20話 ルイスvsノヴァ
翌日の朝、ルイスは生徒達を連れて学校の前に集まっていた。全員ピクニックの用意をして、その引率にベリアルがいる。
「じゃあ私は少し用事があるから、ベリアル君に迷惑をかけないようにね」
人見知りを発揮しているフリーシェがリリックの後ろに隠れ、そのリリックは不機嫌そうに口をとがらせている。
「用事って何だよ、俺達も手伝えばいいじゃねえか」
「うーん、かなり面倒な事でね。退屈だろうしベリアルと少し散歩してくるといいよ」
「はぁ……別に俺はいいけどよ」
「フリーシェやメイアの事を頼んだよ」
リリックにそう伝えて肩を叩き、メイアに目を向ける。
「メイア。約束は守るから安心してね」
ルイスは微笑み、メイアの頭を撫でる。
だがメイアの不安そうな表情は消えず、ルイスの顔を見つめるだけだった。
「ルイス殿、自分達は行ってまいります。クロード様はもうすぐ来られると思いますので、それでは」
ベリアルは頭を下げ、生徒三人を連れて歩き始めた。そんな中、フリーシェは歩くたびに後ろに振り返っては手を振る。
ルイスは笑いながら手を振り返し、三人が見えなくなるまで見送った。
「さて……やるか……」
ルイスはそう呟きながら、学校の中へと入り、そして地下牢を目指す。
今日、ノヴァと決着をつける。
そのために生徒達を安全な場所に避難してもらったのだ。
「おやおや、どうされたんです? ルイス」
地下牢の前に立つと、アイニールは既にノヴァへと変わっていた。備え付けのベッドに腰掛けながら、いつものように笑みを浮かべている。
「外に出ようか、話したい事があるんだよ」
「話したい事ですか?」
ノヴァは言葉を反芻しながら考える素振りを見せ、再び笑みを取り戻す。
「いいでしょう、ではお伴しますよ」
ノヴァは立ち上がり、牢屋の扉の前に立つ。それを見たルイスは牢屋にはっていた結界を解いて牢屋の鍵も開き、そしてノヴァの拘束をすべて外した。革紐も、捕縛布も、全てを取り払う。
話をするのだから、縛り付けたままにするつもりはない。
「拘束を解いてよろしいのですか?」
「クロードの部下達に小言を言われるだろうけど、まぁ問題ないよ」
ルイスはノヴァに背を向けて、地下牢から学校の外に出る。
その後をノヴァは黙って付いて来る。
「ルイス、一体どういうつもりです?」
「いいや、ただの散歩と朝ごはんさ」
そう言ってルイスは手に持っていたサンドイッチを見せびらかす。
今朝早起きして作ったものだ。
しばらく歩き、ルイスは学校から少し離れた草原に腰を下ろした。
「困惑しますね、何を企んでらっしゃるのやら」
ノヴァは笑いながらルイスの隣に腰を下ろし、サンドイッチを一枚受け取った。
少しだけ警戒しつつも一口齧り、美味かったのか表情が明るくなる。
「美味しいですね、ルイスが作ってくれたのですか?」
「そうだよ、こう見えて料理は得意なのさ」
笑いあいながらルイスとノヴァは食事を続け、時々紅茶を飲みながら語り合う。
ノヴァはルイスが何を考えているのか腹を探るため、そしてルイスはノヴァの感情を確かめるために。
「そういえばさ、初めて会った時私の体が欲しいみたいな事を言っていた気がするんだけど、アレってどういう意味だったんだ?」
「文字通りの意味ですよ、アイニールの体より、アナタの体に寄生したほうが私の力はより大きくなります。今は魔力量がアイニールに引っ張られている状態でしてね、正直言えば宿主を変えたいのです」
「それだけなのか?」
「ええ、まぁ……それだけです」
ノヴァはサンドイッチを全て飲み込み、紅茶で流し込んだ。
満足したのだろうか幸せそうな表情で呆けている。
「ノヴァ、私は君に話す事があるんだよ。今日はそのために外へ連れ出したんだ」
ルイスも同じように紅茶で口の中を流し込み、そしてノヴァと向かい合う。
「話ですか?」
「うん、前に地下牢で話した事さ。人間を滅ぼすって話」
ノヴァの表情が明るくなり、その顔をルイスに近付けた。
美しく、子供のような笑みを浮かべた顔を。
「考え直していただけたのですね! さぁ、共に人間共を皆殺しにしましょう!」
ルイスの手を握り、ノヴァは幸せそうに笑う。
そんな彼を見て、ルイスは小さく笑った。
「違うよ」
ただ一言の否定。
「私は君の手を取れない。これは絶対に揺るがないよ」
もう昨日腹を据えた。
真っ向から、この男に立ち向かうと。
「英雄になれなかったことに腹は立たないのですか? 復讐してやろうとは思わないのですか?」
不思議そうに、ノヴァは問いを投げる。
正直言えば、そう思った事は少しある。
だけど、思っただけだ。
なにより、ルイスはもう――、
「私はもう英雄になれたよ」
