波乱の始まり
「ルミア・グリフィスはどいつだ。」
熱気のこもる演習場に突如現れた異国の王族に、騎士特待クラスの生徒達は手を止め礼を示す。
(えっ⁉︎なんで?ガリュー王子がルミアに何の用だろう…)
朝慌てて家を出たせいで、スフィア王子とガリュー王子に返事をしたのかも確認しないままで学園に来ていたので、ルミリアとしては顔を合わせづらくてルミアの姿で過ごしていたというのに。
「ガリュー王子、私が…ルミア・グリフィスです。」
「貴様が…?」
礼をとる私に、ライオンに似た鋭い視線を向けてくる。
(もしかして…ガリュー王子もルミアがルミリアの婚約者って噂を聞いたのかしら。)
だがそれも、最近では両者の完全否定で風化してきた筈。
「フェリスの英雄 アラン・グリフィスの後継と聞いていたが…随分と頼りない風体だな。その細腕で剣が握れるのか?」
「ふっ、流石は脳筋の一族だ。事前に情報も得ずに敵前に出るとはな。」
続いて現れたスフィア王子の笑みに、ガリュー王子が顔を顰める。
(…ん?今敵って言った?なんで⁈やっぱり噂のせい⁈)
混乱する私を他所に、二人は互いを睨みあっている。
「どうやらお前の所にも返事が来たようだな。」
「チッ、お前が横槍を入れなければ、今頃俺のものになっていた!」
どうやらランフォートから正式にお断りの返事は行ったようだ。
(王位継承を確実にする為には、そう簡単に諦めるわけにはいかないのね。)
それだけ他国から見ても、ランフォート家の権力は大きいということか。
異様なオーラを放つ二人の王子に、クラスメイトはどうしたものかと動けずにいる。
「…まぁいい。今は貴様に用はない。ルミア・グリフィス!」
「はい。」
ガリュー王子を押しのける様に前に出たスフィア王子は、身長差のせいだけでなく、私を見下している様に見えた。
いや、これは確実に敵意を持った眼だ。
「お前の噂は聞いている。英雄が認める武、そして強大な魔力。アヴァロン学園史上、最高の逸材だとな。」
「そのようなことは」
「貴様の謙遜など聞く気はない。確認するが、貴様がルミリアの婚約者でないのは確かだな。」
「はい。」
「では、ルミリアの婚約に異議はないな。」
「それがランフォート公爵のお決めになったお相手ならば。」
ルミリアの婚約…という言葉に、周囲が騒めく。
「なるほど。既に公爵から話しは聞いているようだな。いや、ルミリアから聞いたか?お前達は双子のようなもの…らしいからな。」
流石は情報戦に強いクリスタリアの王子。
情報は収集済みらしい。
「流石はフェリスの至宝。ルミリアを手に入れた者は、最強の騎士も得ることになるわけか。ふっ、ますます欲しくなる。いや、必ず手に入れてみせよう。」
野心に満ちた眼に、ゾクリと背筋が粟立つ。
(必ずって…お父様はもうお断りしたのに、一体どうしようというの?)
「相変わらずだな、スフィア。だが、ルミリアは俺のもの。邪魔をするなら容赦はしない。」
本人の意思そっちのけで睨み合う二人に、心の中で溜息を吐く。
(こんなイケメン2人から求婚されるなんて、本当なら夢のようなシチュエーションよね。「私の為に争わないで!」とか、言ってみたいと思ってたけど、リアルになると厄介ごとでしか…)
「ちょっといいですか、王子様方。」
「お前は…ギルベルト・グノームか。」
「はい。あなた方が狙っている、フェリスの至宝の騎士です。」
私の前に立ったギルベルトと並び、イグニスも前へ出る。
「私はイグニス・サラマンディ。同じくルミリア・ランフォート様にお仕えする騎士です。」
「グノーム将軍の後継と烈火の騎士か。」
「で?何故お前達が俺の前に立つ。」
普通の騎士なら怯んでしまいそうな王族の覇気を前にしても、2人はなんら臆することなく王子達を見つめている。
「お見知り置き下さい。ルミリア様には我々が付いている。」
(イグニス…ギルベルト…)
「貴様ら風情が俺を牽制か?ふっ、笑わせてくれる。」
「ルミリアの騎士だと?無力な見習い騎士が捧げる剣になんの価値がある!」
「覚悟があります。主を守るためならば、何を捨てても構わない。」
一触即発の雰囲気に、嫌な汗が滲む。
他国の王子とは言え、無礼を働けば不敬罪となる。
もし仮に王子が剣を抜けば、斬られても仕方がない罪だ。
もちろん王子達の剣を止める事は容易い。
けれど問題が大きくなれば、グノームやサラマンディの家に迷惑がかかってしまう。
(どうする?一度転移して、ルミリアの姿で仲裁に…)
「そこまでにしていただこう。」
凛とした声に、胸が締め付けられる。
「アレクティス・ロクレーヌ…か。」
「例え王族であろうとも、アヴァロン学園内では皆生徒という同じ立場のはず。彼らの事を何も知らぬあなた方に、学友を貶められるのは不愉快です。」
アレクティスの言葉を、王子達は笑みで返す。
「侮辱したわけではない。真実を述べたまでだが、真実がそいつらを傷付けたなら謝ろう。」
