物語りは動き出す
「はぁ、はぁ…ふぅ、」
照り付ける太陽の下、細めた瞳に映るのは、夏の青空。
陽射しを遮る物のない演習場は、暑さでも体力を奪っていく。
(流石は特待クラス…)
グリフィス領での鍛錬の日々に勝るとも劣らない練習量と、肌に感じる緊張感。
皆が真剣な事が伝わってくる。
「夏の剣術大会に向けて、みんな必死だからね。」
「そういうギルベルトもだろ?」
「俺は別の理由。麗しの姫君の騎士が姫より弱くちゃ話にならないだろ?」
「えっ⁉︎っぁ…あ〜…まぁ、そう、かな?あはは…」
夏の剣術大会は、アヴァロン学園の一大イベントだ。
進級の基準にもなる為、3年で騎士特待クラスに入るためには、必ず上位の成績を残さなければならない。
それ以外にも、騎士団や軍の上層部も観戦にくるので、この大会で目に留まればスカウトされることもある。
鍛錬の成果を見せる場であり、未来を切り開く場でもある剣術大会。
(けど‼︎【フェア恋】にとっても、剣術大会は重要イベント‼︎)
ポイントは三つ。
1.練習中の差し入れイベント
2.大会前の応援イベント
3.優勝者との特別ストーリー
そう、物語り中盤での、ルート決めだ。
この三つは愛情度を一気にアップしてくれる。
逆に言えば、この三つを曖昧にすると、高い愛情度が必要なトゥルーエンドルートに入れないのだ。
(フィオナちゃんは誰を選ぶんだろう。…全然読めない…)
この世界はゲームと同じ様に進行している。
それはもう間違いない事実だ。
ゲーム中に必ず発生するイベントは、現実に発生している。
先日もそうだった。
魔法特待クラスの令嬢が、テストで良い結果を出したフィオナちゃんを囲んで虐めるシーン。
モブのセリフは一言一句違わぬゲームのセリフ。
(けど、フィオナちゃんを助けたのはライラックだった。登場条件は、愛情度が一定値以上のランダムだったけど…。あの二人が親しくしてるのをあまり見た事がないんだけどな。)
とは言え、そこは攻略対象者とヒロイン。
きっと私が知らない所で繋がっているのだろう。
(朝偶然出会っての挨拶や、偶然の下校、偶然のランチタイム…ランダムな遭遇イベント多いゲームだし、不思議でもないか。)
昔はトゥルーエンド目指して、ランダムな遭遇をお目当のキャラが出るまでリセットを繰り返したりしたものだ。
特にアレクティス様は出現率が低くて苦労した。
(そういえば…フィオナちゃんとアレクティス様が一緒にいるのを見た事がない…)
一年生で出会いイベントは全キャラ発生している筈。
いくら出現率が低いと言っても、ルミリアで過ごす時間のほとんどをフィオナと過ごしているのに、一度も二人一緒の姿を見ないというのは…
「どうした、ルミア!もうバテたのか?」
突然正面から重い剣の一撃を振り下ろし、灼熱の太陽のような瞳が挑発するように笑う。
「ははっ、随分元気じゃないか、イグニス‼︎もうひと勝負するかい?」
「いいだろう!今回は勝たせてもらうぞ‼︎」
鋭い一閃が脇を狙い、受けた剣がギリギリと音を立てる。
今日何回目かも分からないイグニスとの手合わせは、真剣を使った実戦形式の容赦ないもの。
互いの本気度を表す様に、打ち合う剣が火花を散らす。
「流石だな、ルミア!」
「イグニスこそ、剣撃に重みが増した!これはたまらないね!」
一撃一撃が重い。
愛用のエレメンタルソードだから折れずに受け切れているが、生身の腕には痺れが出てくる。
(本当に強くなった。通常の肉体強化魔法では身体がついてこないな。)
ルミアがグリフィス領で生活している間は、この身に複数の補助系魔法をかけているのが普通だった。
男に、騎士になる為に必須の全身の肉体強化魔法。
物理無効、魔法無効、状態異常無効、毒無効…。
ある程度のレベルまでの攻撃は全部無効なチート過ぎる能力も、魔獣討伐には遠慮する必要もないから使っていた。
けど、学園内にいる時は、通常の男性程度の肉体強化魔法以外、全ての補助系魔法を解除している。
だってこんなチート能力じゃ、競い合う学生同士フェアじゃないでしょ?