フリーシェが英雄と呼んでくれた時、あの時にもうルイスの心は救われている。
だから、ノヴァの手を取らない。
自分を英雄と呼んでくれたフリーシェのためにも、ルイスは英雄でなくてはならない。
「私は思うよ……君は正しいと。だけど、君の手を取る事はできない」
何度も思った。
けど、自分はそちらには行けない。
信じてくれている人を、裏切るわけにはいかない。
「そうですか……残念です」
「ああ、残念だね」
そしてルイスは、勇者の剣を具現化させた。
ただ静かに、戦闘態勢をとる。
「アナタとは分かり合えると思っていました」
「分かり合えてるよ」
理解できているんだ。
だけど、止めなくてはいけない。
自分を信じてくれた人を、悲しませないために。
そしてルイス自身の為に。
「そう、ですか……」
「ごめんね、ノヴァ」
「謝る事はないですよ、仕方がないことです。私は私の思いの為に、ルイスはルイスの思いの為に」
それでいいじゃないですか。
そう言ってノヴァはまた笑った。
だけど今までの笑いとは違い、どこか悲しそうに陰を残す笑みだった。
瞬間、ルイスの地面から無数の棘が突き上げる。
「ではルイス、アナタの体を下さい。ルイスの体に憑依し、私は更なる力を得ます」
ノヴァの言葉を耳に入れつつ、ルイスは剣を薙いで棘を切り裂く。
そして地面を蹴って跳躍し、ノヴァから距離を取った。
(やはり、こうなってしまうんだな)
ルイスは心の中で憐れみを覚えつつ、剣を構える。
そして刀身を覆っていた包帯を解き、切っ先をノヴァへと向けた。
『神造武具――解放』
××××
≪Side ノヴァ≫
覚えている中で一番最初の記憶は、母親が振りかぶる拳だった。
エルフである母親は、人間の血を引く自分をとても毛嫌いしていて「お前さえいなければ」と、口癖のように何度もそう言っていた。
何度も死にかけたけど、それでも殺される事はなかった。
死にそうになるほど弱るたびに、母は自分を慰めて何度も謝る。
涙に顔を歪める母の顔を、今でも思い出す。
その頃、近くに住んでいた人間達も自分へ石を投げつけてきた。
「半魔が居るぞ」
子供達はそんな事を言いながら石を投げ、大人達はもっと酷い手段で自分を蔑んだ。
もっと酷く、嬲った。
ボロボロになり破れた服を引きずって、朝日を眺めて涙を流す。
いつも不思議だった。
なぜ自分は、虐げられているのだろう。
なぜ母は、自分を殴るのだろう。
そんな問いがノヴァの中で繰り返し彼が十歳になってもその答えは出ず、彼は考える事をやめて母の元から去ると、自分を蔑んだ人間達を老若男女問わずに殺した。
棘で串刺しにしていたぶってから殺して、殺し終わると――ノヴァは旅に出た。
そして彼は世界の広さを知り、自分と同じような半魔が自分と同じように虐げられていると知った。
「なぜだろう?」
思ったことをふと呟き、同時に答えを得るために彼は人を殺して回った。
毎日どこかをふらつき、半魔を虐げている人間が居れば刺し殺す。
そして人間を殺して半魔を助ける生活を続けていると、同種から「ありがとう」と呼ばれる事が多くなった。
「ありがとう」
彼は生まれて初めて、敵意と悪意以外の感情を向けられた。
自分の生まれた理由が解らなかったノヴァは、その言葉に固執した。
なら人間を殺し、虐げられている者達を救おう。
分け隔てなく、全ての虐げられている人を。
そうすれば、自分達はもっと生きやすくなるはずだ。
その決意から二〇年後、彼はたった一人で戦争を始める。
自分と同じように生きている弱者を守るため。
誰かを守るため、彼は戦争を始めたのだ。
××××
「杭といいますか、この棘はむしろ”悔い”と表現すべきなのかもしれませんね」
無数の棘が宙を舞い、四方八方から一斉にルイスを襲う。
(躱せないな)
そう判断し、ルイスは剣に魔力を込める。
体を捻り剣を空中で薙ぎ払って斬撃を飛ばし、無数の棘を全て撃ち落とした。
「さすがは勇者ですね、ではこれならばどうですか?」
――巨棘。
ノヴァが指を動かすと、三本の巨大な城門槍とも見間違える棘が放たれる。
気配だけで理解できる、あの攻撃は防げない。
「守衛結界」
ルイスは目前に結界を張り、棘の軌道を逸らした。
地面をえぐる棘が土煙を浮かべ、ルイスの視界を覆う。
だが視界を覆われつつも、自身の魔力感知がノヴァの存在を捕らえ続けていた。
彼は地面を蹴り、一瞬でルイスとの間合いを詰めている。
ルイス持っていた剣を横に薙ぎ、ノヴァの持っていた棘との鍔迫り合いが暴風を起こして周囲の砂幕を吹き飛ばす。
「どうされたんです、防御ばかりですね?」
勇者の剣を、棘を改造した剣で鍔迫り合うノヴァが顔を近づける。
すると次の瞬間、ノヴァの眼球から棘が生え、ルイスの額を襲った。
