謹慎明けは騒がしい
謹慎明け初日。
あれだけの事をしでかした気不味さを覚えながら教室の扉を開くと、ほとんどの生徒がいて、一斉にこちらを見た。
「ルミア!編入早々やってくれたな!」
教室に入って一番最初に声をかけてきたイグニス・サラマンディは、随分楽しそうに笑いながら背中を叩いてきた。
「痛い…」
「グリフィス最強と謳われている実力者だ。いつかその実力を見てみたいと思っていたが、まさか精具顕現魔法を使うとはな!ガディアスの一撃、避けるだけで精一杯だったぞ!」
「うぅ、ごめん。イグニスのおかげで助かったよ。」
大地の剣 ガディアスの一撃は、地面を隆起させる広範囲魔法。
演習場の地面が隆起する一瞬の間に、イグニスや実力者が周囲の生徒達を範囲外まで投げ飛ばしてくれたお陰で、人的被害は殆どでなかった。
一部怪我した生徒達も、ヒールですぐに回復したし、隆起した地面もガディアスの力で元に戻した。
建物だけはどうにもならず…半壊させてしまったが。
(いや、クリエイトで作ることは可能だったけど、上位魔法だから無闇に使うと後々面倒な事になりそうだったしね。)
「俺は死ぬかと思ったけどな。」
「ギ、ギルベルト‼︎…本当にすまなかった。私はどう償っていいか…」
「……ぷっ、あはは、あんだけの力を振るう男が小さくなるなよ。大体、俺の怪我はお前が跡形もなく治癒してくれたじゃないか。」
「けど!けど…傷付けたのは確かだ。」
「演習に怪我はつきものだろ?謹慎中も謝罪文やら、見舞いの花やら、フルーツ盛りやら、呆れる位律儀な奴だよ。」
「ギルベルト、本当に…」
「もう謝罪はなし。一度剣を交えて真剣勝負したんだから、俺達もう親友だろ?」
パチンとウィンクされて、苦笑する。
ギルベルトは一見チャラ男だけれど、おおらかというか、気遣い屋というか…そんなところに救われる。
「それは聞き捨てならないな。剣を交えただけで親友になってたまるか。」
「ライラック‼︎」
「強大な力も制御出来なければ無意味だ。私のライバルの自覚があるのなら、さっさと魔力操作を覚える事だな。」
「ルミア様、僕、ルミア様のお陰で魔法特待クラスの授業にも参加してるんです!魔力操作も少しずつ出来るようになってきて…だから、力になれる事があれば言って下さい!」
「ミスティ…みんな、本当にありがとう。」
あれだけの事をしでかしたのに、クラスの誰一人責めようとはしない。
その優しさに、ちょっとだけ鼻の奥がツンとした。
「誓うよ。もう二度と暴走したりしない。それと、私に出来る事なら、いつだって力になるから。」
「ならば、ひとつ答えろ。ルミア・グリフィス。」
聞いたことのない声に振り返ると、黒髪と黒眼の美青年がこちらを睨み付けていた。
(すっごく綺麗な人…でも【フェア恋】では見たことないキャラだ。クラスにこんな美形いたかな…)
【フェア恋】でもそうだったが、フェリス王国は全体的に平均美形率が高い。
特に貴族階級の人間は、モブキャラといえど侮れない顔面偏差値だ。
そんな中でも、目の前の彼は一際美しかった。
肩甲骨まである艶やかな黒髪が目元を隠し気味なのが勿体無いが、切れ長な漆黒の瞳も、薄い唇も、造形美と評価したい。
「お前は騎士Bクラスのシュバルツ・ユーベリアだな。何故お前がここにいる。」
ライラックが不快を露わにした声で問いかける。
ユーベリア…確か魔法省を管轄する伯爵家の名前だ。
確かライラックの家、シルフィード家とは因縁の仲だった筈。
「黙れ、ライラック・シルフィード。貴様に用はない。ルミア・グリフィス。質問に答えろ。」
初対面の筈なのに、どうしてこんなに凄まれているのかは分からないが、その瞳は怖いくらい真剣だ。
「どんな質問かは分からんが、答える必要はないぞ、ルミア。この男は部外者。答える義理は無い。」
「ありがとう、ライラック。でも単純に興味があるよ。彼が私に何を聞きたいのか。」
ニコリと笑うと、不機嫌顔で「お人好しめ」と毒付かれたけど、止められはしなかった。
「で、何が聞きたいの?」
「貴様とルミリア・ランフォート様との関係だ。」
「………えっ?」
あまりに意外だった質問に、間抜けた声が出てしまう。
まさか正体がバレた?
