フェリスの至宝
「えっと…これは…?」
「今朝お嬢様宛に届いたお手紙でございます。上から、カムズ男爵家のサリマン様より演劇のお誘い。マゼリア子爵家のラグムン様より美術品の…」
「あ、ありがとう。部屋に置いておいて。」
朝食後のティータイムに、ワゴンに乗せられ運ばれて来た紙の束に眩暈がした。
わかっているつもりだったけど…三大公爵家の令嬢の価値は、予想以上にすごかった。
「下駄箱いっぱいのラブレター、なんて下手な展開を予想してたけど、まぁ、この世界には下駄箱なんかないしね。」
「またわけのわからない事を。ルミリア、全て読んで必ずお返事を書くのよ。」
「はい、お母様。心得ておりますわ。」
これを読むのはかなり手間だが、アレクティス達の与えてくれた自由の価値に比べればなんてことない。
それに…大半は権利目当てでも、万が一私を想って下さる方がいるのなら、ちゃんと向き合いたいと思うから。
部屋に戻り、机に山積まれた手紙に手をかざす。
「リード」
手紙の山が解けて、空中に便箋が浮き上がる。
部屋いっぱいに広がったそれを、魔法を使って一気に読んだ。
これはとても便利な魔法で、読むと同時に頭に記憶する事も出来る優れものだ。
「まともなお手紙は三通だけね。ファスト」
魔法でそれぞれに返事を書いて手紙にし、手元に置いた三通には直筆でお返事を書いた。
それをメイドに渡して早目に学園の愛用しているサロンにテレポートすると、同じ様に山になった手紙が机の上に積まれていた。
「おはようございます、ルミリア様。今朝押し付けられた手紙、仕分けしておきましたよ。」
待ち構えていたミシルの話では、一緒に登校してきた二人は門で待ち構えていた男子生徒に、ルミリア様に渡して欲しいと手紙を渡されたそうだ。
ミスティも騎士特待クラスの男子から預かってしまったと、半泣きでフィオナを訪ねてきたらしい。
「ありがとう、ミシル、フィオナ。迷惑かけてごめんなさい。でも仕分けって?」
見たところ中を確認した様子はない。
が、ミシルは高く積まれた山の方を見て、顔を歪めた。
それと同じタイミングでサロンの扉が開き、アレクティス達五人までサロンに集まってきた。
「みんな、おはよう。朝からサロンに集まって…何かあったの?」
「おはよ、姫。何か…は、目の前の山かな。ミスティアナが半泣きだったから話を聞いたんだ。」
どうやらミスティは手紙を預かってしまった事を気に病んでいるらしい。
手間をかけたのはこちらだと謝ると、大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて首を振った。
「ルミリア様は悪くありません‼︎ただ、自分が情けなくて…」
「心配いりませんよ、オンディーヌ様。事前に仕分ければ、ルミリア様の負担にはならないでしょうから。」
「仕分け?まさか中身を読んだのか⁉︎」
驚くライラックに、ミシルはさっきの歪んだ表情で答えた。
「見てませんよ。ただ、読む価値のない手紙を弾いただけです。ちなみに、残ったのはこの10通だけです。」
渡された手紙を受け取る。
学園の生徒の方が、幾分は真剣に考えてくれているらしい。
「プロヴァイド、読む価値がないとする基準はなんだ。判断するのはルミリアだろう。」
「サラマンディ様の仰る事はもっともですが、基準は私の個人的な判断でルミリア様に近づけたく無い者ってことです。一例を挙げましょうか?これはフリューナム男爵家次男からですが、この家は男爵のギャンブル好きが原因で借金まみれの財産目的。アムラウト子爵家三男は、女好きのクズ野郎ですね。ミノム男爵家の長子はマザコンで、今でも一緒の布団で寝てるそうですよ。バルタン伯爵家の次男はサディストで、女を玩具にしてる男です。ゴジール伯爵家の長子は巨乳に目が無く、いつも妄想に耽りつつ埋まるチャンスを狙ってますし、モスラン男爵家の四男はマゾで豚の真似が得意だとか。あとは…」
「わぁ、凄いですミシルさん‼︎」
「ミシルの情報力は凄いんです!」
興奮するミスティとフィオナに、ミシルは謙遜するでも無く説明を続けている。
一方でイグニス達は、次々と出てくる判断基準にドン引きしていた。
もちろん私も…。
ランフォートの権力、財産、利権、名声を狙う者。
女好き、ナルシスト、マザコン、ロリコン、シスコン、サドにマゾ、巨乳好きに、妄想癖、ありとあらゆる特殊性癖までもを把握するプロヴァイド家…恐るべし‼︎
(ってかマトモな人はいないの⁉︎貴族が変態ばっかりって、この国大丈夫⁉︎…ん?埋まるチャンス…って!後夜祭のアイツか‼︎)
意外な所からのヒントで犯人が判明した。
とは言え、警戒するくらいしか出来ないけど。
「わ、分かった。プロヴァイド、君の判断に従おう。それと、我々にもルミリアの護衛に役立ちそうな情報を教えてくれると助かるのだが。」
「えっ?イグニス、護衛だなんて、私は平気…」
「だぁめ。俺達が心配なの。姫が強いのは身を持って知ってるけど、さっきの聞いたろ?色々なタイプの変態が姫を狙ってるんだ。もっと警戒した方がいいよ。」
確かに…殺気なら直ぐに気付いて対処できる自信があるが、変態はどうだろう…邪気?淫気?
