貴女は自分を知らない。
「貴女の情報の早さには、本当に驚かされるわ。」
目の前で美しい瞳をパチリと開いて驚く様子に、正直こちらの方が驚かされる。
フェリスの至宝 ルミリア・ランフォート様。
妖精王に愛された一族、ランフォート公爵家は、王家と並ぶ権力を持つフェリス最高位貴族だ。
三大公爵家なんて言われているが、頭2つくらいは抜きん出ていると思う。
そのご令嬢たるルミリア様は、まさに至宝と呼ばれるだけの素晴らしい方だ。
美しい容姿は勿論、その洗練された所作や思慮深い気遣いに加えて深い教養もあり、更に言えば、良い意味で地位を感じさせない気安さがある。
今だって、末端の男爵家の一女でしかない、私の話をとても素直に真剣に聴いている。
(疑うって事を知らないのかしら。)
いや、ランフォート公爵家のご令嬢に限って、そんな事はないだろう。
歴代宰相を務めているかの家なら、対人スキルの高さは折り紙つきだ。
「流石ですわね、ミシル様。とても頼りになります。」
「お役に立てれば幸いです。あと、私に敬称は不用です。」
「ならミシルもルミリアと呼んでくれたら嬉しいわ。」
…本当に不思議な人。
異例の二年生からの編入に、一時は留学先でなにかあったのでは…と噂されたが、そんな様子も見てとれない。
かと思えば、貧乏男爵家のフィオナ・ルミニスととても仲良くなっていたり、同じ貧乏男爵家の私と楽しそうに話したり。
今日だって、突然廊下の角で出会ったら、『フィオナの事でご相談がありますの。良かったら一緒に昼食でもいかがです?』なんて女神の微笑みを向けられて今に至る。
「ルミリア様はフィオナの想い人が優勝した場合を危惧している…と。」
「えぇ。私の目から見て、優勝者候補の五人はフィオナとの交流が深い方々ばかりだから…。こんな馬鹿げた話に巻き込むわけにはいかないわ。」
(貴女との交流も深い方々ですけどね。というか、フェリスの至宝の婚約者選びを馬鹿げた話って…)
ちょっとばかり呆れてしまう。
私がこの情報を得た時、騎士クラスの生徒達は眼の色変えて剣術大会優勝を目指し猛特訓を始めていた。
高嶺の華であるルミリア様に恋い焦がれている者。
ランフォート公爵家との縁に野心を燃え上がらす者。
殆どの生徒達が、降って湧いたチャンスに歓喜する現状を、ルミリア様だけが理解していない。
「前にも少しお話ししましたけど、今フィオナの想い人と特定できる程仲が深い方はいらっしゃいませんよ。」
「そう…。ならイグニス達に直接伝えておけば問題ないかしら。」
「ちなみに…なんと伝えるので?」
「優勝者からの婚約権利破棄の事よ。相手にその気がなければ婚約は結ばれないわ。優勝しらた強制婚約だなんて、許嫁や恋人がいる方には迷惑でしょ?」
とんだ罰ゲームだわ。と、本気で呟くあたり、現実が見えていないらしい。
確かに許嫁や恋人がいる生徒はたくさんいるが、ランフォート公爵家の威光を前に、ルミリア様の美しさを前に、男達は許嫁の存在も忘れて浮き足立っているのだから。
「ルミリア様は今回の件、納得はされていないんですね。」
「…ランフォート家当主の決定には逆らえないわ。でも…本音を言えばそうね。フィオナの恋路を邪魔するなんて、お父様が馬に蹴られないか心配だわ。」
いやいや、宰相でありながら『オベロンの愛子』と名高い
ランフォート公爵が馬に蹴られるとかあり得ないから。
(…それより、なんでこんなにフィオナの事を気にするのかしらね。)
想い人がいるようだから心配だ。って言うなら話は分かる。
でも、今のフィオナは恋より友情。
つまり、ルミリア様に夢中なのだ。
(まさか…ね…)
「今日はありがとう、ミシル。これからも相談に乗ってくれると嬉しいわ。」
「あ、はい。それは勿論。フィオナに変化があれば、こちらから連絡致します。」
「ありがとう!本当に貴女は頼りになるわ!」
なんだろう…。
まだ知り合って間もないのに、この全幅の信頼は…
親友の友達だから?
私の情報収集スキルを見込んで?
それとも…
「ねぇ、ミシル。私、フィオナには幸せになってもらいたいの。」
「…え?」
「彼女が幸せな恋愛をしている姿が見たい。愛して、愛されて、手を取り合う姿が見たい。真っ白なウェディングドレスを着て、幸せそうに微笑む彼女が見たいの。あの五人なら、誰と結ばれても幸せになれると思うけど。」
そう言うルミリア様は、どこか遠くを見ているように幸せそうに微笑んだ。
「ルミリア様に想い人はいないんですか?」
思わず口に出た質問に、しまったと口を押さえる。
仮にいたとしても、気軽に口に出来るお立場ではないのだ。
けれど、フィオナに夢を見ているような姿が気になった。
まるで自分自身には出来ない事だと諦めている…そんな風に感じたから。
フェリスの至宝。誰もが認める才色兼備な女性。
誰からも愛される存在の彼女自身が、愛される事を諦めている違和感。
「わ、私⁉︎私は当主の決定に…」
「フィオナも…ルミリア様と同じ事を願っていると思いますよ?」
誰だって、大切な人には幸せになってもらいたい。
私だって、私の親友を大切に思ってくれるこの方が…
まだ知り合って間もない私を信頼してくれるこの方が、幸せになって下さることをこんなにも望んでいるのだから。
「騎士特待クラスの方とは仲がよろしいようですし、今回の優勝候補者でもありますし。五人の中で気になる方はいらっしゃらないんですか?」
「あ、貴女まで何を!彼らはフィオナの事を好きなのよ⁉︎怖い事を言わないで!」
「えっ…フィオナを?いや、確かにあの方達はフィオナを気にかけて下さってますが…。」
「でしょ⁉︎」
「でも、フィオナは一人ですよ?」
「…え?」
「例え五人の方がフィオナを好きだとしても、フィオナは一人ですからね。四人の方は失恋決定です。」
「そ、それは…そうね。」
「ちなみに、現時点でオンディーヌ様は互いに友情枠なので、正確には失恋決定は三人ですが。」
「で、でも、フィオナが誰を選ぶかはまだ分からないわけだし、失恋した方が私を見るわけがないわ!でしょう?」
「いえ、少なくともオンディーヌ様はルミリア様が大好きですよ?サラマンディ様もグノーム様も、ルミリア様の騎士な訳ですし。」
「それはフィオナを守るためであって、ちょっと事情が…もう!お父様もミシルも、急にどうしてそんな事を言うの?この世界に愛されているのはフィオナなのに!」
困ったようにそう言ったルミリア様に、私は目を見開いた。
これが驚かずにいられるだろうか。
だが同時に僅かな苛立ちが湧き上がる。
「ルミリア様、落ち着いて下さい。一度冷静になって周囲の人間を見て下さい。」
「…ミシル?」
「貴女が信頼して下さる私の情報収集は、人をよく見て観察することから始まります。ですから、ルミリア様もよく観察してみて下さい。一人一人の表情を。どんな風に笑い、どんな風に話し、どんな風に側にいるのかを。」
そうすれば、きっと色々気付かれる事だろう。
皆がルミリア様をどんな風に見ているのか。
ルミリア様が、世界にどれほど愛されているのか。
「少なくとも私は、フィオナの幸せを願うのと同じくらい、ルミリア様の幸せも願っておりますよ。」
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