mission2.互いを知ろう
黄色い悲鳴…とは、こういうものなのか。
前世18年、今生17年生きてきて、初めて聞いた黄色い悲鳴は…最悪だった。
「な、なんなの⁉︎」
鼓膜が破れる勢いで上がった奇声に耳を塞いで周囲を見ると、その輝く視線は一点に向かっていた。
「げっ‼︎」
ルミリア・ランフォートにあるまじき声を上げてしまった事は許して欲しい。
だって、これ以上今の心情を表す言葉が見つからなかった。
…いや、冷静に考えてたら「げっ」はない。
むしろリアルで「げっ」なんて本当に言うんだな…
「キャア!キャア!」
そもそも貴族令嬢がこんな奇声を上げるなどはしたない。
アヴァロン学園に通う者として、もっと気品を持つべきだと…
「ルミリア様、今現実逃避していませんか?」
「…フィオナさん、貴女も言うようになったわね。」
たった数ヶ月だけど、身分の差を超えて、私達はいい友人…私としては親友になれたと思っている。
ヒロインらしい天然・鈍い・天真爛漫である彼女は、一緒にいて楽しいし可愛い。
ゲームの頃から好きだった子なのだから親近感もあって、打ち解けるのは早かった。
「ルミリア様、現実を見てください。」
「そうね…いつまでも現実から逃げてはダメね。私、貴女の芯が強いところも好きよ。」
「凄く嬉しいです!でも…そろそろ対処しないと、他の方々が倒れてしまいそうですよ?」
「あんな奇声を上げていれば酸欠にもなるわよね…」
溜め息を吐きながら、彼女達の視線の先を見る。
そこには令嬢達が憧れてやまない、騎士特待クラスの2人が立っていた。
チャラい笑顔のギルベルト。
凛々しいイグニス。
その後ろには、奇声に怯えたミスティの姿もある。
「こんな騒ぎになるなんて、買い物に浮かれて失念していたわ。フィオナさん、ここは一度転移魔法で外に出ましょう。このままではいらぬ注目を集めて…」
「あ、いたいた!ルミリア嬢、お迎えに上がりました。」
恭しい礼を見せつけるギルベルトに、一抹の殺意が…
「え、ルミリア様をお迎えにいらしたの⁉︎」
「そんな…ギルベルト様が何故⁉︎」
「イグニス様のお迎えなんて羨ましい‼︎」
「きっとランフォートの権力には逆らえないのよ!」
「しっ、ルミリア様に聞かれたら大変よ!」
「私達に見せつける為に教室まで迎えを寄越したのかもしれないわ。」
怖い…女子怖い…
「ルミリア様…大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。もとは私の失態。フィオナさん、貴女は後からミスティと一緒にいらして。他の方々から余計な嫉妬を買う必要はないわ。」
「そんな!ルミリア様だって」
「ダメよ。女の嫉妬程怖いものはないの。私はランフォートの権力が守ってくれるから大丈夫。」
「ですが…」
「お願いよ。私の大切な友人を守らせて頂戴。」
「は、はい…」
「ではフィオナさん、ご機嫌よう。」
少し大きな声で挨拶して、刺さる視線の中を扉に向かう。
「ルミリア様、お迎えに上がりました。」
凛々しく紳士に礼をするイグニスは、きっと女の嫉妬など思いもよらないだろう。
「ありがとうございます、イグニス様。」
「今日貴女をエスコート出来るなんて夢の様ですよ。ルミリア嬢。」
へらへらと…このチャラ男なら、迎えにこればどうなるか理解していたはず。
「ん?ルミリア様、たしかルミ二んぐっ、」
「イグニス、お前には悪いけど、今日は俺がルミリア嬢をエスコートさせてもらうぞ。さ、お手をどうぞ、ルミリア嬢。」
「…えぇ、ありがとうございます。ギルベルト様。」
「ギルベルトと呼んでください。」
