後夜祭
剣術大会が婚約者選定戦となった事で忘れていたけれど、剣術大会の後には後夜祭というイベントがあった。
『フェア恋』では、一番愛情度の高いキャラがヒロインをエスコートする。
可愛く着飾ったヒロインの愛らしさに生徒たちは驚き、お似合いの二人に令嬢達はハンカチを噛むのだ。
(…あぁ…やっぱりシナリオから外れてしまったのね…。)
なのに、ヒロインのフィオナは私の部屋で瞳をキラキラさせながらこっちを見上げている。
「綺麗…すっごく綺麗です、ルミリア様…」
「ありがとう。フィオナもとても可愛いわ。」
優しい色合いのピンクのドレスは、花をあしらったふわりとしたとても可愛らしいデザイン。
イベントスチルと同じものだが、もう本当に文句なしに可愛い。
「あ、ありがとうございます!でも、子供っぽくて、恥ずかしいです…」
「そんな事ないわ。フィオナにとてもよく似合っているわよ。」
「違いますよ、ルミリア様。フィオナが恥ずかしいのは、ドレスじゃなくて成長の差…的な話です。」
「成長?」
「相変わらずご自身を理解されてないんですね。」
ミシルの呆れたような顔を見るのは何度目だろう…
そもそもなんかミシルさん冷たくない?
やっぱり親友の恋路を邪魔する敵認定なの⁉︎
「フィオナが言ってるのは、ルミリア様が美し過ぎて、隣に立つのが恥ずかしいってことです。」
美し過ぎ⁉︎
いやいや、それは過大評価過ぎでしょ‼︎
愛され美少女ヒロインが何言ってるの⁉︎
「…はぁ、良いですか?凛々しい美貌、白磁の肌に絹の様な滑らかな髪、長い手足に細い腰、規格外の巨にゅ…豊かな胸元に、形の良いお尻。老若男女問わず目を奪われるような抜群のスタイル。それを惜しみなく見せつけるような、光沢のあるブルーのドレスが本当にお似合いです。」
これだけ丁寧に説明したんがから、理解しましたか?と、ミシルの目が語る。
「ほ、褒め過ぎよ!ただ身長が高いだけで、胸なんか邪魔だし、手足なんか筋肉質で硬いし、ドレスはお母様が用意したもので、こんなに身体のラインが出るのは私だって恥ずかしいんだから!」
本当にお母様は何を考えているのか…
確かに今流行りのデザインみたいだけど、背中だってすごく開いてるし、袖なんてシースルー素材だし、そもそも嫁入り前の娘が、こんな胸元の開いたドレスってどうなの⁉︎こんなドレスで戦闘になったら…考えただけで怖い。
「そんな‼︎ルミリア様にとてもお似合いですよ!流石は社交界の白百合と呼ばれるランフォート公爵夫人のお見立てです!それに身長が高いのだって、とてもカッコ良くて素敵ですし、溢れんばかりの胸元だって、私でも顔を埋めてみたいくらい魅力的です‼︎」
……最後の言葉は必要だった?
「あははっ、埋め、埋めたい!確かに私も埋めてみたい!」
興奮気味に絶賛してくれるフィオナと、涙目で珍しく笑うミシル。
そんな2人の頭に手を置けば、2人はビクリと身体を竦めた。
「っ、いや、冗談です‼︎つい調子に…」
「し、失礼しました!あの、でも本当にお似合い…で…」
ぽふっ、と、頭を胸元に引き寄せれば、2人は大人しくなる。
「…ありがとう、フィオナ、ミシル。」
こんな秘密だらけの私と仲良くしてくれて。
そしてごめんなさい。
シナリオを滅茶苦茶にしてしまって。
伝えたい事はたくさんあったけど、伝える事は出来ないから、2人をぎゅっと抱きしめた。
「…や、柔らかい…」
「埋めてみたいとは言いましたが、これは…癖になりそうです…」
「そっち⁉︎ふっ、ふふっ、あははっ!」
笑う私をキョトンと見上げて、ミシルとフィオナも一緒に笑った。
私の初めての友達は、優しくて、可愛くて、少し厳しくて、とっても愛おしい。
幸せを噛み締めていると、メイドがドアをノックする音が聞こえた。
「もう時間なのね。貴女達のエスコートはどなたが…」
「ルミリア様、お手をどうぞ!」
「えっ?」
「自由恋愛を宣言したルミリア様が後夜祭で男性にエスコートされたら、色々誤解を招きますからね。今夜は私達で我慢して下さい。」
左右から差し出された手に、そっと手を乗せる。
「光栄ですわ。」
二人にエスコートされて、私は会場へと向かった。
「う…美しい…」
音楽が鳴り響くホールは、既に沢山の生徒たちが集まっていた。
ホールの中心ではダンスを踊り、テーブルでは立食形式で料理を楽しんでいる。
そんな中、入場した私達にホール中の視線が集まった。
…あれだけ大会を騒がせた張本人なのだから仕方がない。
(歴史あるアヴァロン学園の剣術大会は、生徒たちの未来に関わる大切なものだった…。怒りや叱責を受けて当然だわ。)
「可憐だ…」
「麗しい…」
(……ん?あぁ、フィオナはもちろんだけど、ミシルも可愛いものね。そっか、もしかしたら私をエスコートしてくれたのも、皆の不満を緩和する事が狙い?)
