19話 勇者の先生
誤字報告、本当に助かってます。
ありがとうございます。
「兵士長、どう思う?」
「どう、と言いますと?」
自分の城へ戻ったクロードは、兵士長と机を挟んで向かい合った。
お互いに神妙な面持ちで、ただゆっくりと言葉を交わす。
「ノヴァの討伐をルイスに任せるのは、間違いだと思う。半魔であり、迫害を受けたルイスにとって、ノヴァを討伐するのはあまりにも酷だ」
地下牢にむかってからのルイスは、心がどこかへ向かっていた。
十年来の友ではあるが、彼のあんな顔は見た事がない。
虚ろな瞳だった。
「僕は、ルイスを頼り過ぎていたのかもしれない」
ルイスは強い、圧倒的なまでに。
自分の兵士達を一人で壊滅できるほどに。
だから、その強さに甘えていたのかもしれない。
「兵士長は知っているかな? この国が成り立つ頃、半魔は英雄として扱われていたのだと」
「いえ……まぁ半魔の勇者が居た事くらいは知っていますが」
過去の文献には半魔が勇者に選ばれた事が記されている。
王国でも上位の人間しか見る事のできない文献なので一般には噂程度にしか広まっていない。
だが、クロードが言っているのはそんな話ではない。
もっと昔の話だ。
「人間という生き物はとても弱い、産まれて一年も赤子のまま立つことすらできない生物なんて人くらいだ。だが、魔物は違う。彼らは生まれつき高い戦闘力と魔力を有し、人間とは画一した戦闘力を持つ。だから大昔の戦争では半魔達はとても強く、そして気高い英雄として扱われていたんだ」
半魔達はその力を持ち、人間達と共にこの国を建てた。
魔物を退け、蛮族を打ち払い、この国に平和をもたらした。
「だが時代は進み、人間の持つ力が大きくなるにつれて半魔達は肩身を狭めていった。おそらく、当時の人間は怖かったのだろう、もし半魔達が自分達に反旗を翻せば敗れるかもしれない。だから人間は長い時間を使って、半魔達の牙を折っていった」
その手段は様々だった。
半魔の自治区という名前だけの強制収容所、お互いに監視させ結託をさせないようにした。
半魔の見張りに半魔を使い、時には濡れ衣を着せて捕らえたりもした。
魔女狩りならぬ、半魔狩り。
だが、この国に居る民のほとんどがそんな事を知らない。
王国が歴史の闇に屠り去ったものだ。
「やがてエルドリア王国が盤石な物となり、勇者という戦力を全て有する事になると人間達は半魔への迫害を始めた。武器を持つことを禁じ、結託することを禁じ、戦う事を禁じた。それが長い迫害の始まりなんだよ」
半魔を削り続け、総数と総戦力で勝ったから人間達は半魔への迫害を始めた。
半魔達は共に国を建てたのに。
その半魔達を切り捨てた。
「半魔達は何も悪くない、ドミノの一枚目を倒したのは人間なんだ」
半魔の中には罪人だって居た。
しかしそれは人間であっても同じ事なのだ。
だが半魔だけが個を全として扱われ、人間達の迫害をする理由になった。
「つまりは”恐れ”だよ。人間達が半魔を怖がったから半魔を迫害した。その不満が半魔を愚行に追い詰め、それによりまた迫害が生まれる。永遠に続く負のスパイラルだ」
止まらない、負の連鎖。
止めようとしても、止め方すらわからない。
未だに止まらない。
だってルイスは英雄になれなかったから。
「国中で起こっている迫害や半魔の犯罪組織……そして”半魔崇拝”これらは全て僕達人間が原因だ。人間が最初に手を下した。」
この地は自分が治めているのもあり、迫害心を薄くするように仕組んでいる。
だが他の地では違う。
半魔達は奴隷以下の存在として魔法の実験体、性処理道具、人身売買に使われている。
王都に居た頃よく目にした光景。
道の端で蹲る肌の黒い少年少女達は、皆世界に絶望した目を向けていた。
世界を恨み、人々を妬み、そして自分自身を呪うような。
そんな年端も行かない子供達へ、人々は平気で石を投げる。
憂さ晴らしをするかのように、痛めつけるのが娯楽とでも言うかのように。
まるで迫害が、正義であるかのように。
そんな鬱屈した環境で育った半魔達が、どうなるのか。
容易に想像できる。
「僕達人間は、傲慢がすぎたのかもしれない」
クロードは自嘲するように呟き、目を伏せた。
「もしかすれば、ノヴァは『答え』なのかもしれないね」
誰も見つけなかった答え。
誰も実現できない答えを見つけた半魔だ。
××××
何が正しいのか解らない。
ノヴァの言葉は極論すぎる部分もあるのだが、正しい部分はあるのだ。
だって、彼の言葉はこれほどまでにルイスの心を刺しているからだ。
迫害に苦しむ半魔の心を、これほどまでに揺らしているからだ。
ルイスだってノヴァのやりかたは間違っていると思う。
だが、彼のような存在が必要なのだとも思っている。
迫害をなくすにはどうすればいい。
何も解らない。
どこから手をつければいいのかもわからない。
例え半魔である自分が魔王を倒した英雄として国民に知らせても、半魔への迫害がなくなるとは思えない。
ならばノヴァの言う事は正しいのではないのか?
