イグニスVSアレクティス
第四試合、イグニスVSアレクティスの試合に、会場中が興奮の渦に飲み込まれる。
黄色い声援はアレクティス。
野太い声援はイグニス。
どちらも優勝候補の大本命とされているだけあって、凄い人気だ。
白銀の騎士と烈火の騎士との戦いは、通常通りの剣術大会であれば決勝であっただろう。
軍や騎士団の上層部も、二人の戦いに注目しているのが伝わってくる。
「アレクティス、お前と戦える事、嬉しく思う。」
「私もだ、イグニス。」
この学園の生徒の中で、誰よりも騎士を理解しているだろう二人。
始まった試合の内容もまた、正々堂々とした騎士の戦いだった。
互いの愛剣が火花を散らす程激しく打ち合い、息を忘れる程の緊迫した戦いが繰り広げられる。
そこに余計な言葉はない。
(これ…イグニスのイベントスチルだわ…)
ゲームでは、イグニスの中でヒロインはもう特別な存在になっていた。
健気で明るいヒロイン…フィオナに、イグニスは恋をしていた。
だが、フィオナの側にはいつもアレクティスがいる。
愛する者の幸せを考えて、イグニスはその想いを封じようとするが、胸の奥に灯った恋の炎は消せずに燻る。
そして彼は決意する。
己の全力をもって、アレクティスに挑む事を。
もし勝利できたなら、フィオナに想いを伝えようと。
(なら、今イグニスはフィオナを想って戦っているのかしら。
)
剣術大会が婚約者選びになってしまった事で、私は個人的に彼らと会うことを避けてきた。
変な噂が立って迷惑をかけたくなかったから。
そんな私の事情もあって、フィオナは積極的に彼らの応援や差し入れをしていた。
応援、差し入れイベントは、一気に好感度を上げる事が出来るので、私の知らない所でフィオナが誰かとのルートに入っている可能性もあるだろう。
そうであってくれたらいい。
私のせいで、これ以上ストーリーが…フィオナの幸せな未来が捻じ曲げられるなんて許せない。
(そう言えばフィオナはどこに?)
視界を動かして直ぐに見つけた。
会場の一角にある救護テントで、フィオナはギルベルトに治癒魔法をかけ続けながら二人の戦いを見守っている。
その隣には、ミスティとライラックも座っていた。
(良かった、みんな無事ね。)
皆真剣な眼差しで、イグニスとアレクティスの試合を見つめている。
燃えるような真紅の瞳が輝いて見える。
美しく揺れる銀髪が、太陽の光を反射して煌めく。
なんて清廉とした美しい戦いなんだろう。
「ルミリア様はどちらが勝つと思われますか?」
「えっ…」
「…質問を変えます。どちらに勝っていただきたいですか?」
質問してきたミシルは、イグニス達から目を離さないまま問いかける。
私も答えを返さないまま、イグニス達を見つめた。
「ハァッ‼︎」
「ッ‼︎」
烈火の異名を持つ騎士の戦いは、その名に違わぬ激しさだった。
容赦なく繰り出される連撃の威力は強く、常人であれば受け流すだけで体力を消耗してしまうだろう。
だが、アレクティスの剣さばきは見事だった。
正確な反応により、勢いを受け流し、時には反撃の一手も繰り出す。
互いに全力を尽くす姿に、私が何を言えると言うんだろう。
「…それでいいと思いますよ。」
「…ミシル、やっぱり心読めるのよね?」
「言ったでしょ?ルミリア様が顔に出やすいだけです。」
「私は本当に情けないわね。」
公爵家令嬢が感情を顔に出すなんて、絶対にあってはならない。
いつどんな時も、優雅に微笑んで見せなければならないのだ。
