フェアリル
高らかに響くオーケストラの音色。
贅を尽くした料理の数々が所狭しと並び、ギラギラ輝くシャンデリアと、金、金、金で埋め尽くされた内装が眩しいダンスホール。
それを数段高い位置から見下ろすのは、この家の当主である、ファットン・デップリードと、ピッグル・デップリードの親子だ。
顔も体型もそっくりだが、何よりその性格の悪さまで同じだという事は、シュミラに住む誰もが知っている。
何故こんな男に、シュミラの妖精姫が嫁がねばならないのか…と、誰もが心の内だけで嘆いていた。
「今日は我が息子ピッグルとクローディアの婚約披露パーティーへよく来てくれた。クローディアの到着まで、ゆっくり食事を楽しんでくれ。」
拍手の中、まるで玉座の様な椅子に腰掛けたファットンは、口元だけに笑みを浮かべながら、細い目を更に細めて低い声で唸る。
「クローディアはまだか。」
「ハッ、迎えの者は送っております。必ずや連れてくるでしょう。」
最後の最後まで婚約に頷かなかったフリンデル男爵家。
出来うる限りの圧力をかけたあの家に、もう逆らう力は残っていない。
だが、娘可愛さに逃がす可能性を考えて、常に監視下に置いてある上に、早くに迎えまで出したというのに、まだクローディアは姿を現さない事に、ファットンは苛立ちを隠せなかった。
母親に生写しのクローディア。
ファットンはその昔、クローディアの母 フェルメナが欲しくてたまらなかった。
流れる絹のようなブロンドの髪も、吸い付く様な白い肌も、誰もが見惚れる美しい容姿も、艶めかしい肢体も、その全てが欲しかった。
ドレス、花、金品を贈り、あらゆる権力を見せつけて、フェルメナが妻しにてくれと擦り寄る日を心待ちにしていた。
だが、そうはならなかった。
フェルメナは全ての品を送り返し、こともあろうか貧乏男爵家へと嫁いだ。
あの時の怒りと絶望と憎しみは、今だに忘れておらず、ピッグルがクローディアを欲しがった時、息子可愛さに…ではなく、あの時の復讐をと考えた。
今度こそ必ず手に入れてやる。
どんな手を使っても。
そして思い知らせてやるのだ。
いかにデップリード伯爵家が偉大であるかを。
いかにフリンデル男爵家が無力かを。
いっそこのままフリンデル男爵家を没落させ、フェルメナを愛人にするのもいい。
下卑た笑みを浮かべた時、ダンスホールの大きな扉が開いた。
「クローディア・フリンデル嬢、ご到着でございます。」
姿を現したクローディアに、誰もが息を飲んだ。
あまりに愛らしく、美しい妖精姫。
凛と前を見据える瞳は輝き、悲嘆の表情は見えない。
彼女は覚悟を決めたのだ…誰もがそう思った。
しかし、周囲は悲しい顔をする間もなく目を見開いた。
クローディアの後ろに続く五人に目を奪われたからだ。
ふわりとした青いプリンセスドレスのクローディアを守護する様に続くイグニスとギルベルト、フリンデル男爵家の紋章を入れた青の騎士服姿で並び立ち、その後ろをルミリアが続く。
人形のように愛らしいクローディアとは違う美しさの彼女達に、デップリード親子すら見惚れて言葉もなかった。
青のカクシュールドレスを着たルミリアの装いは控え目ではあるが、膝の見えるフィッシュテールの裾は歩く度に美脚を見せつけた。
会場中の視線を集めた青の集団は、デップリード親子の前に立つと優雅に礼をとる。
「遅くなって申し訳ございません。」
「……う、うむ‼︎して…そちらのご令嬢は?」
「私の護衛でございます。」
「令嬢の方だ。」
「彼女も護衛です。」
クローディアがハッキリと言い切ったと同時に、ルミリアがクローディアの隣に並んで微笑んだ。
「お初にお目にかかります。冒険者のルミと申します。本日はフリンデル男爵家から依頼を受けて、クローディア様の護衛として参りました。」
初めは驚いていたものの、本当に護衛なのだと理解した瞬間、表情が険しく歪む。
「婚約披露のパーティーに、わざわざ雇いの護衛を付けてきたと?クローディア、どういうつもりだ。」
ファットンの声に僅かな怯えを見せて唇を震わせるクローディアに、ルミリアが優しく微笑む。
それを見て頷いたクローディアは、真っ直ぐにファットンの目を見て答えた。
「今日は婚約披露ではなく、婚約のお申し出を断るために来ました。」
「クローディア‼︎お前は僕の婚約者だ‼︎今更断るなんて出来ないぞ‼︎」
「確かに…私は家族を守る為、一度はこの身を差し出す事を決意しました。ですが、そんな事をしても両親を悲しませるだけだと知りました。ピッグル様、私は貴方とは結婚出来ません。いえ…貴方とだけは、絶対にしたくない。」