迫害を無くすには、そうするしかないのではないのか?
でも、そうなればきっと自分の周りにいる人が悲しむ。
数多の人が死ねば、きっと自分にとって大切な人達が悲しむ。
だけど、どうすればいい?
ルイスは一度だけ考えた事がある。
もし自分が子供を作れば、その子も同じように迫害を受ける。
ならば、自分には子を成せない。
同じ思いをさせる事はできない。
そうであるのなら、世界を良くするよりも諦めてしまったほうが早くて現実的だ。
世界に戦いを挑むなんて、夢のまた夢なのだ。
諦めてしまえば。
抵抗するのをやめて、こういう人生なのだと諦めてしまえば。
諦める事ができれば――。
でも、諦める事ができない。
諦める事ができず、ずっと苦しんでいる。
でもその痛みを、飲み込んでいる。
力だけで解決する問題ではないから、余計にたちが悪い。
力だけで解決するのなら、それがどれほど簡単な事か。
わからない。
「メイア、君にだから訊く。正直に答えてほしい」
「私に?」
「うん。君にだから訊ねたいし、答えてほしい」
この時、ルイス自身――混乱があったのかもしれない。
だからとても卑怯な方法で、自分の背を押してもらおうとした。
卑怯で、卑劣な。
意地汚い問いを。
「君は、先生が半魔と知り……嫌悪感を抱かなかったか?」
メイアが息を呑む瞬間を、ルイスは確かに見た。
言葉につまり、同時に悲しそうな表情を浮かべる。
そこでやっとルイスも気付いた。
自分が、どれだけ卑怯な問いを投げたのかを。
クロードの部下達ではなく、自分の生徒にその問いを投げる下劣さを。
だが――。
それでも、その問いを撤回する事はできなかった。
「答えてほしいんだ、メイア……」
小汚く、恐れられ、石を投げられる半魔が教師と知り、君は何も思わなかったのか?
普通の人間であれば、嫌なことだろう。
なぜ半魔に教えを乞わなければならないのかと。
「ルイス先生……」
困惑したように、メイアは名を呼ぶ。
だが、それでもルイスは止まる事ができない。
「私は君達にとって理想の教師になれるよう目指した。気丈に、気高く、心が腐ることはない勇者として。――だけど思い出してしまったんだよ。痛みを」
忘れていたはずだった。
ずっと昔に腹を据えたはずだった。
ずっと昔に理解していたはずだった。
『半魔である、自分が悪いのだ』
だけど、その思いが揺らいでしまった。
自分だって思う、迫害を受け入れるのは嫌だと。
辛い。
逃げ出したい。
何もかも捨てされれば、どれほど楽になれるのか。
「私だって辛いんだ!」
いくら気丈に振舞おうと、いくら笑顔を振りまこうと、心の奥底ではいつも雨が降っている。
一体自分が何をした。
「なぜ私がこんな事になるんだ!!」
英雄になれないほどの罪が自分にあったのか。
いっそノヴァが言った通り、自暴自棄になって罪を犯せば気が晴れたかもしれない。
けど、それもできない。
「何故こんなにも悩まなくてはならないんだ!!!」
振り切れるほどの心の強さも持っていない。
割り切れるほど、自分は孤独でもない。
振り切れるほどの心の強さを持っていない。
「私は尽くした、真摯に尽くした。だけど国は、世界は、人間達は……私に応えてはくれなかった」
国民は誰もルイスが勇者であると知らない。
道行く人に声をかければ唾を吐かれる。
魔王を倒し、世界を救っても、この程度なのだ。
何も変わらなかった。
勇者になる前と後で、何も、何一つ、変わらなかった。
それでも、そんな人生は嫌なのだ。
ノヴァの言う通り、そんな人生を受け入れる者なんて居ない。
「どうしたらいい、教えてくれ……私はあとどれだけ尽くせば人間は応えてくれる?」
半魔や黒肌といった種族や見かけではなく、自分を見てくれる?
