悲劇の歌
「喜劇⁉︎喜劇だと⁉︎貴様ら…我が栄光あるデップリード伯爵
家をこけにしおって…許さん‼︎喜劇ならば今すぐ幕を降ろしてやろう‼︎」
構えた銃から重たい破裂音が三発響く。
甲高い悲鳴が周囲から上がり、クローディアも恐怖に目を閉じた。
「へぇ、これが銃か。じぃさんには聞いてたけど、上手く使えば殺傷力の高そうな武器だね。」
「 そうか?銃口の軌道が読めれば、あんなものまず当たらないだろう。」
「そりゃそうだけど、あんな物をうちのお姫様方に向けられるのは不愉快だね。」
「同感だ。」
自分達の剣は投げてしまった為、落ちていた私兵の剣で銃弾を弾き飛ばしたイグニスとギルベルトは、折れた剣を投げ捨ててファットンを鋭い視線で射抜く。
「イグ、ギル、ありがとう。では次は私の出番ね。ですがまずは…喜劇の前に悲劇を語らなくてはいけません。とても悲しく凄惨な…『エマーヌ川の氾濫』から歌いましょうか。」
紙の束を見ながら口にした言葉に、周囲が騒めく。
エマーヌ川とは、シュミラの北から流れる大きな川で、大陸から海へと繋がっている。
そのエマーヌ川は五年前の雨季で氾濫し、周辺の村を押し流し、民家、畑、家畜、人…あまりの甚大な被害に、国を挙げての復旧作業と氾濫対策の大規模な補強工事がデップリード主導の下始まった。
しかし、二年後…補強工事は終わっていたはずなのに、再度川は氾濫し、やっと復旧してきた村は再度流された。
国は予想を超えた雨量が原因だと発表したが、その年、工事の責任者をマクスウェル侯爵家に変えた。
「国はデップリード家の悪事を暴く証拠を得られず、罪を問う事が出来なかったのでしょうね。」
「な、何を馬鹿な事を‼︎あれは雨量が」
「丸太の量は当初の計画の三割は少なかった。砕石の量に至っては四割近い。砂を混ぜて誤魔化したのでしょうけど、結果砂が流れてしまったせいで砕石の壁が崩れ、丸太も倒れた。あれは自然災害ではなく、資金横領による手抜き工事…あれは紛れも無い人災。」
招待客達も思い当たる節があるのか、デップリードに怒りの視線を向けている。
「次に歌うは『ミシュタリア大飢饉』」
三年前の氾濫により田畑は流され、あまりに多くの農夫達が亡くなった。
五年前、三年前と続いたせいで、ラセーヌ公国全土で食糧不足が深刻化し、国は国庫を開き、近隣諸国に支援を要請する事で対策した。
だが、デップリード伯爵家の管轄下であった周辺の村や町では食糧の配給が不足し、小さな村の幾つかは飢えて消えた…。
「原因は国庫から持ち出した食糧を、兵士数十人が持ち逃げ。犯人は海賊と繋がっていて、デップリード伯爵がそれを討ち取り村人たちの仇をとった…。けど不思議だわ。晒し首にされた海賊達の髪は潮で焼けているはずなのに、誰一人としてその特徴はなく、肌も白かったそうよ?」
町の住人の中には、貧困街で見かけた事があった者までいたらしいが、食糧の配給を減らされるか、自分も同じ様に首を晒されてしまうかと、訴える事は出来なかったそうだ。
「けれど悲劇は他にもある…『エマーヌ川の氾濫』『ミシュタリア大飢饉』この裏に隠された『デップリード伯爵家の後継者殺人事件』に『孤児の謎の失踪』」
じっとデップリードを見つめれば、尋常じゃない汗をかきながら震えている。
「今から8年前…デップリード伯爵が突然の病で急死し、長子のマンプックが後を継ぐも、数日後の領地視察で盗賊に襲われ一家と護衛の30名が死亡。唯一の跡取りとなった貴方が伯爵となったが、領地経営の知識もセンスも資質もない男に務まるはずがなく、見かねたマクスウェル侯爵家の助力により領地は安定。…その頃から、 孤児院の子供達が養子として領外へ出る率が高くなった。」
「やめろっ‼︎何が暗殺だ‼︎盗賊どもは捕らえた‼︎孤児達はたまたま」
「たまたま…縁組み先で行方不明に?当時親代わりだったシスターが子供達を縁組み先に尋ねたところ、一人として姿を見る事は出来なかった。それを異常だと騒いだから、シスターはお亡くなりになったのでは?」
「あのシスターは高齢過ぎてボケておった‼︎そもそも、
エマーヌ川の氾濫により、孤児院の資料は全て流され証拠もないのに、何を根拠に我が家を侮辱するか‼︎」
「繋がっているからですよ。すべてが…」
冷たい瞳を向けられて、ファットンが声にならない悲鳴を上げた。
いかに自分が追い詰められているのかが分かっているのだろう。
周囲の招待客はもちろん、私兵でさえファットンの罪に驚愕していた。
