幸せの味
久々の更新です。
まだまだ暑い日が続きますが、皆さま身体に気をつけてください!
結局…私の『初・放課後にお友達とショッピング』は、とんだ結末で強制終了になった。
とんだ結末って何かって?
…あれはなんて名前の拷問ですかね?
市場の往来。
しかも暴れ馬事件でギャラリー集中の上、なにやら女神様、ティターニア様だと叫ぶ声の中で、シスコン兄様にギュウギュウ抱き締められ…
その光景を茫然と(フィオナはキラキラしてたけど…)友人に見つめられる…
あぁ、羞恥刑ね。
(あぁっ‼︎もう‼︎私のバカ‼︎アホ‼︎マヌケ‼︎)
なんであんな道のど真ん中で、シスコンとブラコンの茶番劇を披露しちゃってんの⁉︎
もう暫くは市場に行けないじゃない‼︎
せっかくのショッピングが‼︎
お友達とのひと時が‼︎
はたと気がついた時…生暖かい視線に見守られていた私は、その羞恥刑に耐えきれずに瞬間移動でその場を後にした。
…けど慌てて戻って、フィオナを家まで転送し、ジェイドさんから生節を頂いてまた消えた。
「ミスティ達には悪いことしちゃったわ。」
護衛を頼んでおきながら、放置して帰るとかどんな礼儀知らずか…
「それもこれも、お兄様が…いえ、やめましょう。過ぎた事より、もっと重大なことがあるのだから‼︎」
クツクツクツ…と、優しい音が響く。
ふわりと香るのは、久しぶりの出汁の香りだ。
「こんな所でも乙女ゲームの知識が役立つなんてね。」
ずっと入院生活だった前世の私には、調理経験なんて一度もない。
生まれ変わってからだって、ルミアとしてミリ飯を教わった程度だ。
なのに、今アヴァロン学園の厨房には、炊きたてのごはんと、鯖の味噌煮、鰹の香り高い肉じゃが、きゅうりの一夜漬けに、ワカメと豆腐のお味噌汁が出来上がっている。
これは一重に過去のゲーム攻略のおかげ。
タイトルは忘れちゃったけど、アイドルの男子寮の寮母さんになった主人公が、家政婦スキルを上げてアイドル達を攻略していくゲームだった。
寮母として料理スキルは必須‼︎
お目当てのキャラの好物を完璧に把握し、栄養バランス、盛り付けのセンス、胃袋を掴む美味しさで、ガンガン好感度を上げていく。
攻略キャラが多いゲームだったおかげで、和洋中一通りの知識は覚えることが出来た。
「実際に作れるかは不安だったけど、ルミリアは器用だからなぁ。…ん、美味しい!」
包丁の扱いには自信がないが、愛用のミスリルナイフなら思うままに野菜を切り刻めるし、公爵家令嬢として美食を堪能してきた舌で味付けも問題ない筈。
最後に仕上げた味噌汁を味見して、和食膳の完成!
「日本人に生まれて良かったって思う味だよね〜。これがみんなの口に合うといいけど。」
完成した膳を、いつも私達が使っている窓際のテーブルに並べる。
もうすぐ授業が終わる。
そしたら食堂に来て欲しいと、昨日のメンバーには今朝テレパスしておいたのだ。
「冷めないようにタイムの魔法をかけて…、あとはデザートのシュークリームを冷蔵庫に入れて終わりね!」
私にとって、前世で思い出深いシュークリーム。
私が大好きだと言ったら、両親はしょっちゅう差し入れてくれた。
けれど、食べ過ぎだって先生に怒られて、両親と約束したんだっけ。
『元気になったら、好きなだけ買ってあげるからね。』
そう言われて、「やりたいことリスト」に書き込んだ。
『シュークリームをいっぱい食べたい!』
「ふふっ、これだけあればこの願いは叶うわね。」
御膳の並んだテーブルについて、空間魔法でノートを取り出し広げた。
これは私が前世のやりたかった事を思い出しながら書いたものだ。
「…お友達とショッピング、遊園地に行きたい…?」
「キャァッ‼︎ギ、ギルベルト⁉︎」
「あはは、驚かせてごめんね!すっごい楽しそうな顔で見てたから、気になっちゃってさ!」
「もぅ、危ないからやめてね。」
「え?危ない?ん、まぁ覗き見はまずかったよね。ごめん。」
学園内で気を抜いていたとはいえ、背後を取るとは流石ギルベルト。
でもこれがルミアの時だったら…うん、ごめんね。
怪我は治癒魔法で治すから。
「それよりこれ…」
「今朝テレパスで伝えた日本食よ。みんなのお口に合うかは分からないけれど、昨日のお詫びも兼ねて是非召し上がって。」
「わぁ、これをルミリア様がお一人でお作りに⁈」
「どれも良い香りだ。」
