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デスターン  作者: 春川立木
83/83

79話 技術の街ノアリア

好きな曲を見つけた時の快感は何にも代え難い。

ワクワクしちゃうよね。

「連れて参りました」


フォルトはホテルから離れ、ノアリアの中央区、行政官管轄の豪華な建物に案内されていた。


「入れ」

「失礼します」


扉を開けられ、中へ誘導される。


そこはあまりにも静かで、万年筆の擦れる音と、たまに聞こえるそろばんの音が響くだけ。


沢山の人が、書類に目を通し、何かを書く。


「この奥だ。憲兵の私はこれ以上立ち入れない。一人で行くように」

「……は、はい」


覚悟は出来ている。

そのはずだった。


──ドアノブを触る。


いざ、その場面になった途端、足が震える。


この扉の向こうには、祖母がいる。

血は繋がっていない本家の夫人、シュタイン。


息が詰まる。

足がすくむ。

鼓動が頭に鳴り響く。


でも、開けるしかない。

逃げた自分へ、過去の自分へ、責任をここで果たさなくては……。


再びの覚悟、勢いよくドアノブを回す。


扉の向こうには、中央にポツンと机が見える。

机には書類や本が積まれており、彼女の顔が見えない。


自然に扉が閉まる。


より一層、精神が持ってかれる気がする。


「……あ、あの──」


勇気を出して声を上げる。

先ほどの部屋よりも静かで、緊張感が重圧のように、降りかかる。


「……シュ、シュタインばぁちゃん……」


そう声を出した時、本の裏にいる彼女はペンを置き、口を開く。


「あなたにばぁちゃんと、呼ばれる筋合いはありません。実際に、血は繋がっていません」

「ご、ごめんなさい」


シュタイン夫人はため息を吐き、立ち上がる。


「……あ、」


何も変わっていない。

あの厳格で、怖いままの祖母だ。


「生きていたんですね。何をしていたんですか?」

「ご、ごめんなさい……」


再びため息を吐く。


「何をしていたのかを聞いています。謝罪をして自分が軽くなろうと思わないで」

「あ、リュ、リューベルで、学校に……」


シュタイン夫人は席を外し、こちらへ近づく。


「あ、えっと……それで──っ!」


間を置かずに頬をぶたれる。


「私はこの国の三番目に偉い地位に立ちました。ここまで来るのにどれだけの苦労も厭わず進んできました」


その目はフォルトへ向けられていない。

冷血で、無慈悲な人だから──。


「変わり者で、変態の主人と結婚したのも、こうして私が主人の代わりを受け持つためにやったこと。なので、主人が妾との間に子を作ったことに特に深い感情なんてものはありません」


ほんの少しだけ、期待をしていた自分を呪いたい。


「そして、その妾との子供が貴方を産んだことも、特段何も感じてません。しかし、私の知らないところで、目立ち、ネバース家に泥を塗ろうとすることは別です」


死んだと思われていた僕を心配して、抱きしめてくれる未来を想像して、勝手に期待をしていた自分を……。


「私は完璧じゃないと気が済まない。泥が跳ねて、一滴でもつけられることを恐れてます。挙げ句の果てに、魔術師と聞きました。ネバース家は代々魔術を使えない家系です。だからこそ、この国に魔力を必要としない原動力である蒸気機関を発展させてきました」


期待は次第に恐怖へと変わっていく。


「この国が反発してこないのも、トップの私たちが魔術を使えないからこそ、国民の安心材料になるんです。今、この国は8割が魔術を知らない。その現状が、発展へ押し上げる。当の本人が、その血筋が、使えてはいけないのです」


過去の記憶が蘇る。

忘れていた高圧的な恐怖心。


「ノアリアの第二王子もその点で言えば邪魔な存在です。私の目標はこの国のトップ。三番目では足りない権力。そのためには不安材料は排除する」


シュタイン夫人は二本指を立てる。


「選びなさい。大人しく首輪を付けられるか、反論するか。後者の場合は殺します」


その言葉は脅迫でも、脅しでもない。

本当の言葉だと、叩かれた頬がジンジンと訴えかける。






「へー、リューベルでは見ない形の武器だな」

「凄! このメイス蒸気でパワーが増してるんだけど!」


ニーナが試し振りで、店主から借りたメイスを振り回す。


「蒸気ってか、ガスだけどな」


店主は振り終わったメイスを受け取り、頭部にある注入口にガスを入れる。


「ここにある武器はすべてカルマってやつが作ったものだ。蒸気機関の第一人者のフランクの一番弟子に当たる人だな」

「弟子なのに蒸気は使わないんだな」


壁に飾られた鞘のついた剣を取り、構える。


「まぁ、あいつは変わりもんだったからな。蒸気機関はボイラーで一度沸騰させないといけない。でも、ガスなら爆発が出来て、威力も上がるってよく言って、師匠と衝突してたから」