カーライルあたりは『魔法もお前の実力だろ?逆に手加減されてるってのが頭にくるぜ。』なんて怒りそうだけど、幸いまだチート能力は秘密にしているし、魔法に頼らず自力を上げるのは、ずっと必要な事だと思っていた。
(受け切れないなら速さで対抗する‼︎)
イグニスの一撃を受け流し、死角へ入り背後を取る。
(とった!)
「…流石だな。その速さには毎度やられてしまう。」
「どの口が言うんだか。」
背後を取り、エレメンタルソードの切っ先がイグニスの背中を捉える。
が、同時にイグニスの剣の切っ先は、背後の私の胸へと向いていた。
つまり相討ちだ。
「す、凄いです‼︎僕、速すぎて全然見えませんでした!お二人の剣術大会入賞は間違いないですね‼︎」
「謙遜するな、ミスティアナ。俺だってお前の魔法には対処が難しい。特にあの連射される水弾は強力だ。」
「あ、あれはルミリア様のおかげなんです!魔法操作が出来るようになったから使える技で…」
「ルミリア嬢か…。ふっ、その存在だけで騎士達を奮い立たせる。我が主人はたいしたお方だ。」
「は、はいっ‼︎僕ももっと強くなって…いつかルミリア様の騎士に…」
「そうだな。俺ももっと強くならねば。ルミアには負けていられないからな。」
「ちょっと待った。イグニス、姫の騎士はお前らだけじゃないからね。」
お前らって…え?私も⁉︎
「ふっ、お前もやる気十分なようだな。」
「まぁね。今年の剣術大会は、俺、ちょっとマジだよ。」
「そうだな。ルミリア嬢の騎士として、恥ずかしくない戦いをせねばな。」
「ん〜…それもそうなんだけど、俺の場合…男として負けられない…って意味かな。」
「…………」
ん?なんで二人の間に火花が?
はっ‼︎男として…?つまり、つまり‼︎
(ついにフィオナちゃん争奪戦が始まるのね⁉︎)
【フェア恋】はヒロイン視点のお話だから、こんな風に攻略対象者の舞台裏などは描かれていなかった。
けどフィオナちゃんを想う者同士がこんなに近くに居るのだから、互いに気付かない筈がない!
つまり、恋の戦いはもう始まっているのだ!