いや、まさか。
なら何故そんな話しに?
「それは俺も気になってた!」
「私もだ。親戚である事は知っているが、それだけではあるまい!」
何故だか他の生徒達からも一斉に声が上がる。
演習場半壊より、ルミリアとの関係が気になるの⁉︎
確かにランフォート家の力は絶大だけど、何故そんなに…
そんな私の疑問に華麗に答えてくれたのは、ニヤリとしたギルベルトだった。
「お前も隅に置けないな。あれほど美しく気高い方とテレパス出来てしまう間柄とは。婚約者という噂もあるぞ?」
「て、テレパスだと⁉︎貴様…あのお方の繊細な御心に進入するなど…」
テレパスは遠距離にいる相手とでも、脳内通信が可能になる魔法。
脳内へ直接の会話になる為、軍系統での機密事項や、戦時中の作戦の一斉伝達などに使用されるのが常だ。
そもそもテレパスは高度で繊細な魔力操作が必要な為、余程訓練した者しか使えない。
そしてギルベルトの言う通り、テレパスを使用するには「相手が魔力を受け入れる許可」の必要性があり、しかも魔力の強い者に至っては、相手の思考の奥底を覗き見る事も出来る。
つまり…互いに強大な魔力を有しているルミアとルミリアは、そのリスクを承知で互いの魔力を体内に受け入れる事を許した間柄となるわけだ。
それは家族に匹敵する信頼を得ているか、互いに全てを晒け出せる相手…つまり恋人だと思われても、なんら不思議はない。
「あぁ、そう言う事か!いや、私とルミリアは婚約者でも恋人でもないよ。」
「貴様っ‼︎あのお方の清らかな御心に触れておきながら…」
「シュバルツ・ユーベリア殿は、ルミリアを案じてくれているのか。でも貴殿が憤ることなど何もないよ。私達は…そうだな、双子の様なものだから。」
いくら秘密にしているからと言って、優しいクラスメイトに極力嘘をつきたくない。
「私達はずっと一緒だった。悩みも苦しみも喜びも共にしてきた。互いを一番理解しているんだ。ルミリアが背負えないものは私が。私に背負えないものはルミリアが。足りないものを互いに補ってるんだ。今も物理的な距離をテレパスで埋める力を互いに有していたから使っている。それだけだよ。」
「そこまで深く想いあっている…そう言いたいのか…」
「まぁ、それは否定しないけど、そこに恋愛感情はないって話。」
「綺麗事を言うな‼︎あのお方の…美しくも麗しい御心に触れて、心揺らがぬ男などいるはずがない‼︎」
あ、あれ…もしかして…
「貴様は幼馴染という立場を利用し、あのお方の優しさにつけ込んでいるのではないか⁉︎誰にも渡したくない…だから心を縛っているのだろう‼︎」
あ、絶対これヤンデレ属性だ。
今言ってるのは自分の願望ってパターンだわ。
「ふむ、話しに割り込んですまないが…」
「邪魔するな!イグニス・サラマンディ!」
「要するに、お前はルミリア・ランフォート嬢が好きなのだな。」
⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎
「確かにルミリア様の美しさは万人を虜にするよね。俺も一度ゆっくりお話ししてみたいよ。」
「ギルベルト、ランフォート嬢に対し不敬だぞ。彼女は誇り高きランフォート公爵家令嬢。我々が気安く声をかけていい存在ではない。」
「で、でも、シルフィード様、ルミリア様はとってもお優しいお方です。学園でお友達をたくさん作りたいって言ってたので、遠巻きにしてしまうと寂しく思われるのではないでしょうか…」
「そ、それは…、だが…いや、ご学友ならば他の令嬢がいるだろう。淑女に対し、騎士が気安く声をかけるなど…」
「ライラック、ミスティアナ、話しを脱線させるな。で、どうなんだ?シュバルツ・ユーベリア。」
「何をバカな事を…」
そ、そうよ!何をバカな事を!