「流石はフェリスの至宝…なんて美しさだ‼︎」
「ランフォート家の血はどうなっているのかしら!一族皆様お美しいなんて…」
「う、埋めたい…」
(私のこと⁉︎確かにルミリアの顔はお母様似で綺麗だと思うしね。前世とは大違い…って、最後の誰⁉︎)
「ふふっ、みんなルミリア様に夢中ですね!」
「これでご自身への評価が改善されるといいんですけどね。まぁ、あの方達の反応を見れば、嫌でも自覚するしかないと思いますけど。」
ミシルの視線の先を追うと、女生徒に囲まれたイグニスとギルベルトが驚いた顔でこちらを見つめていた。
(ん?美少女二人にエスコートされてるから?ん〜…目があったし、私の為に頑張ってくれたんだから労うべきなんだろうけど…女生徒たちに割って入るのはなぁ…)
数人睨んでる子もいるし、ここは曖昧に微笑んでみる。
すると、はっとしたイグニスがすぐにこちらに向かい、ギルベルトも女生徒を笑顔で交わしてそれを追ってきた。
「…イグニス、ギルベルト、大会お疲れ様でした。短い期間であれだけの力をつけた二人の勇姿、とても感動したわ。」
「もったいないお言葉です。」
「本当は俺が優勝して、ルミリア嬢の婚約者になりたかったんだけどねぇ。」
「ギルベルト、貴様‼︎」
「だって、こんな綺麗な婚約者なんて最高だろ?ルミリア嬢、今夜はいつにも増して綺麗だね。」
「ふふっ、ありがとう。2人の正装もとても素敵よ。」
フィオナ同様、後夜祭スチルと同じ衣装。
これはポスターになっている位人気だった。
「いやいや、美しい三人のご令嬢の前じゃ、俺たちなんて添え物だよ。」
「ふふっ、相変わらずですね、ギルベルト様。あの…ミスティアナ様達はどちらに?もしかしてまだ体調が…」
「いや、治療は終わった筈だから、そろそろ…あ、来たみたいだよ。」
振り返ると、早足で駆けてくるミスティとライラックの姿があった。
「ルミリア様‼︎」
「おい、オンディーヌ!走ると転ぶぞ‼︎」
ライラックの言葉がフラグだったのか、目の前で転んだミスティが、ぽふっと私に抱きつく様に倒れてきた。
「ミスティ、大丈夫?」
「あ、あいつ埋まったぞ⁉︎」
「な、なんだと⁉︎なんて羨ましい‼︎」
「窒息したい…」
「圧死したい…」
「昇天したい…」
(ちょっと‼︎人の身体を凶器みたいに言わないで!)