「では参りましょう、ギルベルト。」
ギルベルトの大きな手を取り、優雅な動きで教室内に振り返る。
「では皆様、ご機嫌よう。」
ギルベルトが私の手を引き歩き出し、イグニスが教室の扉を閉める。
「っ〜〜〜‼︎ミスティ、お願い!後からフィオナさんを連れてきてね!」
「「うわっ⁉︎」」
ミスティにフィオナちゃんを託し、ギルベルトとイグニスの手を掴んだ私は、即座に瞬時に速やかに、ギルベルトを睨みながら学園外にテレポートした。
「な…なに、これ…」
「これが噂に聞く転移魔法…」
「やってくれましたね…ギルベルト…」
学園からほど近い公園に転移した私は、初めての転移に驚く二人を前に深い溜め息を吐いた。
(まったく、してやられたわ…)
女の嫉妬の怖さを知るギルベルトがなんの真似か…と思ったら、何のことはない。
すべてはフィオナちゃんのためだ。
きっと優しくしてくれたフィオナちゃんのことを調べたのだろう。
そしてフィオナちゃんが周囲から妬まれている事を知って、何とかしたいと思っていた。
(そこに私が現れた…と。まぁ身代わりには丁度いいわよね。ランフォート公爵家令嬢である私を表立って攻撃してくる者はいないだろうし。)
ゲームのギルベルトもそうだった。
彼はよく人を見ている。
そして自分がどう動くべきかを知っている。
例え誰かに誤解されても、悪役になったとしても、ヒロインを護る為ならそれもいとわない。
チャラ男に見える彼のそんな自己犠牲的なまでの優しい一面が、多くの乙ゲー女子を虜にしたのだ。
(ま、私もその一人だったんだけど。)
「ふふっ、まったく仕方のない人ね。」
「…君は…」
「?」
「君は…怒ってないの?」
「あら、貴方、私を怒らせる自覚はあったのね。」
「怒らせる…とは、どういう事だ、ギルベルト!」
「落ち着いて下さい、イグニス様。ギルベルトはフィオナさんを守りたかっただけ。方法は乱暴でしたが、私は友人を守れて嬉しく思っています。」
戸惑うイグニスに、事のあらましを話す。
ギルベルトは驚いていたものの、黙って聞いていたという事は、私の予想が外れてはいなかったという事だろう。
イグニスは黙って話しを聞いていたが、途中から俯いてしまった。
イグニスにとってもフィオナちゃんは守る対象だ。
イグニスが守りたかった者をギルベルトが守ったのは、面白くなかったのかもしれない。
けれどこれでフィオナちゃんのルートが決まるわけではないし、フィオナちゃんへの嫌がらせが完全になくなるわけでもないし…
「ギルベルト‼︎貴様…ルミリア様を囮にしたと言うのか‼︎」
一瞬…何が起こったのかがわからなかった。
イグニスの紅い瞳が鋭くなり、ギルベルトの胸ぐらを掴み上げたのだ。
ビリビリと伝わる怒気。
彼の本気が伝わってくる。
「ギルベルト…貴様も騎士ならば、何故己の力で守ろうとしない‼︎例え絶大な権威を持つランフォート公爵家のご令嬢であろうとも、か弱き乙女を巻き込むなど許される筈もない‼︎」
か…か弱き乙女…
「…貴様とは良きライバルであれると思ったが、俺の勘違いだったようだな。」
「はっ‼︎ま、お待ち下さい、イグニス様‼︎私は…その、イグニス様の仰るようなか弱き乙女…ではありませんわ。それに、ギルベルトの考えに賛同したからこそ、私もその案にのったのです。」
「ルミリア様…貴女の優しいお心は尊い。だが、これは騎士として…いや、男として許されない事だと俺は思う。」
(そうだ…彼は正義感が強くて、真っ直ぐで、漢気に熱くて、自分の信念を貫く人。)
