mission3.自分を知ってもらおう
「ここが…市場…?」
「はい、ここが首都ブリアートで一番賑やかな市場ですよ。」
アヴァロン学園から馬車で20分程。
美しく荘厳な時計塔の見降ろす広場には、多くの屋台が賑やかに並び立ち、広場からまっすぐ伸びる通りには多くの店が軒を連ねていた。
「こんな近くにあったのね。でもこの賑わいはお祭り…とかではなくて?」
「ここはいつもこんな感じだよ。ルミリア嬢は市場初めてなの?」
「ええ、今までは縁がなくて…」
質問に答えながらも、人の多さに圧倒される。
どこにこれだけの人がいたのかと思うくらい、広場や通りは人で溢れていた。
前世ではもちろん、転生した今生でも、これだけの人を一度に見るのは初めてだ。
(テレビやゲームで見たお祭りに近いかな。あ、あの屋台いい匂いがする…あら、あれは何?甘い香り…)
屋台で買ったものを食べ歩く人々に、つい、羨ましい…と思ってしまう。
公爵家令嬢が毒味役もなく、衛生的にも怪しい屋台の食べ物を口にするなど、常識では考えられない事だ。
(場所はわかったし、今度ルミアの姿で探索にこよう!その時はあの串焼きとお菓子を絶対食べるわ!)
辺境侯の身分であっても、グリフィスは貴族と言うより戦士の一族だ。
上品なフルコースより、狩った獲物がご馳走。
買い食いも食べ歩きも、誰に咎められる事もない。
そもそも私はステータス異常への耐性値が高すぎて、食中毒の心配どころか、通常の毒物なら大抵問題ない。
「ギルベルトはよく来るのですか?」
「そうだね。基本的に人が多くて賑やかな場所が好きだから。あと、敬語はなしね、お姫様。」
「姫って…、まったく貴方は。イグニスはどうです?」
「俺はあまり来ませんね。しかし…こう人が多くては、護衛も気が抜けません。もう少しお側に控えさせて下さい。…それと、俺にも敬語は無用です。」
「わかりました。ではイグニスも敬語はやめてくださいね。それと、馬車を降りた時にミスティが水の防御壁を張ってくれたからそれほど警戒しなくても大丈夫だと思うわ。」
「え?水の防御壁…ですか?私には何も…」
魔力のない騎士には視えない水の防御壁。
けど魔力の多いフィオナちゃんなら感じ取れた筈。
「ああ、ミスティ、貴方探知阻害を使ったのね。攻撃特化型の魔力なのに、うまく応用出来ているわ。」
「ふぇっ⁉︎は、はい、そうです。ルミリア様には気付かれていたんですね…」
「え?あっ!…えぇ、探知系は得意分野だから。」
「やっぱりルミリア様の魔力は凄いです!お伽話の魔法使いのようです!」
興奮気味なミスティに、イグニスが僅かに驚く。
魔法とは、魔力の流れで事象を操作する事。
つまり、魔力を自在に操ることができる者は、周囲の魔力を察知する事が出来る。
だがそれには例外が 2つある。
1つは今のミスティのように、探知阻害の魔法をかけている場合。
だがこれは、術者の実力をはるかに上回る相手には通用しない。
魔力が高いものほど、事象の変化には敏感なのだ。
つまり、ミスティの力がフィオナちゃんを上回っていた為、彼女は探知出来なかった。
そして私はミスティより上回っていたから容易く知れた…と、言う事だ。
そしてもう1つは…術者の力が圧倒的な場合。
膨大な魔力の及ぼす事象変化が魔法であると、常人はそれを認識出来ないのだ。
それは時に自然のもたらす奇跡であり、幸運であり、災害であり、不運だとしか認識されない。
仮にここで私が水の防護壁を張って探知阻害魔法を行使した場合、ミスティやフィオナちゃんはもちろん、この場の誰1人としてそのことに気づく者はいないだろう。
一方で、魔力を持たない騎士たちは魔力を一切探知することができない。
これは魔物との戦闘においては大変致命的なことで、それを補うために魔力探知効果のある魔石を装備することが、混沌の森討伐隊には必須であった。
「ルミリア様、今からどうなさいますか?何かお探しの食材があったのでしょう?ぐるっと市場を回りながら探してみますか?」
「そうね、まずは市場全体を把握しておきたいわ。何か面白い発見があるかもしれな、ムグッ⁉︎」
急に口を塞いだものに目を丸くすると、同時に口いっぱいに香ばしい味が広がった。
「ギルベルト!貴様何のつもりだ!」
「どうだい、お姫様。美味いだろ?この串焼き屋、俺の行きつけの店なんだ。」
牛肉の甘い油が口に溶け、香ばしい香りが鼻を抜ける。
