愚かな夢 素敵な物語り
西棟にあるサロンの最奥に広がる小さな庭園。
そこに置かれた小さなテーブルに案内されて、私は思わず息を漏らした。
(素敵…)
私はこの場所を知っている。
ここはアレクティス・ロクレーヌ様の憩いの場。
他の誰も立ち入れない、彼の秘密の庭。
アレクティス様攻略の時、この場所でヒロインはアレクティス様から色々な話しを聞かせてもらえる。
この国の騎士としての誇り、ロクレーヌの名を受け継ぐ覚悟と決意。
(彼の初めての笑顔を見たのもここだった…)
スチルいっぱいに映る彼の笑顔は本当に素敵で、一日中眺めていた私を看護師さんが笑っていた。
(トゥルーエンドの結婚式スチルより好きだった。)
「ルミア・グリフィス。時間をとらせてすまない。」
「いいえ。よろしければルミアとお呼び下さい。」
「ではルミア。改めて貴公に尋ねたい。」
「なんなりと。」
「ルミリア・ランフォート嬢は今、お元気だろうか。」
「…え?あ、はい、元気…ですが…」
「そうか。」
どこか安心した様な響きの言葉に、不思議な気持ちになる。
「あの…ロクレーヌ様は、ルミリアにお怒りなのではないのですか?」
「何故そう思う。」
「あの時…いえ、ルミリアがロクレーヌ様に失礼な事をしてしまったと猛省していましたので…」
「それは違う。ランフォート嬢に失礼を働いたのは私の方だ。未婚の女性を抱き止めるなど…彼女もショックを受けていたようだ。」
「あれは立ち眩んだルミリアの失態です!助けていただいた事には感謝しかないと申していました。ショックなんてそんなこと…」
「泣いていた。」
「えっ…」
「瞳を潤ませ、苦しそうな顔をしていた。」
「それはっ」
「そんな彼女が最後に言ったのだ。ありがとう…と。何故そんなことを?穢れなき清らかな身に触れた私を責めもせず…消えてしまった。貴公なら、彼女の気持ちが分かるだろうか。」
この人はさっきから何を言っているのだろう。
倒れそうになった私を助けてくれた。
なのに何故責められると思ってるの?
「ロクレーヌ様…お言葉ですが、少し考えれば分かる事ではありませんか?」
「すまない。私には女性の気持ちを察することは難しいようだ。」
「いえ、気持ち以前に、ロクレーヌ様がルミリアを支えて下さらなければ、ルミリアは今頃床に顔を打ち付けていたのですよ?感謝して当然のことです。それに穢れなき清らかな身とおっしゃいますが、我々の祖父はあのアラン・グリフィスですよ?小さな頃からルミリアを溺愛し、幼少から軍の会議にまで連れて行ってましたから、軍上層部の方々でルミリアを抱っこしていない方はいません。二人の兄もルミリアを抱き締めるのは日常茶飯事ですので、立ち眩みを助けていただいたのに責めるなど思いも至らないでしょう。」
「そう…なのか。」
「そうです。そもそもルミリア自身スキンシップは激しい方です。下の双子の妹弟達を、隙あらばハグしてますし、お祖父様はハグの上に振り回す始末ですから、絶対ルミリアがロクレーヌ様を責める事はありません。」
「だがあの涙は…」
「あ、あれは泣いていたのではなく、きっと申し訳なさとか、失態を犯した恥ずかしさで、ちょっとだけウルっときただけです。苦しそうな顔をしていたのは…貧血のせいですね!手を握ってしまったのは…」
「そう…そうだ。あの時、彼女は細い手で私の手を握っていた…」
ぼ、墓穴掘った⁉︎
「違っ、いや、手は、その、あれです!感謝の気持ちをお伝えしたくて握ったのでしょう!つまり、助けて下さってありがとうございます!でも自己管理も出来ない自らの失態でロクレーヌ様の手を煩わせてしまった事が申し訳なくも恥ずかしいので、転移魔法で失礼します!という感じかと。」
事前に考えていた言い訳を何とか伝えると、アレクティス様は暫し考えた後に頷いた。
「なるほど。筋は通っている。」
「納得して頂けてなによりです。」
「しかし、彼女のあの表情…私には傷付いていたように見えたのだ。」
「ご安心ください。ルミリアはか弱い女ではありません。実際ロクレーヌ様に謝罪したいと相談を受けていましたし、私の言葉に間違いはありませんよ。」
