22話 この先も
ふと声がして、振り向くとノヴァが居た。
戦っていた草原ではない。
ただ何もない真っ白な場所だ。
風景も、空も、大地も何もない真っ白な空間。
その中心で、ノヴァは笑いながらこちらを見ている。
「アナタは幸せ者ですね。人間でありながら、半魔であるアナタをあれほどに慕ってくれている子達に囲まれて」
…………。
「ガイリックという青年も良い子だ、アナタも彼と一緒に王都に行けばよかったのに」
私はあの子達の教師だから、あの子達を置いていけないよ。
「連れていけばよかったのに、王都でも学校くらいは建てられるでしょう?」
……確かに。
「クハハ、アナタは本当に面白い方だ。あれほど強いのに、それを誇示しないのですね」
誇示しても、多分むなしくなるだけだと思う。
「この国は二百年前と何も変わらないと思っていましたが、アナタのような人が現れたのなら、全く同じと言えませんね。まぁ、私の理想とは程遠い場所ではありまずが」
私を恨むかい?
「まさか。私はアナタを救おうとしたのです。その手を振り払われたからと言って、アナタを恨むような事はしませんよ」
そうか。
「少し悔しいですがね、ハハハ」
ノヴァ。
「なんです?」
ありがとう。
「…………」
そして、ごめんね。
「ルイス、君に頼みがあります。どうか他の半魔が生きやすいようにこの世界を変えてはくれないでしょうか。迫害されている者をアナタのやり方でいい、救ってあげてください。私のやりかたでは結局、何もできませんでした」
…………。
「ならば、私が考え付く以外の方法でどうか成してください」
それが、君の願いなのかい?
「ええ、例え教師という職を選んでも、例えどれだけの時間がかかってもいい。私のような存在を救ってあげてください。他者を教え導く立場であるアナタなら、それができるはずです」
……約束する。
「お願いします。それでは、私はもう、行きますね。欠片程度では、存在するのが、やっとなのですよ」
そうか、達者でね。
「それ、と。アイニールを任せます、彼女も、哀れな、被害者ですから」
うん、任せておいて。
「ではお元気で。我が同胞よ。いつかまた会いましょう」
××××
ルイスが目を覚まし、最初に感じたのは両腕に感じる重みだった。
何かが乗っている?
首だけを起こして確認してみると、フリーシェとメイアがベッドの両端で寝息を立てていた。
「ルイスさん、起きたのか」
声のする方へ首だけで振り向くと、リリックが本を片手に椅子に腰かけていた。
「私は、どれくらい寝ていた?」
「丸一日だな、今は昼くらいだぜ。領主さんの部下がルイスさんを治療していたから、傷も治ってるだろ?」
体を起こし、自分の袖をまくってみると傷が綺麗に消えていた。
「そいつらずっとルイスさんの傍で泣いてたぜ? 死んじゃう、死んじゃうってな」
「リリックは泣かなかったのかい?」
「アンタがその程度で死ぬはずがないって信用してるからな」
リリックは笑いながら本を閉じ、椅子を動かしてベッドの傍に来る。
「アイニールって女の子、あの子も無事だってさ」
「そりゃね、結局は傷一つ負わせなかったからね」
ノヴァとの戦闘中、彼の腹部に手刀を刺した。
だがあの攻撃は単なる脅し、フリーシェの中からイフリートを抜き取った時のように、ショッキングな光景ではあるが肉体へのダメージはない魔力で覆った手。
ハッタリの力を増すために行った。
「おいお前ら、ルイス先生が起きたぞ!」
リリックが手を叩きながらそう叫ぶと、フリーシェとメイアは同時に飛び起き、ルイスの顔を見た瞬間目尻に涙をためた。
「先生ぇ~、怖かったよう」
「約束破るつもりなのかと思ったじゃない!」
二人はそう叫びながらルイスに抱き着き、鼻水と涙でルイスの服をベトベトにした。