「そこは否定しませんが、ルミリア様は一人で背負い過ぎなんですよ。冷静に考えて下さい。こんな学園を巻き込んだ婚約話しだって、元はバカ王子達が勝手に一目惚れして、親バカな公爵様が便乗して婚約者決めちゃおう!って流れじゃないですか。」
「ミシル⁉︎貴女怖いものはないの⁉︎」
「私風魔法が得意なので、ルミリア様が防音壁展開してるの知ってますよ。」
「貴女の優秀さが怖いっ‼︎」
「その流れに乗っかって、まんまと盛り上がってる学園の生徒達も、ルミリア様をお守りするって使命感に燃えてるあの五人も、サポートでお役に立ちたいと必死なフィオナも、みんな自分の意思で行動してるんですから、ルミリア様が気にすることなんて何もないんですよ。貴女が優秀と評価して下さる私が言うんですから、間違いありません。」
キッパリと断言されて、心では「でも」と思うのに、なぜが胸の奥が軽くなった。
「結局、自分の行動は全て自己責任。だからこそ、貴女は貴女の行動に責任を持たなくてはならない。影響力の強い貴女は、尚更のこと。」
私が…ルミリア・ランフォートである自覚を持たなくてはならない。
あの言葉の意味が、今はよく分かる。
私は、良い友人を持ったのだ。
私を案じてくれる、幸せを望んでくれる、優しい友人達。
一際大きな歓声が上がり、イグニスの剣がアレクティスの剣を弾いた。
そこに鋭い一撃が襲いかかる。
その瞬間、誰もがイグニスの勝ちを確信した。
が、
その一撃はアレクティスの驚異的なスピードで避けられ、空を舞う剣を掴んだアレクティスの切っ先がイグニスの喉を捕らえた。
「勝者、アレクティス‼︎」
審判の宣言に、会場中が湧き上がる。
だが、アレクティスとイグニスは動かない。
むしろアレクティスの剣気は収まる気配がない。
「…何の真似だ。」
聞いたことのない、アレクティスの低い声。
そこには明らかな怒りが滲んでいた。
「今の一撃、本気ではなかった。私の反撃を予測出来たはず。返答によっては、侮辱とみなす。」
ゾクリとする程怒気に満ちた視線を、イグニスは紅蓮の瞳で真っ直ぐに見つめ返した。
「俺は、ルミリア様の騎士だ。」
「ならば全力で戦うべきだろう。」
「そうだ。俺は全力で戦った。そして確信した。お前は俺より強い。スフィア王子に勝つには、お前が勝ち上がるべきだと。」
一瞬瞳を揺らしたアレクティスに、イグニスは苦笑を浮かべる。
「もし相手がガリュー王子なら、お前より俺の方が相性がいい。何としてでもお前を倒し勝ち上がろうとしただろう。だが、スフィア王子が相手なら、冷静で思慮深いお前の方が勝率は高い。ならばこの戦いで体力を消耗せず、最高のコンディションで戦うべきだろう?」
イグニスは笑っていた。
何も知らない者が見れば、そう見えた。
だけど…私達には分かってしまう。
どれだけ彼が自分の無力さに、この結末を迎えることしか出来なかった己の不甲斐なさに、怒り震えているかを。
(イグニス…ごめんなさい…)
イグニスは、私の騎士として決断した。
私を確実に守る為の最善を。
もしこれがいつも通りの剣術大会であったなら、彼は己の全力でイグニスに挑み、勝利を手にしていたかもしれないのに…
もし負けたとしても、あんな笑顔など作る必要はなかったはずなのに…
「お前の想い、受け取った。」
剣を収めたアレクティスが、救護テントの方に目を向けた。
「アレクティス・ロクレーヌの名にかけて、必ずやルミリア嬢を、お前達の主を守ると誓う。」
輝く白銀の騎士に、会場中が勝利の喝采を送る。
次が最後の試合。
フェリスの至宝を手にするのは、他国の王子か、対立する公爵家か…と、誰もが注目する決勝戦。
私はただ、それを見守る事しか出来ないのだった。
2/17
次はいよいよ決勝戦です!