「そうか。ありがとう、ルミア。これでランフォート嬢に謝罪に行ける。」
「は?」
「彼女を傷付けてしまった私が謝罪に行けば、もっと彼女を傷付けてしまうのではと危惧していたのだ。」
席を立ち、スッキリした表情を見て血の気が引いた。
(今から魔法特待クラスに行くつもり⁉︎)
今の時間は魔法特待クラスでも自習時間。
教室には半分くらいの生徒が残っており、その中にはフィオナちゃんもいる。
(ロクレーヌ公爵家子息が尋ねて来るなんて、変な噂が立つわ!もしフィオナちゃんに誤解を与えてしまったら…)
あの幸せなトゥルーエンドを、私が壊してしまう事になる。
「ま、待って下さい、ロクレーヌ様!ロクレーヌ様が自ら足を運んで頂かなくとも…」
「いや、謝罪すべきは私だと私自身が思っている。ならば私が赴くのは当然の礼儀。」
「噂が立ちます‼︎公爵家子息が公爵家令嬢を尋ねたとなれば、噂好きの令嬢達の格好の的になるでしょう。」
「…そうか。ならば後日ランフォート家に直接…」
「それは一番の悪手です。ランフォート家はルミリアに対して過保護が過ぎるので、無事帰れる保証が出来ません。」
「ならば相応の覚悟を持って伺うとしよう。」
どんだけ真面目か‼︎
「いえ、ですから、後日ルミリアから謝罪を」
「それはダメだ。私は彼女からの謝罪など望まない。」
「それはルミリアも一緒です。ならいっそ私が伝言を伝えますので、それで終わりにしましょう。」
「それも承知出来ない。私は彼女に直接謝罪したい。そして直接彼女から許しを請いたいのだ。」
真面目…誠実…それも度を超えると面倒だ。
「………はぁ、分かりました。なら今から本人と話して下さい。」
「あぁ、すぐ魔法特待クラスへ…」
「ここに呼びます。テレパスであらかた伝えておきますから、今日この場で決着をつけて終わらせて下さい。」
「なっ」
「最後に一つだけ確認を。ここに…この庭に連れて来てよろしいんですか?来賓用サロンなら、二人きりで話せると思いますよ。」
この場所がアレクティス様にとって特別な場所だと知っているから…
「…あぁ、そうだな。ここがいい。」
「少しだけお待ち下さい。」
転移で自室に戻り、そのままベッドに倒れ込む。
(気持ちに整理をつける時間もくれないのね…)
どっと疲れた。
シュバルツの告白?で、キャパオーバーだというのに、何なんだこの展開は。
(私…そんなに傷付いた顔をしていたのかしら。泣いたつもりはなかったけれど、そう見えてしまったなら私の失態だわ。)
重い身体を起こしてルミリアの姿で鏡の前に立つ。
乱れた髪を櫛で整え、制服を直し、瞳を閉じて深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
そしてゆっくりと瞳を開いた先には、真っ直ぐに私を見つめるアレクティス・ロクレーヌ様が立っていた。
(何度夢に見ただろう…)
検査で睡眠薬を点滴で打たれて眠る時、私はよく【フェア恋】の夢を見た。
ある時はイグニスとのハッピーエンドを
ある時はライラックとのバッドエンドを
ある時はギルベルトとのメリーバッドエンドを
ある時はミスティとの友情エンドを
でも一番多く見たのは、アレクティス様との庭園でのお茶会だった。
ゲーム内にはない、他愛もない話し。
穏やかな陽射しを受けながら、紅茶を飲んで笑い合う。
(けど今日は笑い合う雰囲気ではないわね。)
「アレクティス・ロクレーヌ様、先日はご挨拶出来ずに失礼しました。ルミリア・ランフォートでございます。」
公爵家令嬢らしく、優雅に淑やかに礼を尽くす。
「貴女を呼び出すような形になって申し訳ない。」
「いいえ、ルミアの判断は正しいものでした。公爵家の名を賜る私達が揃えば、学園内にいらぬ混乱を招きかねませんでしたから。」
「確かに。彼には感謝しなくてはならない。」
「いいえ、ルミアにもっと言葉が足りていれば、こうしてロクレーヌ様の煩わせてしまうこともありませんでした。申し訳ありません。」
「ランフォート嬢、貴女が頭を下げる必要はない!私が貴女に謝りたくて来て頂いたのだ!」