自分自身を見てくれる?
いつになれば。
どれだけの時間があれば。
自分が死ぬまでに、そうなる可能性はあるのか?
たった一縷でも、望みはあるのか?
「私には、あの手を取る事ができないんだ。だけど――ふと思ってしまうんだよ」
あの手を受け取れれば。
全てを捨てる事ができれば。
ノヴァと共に生きる事ができれば。
どれほど心が救われるのだろうか――と。
この背にかかる重みが、なくなるのか――と。
天秤にかけるような事はしたくない。
初めて自分を英雄と呼んでくれたフリーシェの言葉もノヴァの言葉も、等しく自分には突き刺さる言葉だった。
フリーシェには救われた。
だがノヴァには思い知らされた。
何が正しい?
「わからないんだよ……」
肩に重い物が圧し掛かるような疲労感を覚えた。
このまま、この場に崩れ落ちてしまいたくなるような。
何もかも捨ててしまいたくなるような。
だが捨てられず、逃げ出す事すらできない。
世界がそれを許さない。
何が正しいのか。
ノヴァはこの問いに対する答えを、自分の中で見つけたのだ。
だから二百年前、戦争を始めたのだ。
たった一人で。
哀れだ。
そして悲しい。
自分がノヴァの手を取れば、きっと彼は心の底から歓喜するだろう。
心の底から、自分を受け入れてくれるだろう。
生徒と先生という関係ではない。
ただ一人の半魔として、自分を受け入れてくれる。
「ルイス先生……」
気が付くと、頬を一粒の雫が流れていた。
とうに枯れてしまったと思っていた自分への涙が、とめどなく溢れてくる。
ずっと昔に理解していたはずなのに。
頭では理解していたはずなのに。
自分が世界で一番辛いというわけじゃない。
でも、悲しくてしかたがなかった。
涙が止まらなかった。
「ごめんよ、私は先生なのに……ごめんよ……」
みっともない。
勇者なのに、何故自分は泣いている。
ああ、そうか。
限界なんだ。
これ以上はもう――耐えられない。
「先生――」
唐突に抱きしめられた。
メイアが立ちあがり、椅子に座るルイスを抱きしめていた。
「私は先生の過去を見たよ、先生がどれほど辛い経験をしたのか知ってるよ」
××××
≪side M≫
メイアは――涙を流すルイスを見て、自分の愚かさを悟った。
先生であるのだから、とても強いのだから。
痛みだって辛さだって、乗り越えていると思っていた。
けど違った。
そんな事はなかった。
魔眼を使わなくても、どれほどルイスが悲しんでいるのか理解できる。
この学校に来るまで、自分が一番つらいのだとメイアは思っていた。
欲しくもない魔眼を手に入れ、そのせいで家族にも捨てられた。
こんなもの欲しくないのに。
ずっと一人で塞ぎ込み、自分の目を潰そうと何度も思った。
けど――できなかった。
怖くて、できなかった。
そんな暮らしがずっと続いて、国の研究所をたらいまわしにされ、それでも自分の目を受け入れてくれる人はいなかった。
皆心の底では秘密を抱えていて、それを自ら曝け出すような人はいなかった。
けど、ルイスは受け入れてくれた。
過去を見てもいいと、自分を受け入れてくれた。
ルイスが英雄になれなくて、どれほど辛い思いをしたのか知ったのはその時だ。
同時に自分が一番不幸だと思っていた浅はかさを恥じた。
ルイスやフリーシェ、リリックの方が重い物を背負っていた。
ルイスは迫害を受けて英雄にはなれず、フリーシェは両親を自分の手で殺してしまった。
そしてリリックもまた希望から絶望に落とされた、迫害の被害者だ。
彼らの方が、自分より重い物を背負っていた。
背負いたくもない業を背負っていた。
なのに、皆は笑顔だった。
笑顔で楽しそうだった。
三人ともいつだって笑っていて、ルイスはいつも自分達生徒を気にかけてくれていた。
フリーシェは自分を姉のように慕ってくれていた。
リリックは年長者として、手本を見せてくれていた。
だから――。
ルイスはその痛みを乗り越えていると思っていた。