侮蔑さへ込めた拒絶に、ガタンとその場に崩れ落ちるピッグル。
ファットンはギリギリと歯を鳴らしてこちらを睨む。
「クローディア…デップリードを敵に回して、無事に済むと思うのか?」
ファットンが手を上げた瞬間、私兵が剣を抜きクローディア達を取り囲む。
招待客達は悲鳴を上げたが、デップリードの許可なくこの場を去る事も出来ずに壁際へ身を寄せた。
「バカな小娘め。デップリードを侮辱した罪、フリンデル一族の首で贖わせてくれる‼︎」
「…無駄ですよ。フリンデル家には、私の仲間がいます。 そしてクローディアには私達がいる。」
「三人で何が出来る‼︎今すぐにこの無礼者らを捕らえろ‼︎抵抗するなら殺しても構わん‼︎」
主人の怒声に私兵が剣を振り上げる。
だが、その渾身の一撃はかすりもせずに空を切り、イグニスの抜いた剣でたやすく叩き落とされた。
「この者達は騎士でも剣士でもないな。」
「剣筋からいって傭兵崩れってとこかな?」
唸り声を上げて襲い掛かる私兵達の動きには連携すらなく、イグニスとギルベルトはルミリアとクローディアを守りつつ戦うハンデすらものともしない。
「私兵の質が悪い。ま、悪行を重ねる者に仕える騎士などいないだろうな。」
「伯爵家なのにねぇ。せめて腕の立つ奴を集めるべきだったんじゃない?」
20人近くいた私兵が床に沈み、二本の剣先がスッとファットンの方に向けられる。
「お、おのれっ‼︎警備の者はどうした‼︎」
「眠っていただきました。こんなくだらない事で、怪我人を増やしたくないのでね。」
ルミリアの笑みに身を震わせて、ファットンは胸元に潜ませていた銃をルミリアに向けた。
「それはお優しい事だ。ならば当主自らお前達を始末せねばならんな。」
この世界で初めて見る銃に、ルミリアの瞳が大きく開く。
随分と薄れた記憶だが、ティル・ナ・ローグの世界には多様な武器が存在していた事を思い出す。
フェリス王国の扱う武器は基本剣や弓などで、火薬を使う様な武器は見たことがなかった。
(失念してた。ティル・ナ・ローグの世界だということは、銃や大砲だって存在するんだわ。)
ゲームと現実には様々な差異がある。
ティル・ナ・ローグは剣と魔法の世界という設定だったのに、一部の地域、それも極僅かな限定された国しか魔力を所有していないこと。
フェリス以外に混沌の森やゲートが存在しないこと。
(これはますます世界を回ってみなくちゃいけないわね。でも…まずは目の前の敵から。)
ルミリアの反応が恐怖からだと思ったのか、ファットンの顔に醜い笑みが浮かぶ。
「ヒヒッ、死にたくなければ大人しくする事だ。クローディア、最後のチャンスをやろう。お前が大人しく息子の嫁になるならば、こやつらの命だけは助けてやる。」
ハッと息を飲むクローディアに気を良くして、高揚した声が静まり返ったダンスホールに響く。
「ヒハハッ‼︎そうだな、そっちの冒険者共は奴隷にでもしてやろう!その生意気な女は…」
ニタリと歪んだ唇を、厚い舌がベロリと舐める。
「私自ら躾けてやろう。」
ヒュンッ
言葉が終わらぬうちに、二本の剣がファットンの左右の頬をかすめて背後の壁に突き刺さる。
「黙れ下衆が。」
「ねぇルミ嬢…今すぐやっちゃうべきじゃない?」
二人のただならぬ殺気に当てられて、ファットンの脚は哀れな程にガクブルと震えている。
「駄目よ。せっかく当主自ら招待客の皆様の前で見事な喜劇を披露して下さっているのだもの。最後まで、徹底的に、お付き合いして差し上げなくては失礼だわ。」
優雅な笑みを浮かべながら伸ばした手が、突如現れた小さな空間に飲み込まれる。
「ま…ほう?」
クローディアの呆然とした声と同時に、空間から出た手が紙の束を持って引き抜かれ、それを招待客に掲げて見せる。
「皆さま、これから始まる喜劇への序章、最後までどうぞお楽しみ下さいませ。」
恭しく礼をとる姿に震える銃口を向けて一歩後さずる。
「お、お前達は一体何者なんだ⁉︎」
「私達はクローディア様をお守りする為にフリンデル家に雇われた冒険者…『フェアリル』」
ルミリアの言葉にイグニスとギルベルトが微笑む。
「さぁ、お話の続きへと参りましょう?」
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『暴虐のへカテリーナ』もよろしくお願いします。