「天才は変人だし、普通だろ」


ルトの言葉に店主は笑ってメイスを元の位置に戻す。


「てか、いいの? フォルトがいなくなったのに、こんな観光なんてしてて……」

「まぁ、気にすんなよ。どうせ戻ってくるだろうし、せっかく来たんだ楽しもうぜ」

「そうそう。ロズも辛気臭い顔してないでこの矢とか凄いよ」


ニーナは心配するロズに矢を渡す。


「?」

「矢筈にガスが入っててめっちゃ飛ぶって」

「シャフトが筒になってて、そこにガスを入れるんだ。こっちは矢尻が空洞になってて刺さったらガスが体内に噴射されて内臓が破裂する」


なんかグロいな……。

全部の武器が扱いを間違えれば大事故になりそうなものばかり。


「おや? 万年ガラガラのこの店が珍しく賑わってると思ったら、君たちだったとは」


背後からの爽やかな声で、振り向く。


「うるせーな。杖を受け取りに来たんだろ。さっさと金払って国民のために働けよ」


先ほどまで、優しかった店主が、その声の主に吠える。


「ファセスさん!」

「どうも。覚えてくれて嬉しいよ」


ノアリア第二王子で、ベルセン卒業生のファセスがそこに立っていた。


「この国の王子にそんな口聞いていいのかな? 権力で潰すよ」

「はっ! んなハッタリ効かねーよ。俺が居ないと杖の手入れも出来ねーくせに」


ファセスはカウンターへ向かい、杖を受け取る。


「うん。完璧だ。やっぱランドに頼んで正解だよ。また頼むね」

「あぁ。金さえ払ってくれれば来ていいぞ」


金を受け取るとすぐに、店主が右手で追い払う。


「仲良し? なんですか?」

「まぁ、口は悪いけど、腕は確かだから仲良くしてるってだけ。ね」


清々しく笑いながらファセスが店主に微笑み返す。


「ね、じゃねーよ。嘘つきの猫被りが」

「ひどいなー。ランドには素を見せてるだけなのに」


店主はため息をついてカウンターの席に座る。


「みんなは観光で?」

「えーと、ネバース家の招待です」

「……ネバース家? あぁ、確かにシュタインさんやけに食いついてたな」


やっぱりシュタイン夫人が自主的に招待状を送ってきたことに間違いはない。


「そういえば魔術師の子がいないみたいだけど……フォルトくんだっけ?」

「あ、はい。ちょっと用事があるらしくて」

「ファセスさんって、ネバース家のことどんだけ知ってます?」


一歩踏み込んで、ルトが質問をする。


「まぁ、それなりには?」

「ならネバース家にフォルトぐらいの子供っていたんですか?」

「ちょっ──」


あまりにもどストレートに踏み込んだルトに、ロズが止めようと入るが、遅かった。


「ネバース家は主人が死んで今はシュタインさんが軸になってるし、その二人の子供はもう大人だよ。結婚はしてたけど……子供は聞いたことないな。出来ないことを相談してたぐらいだし」

「そうですか……ありがとうございます」


クエン先生の憶測が外れたのだろうか。

より一層、フォルトを名指しで呼んだことが謎になる。


「ごめんね。あんまり有益じゃなかったぽいね」

「あ、いえっ、ファセスさんが謝るようなことじゃないですよ! むしろ知れて良かったです! ありがとうございます!」


この国の王子に頭を下げさせてるみたいで、慌ててフォローを入れる。


「ねぇねぇ、この国で一番いい雑貨屋知らない? 特に可愛いものがあると尚よし!」


空気を読まないニーナが、全く違う話題を振る。


ファセスは苦笑しながらも、親切に指を差して教えてくれた。


「それなら西区に行くといいよ。露店や出店、いろんなお店がある。北区は工業地帯だし、東と南は住宅街だから、観光には西区がいいよ。まぁ、ここからだと歩くと遠いけどね」

「えー、遠いのぉー。近くにはない?」


ニーナの駄々に、ファセスは指を立てて否定する。


「ここを何処だと思ってる? 産業化の進んだ、最先端の国だよ。この国に遠い場所なんてないんだよ」

「え?」

「目の前にあるあの看板を知ってる?」


指の先にある看板にはバス停と書かれていた。


「ばす?」


聞き慣れない単語にルトは首を傾げている。


バス……。

バス停……。

この国にそんなものまであるの?!