フリーシェやリリック、そして自分にあれだけの笑顔を向けてくれているのだから。
先生として、あれだけ優しくしてくれているのだから。
ルイスの中で踏ん切りがついているのだと思っていた。
その痛みを、乗り越えていると思っていた。
しかし、目前で涙ながらに語る彼はとても辛そうだった。
辛くて仕方なくて、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
乗り越えてなんて、いなかった。
痛みをずっと抱えていたのだ。
『逃げ出しても良いじゃない』
たった一言。
その言葉を吐くだけで、今ルイスを蝕んでいる痛みから解放されると思う。
けど魔眼を使った時、ルイスはそれを望んでいないと知った。
その言葉を欲しているのに、ルイスはそれを望んでいない。
ノヴァと手を取りあいたいと思う気持ちがある中で、ルイスは人間の友を守りたいとも思っている。
その枷が、ルイスを縛っている。
「ごめんよ、私は先生なのに……ごめんよ……」
ごめんよ。
その言葉に、メイアはどれほどの重圧が彼にかかっているのかを知って抱きしめた。
今自分が寄り添わなければ、自分の知るルイスが崩れ落ちてしまうような気がしたからだ。
だけど、これが正しい事なのか分からない。
ルイスだけの幸せを思えば、ノヴァの手を取れるように後押ししてやるほうが救われると思う。
けど、そうしたくない。
自分の知るルイスが、そうなってほしくない。
どこにもいかないでほしい。
そんなエゴで、メイアは抱きしめてしまった。
「私は先生の過去を見たよ、先生がどれほど辛い経験をしたのか知ってるよ」
でも、知っているだけだ。
ルイスがどれほど辛い『思い』をしたのかを知らない。
自分みたいな小娘が、わかったような口をきくことすらおこがましいのかもしれない。
でも――。
「辛いのなら、泣いてもいいよ……だから謝らないで」
寄り添う事しかできない自分の無力さを恨んだ。
ルイスの重みを少しでも自分が肩代わりできるのならば、そうしたい。
けど、そんな事できない。
だって自分はルイスとは違うから。
それでも自分は――
自分の思いは――
自分の心は――
まるで呪いのような言葉を吐かずにはいられなかった。
その言葉が、どれだけルイスを縛り付けるのか。
それを知りながらも、メイアはその言葉を吐かずにはいられなかった。
「先生と一緒に居たい……」
朝起きてルイスが作った朝食を食べ、強くなるための特訓をし、フリーシェと共に作ったおやつを食べ、リリックとの喧嘩をルイスになだめられながら夜を過ごし、同じ屋根の下で寝る。
そんなありふれた幸せを、メイアは手放したくなかった。
ノヴァの手を取る後押しをすれば、その幸せが壊れてしまう。
それくらい解る。
一緒に居たい。
その言葉が持つ意味を、メイアは理解している。
ノヴァを捨てて、痛みを受け入れて、諦めろと言っているのだ。
それがどれほどルイスに痛みを与えるのか。
これから先、ルイスに痛みを与え続けるのか。
理解している。
(卑怯だな……私は……)
恩師にとっての幸せを、踏みにじる事になるかもしれない。
ノヴァと手を取り合えば、ルイスは幸せになるのかもしれない。
けど、それでもルイスと離れたくない。
ルイスが大好きだから。
フリーシェの事も、リリックの事も大好きだから。
離れ離れになりたくない。
今を――手放したくない。
「私は先生の味方だよ」
ルイスの幸せを奪う権利など、自分にはない。
自分を救ってくれた恩師の幸せを、奪う権利なんてあるはずがない。
だから、この言葉を拒絶されても仕方がない。
でも、それでも。
ルイスが自分から離れてほしくない。
これはフリーシェだって、リリックだって同じことを思うだろう。
ルイスが背負っている重み、それを肩代わりする事なんてできない。
でも寄り添う事はできると思う。
迫害とは、立ち向かうには大きすぎる。
けど――寄り添えば、ルイスを救えるかもしれない。