「ぼ、僕なんかがルミリア様の手料理をいただけるなんて…いいんでしょうか…」
いつのまにかギルベルトの後ろから現れたイグニスと、ミスティ、フィオナがテーブルの料理を興味深げに眺めている。
「じゃあ遠慮なく!…ん!美味い‼︎初めて食べる味だけど、すごく美味しいよ!」
「これは美味いな。芋に味が染みている。」
「えっ、このお魚全然臭みがありません!青魚なのに美味しいです!」
「このスープ美味しい!ルミリア様、このスープはなんですか⁈」
「それは味噌汁っていうの。」
「ミソシル?聞いたことないですが、とっても優しい味がします!」
「わかる!毎日でも飲みたくなるよな。」
「…何故だか懐かしいような…」
パクパクと食べてくれる様子が嬉しくて、私もフォークを伸ばす。
箸でない違和感に苦笑しつつも、懐かしい味に心が…魂が震えた気がした。
(やっぱり私は転生者なんだわ…)
転生者である事を疑った事はない。
自身の記憶とこの世界の一致が、それを証明しているから。
けれど今…確実にそれを確信したのは、魂に刻まれた記憶が教えてくれたからだ。
味気ない病院の食事。
個室で食べる寂しさ。
私は確かに18年を生きて、死んだのだ。
これは今…生きているからこそ感じられる味覚の喜び。
「あれ…ルミリア様⁈な、泣いてらっしゃるのですか⁈」
フィオナの言葉に、ミスティが、ギルベルトが、イグニスが、慌てて私を見つめる。
「ふふっ、違うの。ただ、幸せだと思って。」
「え?」
「こうして皆んなと食事をして、懐かしい味を思い出して懐かしむ今が…私、とっても幸せなのよ…」
「ぼ、僕も幸せです‼︎こんな素敵な方々と、こんな美味しい食事をご一緒出来て、信じられないくらい幸せです!」
「私もです!」
キラキラした瞳で笑顔をくれるミスティとフィオナ。
優しく微笑んでくれるギルベルトとイグニス。
(病室でこれを書いた時…)
ほとんど覚えていない自宅の食卓で、お父さんとお母さんと元気になった私…三人で食べる事を夢見てた。
他の願いもそう。
家族で遊園地に行きたかった。
家族で旅行したかった。
お友達と遊びたかった。
病気が治ったら…は大前提だったけど、私の望んだ願いには、隣で一緒に笑ってくれる誰かが必要だった。
「うんうん、うちのお姫様は本当に可愛いなぁ!」
「ルミリア様の笑顔を見られると、私まで嬉しくなります!」
「もぅ、からかわないで。それより、食後のデザートはいかが?」
「デザートまでお作りになったんですか⁈」
「初めてだからうまく出来たかは分からないけれど、それでも良かったら。」
フェリス王国にシュークリームは存在しない。
ふわりとしたその姿に、皆んな不思議そうな顔をした。
「これはシュークリームと言って、中にカスタードと生クリームが入っているの。そのままパクっと食べて」
「へぇ、うわっ、柔らかいね!んむっ、」
「な、何をしている、ギルベルト‼︎」
あまりの柔らかさに、一口でパクリ…のつもりが、ちょっと大きさに無理があったみたい。
溢れ出したクリームが口の周りを汚している。
「ふふっ、うちの妹達と同じね。」
昨夜試食で作った物を、今朝双子に食べさせた時と同じ状況に思わず笑ってしまいながら、用意していたフキンで、ギルベルトの口元を拭いていく。
「ほら、動かないで。こんなに汚すなんて、ふふっ、可愛い。」
拭いた時に指先に着いた生クリームをペロリと舐めて、私もシュークリームに手を伸ばす。
「はむっ、ん…ちょっとクリームが緩かったかな?みんなも気をつけ…ん?」
気をつけていたつもりでもはみ出すクリームを、ペロリと舌で舐め取ると、周囲の視線が集まっている事に気付いた。
「え?え?」
(もしかして、手で掴んで食べるなんてはしたなかった⁈)
よく考えれば、公爵家令嬢が学園の食堂で菓子を手掴みなんてマズかった…のか?
(でも…ん?そんな空気じゃないような…)
何故か正面に座っているミスティとフィオナが顔を赤くしている。
(ま、まさかクリームが着いてるとか⁈)
慌ててナフキンで口元を拭いて、誤魔化すようにギルベルトに微笑みかける。
「ごめんなさいね、ギルベルト。私がクリームを失敗…し…て?」
えっ…えっ⁈
微笑みかけた先に見たものに、今度は私が赤面する。
(な、なに⁈なになに⁈この可愛い生き物っ‼︎)
琥珀色の瞳を伏せ気味にして、真っ赤になってるギルベルトに、胸がキューンと締め付けられた!