「んぐ、ぷぁっ、ふぇっ⁉︎わあ、ぁぁぁぁぁ…」
谷間から脱出した状態で、間近に映るミスティの顔がみるみる赤くなる。
「オンディーヌ‼︎貴様、なんと破廉恥なっ‼︎」
ライラックに引き剥がされたミスティは、泣きそうな顔であぅあぅと口をぱくつかせた。
「ライラック、わざとじゃないのだから構わないわ。ミスティも気にしないでね。それより、大会お疲れ様でした。二人の成長は目覚しかった。素晴らしい試合でしたよ。」
「いえ…力及ばず…」
「あ、…あぅ、すみません…‼︎えと、その、ありがとうございます!僕はダメだったけど、ルミリア様が他国にお嫁にいかなくて本当に嬉しいです!それに、アレクティス様のお願いも認めてもらえましたし、…その…ルミリア様…お幸せになって下さい…」
大きな瞳に涙を溜めて微笑む姿に、胸の奥が締め付けられる。
「…ありがとう、ミスティ。ふふっ、でもお相手もいないのにお幸せになんて、まだ気が早いわ。」
柔らかな髪を撫でて目線を合わせると、ミスティの瞳が大きく見開き唇を震わせた。
「ミスティ?」
「ぅ、あ、あのっ、僕、ぼ、僕は、僕が、僕も、そのっ、強い騎士に、きっと貴女に相応しい騎士になります‼︎だから、」
熱量の篭った瞳に見つめられ、心臓がドキンと跳ねる。
「だから僕も、」
「キャ〜‼︎」
会場中に黄色い悲鳴が上がり、駆け出した女生徒に押されてふらりとよろめく。
「大丈夫ですか。」
「あ、ありがとう、イグニス。」
人の波から庇うように抱き寄せられて、近付いた顔に思わず赤くなってしまう。
(流石は武闘派…逞しい…)
「皆さん急にどうしたんでしょうね。」
「今日の主役のご登場よ。」
入口の方を見れば、アレクティスが多くの女生徒に囲まれていた。
「わぁ…でも、アレクティス様って、お家柄もあるけど、皆さん近づき難い雰囲気だったのに、囲まれちゃうなんて珍しいですね。」
「噂になってるのよ。ロクレーヌ様がルミリア様との婚約者の権利を破棄し、前代未聞の公爵家令嬢の恋愛結婚を願った。と、言うことは、ロクレーヌ様も恋愛結婚を望んでいるんじゃないか。家柄は釣り合わなくても、ワンチャンあるかも⁉︎ってね。」
「ミシル…いつの間に…」
「情報収集は我が家の稼業ですから。けど、令嬢ならともかく、厳格なロクレーヌ公爵家の後継者が恋愛結婚なんて、普通に考えて有り得ないって分かりそうなものですけどね。」
……そう、普通に考えて有り得ない。
だからこそ、アレクティスエンドは感動的だった。
色々な困難を乗り越えて、その度に苦悩して、愛を確かめ合って、強い絆で結ばれる。
周囲の理解者にも力を借りて、トゥルーエンドでは大聖堂で光の中、幸福に満ち溢れた結婚式を挙げた。
(アレクティス…貴方がくれた未来、必ず幸せなものにするわ。)
そう、私は決めた。
絶対に幸せになるんだって。
貴族の義務も責任も、もちろん放棄はしないけど、でも、好きな人と結ばれて…『フェア恋』のエンディングの様な、幸せな結婚をするんだって。
(だからね、アレクティス…どうか貴方も幸せになって。貴方だけのお姫様を見つけて。貴方の、貴方達の幸せの為なら、私はどんな事でも力になるから。)
「あっ、ダンスが再開されましたよ!ミスティアナ様、良かったら踊りませんか?」
「あ、はい!」
手を繋いでホールに出て行く二人を見送ると、ジッとこちらを見ていたライラックと目が合う。
慌てて目をそらしたので首を傾げると、ふと思い出した。
(確かライラックって、ダンスが苦手な設定があったっけ。)
ゲームでは、ヒロインをファーストダンスに誘った緊張からカチカチになって、思いっきりヒロインの足を踏んでしまうのだ。
「…ふふっ、ねぇ、ライラック。よろしければファーストダンスのお相手をお願い出来るかしら。」
もうフィオナは踊り始めているし、ちょっとした悪戯心で手を差し出す。
「………えっ?えっ⁉︎わ、私、ですか⁉︎いや、でも、」
「あ…ごめんなさい。突然失礼よね。私ったら…」
「いえ‼︎光栄です‼︎」
(わっ‼︎)
ギュッと手を握られ、ホールへとエスコートされる。
私達の登場に、案の定注目が集まった。
これでアレクティスも解放されるといいけど…そんな事を考えていると、私に向き合ったライラックがカチコチのまま腰に手を回した。
「…少し離れすぎじゃないかしら。それに手はもう少し上よ?」
「⁉︎で、ですが背、背中は、触れられません‼︎淑女に対してこれ以上の無礼は…」
(あ、素肌に触れちゃうから?ライラックって紳士ね。)
「ふふっ、ダンスなら当たり前でしょ?私のせいで注目されてしまうのは申し訳ないけど、せっかくだから楽しみましょう?」
ライラックをリードする様に踊り出すと、自然と距離は近くなる。
いつもクールな彼の戸惑う表情はなんだか可愛くて、笑う私にライラックも笑ってくれた。