「皆さま、今からこの一連の流れである、恐ろしい真実を明らかにしてご覧に入れます。」
風の魔法で声を広げ、凛とした声が響く。
「これらの悲劇の元凶…それは、これです。」
ルミリアの掲げたのは、拳ほどの黒い石。
それを見たファットンはついに膝から崩れ落ちた。
「これは魔鉱石。一見ただの石ですが、魔力を蓄えることができる希少な物です。」
とは言え、魔力を注がなければ何の力も持たない。
魔力が身近にないこの場の人間には、ルミリア達がどうしてそんな石を元凶だと言うのか分からなかった。
「用途に関しては省きますが、8年前、土砂崩れした山の斜面からこの石が発見され、見た事のない鉱石に価値があるのでは…と思った村人が、これをデップリード伯爵家に持ち込んだ。当主だったマンプックはこれが魔鉱石だと知っていたのでしょう。村人たちには価値なきものと説明し、採掘を許さなかった。しかし…この男は魔鉱石に価値を見出し、邪魔な兄を暗殺、兄の護衛達を鉱夫として捕らえ、孤児院の子供達を秘密裏に集めて採掘を続けた。その結果、穴だらけの山は豪雨により土砂崩れを起こしてエマーヌ川へと雪崩れ込み、エマーヌ川の氾濫という悲劇を引き起こした。」
「な…なんて事を…」
クローディアの震える声。
たかが石の為に失われた多くの命。
「…エマーヌ川の氾濫の際に、川に流れた魔鉱石を回収させた男達を死者扱いにして鉱夫とし、採掘にエマーヌ川の補強工事資金の一部を回した為、手抜き工事になったエマーヌ川は二年後にまた氾濫。採掘に薄々気付いていた村人達はデップリード伯爵家の責任だと訴えたが、訴えた者達は権力と武力により排斥され、後のミシュタリア大飢饉の際に食糧の配給を減らすことで村ごと邪魔な者達を消し去った。」
「違う…私では、私ではない…私では…」
「父上…こんなの戯言でしょう?我らデップリード伯爵家は、栄光ある選ばれた一族なのでしょう⁉︎」
縋り付く息子の声に、ファットンはゆらりと立ち上がってルミリアを睨み付けた。
「あぁ…そうだ。私達は栄光ある一族‼︎貴様らの様な下賎な者の言葉に何の意味がある‼︎戯言はあの世でほざくがいい‼︎」
拳銃から三発の発砲音が響く。
だが、それはルミリア達の目の前でピタリと止まり、カラカラと床に転がった。
「な…なんなのだ…貴様らは一体、何者なのだ‼︎」
悲鳴の様な叫びに、ルミリアは一歩一歩親子に近付きながら答える。
「私達は冒険者『フェアリル』。フリンデル男爵家に雇われた、クローディア様の護衛。」
「ならば何故こんな…」
「クローディア様の護衛たる私達が、御身を呪われた一族に渡すわけがないでしょう?婚約を破談にする為には、あなた方に滅んでもらわなくてはね。」
「破談…?そんなことの為に…こんなことを?」
「そんなこと…?」
デップリード親子の前に立ったルミリアの怒りに満ちた目に、二人は自分達の失言に身を震わせてへたり込んだ。
「汚い手を使いフリンデル男爵家を追い詰め、家族を人質にして少女を買おうとする外道なんぞにクローディアを嫁がせない為なら、私達はなんでもする。」
「シュミラの妖精姫と、俺たち『フェアリル』の出会いは、今まで虐げられ、裏切られ死んでいった者達の導きだったのかもね…」
「伯爵と言う責任ある立場でありながら、守るべき民を利用し使い捨て、権力を勘違いした愚かなお前達には、破滅の道しか残っていない。」
ギルベルト、イグニス、彼らも同じ伯爵家として、デップリード親子の非道は許せるものではない。
領民達のことを思うと、怒りが抑えきれずに剣を握る手が震えた。
「ギル、イグ、これから始まる喜劇はシュミラの人達に任せましょう。どんな苦しい言い訳をするのか、どんな醜態を見せるのか…」
招待客の方を見れば、誰もが泣き叫ぶ親子を想像して、薄暗い笑みを浮かべている。
誰一人として自分達の味方がいない事を思い知った親子の絶望に満ちた顔は、それだけで周囲の笑いを誘う。
…クローディアを除いては…
「帰りましょう、クローディア様。愛するご家族の元へ。」
泣きながらルミリアの胸に飛び込むクローディアを受け止めて、震える背中を優しく撫でる。
この涙が安堵なのか、それとも過去に犠牲となった領民達への思いからなのか、ホールに響き渡る泣き声は、妖精姫の悲痛な思いをも響かせた。
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