自分を救ってくれたように、自分の目を受け入れてくれたように。
メイアもルイスの全てを受け入れたい。
「だから先生――」
メイアは抱きしめる腕に力を込めた。
どこにも行ってほしくないから。
自分達を捨てて、ノヴァの方へ行ってほしくないから。
ルイスを失わないために。
ただ一つの言葉を。
卑怯と知りつつも――。
その『言葉』を吐いてしまった。
「――私達を捨てないで」
振り絞るような言葉を、吐いてしまった。
××××
――捨てないで。
ノヴァの手を取り、この国へ戦争を仕掛ければ――きっと自分はもう生徒達と手を取り合えない。
人間を殺しまわった半魔が、勇者を育てられるわけがない。
育てていいはずがない。
ノヴァと生徒達、そのどちからしか選べないのだと気付いた。
いや、本心では理解していた。
だけど、理解しないフリをしていた。
『ルイスさんは、僕の英雄なんです』
フリーシェの言葉を、今でも鮮明に思い出す。
全てから拒絶され命を懸けて戦っても英雄になれなかった自分を、ただ一人英雄と呼んでくれた初めての生徒。
フリーシェは、ルイスにとっての宝だ。
リリックもメイアも同じように、かけがえのない大切な宝だ。
ノヴァの手を取れば、失ってしまう宝だ。
「メイアは、私にノヴァの元へ行ってほしくないのかい?」
答えが分かりきった問いを投げた。
行ってほしいなんて言うはずがないのに。
それでも、言葉にして欲しかった。
「……うん、行かないでほしい」
涙に震える声で、メイアは応えた。
かすれるような、か細い声だ。
まだ子供の、声だった。
「そうか……」
自分を殺し続けてきた。
迫害を受けても、仕方ないと思ってきた。
リリックのように怒れれば良いのにな、なんて思ったこともある。
「先生、私は勇者になるよ。先生の教えで」
自分を抱きしめるメイアが、震える声で続ける。
「英雄になって、みんなの前でルイス先生が教師だって言うよ。それで迫害が減るのかは分からないけど、それでも私はルイス先生を助けたい」
助けたい。
その言葉を、ルイスはただ噛み締めた。
「どれだけ時間がかかるか分からないけど、それでもルイス先生が背負っている物を少しでも取り除きたい。私も一緒に頑張るから――だから、
私達の傍に居て」
クロードから教師にならないかという提案を受けた時、正直自分はただ流されただけだ。
英雄になれなかった虚無感で、もうどうでもいいと思っていた。
人を導くその重みも責任も、解ってはいなかった。
だが、自分を抱きしめるメイアの温もりに触れて理解した。
先生になるのならば、彼らを裏切ってはいけない。
自分を慕ってくれている彼らを、裏切れない。
『私達の傍に居て』
メイアの言葉が持つ意味を、ルイスは十分理解している。
生徒達は皆、捨てられてここへ来たのだ。
悪魔に憑依されて王都から匙をなげられた少年。
半魔として迫害に苦しみ、流れ着いた青年。
望まぬ物を持って生まれ、家族からも捨てられた少女。
彼らを捨てるわけにはいかない。
自分まで、捨てるわけにはいかないんだ。
「ありがとう、メイア……ありがとう」
生徒の胸の中で、ルイスはそう言った。
「もう大丈夫だよ、メイア……」
「本当に?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう……ありがとう、メイア」
ノヴァの問いに、答えなんて出せない。
答えがあるのならば、自分はこんな思いをしていない。
だからせめて、自分の気持ちで答えを出そう。
ノヴァを悪と切り捨てる事はできない。
しかし、彼の手を取る事はない。
生徒達を育てるために、生徒達と寄り添い続けるために。
いずれ生徒達が勇者になった時、彼らの教師として誇れるように。
ノヴァの手を取るわけにはいかない。
彼らを送り出す時、胸を張れるように。
『勇者の先生』として。
少しでも面白いと思っていただけましたら
ブックマーク・感想・評価をお願いいたします。