あの!あのお色気担当が‼︎
あのチャラ男が‼︎
まるで仔犬のように身を小さくして赤面している。
(人前で口元を汚して恥ずかしかったのかしら。それとも私が子供扱いしたから?あぁ、もう可愛いっ‼︎これがギャップ萌えなの⁈そうなのね⁈)
普段は余裕綽々な彼の可愛い一面なんて、【フェア恋】でも見たことが無い。
まさかのシュークリームでGETしたお宝スチルに、申し訳なさより『秘蔵・念写スチル集』の1ページが増えた喜びが勝る。
(やっぱり私は転生者ね‼︎生まれ変わってもスチル収集はやめられない!)
とはいえ、この微妙な雰囲気はどうにかしなくてはならない。
「ギルベルト?顔が…あ、」
ギルベルトに伸ばした自分の指に、生クリームが着いてる事に気付き、ペロリと舐める。
その瞬間、グシャっと言う音と共に、テーブルにクリームが飛散した。
「えぇっ⁈イグニス⁈大丈夫⁈」
え?なに?みんなシュークリーム嫌い?
慌てて駆け寄り、顔にまで飛び散ったクリームを拭う。
制服にまで飛んでいて、今度こそ罪悪感に襲われた。
「ごめんなさい。貴族である貴方達に、手掴みで食べるお菓子を用意するなんて、配慮が足りなかったわ。」
イグニスの真っ赤な瞳の近くに着いたクリームを指先で拭うと、大きく見開かれた瞳が間近に私を映す。
「お礼とお詫びのつもりだったのに、ごめんなさい。次はもっと食べやすい物を作るわ。…だから…」
瞬きをしないイグニスの瞳は、澄んだルビーの様に美しい。
「また、私の料理を…食べてくれる?」
首を傾げての問い掛けに、
ボフンッ‼︎
まるで漫画の様にイグニスの顔が真っ赤になり、手の中で潰れていたシュークリームを一気に頬張った。
「えっ⁉︎イグニス⁉︎」
張り切って作り過ぎたシュークリームは山の様にあるのに、イグニスは凄い勢いでそれを食べていく。
けど、気に入った…って感じではなく、むしろ自棄になってるようにしか…
「ぼ、僕も頂きます‼︎」
なぜかミスティまでシュークリームを頬張り始めて、私はますますわけがわからずに困惑するしかない。
「一体どうしたの…?」
「あはは…、うん、姫はさ、もうちょい自己認識を改めるべきかなぁ〜…ははは…」
まだ赤いまま苦笑を浮かべたギルベルトも、残り僅かなシュークリームへと手を伸ばす。
そして私とフィオナが食べる間もなく、お皿は空になってしまった。
そして日本食とシュークリームを絶賛し、いつの間にか集まっていたギャラリーを散らして帰って行った。
「な…なんだったのかしら…。ごめんなさい、フィオナ。デザートがなくなってしまったわね。また今度
「いけません‼︎ルミリア様‼︎」
「えっ?」
「もっと、ちゃんと、自覚してくださらないと‼︎ルミリア様は女神様なんですよ⁉︎」
「…ねぇ、フィオナ。私全然状況が分からないの。さっきから皆何を言ってるの?分かるように説明してちょうだい。」
「…本当に自覚をお持ちでないのですね。では、ルミリア様の友人として、はっきりと言わせていただきます!」
「えぇ、それでこそ親友だわ!」
「親友⁉︎う、嬉しい…あ、はい、では親友として、お伝えします!ルミリア様は私達にとって、穢れなき美の女神そのものなんです‼︎」
いや、それは無い。
無いけど、仮にもしそう思われてるとしても…だからなに?って話だ。
「つまり、その、あ、あんな妖艶な一面を見てしまいますと、同性の私ですらドキドキしてしまうんですよ⁉︎男性なんて平常心でいられるわけありません‼︎あれじゃいつか不埒な輩に襲われてしまう可能性だって」
「え?ちょっと待って。妖艶な一面ってなに?ご飯食べてただけよね?」
「『だけ』ではありません!あんな慈愛に満ちた笑顔を向けられたら、流石のギルベルト様だって固まります!それに、クリームのついた唇を、その、あの、っ〜…普段清廉なルミリア様の…エロスを垣間見ては、老若男女問わず魅了されて当然ではありませんか‼︎」
……………
…………?
(エロス⁉︎)
ますます意味が分からない。
けど、一つだけ言えるのは
「フィオナの口からエロスなんて言葉を聞きたくなかったわ…」
わ、私の可愛いヒロインが‼︎
何故にエロス発言⁉︎
そもそも私のどこにエロス要素が⁉︎
「とにかく、お気をつけ下さい。ルミリア様は非常に魅力的なお方。無自覚の行動が思わぬ事態を招きかねません!」
「ぐっ…、わ、分かったわ。」
な、何故ドヤ顔⁉︎
無自覚天然小悪魔の乙女ゲームヒロインにだけは言われたく無いんですけど⁉︎
なんとなく納得いかないまま、午後からはルミアの実習で忙しく一日は過ぎた。
その後
ルミリア・ランフォートは深窓の令嬢と囁かれていた筈が、いつの間にか魅惑の妖美姫と呼ばれているのを知るのは…もう少し先の事になる。