(そうか、舞台裏ではこんな素敵展開が繰り広げられていたのね⁉︎対峙し合うイグニスとギルベルト‼︎素敵スチル頂きました‼︎)
「なにをニヤニヤしている、ルミア・グリフィス。」
「ふぇっ⁉︎ら、ライラック⁉︎いや、ニヤニヤとか、コホン、してないぞ?」
は、恥ずかしい‼︎
「ふん、あの二人を前に随分余裕だな。剣術大会は貴様が考える程甘くはないぞ。」
「分かってるつもりだよ。ここ最近、クラス全体が明らかに実力を上げてきているからね。」
剣術大会での入賞は、卒業後の進路に大きく影響してくる。
だから…私は剣術大会には参加しない。
いや、正確には参加出来ない。
私の力を一番理解しているお祖父様の判断で。
だが、あからさまな辞退は騎士達のプライドを傷付ける。
その為、剣術大会前日に腕試しのつもりで入った混沌の森で怪我を負い、棄権を余儀なくされた。ということにするつもりだ。
(元々卒業後は聖騎士団への入団が決定してる。それに私が優勝なんかしちゃったら、フィオナちゃんのトゥルーエンドを潰しちゃうわ。)
【フェア恋】に登場しない「ルミリア・ランフォート」と「ルミア・グリフィス」
この二人の現状の立ち位置が、かなり世界を歪めている気がして不安になる。
イグニスとギルベルトはルミリアの騎士となってしまった。
ミスティは魔法操作が出来るようになった事を、ルミアとルミリアのおかげだと慕ってくれている。
こんなストーリーはゲームにはなかったから。
でもその一方で、ブレないストーリー進行に安心もしていた。
小さなイベントの積み重ねは確かに起こっているし、今だってイグニスとギルベルトはフィオナちゃん争奪戦を繰り広げている。
(フィオナちゃんはゲームで見ていた時より、ずっと素敵で可愛い女の子だもの。ふふっ、もし私がルミアとして転生していたら、争奪戦に参加して滅茶苦茶になっていたかもね。)
「貴様…またニヤニヤと…随分舐められたものだ。」
「え?違うよ、そうじゃなくてさ、恋っていいなって思って。」
「こ、恋⁉︎貴様何をくだらぬ事を…あぁ、あの二人か。いや、三人か。剣術大会を前に浮ついたものだ。」
「…でもライラックだって、いいとこ見せたい人がいるんじゃないの?」
「なっ⁉︎そ、そんなわけがないだろう‼︎俺はシルフィード家の名を…」
いやいや、めっちゃ動揺してますなぁ。
普段クールな顔してる分、ギャップかな?
なんか可愛いんですけど…
「ふふっ、」
「貴様‼︎何を笑っている‼︎」
「いや、ライラックでもそんな顔、ふふっ、なんかやっぱ恋っていいなって思ってさ。私も恋してみたいよ。」
「……ルミア、お前は本当にルミリア様の婚約者ではないのか?」
「え?まだその噂があるの?違うよ。前にも言ったけど、私達は双子のようなもので、恋愛感情は皆無だ。ついでに言うと、私はルミリアの騎士でもないよ。」
「そうなのか⁉︎」
急にこちらに迫ってきたイグニスとギルベルトの顔が間近に迫る。
きゃ〜…イケメンのアップは耐えきれません。
「そもそも私はルミリアに騎士は必要ないと思ってる。彼女はか弱い令嬢ではないからね。守るべきはフィオナ嬢のような可憐な令嬢だよ。あ、ちなみに私はフィオナ嬢にも恋愛感情は一切ないから安心してくれ。」
「お前…姫にもフィオナちゃんにも興味ないって、男としてどうかと思うよ?」
「貴様のように色事ばかりな男もどうかと思うがな。」
「いいんだよ。恋は人を強くするからな。現に俺は彼女を想って強くなったし?」
「ほぅ、では俺が試してやろう。」
「珍しいな。ライラックが俺に仕掛けてくるなんて。…あぁ、俺が彼女とお近づきになったのが気に入らないって事か?」
「貴様何を、」
「図星ってね。まだ自覚がないみたいだけど…まだ芽のうちに潰しとくのもありだよなっ‼︎」
急に始まったライラックとギルベルトの戦いに、演習場中が盛り上がる。
(恋…か。でもフィオナちゃんは誰を選ぶんだろう。)
【フェア恋】のハッピーエンドはどれも素敵なものばかりだった。
けど…トゥルーエンドは別格だ。
今でも鮮明に思い出す。
あの泣きたくなるような幸福感。
病床の自分では得られないと諦めた幸せが、トゥルーエンドには詰まっていた。
(私のエゴだけど、フィオナちゃんにはトゥルーエンドを迎えてもらいたい。けど、その為には剣術大会を一人に絞って攻略していかなきゃいけない。…もう心に決めた人はいるのかな…)
誰と結ばれても幸せが待っているけど、私が一番幸せだったのは…
(アレクティス様は…えっ?)
視線の先に見たもの…
それは剣を交えるライラックとギルベルトを見つめるアレクティス様の姿だった。
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