現実に引き戻されて…
妖精王よ…これは何の試練でしょうか…
暗転した世界。
軋む身体。
ままならない呼吸。
(あぁ、なんて事なの…)
これから始まる惨劇を確信し、私は思考を…
「貴様‼︎ルミリアから手を離せ‼︎」
(っ、いけない、イグニス‼︎貴方では太刀打ち出来ない‼︎)
「イグニス…気を付けろ。俺達二人の隙をついた奴だ。相当に強い…」
「ふ、フィオナさん、僕の後ろに隠れていて下さい!」
先程までの浮かれた空気は一変し、戦場の緊張感が走る。
(ダメ‼︎戦ってはいけない‼︎止めなきゃ‼︎)
暗闇の中をもがくが、更に身体は軋んで骨が悲鳴を上げる。
(なんて力なの!こうなったら手段は一つ…でも、ここでアレを使うのは…)
だが、ここで諦めてはいけない。
今諦めてしまったら…大切なものを失ってしまう!
(使っても…失うものは大きい。けれど、今はこれしかない‼︎)
私は両腕を広げ、ギュッと抱き締めた。
そして僅かに拘束が緩んだ隙をつき…
「わ、わぁ、こんな所でお会い出来るなんて、ルミリアとっても嬉しいですわ!アベル兄様!」
おおよそ自分の物とは信じ難い甘えた声をあげて、更にギュッと抱きしめる腕に力を込める。
(っ〜、この顔で萌えキャラとか似合わないから‼︎妹萌えとかないから‼︎拷問ですか⁉︎公開処刑ですか⁉︎みんな絶対引いてる‼︎誰だよって思われてるっ‼︎)
「…え?兄…様…?」
(ば、ギルベルト‼︎それは)
「誰が兄様だ‼︎俺を兄様と呼んで良いのは、我妹達三人の天使だけだ‼︎それともなにか…貴様は我が妹を誑かし、俺を義兄様とでも呼ぶつもりか?そうなのか⁉︎」
まんまと地雷を踏んだギルベルトが呆然としているのを余所に、イグニスはすぐに現状を理解したのか敬礼する。
「お初にお目にかかります。アベル・ランフォート様。私はイグニス・サラマンディと申します。」
「サラマンディ…、烈火の騎士か。成る程。噂通りの男のようだ。が‼︎俺の可愛いルミリアはやらん‼︎」
「兄様‼︎」
「貴様らのような未熟な見習いが、ルミリアの隣を歩こうなどおこがましいわ‼︎」
…ご理解頂けただろうか。
突如現れた不穏な気配の正体は、ランフォート家次男である我が兄…アベル・ランフォート 23歳。
23歳という若さで、王国騎士団団長の役目を賜わる優れた腕を持ち、男気溢れる性格からか部下からの信頼も厚い。
私はそんな実の兄に骨が軋む程強く胸に抱き締められ、大胸筋によって視界を物理的に塞がれていたわけだ。
そして察して頂けただろう。
兄様は極度のシスコン…。
私と双子を愛してやまないと、国中に公言しているかのような過保護っぷりで、過保護が通常運転のランフォート家においても、アベル兄様の過保護っぷりは群を抜いている。
特に私に対しては異常な程で、私がルミアになってグリフィス領で生活することになった時は、剣を手にグリフィス領に乗り込み、お爺様に決闘を申し込んだらしい。
『俺が勝ったら、ルミリアを返してもらう!』
なんて言って。
勿論結果は惨敗だったわけだけど、最後まで諦めなかった兄様はボロボロになった状態でランフォート家に送還されたらしい。
らしいって言うのは、私がこの事を知ったのがほんの数年前だからだ。
家族が心配していた事は知っていたけど、まさかアベル兄様がそこまで思ってくれていたなんて、考えてもいなかった。
この話を聞いたのは、たまたま私の里帰り中に里帰りしてきたアベル兄様との久々の再会で、そのシスコンぶりに、ちょっと…いや、かなりドン引いた私に長兄のアスタル兄様が教えてくれたから。
ドン引きなシスコン兄様になってしまった理由を。
幼い頃、アベル兄様は、剣の稽古をする姿を私に見せるのが好きだったらしい。
『にぃさまカッコいい‼︎』
『すごいね!つよいね!』
キラキラした瞳で見上げられれば、どんな辛い訓練も耐えられる。ルミリアに尊敬される兄である為に、ルミリアを守れる男である為に、その一心で剣技を磨いた。
結果…妹は兄達の姿に憧れ、自分で剣を握り始めてしまう。
女の子なのに。
『私も兄様達のように強くなりたいの!』
そう言われて…アベル兄様は自分をずっと責めていたそうだ。
ルミリアの生き方を捻じ曲げてしまった。
女の子の幸せを奪ってしまった。
剣の道を歩ませてしまった。…って。
私の中ではきっかけでしかなかったけれど、それでも今なら兄様の気持ちが分かる。
もし…もしフィオナが、妹が、私と同じ道を歩こうとしたら…
全力で止める。
チート能力を持っていようと関係ない。
危険な場所に身を置いて欲しくない。
私が守るから、どうかその白い手に剣など持たないで欲しい…そう願うだろう。
アベル兄様も…同じ気持ちなのだ。
お爺様との決闘に負けた兄様は、私が戦わなくていいように、より厳しい鍛錬を積み上げて強くなった。
フェリス王国騎士団団長を任される程に。
『ルミリア、アベルの想いを分かってやってくれ。全ては可愛いお前を想えばこそなんだ。』
アスタル兄様の言葉に、私はアベル兄様を大切にしたい…そう思った。
時々煩わしく思えた過保護っぷりも、行き過ぎる周囲への警戒も、全ては私を思ってのこと。
妹への純粋な愛情を、18になったルミリアは幸せだと受け止めていた。