「イグニス様のお怒りは理解できます。ですが、女の嫉妬は恐ろしいもの。ましてや嫉妬の原因である騎士特待クラスの方々が表立って彼女を庇えば、事態は更に悪化するでしょう。今回の件は、女性をよく理解しているギルベルトだからこそできることでした。私は彼に感謝しています。」
私にここまで言われれば、流石にイグニスも怒りを抑えるしかないようで、納得はしていないが理解はしてくれたようだった。
(良かった。イグニスとギルベルトの決闘イベントなんて見たくないもの。…あったらあったでスチルは素敵かもしれないけど。)
「ルミリア・ランフォート様。」
「イグニス様⁉︎」
急に足元に跪いた彼に驚いていると、輝くルビーの瞳に射抜かれる。
「俺はここに誓う。俺は貴女の騎士となり、俺のすべてを持って、貴女を護る事を。そしてどうか、これからは俺をイグニスと呼んでいただきたい。」
(す、すべて⁉︎)
「ずるいな、イグニス。それは俺が先にしたかったのに。…ルミリア嬢、俺も誓うよ。俺は君の騎士となり、俺のすべてを君に捧げ、護ることを。」
(捧げる⁉︎)
「ギルベルト、彼女は俺が護る。」
「悪いが譲れないな。転移の後、俺は彼女からの叱責を覚悟してた。けど…彼女はすべてを理解した上で、仕方のない人ねと笑ってくれた。あの瞬間から決めていたんだから。」
(こ、これは一体…)
何故私はイケメン騎士二人に跪かれているのだろう。
フィオナちゃんを助けたのはギルベルトだし、イグニスもフィオナちゃんを護りたいはず。
それが何故私を護る方向に⁉︎
「お待ち下さい!先ほども申し上げましたが、私はか弱き乙女などではありません。ですから護って頂かなくとも問題無いのです。」
「騎士たる者、一度立てた誓いを覆す事はありません。」
「言ったでしょ。俺は君の笑顔を見た時に決めてしまったんだ。」
真っ直ぐ過ぎる二人の眼に、返す言葉が見つからない。
(つまり…つまり?なんで私を護るの?フィオナちゃんの身代わりになったから?あぁ、フィオナちゃんの恩人に恩を返したい的な話し?)
意味不明な現状に落とし所を決めて、ふむふむと自分を納得させる。
「分かりました。お二人のお気持ち、とても嬉しく思います。ですが、この誓いは学生までのものとして下さい。それを約束して下さるなら、イグニス、ギルベルト、私の騎士となる誓いをお受けしましょう。」
「ルミリア様」
「ルミリア嬢」
「その上で、私の騎士にお願いします。どうかこれからも私の友人…いえ、親友を護って下さい。優先すべきはか弱き乙女である彼女。これが私の願いです。」
「…承知した。」
「了解。」
これで円満解決…の筈‼︎
「あ、ルミリア様〜!お待たせしました!」
「ミスティ、フィオナさん、早かったのね。」
「は、はい!テレパスを頂いた時に、地形のイメージも一緒に送られてきたので…」
「まぁ!凄いわ、ミスティ!テレパスでのイメージ共有は相性がよくないと出来ないのよ。成功して良かったわ!」
「み、ミスティアナ…お前、いつからルミリア様とテレパスなど…」
「あ、あの、魔力操作の授業の一環です!決してやましい気持ちはありません!」
「いいなぁ〜…ルミリア嬢!俺もテレパス受信出来るかな。」
「大丈夫だと思うけど…」
「なら試してみてよ!すっごく興味ある!」
「ギルベルト!テレパスは信頼の魔法!軽々しく試すなど」
「あれ?イグニスは興味ないの?ルミリア嬢の騎士になったんだ。有事の時に駆け付ける為にも、テレパスは必要だと思うけど?」
「し、しかし、テレパスは深層心理に」
《そんなに深く考える必要はないと思いますよ。》
ビクッと肩を揺らした二人をクスクスと笑いながら見ると、真紅の瞳と琥珀の瞳を大きく見開き私を見つめた。
(え⁉︎なに⁉︎そんなにビックリした?)