こんな大柄で可愛げのない女なんて…
「「好き」などと安い言葉で表現するな‼︎私はあのお方の尊い全てを敬い愛している‼︎」
「ふぁっ⁉︎」
「だが誤解するなよ‼︎私が愛しているのは、あのお方の女神の様な美しさや、妖精の奏でるハープの様な愛らしくも凛としたお声だけではない!空の様に広い御心と、海より深い優しさ…その内面に惹かれているのだ‼︎」
「ぴゃっ‼︎」
「なるほど。よく分かった。ところでルミア、さっきから妙な奇声が…ルミア⁉︎」
「にゃ、にゃんだい、いぐにす…」
「いや、お前顔が真っ赤だぞ⁉︎」
「まさか貴様、私の想いを知り、ルミリア様への想いに気付いたパターンでは⁉︎」
「ち、違っ、」
だって‼︎
だって、だって、だって‼︎
め、目の前で愛してるとか、惹かれてるとか、そんなの免疫ないんだもの‼︎
しかもこんな美形が‼︎
ヤンデレ属性になっちゃう位想ってくれてるとか‼︎
リアルの初告白にテンパって何が悪いの⁉︎
いや、今はルミアだから告白ではないけど、ないんだけど〜っ‼︎
「やはり貴様は…」
スッと細められた瞳が暗い影を落とし、完璧なるヤンデレ眼へと変化する。
視線で殺しにかかってる‼︎
美形の真顔怖いっ‼︎
リアルヤンデレヤバ過ぎる‼︎
「貴公らはいつまで騒ぐつもりだ。」
「っ…アレクティス・ロクレーヌ…様…」
(アレクティス様⁉︎)
背後に感じる気配に振り返ると、すぐ後ろに逞しい胸板があり、見上げた先にはシュバルツ・ユーベリアを射抜く様な碧眼が映る。
「ユーベリア。貴公のランフォート嬢への気持ちは分かった。が、グリフィスはランフォート嬢を双子の様な存在だと答えた。それ以上何を騒ぎ立てる。」
「で、ですが男女間でテレパスなど、どう考えても」
「グリフィスからテレパスで連絡を受けたと我々の前で話したのはランフォート嬢だ。つまり、彼女はグリフィスとの関係性になんら恥じ入る事はないと考えている証。ここにランフォート嬢がいない今、貴公の主観でグリフィスを責めるのは違うのではないか?」
「くっ…仰る通りです。失礼します。」
アレクティス様の正論と迫力に負けたのか、シュバルツはこちらを睨んでから教室を後にした。
(敵意と殺気が凄い…ヤンデレ恐い…)
ブルリと震えた肩に、大きな手が置かれる。
「大事ないか、ルミア・グリフィス。」
「は、はい。ロクレーヌ様を煩わせてしまい申し訳ありません。」
「いや…それより、私も貴公に尋ねたい事が…」
言葉が終わらぬうちに始業のチャイムが鳴り、アレクティス様は「なんでもない。」と言って背を向けた。
「お待ちください。次の自習時間でよろしければ、なんでもお答え致します。」
「………感謝する。」
凛々しい後ろ姿を見送り、私も席へと戻る。
きっと尋ねたいのはルミリアの事だろう。
あんな消える様に去った非礼を謝らなければならないが、それはルミアの今は叶わない事だ。
(大丈夫。ちゃんと話せる。前世と今は違う。)
服の中に隠れた虹色のペンダントトップを握り深く息を吐く。
他の攻略対象者達の様に、アレクティス様とも仲良くなれたら嬉しい。
ルミアとしても、ルミリアとしても。
そしてフィオナちゃんがアレクティス様を選んだ時は、隣で笑って祝福出来る私でいたい。
ペンダントトップの温もりに心癒されて、ゆっくりと開いた瞳でアレクティス様の背中を見つめる。
ゲームでは見た事のない背中は、とても広くて大きかった。
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