(結局私もブラコンなのよね。)
聖騎士団団長のアスタル兄様。
王国騎士団団長のアベル兄様。
二人は私の誇りであり、自慢のお兄様。
前世でも夢見ていた、素敵なお兄ちゃん。
嫌いになる筈がない。
けど…友達を悪く言われるのは許せない。
それはそれ、これはこれって事で…
「ルミリア!なぜお前が市場に⁉︎」
「探し物がありまして、友人に連れてきてもらいましたの。」
「何故俺を呼ばなかったんだ‼︎お前が望むものならなんだって手に入れてやるというのに!」
「放課後に、お友達と遊んでみたかったんです。」
「っ…だ、だが、市場のように人が多い場所は危険も多い。この程度の見習いでは盾にもならん!俺はルミリアが」
「まぁ、だから非番なのに見回りをしていたのですね。流石はアベル兄様ですわ。尊敬致します。私の事は心配なさらないでください。頼もしい友人が護衛して下さっておりますので。」
ニコニコと答えを返す私に、兄様の顔色が青ざめていく。
お兄様は知っているのだ。
私が本当に怒っている時は、笑顔を貼り付けている事を。
そして自分の発言が私の逆鱗に触れた事を。
「いや、違うぞ⁉︎俺はただ、ルミリアが心配なだけで…」
「心配はご無用ですわ。私達には、『心から信頼している騎士』が三人も護衛について下さっていますから。」
「だ、だが」
「私だけではありません。ルミアも『心から信頼している騎士』です。何か問題がおありですか?」
公爵家令嬢として、騎士として、そしてなにより『フェア☆恋』ファンとして、この信頼は揺るぎない。
「うっ…だが俺ならばもっと確実に守り切れる自信がある‼︎」
あれ?今日はなかなか退かないなぁ…なんて考えていると、
「まぁ、ルミリア様のお兄様は、ルミリア様の事をとても大切に思っているのですね!素敵です!」
感激に震えながら、キラキラと尊敬の眼差しを兄様に向けるフィオナ。
…うん?
アベル兄様に?
いやいや、お兄様は攻略対象者じゃないからね?
攻略対象者三人の前で、こんなシスコンにときめいてはダメよ⁉︎
「当然だ。その為に俺はあるのだからな。」
「お兄様…騎士団団長の務めは妹を守る事ではありませんよ。」
「同じだよ。お前の暮らすこの国を守る事が、お前の一番の幸せだとわかっているからな。」
なんだか得意げな表情の兄様の大きな手に頭を撫でられ、思わず苦笑してしまう。
「ふふっ、そんな事ばかりおっしゃるから、シスコンだなんて言われてしまうのですわ。」
「言わせておけ。なんと言われようと、俺の一番はルミリアだからな。」
本当なら呆れちゃうシーンなのかもしれない。
ドン引きして距離を取る場面かも。
でも私は笑ってしまう。
だって、愛されて嬉しいんだもの。
幸せなんだもの。
そんな私の笑みに、アベル兄様も優しい笑みを返してくれる。
(我が兄ながら美形だわ…。攻略対象者でも不思議じゃないくらい。今の笑顔とか、スチルになりそうな程綺麗だったし…)
「ルミリア様とお兄様は、笑顔がとてもよく似ていらっしゃいますね!」
「えっ?そうかしら。」
「はい!とっても綺麗で、優しくて、素敵な笑顔がそっくりです!」
いやいや、ちょっと、フィオナちゃん⁉︎
さっきからグイグイくるけど、どうしたの⁉︎
そんなにアベル兄様が気に入ったの⁉︎
乙女ゲームヒロイン必殺の、無自覚小悪魔スキルが発動してるの⁉︎
「そう、か?俺とルミリアはあまり似ていないと言われるが…、そうか、似ている…か、」
ん?なぜそんなに複雑そうな顔?
「あ、いえ、けっして女顔というのではなく…
「ん?あぁ、いや、それは別に構わない。」
フィオナのフォローをあっさり切り捨てたのに、更に悩んだ様子を見せる。
何がそんなに引っかかっているのか…
「ふむ、夫婦設定でいけると思っていたが…」
「ふ…夫婦設定?」
首をかしげる私を、アベル兄様は今日一番の美しい笑みを浮かべながら優しく抱き寄せた。
「あぁ、いつかお前を連れて逃げる時の対策だ。心配はいらない。理不尽な縁談が来た時は、アスタル兄様の手配で国外への脱出経路を確保する事になってる。俺と二人、遠い国へ行き、穏やかに暮らそう。」
「まだそんな事を考えていたのですか?私はお父様が決めた縁談であれば、どの様な方とでも結婚すると決めております。」
「父上がお前を不幸にする縁談など持ってこないと信じてはいるが、宰相として断れぬ事もあるだろう?その時の対策だ。」
「もう、アスタル兄様まで巻き込んで…。」
「いや、対策を講じておくべきだと言ったのはアスタル兄様だぞ。お前は幼い時から…いや、生まれた時から可愛かったからな。そんなお前を守るべき俺達に、一切の隙も抜かりもない。」
幼い頃からって…いつから考えてたの⁉︎とは、怖くて聞けない。
「だが…似ていると言われては、夫婦設定は難しいかもしれん。しかし兄妹だと知れれば、どんな男に言い寄られるか…やはり夫婦設定しか…」
ブツブツ言い始めたアベル兄様に溜息をついて肩を落とす私。
そんな私の後ろで、ドン引き過ぎて声も出ない騎士三人と、瞳をキラキラさせる美少女、キョトンとする兄弟がいる事には…私もアベル兄様も気付かないのであった。
リアル多忙で久々の更新です。
定期的に書いていきたいなぁ…