確かにテレパスを使える術士は少ないから、頭に直接話しかけられるなんて経験はそうそうしない。
だから気持ち悪いと感じる者もいるだろう。
深く魔力を注げば相手の深層心理までもを覗けてしまう怖い魔法でもある。
けれどミスティもフィオナちゃんも、初めこそ驚いてはいたが、ここまでの反応はなかった。
(スマホ感覚で便利だと思ってたけど、やっぱり魔力を持たない人には気味が悪いのかも…)
「これが…貴女の魔力…」
ポツリと呟いたイグニスの言葉に視線を向けると、視線が合った途端に彼の顔が真っ赤になってしまう。
「え⁉︎イグニス⁉︎大丈夫ですか⁉︎」
「や、大丈夫、と、いう事に…して下さい…」
「え?え?」
「あは、参ったな。これって、うん、信頼の魔法…ね。本当に参った…」
イグニスだけでなく、ギルベルトまでが真っ赤になっている。
(なんで⁉︎テレパスに赤くなる要素なんてあった⁉︎)
私がテレパスを使うのは、家族とグリフィス領の討伐隊員とミスティとフィオナちゃんだけだけど、こんな反応された事がない。
「ふふっ、大丈夫ですよ、ルミリア様。きっとお二人はルミリア様の人柄に驚かれているんです。」
「人柄?どういうことかしら…」
「私も最初はびっくりしました。テレパス受信って、ルミリア様の魔力が全身に流れ込んでくるんです。その魔力が…暖かくて、優しくて、ギュッと包み込まれるようで…こんなに素敵な方が本当にいるんだって…私感動しました!」
「僕もです!ルミリア様が優しくて素晴らしい方だって知っていたのに、初めてテレパスを受信した時は、僕が思っていた以上に慈愛に満ちたお心に感動しました!」
(ま…ますます分からない。え?テレパスって通信魔法よ?素敵?慈愛?あ、あれかしら!イヤホンでゲームした時に、声優さんの声が脳に直接響くあの感じ⁉︎イケボにメロメロにされちゃうあの感じなのね⁉︎)
それなら納得できる。
深夜に布団に潜ってゲームをプレイする時は、イヤホンからダイレクトに響くイケボの数々に悶絶したものだ。
(なるほど!確かにルミリアの声はいい声してるものね。可愛げはないけど…)
「ありがとう、ミスティ、フィオナさん。つまり慣れが必要という事なのね?」
「ん〜…そうですね!」
「え?え?僕が言いたい事とはちょっと違う気が…でも慣れも必要なのかな…」
「慣れてしまえば、これほど便利な魔法はないと思うの。それに、優秀な騎士のあなた方は、きっとアスタル兄様が率いる聖騎士団へ配属される可能性が高い。そうなれば、テレパスは必須よ。特訓のつもりで頑張りましょう。」
現在、聖騎士団の通信員はランフォートの遠縁の方が務めている。
シャルル・アルバート姉様は、アヴァロン学園史に残る優秀な魔法使い。
攻防共に優れ、通信、サポートなんでも扱える才女でありながら、妖艶な色気を漂わせる美女でもある。
ルミリアの声ごときに赤くなっていたら、シャルル姉様の声には腰砕けてしまうだろう。
「ま、待って欲しい!確かに俺は聖騎士団を目指しているが、特訓は…」
《アスタル兄様とシャルル姉様は厳しい方です。私の騎士である以上、力になりたいと思うのですが…お嫌ですか?》
「っーー」
「ははっ、イグニスには刺激が強過ぎるかもね。」
《ギルベルトはもう慣れましたか?流石女性に慣れている方は違いますね。》
「ちょ、ちょっと待っ…なんか、今のはダメ。勘違いしそう。君が嫉…いや、ないない。…はぁ、全然慣れる気しない…」
「ふふっ、お二人共テレパスでの返事は脳内でして下さいね。」
「「ま、まさか今思考が読まれてるのか⁉︎」」
「え?いえ、今のテレパスレベルでは、伝えたいと思う思考のみしか読み取れませんよ。」
特に今の…片側のみが魔力を有する場合、私が私の意思で相手の中に魔力を送り言葉を伝えることは出来るが、魔力のない者が私に言葉を伝える事は出来ない。
会話を成立させるには、魔力を有する者が相手の「伝えたい」と思う思考のみを受信する必要がある。
不慣れな術士が魔力を送り過ぎれば、相手の伝えたい事以外の思考まで受信してしまう。
だからこそ、信頼の魔法と呼ばれるのだ。
「私は3歳から魔力のない祖父とテレパスで遠距離会話をしていましたから、お二人が「伝えたい」言葉以外は絶対受信しません。ですから安心して特訓に励んで下さい。さぁ、では気を取り直して買い物に出かけましょう!」
ニッコリと向けた笑みに、二人がポツリと呟いた。
「ルミアの強さの秘密を垣間見た気分だ…」
「彼を尊敬したいよ…」
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