シンプルに塩こしょうで味付けされたそれはとても美味しくて、有無を言わさず口に放り込まれだと言うのに、思わずゴクリと飲み込んでしまった。
「おいしい…」
「だろ?よかった。あっちの屋台の菓子オススメなんだ。」
(ああ、この人は本当に…)
今の串焼きも、ギルベルトの指差す屋台も、私が最初に見て興味を持った屋台だ。
彼はきっとそれを見て、私のために買ってきてくれたのだろう。
そしてそれを素直に口にできないと分かっていたから、イグニスに怒られるとわかっていながら強引に食べさせてくれたのだろう。
「ギルベルト‼︎ランフォート公爵家令嬢が、屋台のものなど口にする筈が
「…ふふっ、私もまだまだね。そんなに分かりやすい顔をしていたかしら。」
「ルミリア様?」
「イグニス、貴方は私の騎士であると同時に友人であると思っているわ。だから様なんてやめて。それとね、ランフォート公爵家令嬢は、貴方が思う以上に好奇心旺盛なの。」
微笑む私に応えたのは、ギルベルトの差し出したお菓子の包みだった。
「綺麗…これはマカロン?」
「あっ、ルミリア様、このマカロンは今話題のお菓子なんですよ!ふわふわでサクサクで、私大好きです。」
「待て、フィオナ!この菓子はなぜこうも色が多様なのだ?まさか絵の具を混ぜて…」
「ふふっ、赤はラズベリー、ピンクはストロベリー、緑はピスタチオ、黄色はマンゴーで、紫はブルーベリー、茶色はココアかしら。あの香りはマカロンの焼ける匂いだったのね。」
真っ赤なラズベリーの小さなマカロンを、ぽいっとイグニスの口へと放り込む。
「んグッ、…美味い…」
「ふふっ、でしょう?私もずっと食べてみたかったお菓子の1つなの。ん、ピスタチオ美味しい!フィオナちゃんはどれがいい?」
ギルベルトの心遣いのおかげで、私は市場を満喫することが出来た。
沢山のお店を見て回り、買い物したり、試食をしたり、目当ての食材を発見したり。
初めは毒の心配をしていたイグニスも、同じものをイグニスが先に食べることを約束すると、一緒に散策を楽しんでいたようだ。
「市場ってなんて素敵なの⁉︎新しい事ばかりでドキドキしちゃう!明日の料理も本当に楽しみだわ!今日のお礼にご馳走するから、皆さん是非いらしてね!」
乙女ゲームのご都合主義か、フェリス国の商人たちの努力の結果か、求める食材の殆どが手に入った。
まさか醤油や味噌まであるとは驚きだったが、大量に購入したそれらは全てアヴァロン学園の調理場に転移させてある。(※ランフォート家ではコックに怒られる)
「ルミリア様の手料理ですか⁉︎光栄です!」
「フィオナさんも敬語でなくてもいいのよ?私達は…お友達でしょう?」
「ッ、光栄です!嬉しいです!で、でも緊張しちゃうので、徐々にでお願いします。でも、あの、フィオナって、呼んでいただけたら嬉しいです!」
「ミスティ…も、徐々に、ね?」
「は、はいっ、お願いします。」
真っ赤になって俯く二人に、胸が暖かくなる。
友達…なんて、自分には縁のないものだと思っていたから、可愛い友人達が愛しくて仕方がない。
「フィオナ、ミスティ、ギルベルト、イグニス…今日は私の我儘に付き合ってくれて、本当にありがとう。優しい友人を持てて、私は幸せ者だわ。」
「ルミリア様…いや、ルミリア、貴女に友と呼んでもらえて、嬉しく思う。」
「固いなぁ、イグニス。俺も嬉しいよ、ルミリア嬢。君のような素敵なお姫様の騎士になれてさ!」
「もぅ、姫はよして。そんなガラじゃないわ。」
「ふっ、そうかもな。ランフォート公爵家令嬢は俺が思っていた以上に好奇心旺盛なようだ。」
「あら、イグニスも言ってくれるわね。」
「こうして話してみると、やはりルミリアとルミアはよく似ている。あいつも好奇心旺盛だからな。」
「あ、それ分かるかも。ルミアって変なとこでものを知らないって言うか、世間知らずな所があるよな。」
ギクリと肩を揺らし、ここ一ヶ月を思い出す。
ルミリアとして、ランフォート家の名に恥じぬマナーや教養は幼い頃から必死に身につけてきた。
社交界でランフォート公爵家令嬢の完璧ぶりが話題に上がる程には。
だが、ルミアとして…グリフィス家の男子としてはどうかと言われると…正直怪しい。
二人の立派な兄達がいるものの、間近に見てきたのは祖父や討伐隊の猛者達ばかりだ。
貴族の男子に必要なマナーや教養とは程遠い。
(そもそも聖騎士団に入るにはマナーと教養が足りないって言われて、アヴァロン学園に通う事になったんだもの!)