そんな光景を眺めてリリックは笑い、深くなった目の隈をこすった。
「ノヴァの魂は消滅したよ」
ルイスの目が覚めたと報告を受けたであろうクロードは、飄々とした顔で伝える。
「本当に驚いたよ、あんな方法を使うなんてね。傷は大丈夫なのかい?」
「まぁ問題ないよ、後遺症もない。治療を担当してくれた人にお礼を言っておいてくれ」
「ああ、兵長には僕から言っておくが、一応君からも伝えなよ」
「あの人が治療をしてくれたのか」
ルイスは驚きながら、クロードが切り分けてくれたリンゴを齧る。
モグモグと咀嚼しながら、ルイスはクロードが話題を切り出すのを待っていた。
「アイニールなんだがね、彼女はもう回復してるよ。昨日の夕方には目を覚ましていた。ちょうど部屋の外に居るから話してみるといいよ」
クロードは立ち上がって部屋の外に出ると、交代でアイニールがゆっくりと部屋に入ってきた。そしてベッドの傍にあった椅子に腰かけ、ただ顔を伏せている。
「体は大丈夫かい? 気分は悪くない?」
肯定。
「それは良かった」
ルイスは安心したように溜息をつき、体を伸ばした。
一日もベッドで居たから体中が固まっている。
「……なさい」
蚊の鳴くような声で、アイニールは何かを呟く。
「ごめんなさい、私のせいで……」
気づくと、アイニールが大粒の涙を流していた。
膝に当てた手で拳を作り、それを震わせながら何度も謝り続ける。
「私が助けてなんて言ったせいで、ごめんなさい……ごめんなさい」
「…………」
ルイスはその謝罪を黙って聞き、そして傍にあったリンゴを一つ掴む。そしてそれをアイニールの口に押し込み、予想していなかった展開に驚いたのか、涙を流しながらアイニールは顔を上げた。
「生徒を助けるのは教師の役目だ、どこも痛くないのなら、子供らしく笑いなよ」
気にしなくていい――ルイスは笑みを浮かべながらアイニールに語り掛ける。
「辛かったね、アイニール。もう大丈夫だから」
涙を流すアイニールの頭を撫で、ルイスは優しく微笑んだ。
××××
英雄になれなかったこと、それを悔しくないのかと問われれば、ルイスは悔しいと答えるだろう。
だが、彼が勇者になった目的も果たせたし、新しい生き甲斐も得た。
だから、大丈夫。
ルイスは自信をもってそう言える。
「先生、早く早く!」
前を歩くフリーシェが、振り返りながら手を振った。
その隣にはメイアが立ち、その後ろでリリックはマイペースな足取りで前に進む。
「散歩なんだから、ゆっくり歩こうよ」
ルイスの隣にはアイニールが並び、恥ずかしそうに顔を伏せている。
今日の散歩は、アイニールが他の三人と仲良くなれるための企画だ。
だがアイニールも人見知りなのか、それとも単純に誰かと話しをするのが怖いのか、顔を伏せたまた誰とも目を合わせない。
見かねたルイスはメイアにウィンクを出し、それに気づいたメイアはこちらへ駆けてくるとアイニールの手を掴んだ。
「ほら、さっさと行くわよ」
「え、あの、ちょっと……」
「ちょっとじゃないの、私お腹空いているから、早くお昼ご飯たべたいの」
強引にアイニールの手を引いて、メイアはどんどん先へと進む。
そんな光景を眺めながら、ルイスも後に続く。
命がけで魔王と戦い、それでも英雄にはなれなかった。
悪魔の血を引いているから。
でもフリーシェが英雄と呼んでくれたのなら、生徒達が自分を慕ってくれているのなら。
英雄と呼ばれる以上の価値があるのかもしれない。
前を歩く四人を見て、ルイスは静かに笑う。
国民に慕われる英雄になれなくてもいいから、その代わり一つ願いをかけた。
どうかこの子達が勇者になるまで、教師を続けられますように。
第一章完結です。
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