな勇者さ。だが、私はたった三人のちっぽけな英雄として、勇者の先生として君を倒す!」
(馬鹿な、馬鹿な――)
××××
ノヴァは魂を引きずり出される感覚を味わいながら、これが耐えられない物だと理解した。
アイニールからルイスの体に移動したばかりの状態で、魂が体に馴染んでいない。
その上クロードとルイスの二人で引きずり出される。
耐えられるはずがない。
――アイニールの体に戻るしか!
そしてノヴァがアイニールに乗り移ろうとした時、彼女の体が視界から消えた。
「させないぞ、ノヴァ……」
聞き覚えのある声。
目を向けると、昨日牢屋の前にいた皺だらけな目の細い男がアイニールを抱えていた。
自分が何をしようとしたのか察知し、あの男はアイニールを助けた。
クソ、クソ。
どうする、どうする、どうする。このままでは何も成せない!
私はまた、何も救えない!
虐げられる半魔を、誰も!
その瞬間、ノヴァの魂はルイスの体から引きずりだされた。
××××
好機。
ルイスは穴だらけの手で剣を握り直し、そしてノヴァの胸に剣を突き立てた。
魂だけの思念体、だがイフリートを殺したようにノヴァも殺すことができる。
切先がノヴァの体を貫き、その顔が苦痛に歪んだ。
口から血を吐き、胸を貫く剣からは鮮血が溢れ出す。
致命傷。
間違いのない致命傷。
ルイスは、ノヴァの胸を貫いた。
「ルイス、アナタは哀れですね……」
しかし、それでもノヴァは憐れむような目でルイスをみつめてくる。
「……え?」
ノヴァの体が、端から徐々に削れていく。
勇者の剣が、ノヴァの魂を削っているのだ。
「人間にこき使われ、命がけで魔王を倒したのに、英雄として扱ってもらえないなんて」
ノヴァは悲しそうに笑みを忘れ、ルイスを見つめる。
「私は、ただアナタを案じます。アナタがこの先どれだけの迫害を受けるか」
ルイスは顔を上げ、そして首を横に振る。
「君の言っている事は解るんだよ、半魔である私は、どうしても解ってしまうんだ。
だから私も君を憐れむよ。
ごめんとも思うよ。
君は私にとってのフリーシェのような人に会うべきだったんだ。人であっても自分を認めてくれるような人に会うべきだったんだ」
ルイスは剣に魔力を通す。
「そうすれば、私達は同じ目線で手を取り合えただろう」
そしてルイスは、剣を振りぬいた。
ノヴァの魂は二つに裂けて、消えていく。
「私はただ、平等に扱って欲しかっただけでした。まさか、半魔であり、そして勇者でもあるアナタにそんな扱いを受けるとはね」
その言葉を最後に、ノヴァはまるで霧になったかのように宙に溶けて消滅した。
剣先から重みがなくなり、投げ出された剣は音を立てて地面を跳ねる。
「ノヴァ……」
ルイスはただ、彼の名を呼んだ。
それと同時に彼の魔法である棘は消滅していき、ルイスの体に刺さっていた棘も消えていく。
塵のように霧のように棘は空に溶け、やがてルイスの体を貫いていた無数の棘が消えた。
そんな光景を眺めていたクロードが、青ざめた表情を浮かべている。
「ルイス?」
どうした?
そう問い返そうとして、足元がふらついているのに気付いた。
目を落とすと体からまるで栓を抜いたかのように血が溢れ出ている。
それもそうだろう。
棘が貫通していた事により血止めも兼ねていたのに、それが消えてしまったのだ。
ならば、塞き止められていた血がどうなるか。
想像に難くない。
(やば……)
言葉を発する事もできず、ルイスは意識を失った。
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