「ル、ルミアは、本当に世間知らずなの。幼い頃から混沌の森に入り浸っていて、剣ばかり握っていたから!」
「混沌の森…か。俺も一度は直接赴きたい場所だ。」
「いくら英雄アラン・グリフィス様と一緒だからって、入り浸るような場所じゃないだろうにね。」
(言えないわ…一緒に入ったのは最初のうちだけで、お目付役のカーライルを連れ回して、討伐三昧を楽しんでいたなんて…)
「ルミア様はやっぱり凄いお方です!僕なんかにも優しくしてくれるし、剣も体術も凄いし、魔力操作だって 繊細で、尊敬しています!」
「っ…ミスティ、なんて可愛いの⁉︎」
華奢な身体を抱きしめて、柔らかな水色の髪をよしよしと撫でる。
「ひやぁあぁっ!」
「ストップ、ストップ‼︎…大丈夫か?ミスティ。ははは…ルミリア嬢って案外積極的なんだね〜…」
「ち、ち、違います!ルミリア様は僕を、その、可愛がって下さってるだけ…で…」
「そうですわ、ギルベルト様。ルミリア様は可愛いものをこよなく愛するお方!まだ幼いご兄妹もいらっしゃるので、スキンシップが激しいだけなんです!」
「あぁ、噂の双子ちゃんだね?」
「噂とはなんだ。」
「眉目秀麗、容姿端麗、天使のような愛らしさの、美の女神の愛し子だって噂。元々ランフォート家は美形一族で有名だからね。」
「ほぅ、そんなに愛らしいのか。」
ふとこちらを見るイグニスに、私は深く頷いた。
「そうね。控え目に言っても…天使ね。いえ、天使すら嫉妬する可愛さなのよ!ふわふわで柔らかい髪と、クリクリの目と、柔らかな頬!甘えん坊だけど、好奇心旺盛で、頭もいいのよ!」
「驚いた。ルミリア嬢は深窓の令嬢って噂されてたけど、普通の優しいお姉さんなんだな。」
「言ったでしょう?私はか弱い令嬢ではないって。そもそも、グリフィスの血が流れているのだから、大人しく深窓に篭っていられる筈がないわ。」
「ふっ、そのようだ。」
市場に来てからはしゃいでいる自覚はあるが、そんな風に笑われると気恥ずかしい。
「…コホン、さぁ、気を取直して次に行きましょう。ミスティ、コルネット商会に案内してくれる?」
「あれ、ルミリア様、まだ『カツオブシ』と言うものが手に入っていませんが…」
マメにメモを取ってくれていたフィオナに感心しながらも、首を横に振った。
「さっきのお店でも聞いたけど、どうやらここにはないみたい。しょうがないから、別の物で代用するわ。」
和食の決め手となる出汁が手に入らないのは痛いが、こればかりは異世界だけにしょうがない。
次は港の方で探して見よう。
そんな事を考えていると、遠くから悲鳴が聞こえて来た。
「ギルベルト!」
「分かってるよ。」
イグニスとギルベルトが私達を守るよう警戒を強める。
「あれはっ」
悲鳴の原因は直ぐに分かった。
二頭の馬が、人混みの中を駆け抜けて来る。
だいぶ興奮しているのか、人や物にぶつかるのもお構いなしだ。
「ルミリア様、フィオナさん、こちらに!」
ミスティが屋台の陰に誘導しつつ、水の結界を強める。
これだけの結界ならば、馬の突進を防ぐことは出来るだろう。
「ギルベルト、俺は右の馬を止める。お前は左だ。」
「了解。」
(流石は騎士特待クラスの生徒ね。この状況にも、落ち着いて対処している。)
駆けてきた馬の背にタイミング良く飛び乗り、どうどうと落ち着かせる。
流石は騎士、馬の扱いを熟知しているらしく、二頭は2人の手で落ち着きを取り戻し始めた。
「わぁ…ギルベルト様もイグニス様も凄いです…」
そんな二人に見惚れるフィオナに微笑んだ…次の瞬間だった。
激しい嘶きと共に現れた、一際身体の大きな黒馬。
それは私達の目の前を駆け抜け、その先にある店の前に立つ少年へと向かって行った。
「うわぁぁぁぁっ‼︎」