「それを承知の上での謝罪です。私が貴方に誤解を与えてしまうような態度を取ってしまったのがそもそもの原因。どうか全て忘れては下さらないでしょうか。」
「ランフォート嬢…だが私は…」
「すべてを正直にお話しします。だからどうか、この庭園を出たら全てを忘れて下さい。」
「すべてを…?」
「はい、すべてをお話しします。」
不思議と心は穏やかだった。
短時間ではあったが、流石は私。
思考の切り替えが早いのは、公爵家令嬢の必須スキルだ。
「とは言っても、先程ルミアが話した事はすべて真実です。立ち眩みを抱き止めて下さった事には感謝しかありませんし、まともなご挨拶も出来ずに失態を犯した自分が情けなくも恥ずかしくて、涙ぐんでしまいました。」
「そうでしたか。」
「でも…ふふっ、ここから少しだけ正直にお話しします。実は立ち眩んだ原因は、ロクレーヌ様に見惚れてしまい、挨拶も出来ずにいた自分の情けなさに目眩がしたのですわ。」
「えっ…」
「銀色の髪と碧い瞳に目を奪われ、抱き止めて下さった腕にときめいてしまいました。ずっと…ずっと昔に憧れた物語りのヒロインになったようで。」
正直に話してしまえば、なんとも夢見がちな乙女思考だ。
こんな事にいつまでもアレクティス様を煩わせてはいけない。
「公爵家令嬢として生まれた以上、結婚は政治だと理解しております。けれどあの一瞬、憧れた物語りのヒロインのように、素敵な騎士に守られていることが嬉しくて、つい大きな手を握り、碧い瞳を見つめてしまったのです。私は…貴方が思うような穢れなき淑女ではありません。儚い夢を見た愚か者です。」
あの時の手の大きさも、温もりも、まだはっきりと覚えている。
「同じ公爵家の名を賜る身分でありながら、令嬢としてはしたない夢を見た私をお許し下さい。」
深く頭を下げた私には、アレクティス様の表情は見えない。
けれど何も仰らないという事は、呆れているのか、軽蔑したか、どちらかだろう。
どちらにしても、これが最後だ。
「ロクレーヌ様、本当に申し訳ありませんでした。身勝手な願いですが、この庭園を出たらすべてを忘れて下さい。…さようなら。」
心からの感謝を込めて微笑んで、私は庭園を後にする。
立派だったんじゃないだろうか。
自分に嘘をつかずに伝えられた。
泣きも喚きもしなかった。
ちゃんと、さよなら、と言えた。
私は
「ランフォート嬢‼︎」
「⁉︎」
大きな手に掴まれた手首。
と、同時に力強く引っ張られてバランスを崩した身体がすっぽりと抱き止められる。
「す、すまない‼︎こんなつもりではなかった‼︎」
慌てて離れた身体。
けれど手首は掴まれたままだった。
「ただ、伝えたかった。貴女の夢は愚かな事ではないと。」
「え…?」
「あの日…あの時、私も貴女の姿に見惚れていた。幼い頃に母が読み聞かせてくれた騎士の物語り。その騎士が命をかけて守る姫に、貴女はとても似ていたから。」
「わ、私が⁉︎」
「幼い頃に思い描いた通りの姿を目の前に、私も物語りの騎士のように、貴女の前に跪き手を取ってしまった。淑女の手に勝手に触れるなど、恥ずべき行為だったと反省している。すまなかった。」
深々と頭を下げるアレクティス様に、今度は私が言葉を失う。
ゲームでの彼は真面目で誠実で、情熱的で理知的で、騎士の中の騎士だった。
けど彼はこんな幼い頃の想い出に夢を見る人だった。
「…ふふ、ふふふっ」
「ランフォート嬢?」
「ロクレーヌ様、私達、同じでしたのね。」
あの一瞬に夢を見た。
公爵家の名を背負うには、まだ未熟な私達。
「この夢は、私達の秘密に致しましょう。同じ境遇に生まれ、同じ夢を持つ者同士の秘密に。」
「同じ…夢を持つ者同士の秘密…」
「えぇ、そして願っています。ロクレーヌ様の元に、物語りの姫様のような素敵な方が現れる事を。」
もう近くにいることには、まだ気付いていないのかも知れないけれど。
アレクティスルートは二年生の中盤から動き出す。
だからもう少しだけ待ってあげて欲しい。
「きっと素敵な物語りが待っていますわ。」
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