「すまなかったな。我が国では実戦も知らぬ者を騎士とは呼ばんのでな。」
三大公爵家の後継の手前、謝罪を口にはしているが、そこに誠意など微塵もない。
それどころか、アレクティスでさえ軽んじているのが透けて見えた。
「そう言ってやるな、ガリュー。フェリスは争いのない平和な国だ。実戦経験がなくとも、恥じる事もなく騎士を名乗るのは仕方がない。」
「随分とぬるい事だ。せいぜい他国の侵略には気をつけろよ?仮にガラシアとの戦さになれば、俺はお前達の様なものから順に消していく。皆…平等にな。」
ガリュー王子の言葉に、演習場の熱気に満ちていた空気が一気に下がった。
それは例えでもなんでもなく…
「そんなに実戦がお好きですか?」
自分の体内から溢れ出る魔力が原因だと、理解していても止められなかった。
「る、ルミア?」
ギルベルトの問いを手で制すると、イグニスがギルベルトを止めてくれた。
「確かにフェリスは平和な国です。常に周辺諸国から狙われているのに平和を保てるのは、国境を守護するグリフィスとグノームの鉄壁の守りがあるからだ。」
ゆらりと一歩踏み出すたびに、少しずつ空気が冷たくなっていく。
「そして国内の秩序を騎士が守っているおかげでもある。」
こんなに苛立ったのはいつぶりだろう。
「だが…実戦経験が皆無なわけじゃない。ご存知の通り、我が国には混沌の森が存在し、瘴気から霧の魔獣が生まれ続けている。」
幻術の魔法で混沌の森に溢れ出る魔獣を一体出現させる。
人の大きさ程ある魔獣は、狼のような姿をし、真っ赤な瞳を光らせた。
「まぁ…生き物ではないので、実戦の罪悪感などはないが…」
エレメンタルソードで幻影を切り裂けば、魔獣はいつもの断末魔の叫びを上げて霧に戻る。
「なにせ人ではない分、理性や情もない牙や爪は…容赦がない。」
再び出現させた幻影に、クラスメイト達から短い悲鳴が上がった。
それは象以上の大きさはある、混沌の森の中腹に出る巨大な魔獣の恐ろしい姿を見たからだろう。
虎のような太い手脚には鋭利な爪が伸び、瘴気を漏らす口元には、人間大の牙が光る。
一撃でも喰らえば絶命の未来しか見えないその姿は、イグニスやギルベルト達でさえ息を詰めていた。
「だから、私は逆に他国に伝えたい位ですよ。「フェリスに侵略など考えないことだ」とね。普段容赦の要らない相手と対峙しているからか…うまく加減してやれるか心配です。」
広げた手を、ゆっくり、ゆっくりと握っていく。
魔力探知の石を身に付けている王子達ならば分かっている筈だ。
これが魔力を圧縮した空間魔法だと。
私の手に合わせて、大型魔獣が空気に圧迫されて形を変えていき、地鳴りのような叫びが演習場に響く。
「人とは脆い生き物ですからね。」
握り締めた瞬間に、魔獣は霧散し消えた。
「今のが魔獣…なのか…」
スフィア王子の問いに、私は今まで対峙した魔獣の幻影を演習場を埋め尽くす程作り出した。
大型の狼や熊、巨大な鷲、小さいが常人では動きすら追えない無数の鼠や蜘蛛…
それらは皆同様に黒い霧の集合体であり、真っ赤な瞳を光らせている。
「姿形は様々ですが…」
象以上の大きさの虎、地を這い口を開く大蛇、そして演習場を覆う程巨大なドラゴンが宙を舞う。
「人を襲う…そこは共通しています。」
パチンと指を鳴らした瞬間に幻影は消えて、同時に魔力の放出も止めた。
「まぁ、私達討伐隊が森から出さないので、人的被害はほとんどありません。お二人がおっしゃる通り、フェリスは平和な国ですので。」
ニッコリと笑う私を見て、王子達は言葉を失っていた。
当然だろう。
混沌の森に存在する魔獣の姿を知るのは、討伐に参加した事がある者達だけだ。
フェリス国内でも、魔獣は瘴気の化け物としか知られていない。
絵本の挿し絵に描かれている魔獣は、獣や虫、ドラゴンの姿を形どってはいるが、曖昧で抽象的な存在でしかない。
(まぁ、私だってドラゴンはまだ見たことないんだけどね。)
ティル・ナ・ローグのPVでは見た事があるから、多分魔界に存在しているのだろう。
「…幻術か。噂以上だな。だが…」
すでに冷静さを取り戻したスフィア王子が、ジッとこちらを見つめる。
「剣術大会で魔法は制限されている。その脆弱な身体だけで、優勝の可能性があると?」
「最善を尽くすだけです。」
「最善?…そうか、まだ知らぬか。」
スフィア王子の言葉に、何故か隣のガリュー王子までニヤリと笑う。
「知らないとは何のお話しで…」
「ハッハッハッ‼︎益々ルミリアが欲しくなった‼︎スフィア、此度の試合は本気でいく!死にたくなければ身を引く事だ!」
「その言葉、そのまま返そう。」
一体何を話しているのか…そんな視線に答えるように、スフィア王子がゾッとする程美しい笑みを浮かべて振り返った。
「すべてはランフォート公爵の意思だ。」
「おと、公爵の?…まさか…」
嫌な予感…それはいつも当たってしまう。
「勝者には褒美が与えられるものだろう?」
11/28