大きく振り上げた蹄。
あれが振り降ろされれば、少年の命は確実に終わる。
なのに、少年は店を守るように両手を広げた。
(…勇敢だこと。)
だがらあの華奢な身体では、店もろとも壊されるのがオチだ。
逃げる事だって出来たはず。
けれど大切な店を守りたいと言う思いが、彼にそれを許さなかったのかもしれない。
だが、無謀と勇気が違う。
結果、己も店も守れないのなら、それはただの愚かな行為でしかない。
周囲から悲鳴が上がる。
誰もが少年の最後を覚悟する。
イグニスとギルベルトが駆け出す姿が見えるが、距離が遠すぎる。
(病気でなくたって、人はこんなに簡単に死んでしまうんだ…)
生きたいと足掻いた前世。
でも、今、少年は足掻く事すら出来ずにいる。
(あぁ…私…力があって、本当に良かった。)
記憶が戻ってから、ずっとずっと思っていた。
普通の女の子に生まれ変われたら良かったのに…と。
よりによって、こんなチートなキャラに生まれたくなかった。
貴族の責任とか、しがらみとか、そんな事に縛られず、自由に生きたかった…と。
だが、それは違ったようだ。
私はルミリア・ランフォートで良かった。
「…鎮まりなさい。」
離れた場所からフィオナの悲鳴にも似た声が上がる。
私が馬の蹄の目の前にテレポートしたから。
だが、周囲の悲鳴は次第に収まり、それはざわめきに変わる。
「ブルルッ!」
「良い子ね。」
落ち着きを取り戻した黒馬は数回頭を振り、私へ鼻先を寄せてきた。
「ちょっと興奮してしまっただけなのよね?」
今現在何が起こったのかを理解しているものは、誰1人としていないだろう。
馬の蹄を目の前にした瞬間、私は正面に多重結界を張りつつ、物理攻撃を無効化した。
周囲から見れば、馬が自ら足を下ろしたようにしか見えない筈。
だが、あの興奮状態からなぜ…と、誰もが戸惑いを隠せないらしい。
「ルミリア‼︎大丈夫か⁉︎」
「ええ、大丈夫よギルベルト。」
「ルミリア‼︎何故あんな無茶な真似をした!!」
「ごめんなさい、イグニス。でもあの時、彼を助けるにはあれしか手段がなかったのよ。」
本当は手段なら他にもいくつかあったのだが、瞬時の判断であったことと、あまり目立つ真似をしたくなかったので、『奇跡ね!馬が止まって良かったわ!』を狙った結果だった。
(けど心配をかけてしまったわね。あの二人にも…)
離れた場所では、ミスティとフィオナが泣いている姿が見える。
「反省しているわ。でもその前に、1つ大切なことをしなくてはね。」
後ろ振り向くと、まだ体を震わせた少年が私を見上げていた。
「あなたは店を守ろうとした。その気持ちは尊いものだわ。」
「ぁ、お、俺…」
「けど、私はあの行動を認めない。私は、命を大切にできない人間を絶対に認めない。あんなもの勇気でも何でもない。ただの無謀で愚かな行為だわ。」
「ルミリア嬢、ちょっと言いすぎなんじゃ…」
「いいえギルベルト、大切なことよ。」
まだ立てない少年の前に屈み、小さな手を取る。
10歳にも満たない彼の命が、ここで終わらなくて本当に良かった。
やりたい事もあるだろう。
大切なものもたくさんあるだろう。
「あなたを大切に思う人達の為にも、あなたは生きなくてはいけない。幸せにならなくてはいけないの。」
「ご、ごめ、ごめんなさいっ、」
涙をポロポロと零して泣きじゃくる少年を抱き締めて、太陽の匂いのする髪を撫でてやる。
「無事で良かった。怖かったわね。」
少年の体温が暖かい。
溢れる涙。
刻まれる鼓動。
誰かの命を守る力を持って生まれてきて、本当に良かった。
ルミリア・ランフォートで、本当に良かった。
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