「ルミリア、可能な限り護衛は付けるべきだ。偶然を装って近づく者を見分けるのは難しい。」
「アレクティスまで…。分かったわ。でも、授業が最優先よ。」
「了解!いやぁ、やっぱアレクティスが言うと説得力が違うよなぁ。」
ニヤニヤ笑うギルベルトに、アレクティスは僅かに眉をひそめる。
彼の珍しい表情に首を傾げると、ミスティが同情する様に話してくれた。
「それが…サロンに来るまでに、通りすがりの女生徒さん達が偶然足を躓いて、偶然アレクティス様に抱き付いてしまうと言う事が何度かあって…。」
あぁ、だから偶然に警戒するわけね。
偶然ぶつかった事から始まる恋物語は、少女マンガの王道。そんな乙女ゲームを何作クリアしてきた事か。
「…アレクティスは私以上に大変なのね。」
人生のモテ期に入って2週間。
幾度となく偶然には遭遇するも、華麗に避ける事で実害も無く時が過ぎた。
「まさかここまでとは…」
未だ減らない手紙に返事を書きつつ、深い溜息が漏れる。
「自業自得…とも言えますがね。はっきりお断りするわけでもなく、律儀に返事を返していれば、諦めるに諦められませんよ。」
「ははっ、最近じゃ文通気分で手紙書いてくる奴もいるらしいよ?」
確かに、最近そんな感じの手紙も増えてきた。
それが一部の生徒の中では、文通してるとか交友関係が築けたと喜んでるなんて話も聞こえてくる。
ミシルが弾いた生徒にはハッキリとお付き合い出来ないと伝えたが、それでもめげずに手紙は送られてくるし。
変態の執念恐るべし‼︎
「はぁ…」
「ルミリア様、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。」
笑ってみるものの、精神的な疲労感は否めない。
最近は苛々の解消に大魔法をぶっ放しては憂さ晴らしをしているくらいだ。
「もうすぐ夏期休暇だし、それが明ければ事態も落ち着くわ。だから心配しないで。」
「相変わらず甘いですね。夏期休暇どころか、婚約者が確定するまで騒ぎは収まりませんよ。フェリスの至宝を我が手に出来るチャンスなんて、二度と訪れない事を理解してますからね。」
「婚約者が確定するまで…」
それがいつになるのかなんて、想像もつかない。
ならば何か手を打たなくては、みんなにも迷惑をかけてしまうだろう。
「婚約者…恋…どれもすぐには難しいわね。」
「なんだそんな事を悩んでいるのか?」
サロンの庭から聞こえてきた声に、騎士の五人が立ち上がる。
「ガリュー様、スフィア様…」
剣術大会後すぐに姿を消した二人は、国に帰ったと噂されていたが違ったのだろうか。
「悩む必要などなかろう。お前は俺の妃なのだからな!」
「黙れ脳筋。ルミリアは俺の女だ。」
「なっ、ルミリア様の事は諦めて下さった筈ですよね⁉︎」
私を庇うミスティの声に、王子達は平然と否定の言葉を返した。
「自由恋愛を望んでいるなら、他国の王子でも構わない筈だが?」
「あの大会で婚約者が決まらなかったのなら、俺が手を引く理由はないだろう?」
確かにそうだけど、何をしれっと…
いや、ハッキリ言わなかったのが悪いんだ。
そう、ここはハッキリ、キッパリ、気持ちを伝えるのが誠意‼︎
「ガリュー王子、スフィア王子、お言葉は大変嬉しく思います。ですが、私は愛ある結婚を望んでいるのです。ですので、ランフォートを後ろ盾にとのお考えは」
「愛…か。改めて口にするとむず痒いなぁ。ま、結婚には愛さへあれば十分だ。俺は力と財力をもう持っている。」