「シルフィード様とランフォート様、とってもお似合いだわ…」
「絵になるお二人ね!」
ダンスが苦手なんて設定は嘘じゃなかろうか。
いつの間にかリードされながら、軽やかに楽しくステップを踏む。
「私もシルフィード様と踊ってみたい…」
「あぁ、羨ましい…」
(ライラックモテモテじゃない。)
流石は攻略対象者。
クールで知的なインテリイケメンファンは多い。
「ルミリア…一つ聞いてもよろしいですか?」
「えっ?えぇ、もちろん。」
「今回の一連の騒動が生んだ結果は…貴女にとって良い結果となったのでしょうか…」
エメラルドグリーンの瞳が心配そうに見つめる。
「貴女は誰より貴族という存在を理解している。だからこそ、我々の望んだこの結果が、貴女の矜持を傷付けたのではないかと思ったのです。」
少し…驚いた。
どうしてライラックは気付いたんだろう。
私の心に刺さった…小さな小さな棘に。
(そうか、ライラックも同じなんだわ。)
貴族としての義務と責任を理解しているからこそ、自由な恋愛結婚を嬉々として受け入れられない事を理解してくれているのだろう。
(でも…)
「実はね、お父様も私に恋愛結婚を望んでいたの。自分達が相思相愛だから、私にも愛のある結婚をして欲しいって。でも…貴族の結婚は政治。その責任と義務を放棄するつもりはなかったわ。」
「ランフォート公爵が…だからあっさり受け入れて下さったのですね。いや、もしや…」
「多分貴方の思っている通りね。きっと今の結果をお父様は予測していたんだわ。そして…私が貴方達の気持ちを嬉しく思う事も、与えてくれたチャンスに報いる事も。」
お父様が、皆が、私の幸せを願ってくれるから。
「ライラック、私恋をしてみようと思うの!物語りの様な、ロマンティックな恋!本当はね、ずっと夢見てたのよ!私だけを愛してくれる、私だけの王子様!」
笑顔で告げた瞬間、ライラックの身体が固まって、バランスを崩してしまった。
「おっと、大丈夫?お姫様。」
「ギルベルト…大丈夫よ。あ…曲が終わったのね。」
「ってわけで、セカンドダンスは俺にお付き合いください。お姫様。…いいよな?ライラック。」
「………あ、あぁ、ルミリア様、お相手ありがとうございました…」
慌てて手を離したライラックは、フラフラと歩いて行ってしまった。
「急にどうしたのかしら…」
「姫の笑顔にノックアウトされちゃったんでしょ。」
軽口を叩きながらも、始まった曲に合わせて踊り出す。
ライラックとは違い、なんともオリジナリティ溢れるステップだけど、弾む様に踊るのは楽しかった。
「流石だね。このエスコートに笑顔で合わせられるのは、うちの姫さんくらいだよ。」
「ふふっ、めちゃくちゃだわ!こんなの社交界で踊ったら怒られちゃう!」
でも、今日は学生だけの後夜祭。
少しくらいハメを外したって、誰も咎めないだろう。
(これって、前にテレビで見た社交ダンスみたい!確かこう、クルッと回って…)
微かな記憶を頼りに回ってみると、少し驚いた様子であるものの、きちんと合わせてくれた。
「ははっ、姫がまさか酒場のダンスを知っているなんてね!」
「酒場⁉︎」
「違った?こうしてクルッと回って、身体を反らして、引き寄せる!」
「キャッ‼︎」
引き寄せられた勢いで、ギルベルトの身体に密着してしう。
正装の上からでも分かる鍛えられた筋肉と、広い胸。
腰を抱く腕は太くて、普段のチャラ男なイメージとは違った彼の身体に、心臓がドキドキした。
(な、なんか、緊張しちゃう…家族以外にこんな風に正面から抱き締められた事ないし…って!)
「ギルベルト⁉︎いつまで引き寄せてるの⁉︎」
「…永遠に。」
琥珀の瞳に見つめられ、呼吸を止めた。
いつものチャラ男モードだと思っていたのに、今の瞳は闘技場にいた時と同じ位真剣で…
「だって、姫の身体すっごく柔らかくて気持ちいいから、ギャッ‼︎」
ヒールの踵で脚を踏んづけて、一番近いバルコニーへの出る。
まったく、男ってなんでこうも欲望に正直なのか。
「はぁ…風が気持ちいい…」
少し肌寒いかと思っていたが、今夜の風は優しくて心地いい。
うっとりと瞳を閉じると、近くの木に何かの気配を感じた。
「…こんな暗い時間にカラス…?」
闇に紛れて見えにくいけど、あれは間違いなくカラスだ。
艶やかな漆黒の翼。
けれど…こちらを見つめる黒い瞳には、色とりどりの宝石を思わせる虹彩が見えた。
会場の光を写しているのだろう瞳はあまりに綺麗で、じっとカラスと見つめ合う。
「綺麗…。ねぇ、貴方は迷子?こっちにおいで?」
なんて、野生のカラスが近付いてくるわけないか。
と、思った瞬間、カラスは羽根を広げて飛び立った。
そして、その別れを惜しむ間も無く、背後に人の気配を感じて振り返った。
「…アレクティス…」
3/22
能力だけでなく、美貌とスタイルもチート過ぎ。
残念なのは性格だけです。