予想外の奇襲に、ルイスは慌てて体を横に回し、掌で着地する。
額に熱い痛みを感じつつも、次の攻撃に備えた。
まるで逆立ちの状態をノヴァは逃すわけがない。
周囲を取り囲むように棘を生やし、自分は空から棘を振り下ろす。
防げないと判断したルイスは、地面と接する右腕に魔力を充填させる。
そして、地面に魔弾を撃ち放った。
地面をえぐる衝撃が周囲の棘を蹴散らし、爆風で浮いたルイスの体がノヴァの持つ棘を防ぐ余裕を与えてくれる。
空中に場所を移しても二人は鍔迫り合い、お互いがお互いを牽制した。
「なるほど、そう言うことですか」
ノヴァは地面から生やした棘に着地し、ルイスから距離を取る。
「どういうつもりかは存じませんが、ルイス、君は私を攻撃するつもりがないのですか?」
「どうしてそう思う?」
「当勇者の力がこの程度なわけがないでしょう。まぁ私も「縛り」を課していた身ではありますが、ここまで無抵抗だと少々拍子抜けです」
ノヴァの言う縛り。
初対面の時にノヴァを殴ったルイスは、アイニールにも傷が引き継がれる事を知った。
ならばルイスにノヴァは殺せない、自分の生徒を殺す事になるから。
だから防御に回るしかない。
――はずだった。
大地を蹴り、一瞬で移動したルイスの手刀が、ノヴァの腹を貫いていた。
手首までが腹部に突き刺さっている。
それを見たノヴァが表情を曇らせ、棘で反撃しながら距離を取った。
「自身の生徒を殺すつもりですか?」
「殺すつもりは無い、君の魂を殺した後にアイニールを治療すれば済む話だ」
ノヴァが生唾をのみ、額に汗をかくのをルイスは確かに見た。
ルイスが言ったことはハッタリである。アイニールに致命傷を与えず、ノヴァの魂だけを殺す、そんな事はできない。
例え魔王を倒す力を持っているルイスであっても、そのような業はできない。
「なるほど、ではコレならばどうですか?」
ノヴァは自分の首に指を突き刺した。
鮮血が流れ、彼の服を紅く染める。
「アイニールを人質に取ります、私が自分の首を貫けばアイニールも死にますよ?」
ノヴァは不敵な笑みを浮かべ、ニヤニヤとルイスを見る。
だが、そんな脅しにルイスは怯まない。
「つまらない駆け引きはいらないよ。アイニールは君の魂を他人から埋め込まれた『虐げられている者』だ。そんな彼女を君は殺さない、それくらい私には解る」
ノヴァは腕を止め、静かにルイスを見る。
「大事をなすための小事だと、切り捨てるかもしれませんよ?」
「その程度の覚悟なら、君は一人で戦争なんて起こさないだろ。二百年封印されて、それでも諦めない覚悟はそんなものじゃないはずだ」
ルイスは、ノヴァと分かり合えている。
だからこそ、ノヴァの覚悟も知っている。
ノヴァがそんな事をしないと、ルイスは知っている。
「それほどまでに私を理解していながら、アナタはなぜ私の手を取らないのです? アナタはこの世界が正しいと思っているのですか? 我々のような半魔が虐げられているこの世界が、本当に正しいのだと、守るほどの価値があるのだと思っているのですか?」
ノヴァは首の傷を癒しながらルイスをみつめる。
まるで救いを求めるかのような視線に、ルイスはただ頷いた。
「私は、ガイリックという人間の弟子を守るために勇者になった。そして君と戦う理由は、フリーシェやリリック、そしてメイアを悲しませたくないからだ。あの子達を守りたいからだ。私の戦う理由なんて、いつもその程度しかないんだよ。君には遠く及ばない」
「くだらないですね、そんな少人数を守るために、アナタは多くの犠牲者を見捨てるのですか。多くの半魔を見捨てるのですか!」
「私は英雄ではないからね、私は生徒達だけの英雄だ。だからこの国にいる半魔がどうなろうと、私は知った事ではないよ」
「私と共にこの国に居る人間を殺せば、アナタは半魔の英雄になれるのですよ!」
「要らないよ、私はもうフリーシェに救われている」
踏み込みで地面が破裂し、ルイスの剣がノヴァの喉元に迫る。
だが地面から生えた棘が剣を防ぎ、それと同時に反撃の棘が喉に迫った。
「ルイス! 私はアナタすら救いたいのですよ、人間に虐げられている自分を、哀れに思ったことはないのですか!」
何度も思ったさ。
心の中でそう答えるだけで、ルイスは声に出さなかった。
「無限の悔い!」
ノヴァは地面に拳を突き立て、瞬間無数の棘が地面を覆う。
その棘は空へと射出され、空が一面ノヴァの攻撃で埋め尽くされた。
「アナタの肉体をお借りします。そして人間を滅ぼした後、もう一度問います。この世界が正しいのかと!」
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