「尚更問題などあるまい。南の戦闘狂とは違い、俺に後ろ盾など必要ない。俺が必要としているのは、お前が隣にいる日常。…それだけだ。」
「えっ…?」
ガリュー王子の照れ笑い。
真っ直ぐ私を見つめるスフィア王子。
あれ?もしかしなくても…
(二人とも…本気なの⁉︎)
想像もしなかった事に、顔が真っ赤に茹で上がる。
だって、顔も知らなかった人にいきなり迫られて、本気だなんて思うわけない。
イケメン王子が突然告白してくるなんて、メルヘン童話の世界だ。
「あ、あの…私には、どちらかを選ぶなんて…」
「あぁ、お前の立場なら仕方あるまい。」
「気にすんな。北の野良犬なんざ、夏期休暇の間に服従させてやるからよ。」
「ふっ、南の脳筋など、こちらが武力を振るうまでもなく自滅するだろう。我が国を軽んじた愚かさの代価は命で償え。」
な、なんだかただならぬ雰囲気に…
でも、まさか、そんなわけ…
「ルミリア様の考えてる通りだと思いますよ。剣術大会の次は国際情勢まで掻き回すとか、北も南もフェリスの至宝…が…」
パチッ パチチ バチッ‼︎
ゆらりと一歩踏み出すと、バチバチと青白い光が弾ける。
「ルミリア様…?」
「ひ、姫?ちょ、落ちつこうか⁉︎うわっ‼︎」
私に手を伸ばしたギルベルトが慌てて身を引く。
それを見て、王子達も異変に気付いたらしい。
が…そんな事は関係ない。
「フェリスの至宝?私を好き?…ふふっ、変なお話しですこと。私は恋愛結婚がしたいのに、どうしてこんなお話しになるのかしら?」
にっこりと微笑んだ私を見て、王子達だけでなく騎士達も後退る。
フィオナは心配そうにこちらを見つめて手を伸ばすが、それをミシルが止めながら溜息をついた。
「皆様恋愛結婚…いえ、恋愛についてよくご存知ないからでは?」
「そうね。私自身、最近はよく分からなくなってきた。ねぇ、ミシル…恋愛ってどんなものだっけ。」
「恋愛経験のない私に聞きます?まぁ、一般的には、想い、想われ、愛し、愛されて…って感じですかね。」
「そうよね。一方通行じゃ成立しないわよね?なのに、どうしてかしら。どれだけ無理だとお返事しても、お手紙の山は一向に減らないし、求婚もやまない。婚約騒動では学園に迷惑をかけてしまって心が痛むのに…次はなに?戦争とでもおっしゃるのかしら?」
視線の先にいる王子達ににっこり微笑むと、ガリュー王子がドンと胸を張った。
「あ、あぁ‼︎お前を勝ち得る為なら、俺は必ず勝利して見せる‼︎」
「馬鹿か脳筋っ‼︎この話の流れで…」
真っ白に世界が染まり、大地が割れるような音と共に、白雷の槍が降る。
悲鳴をも飲み込む雷鳴は、私の気持ちの代弁だと…愚かな彼等は気付くだろうか。
ブスブスと焼け焦げた大地が燻り、目の前には茫然と膝をつく王子と騎士達。
…うん、ごめん。
イグニス達は完全に巻き添えです。
「…覚えておきなさい。私は民を愛せない男を愛したりしない。民を身勝手に傷付ける者を許しはしない。絶対に…よ。」
それだけ告げて、サロンを去った。
「姫…マジでキレてたね。」
「当然だろう。自分を巡って戦争をするなどと言われればな。」
呆れて王子達を見れば、スフィア王子は瞳をギラつかせて笑っていた。
(反省してないのか⁉︎)
怒りと呆れで眉をひそめると、小さな呟きが聞こえてきた。
「惚れた…いや、惚れ直した…」
どこかうっとりしたガリュー王子の呟きに、騎士達は以前聞いた言葉を思い出していた。
『調教…ありですわね!野獣を従えるルミリア様…良いですわ!』
掛ける言葉も見つからず、騎士達もそっとサロンを後にしたのだった。
4/10