「時間的にそろそろ来るだろうから、そこで待ってるといいよ。ちなみに観光客は無料だ」


私たちはファセスさんに礼を言って、言われた通り看板の前に立つ。


「バスか……一体何が来るんだ?」

「馬車みたいなもんじゃないの?」


バス……日本の大型路線バスかな……。


しばらく待っていると、ゴトゴトと音を立てて煙を吐く車がやってくる。


「これがバスか」

「屋根ついてるー。可愛いー」


真っ黒の見た目で、三輪のタイヤに屋根完備。6人乗りの小さな車。


「想像と違う……」


まるでトゥクトゥク。


「小さいな」

「まぁ、いいじゃん。可愛いし、乗ろ!」





ノアリアの喧騒が少し落ち着いた大通り。

人混みに紛れて歩くスーツを着た男が口を開く。


「この国は昔から奴隷国家だった。それを打開するために、奴の師であるフランクは蒸気機関を作り上げて『奴隷のいらない世界』を作ろうとしたんだ」

「でも、結局それを動かすためには大量の石炭や、それを作るための鉄、他にも色々なことに奴隷を使う。機械が発展すればするほど、より一層奴隷を酷使するようになった……でしょ?」


男の言葉を遮るように、上着の内側に大量のナイフを仕込んだ派手髪の女が大きくあくびをした。


「それ、もう10回は聞いたー。面白くないねー」


男はため息を吐き否定をする。


「面白い話をしてるんじゃない。歴史の事実だ。リーグルは今は亡きフランクの二番弟子で、元奴隷だ、フランク自身の意志をついでこの国の反乱軍を作っている」

「てかさぁー、私は魔族を滅ぼすためにここに入ったのに、なんで人間同士の小難しい争いごとに首突っ込むわけ? 意味不じゃね?」


両手をあげて首を傾げる。


「その人間の争いに、魔族が加担している可能性があるから偵察してんだろ。そろそろ理解しろ、お前は昨日入ったばかりの新人なんだからな」

「はいはい。じゃぁ、魔族が関係なかったらさっさとアズレットに戻るよ。こんな煙くさい国、退屈だし」


女がケラケラと能天気に笑う。男は彼女の圧倒的な横暴さに再び深い溜息をこぼし、天を仰いだ。


「はぁ、ユズニクス団長はなんでこんな奴入れたんだ……」


ここにいない上司に盛大に愚痴をこぼしながら、男は冷徹な目で街の動向を見つめ続けた。







「すげー人だな」


西区に到着した私たちは、その活気に圧倒される。


中央区はビジネスマンや、貴族ばかりでどこか張り詰めた、落ち着かない雰囲気だった。

その反対に、西区は観光客や一般の国民達で溢れかえっていた。


「祭りみてーだな」

「確かに……、収穫祭の時みたいな賑わいだね」


露店がずらりと並ぶ道を歩いていると、前を歩いていたルトが立ち止まる。


「金魚掬い?」


水槽を覗き込み、泳いでいる魚を見つめる。


「やってくか? この紙でできたポイでこいつらを掬うんだ」

「おっさん。こいつが金魚なのか?」

「あ? こいつらはただの雑魚だ。そこら辺の川にいる名前もない小魚だ」


確かに名前も知らない魚たちが泳いでる。

金魚の特徴には何一つ当てはまらない無難でノーマルの魚たち。


「じゃぁ、なんで金魚掬いって言うんだ?」

「そりゃぁ、第三王子たちに聞け。俺は金魚掬いって改名しろって言われただけだからな」


改名させられた?

ファセスさんは第二王子だからその弟たちがわざわざ金魚掬いに?


「やってくのか?」

「いや、やめとくよ。観光で来てんだ。ベルセンに戻る時には死んでるだろ。セリーヌはやるか?」

「うーん。私も育てられるか不安だし、やめとく」


そう言うと、ルトは立ち上がり先を歩くニーナのところへ向かう。


「セリー! こっち来てー! 面白そうなのある!!」


少し先にいるニーナが手を振って呼ぶ。


「射的? 今度はなんだ?」


なんであちこちに日本の祭りで見慣れた店があるんだろう。

金魚掬いに名前を変えさせたり、前世で食べ慣れた料理とか、このノアリアには多すぎる。


「これが射的か?」

「それは射的の銃だ。ここのトリガーを押すと、空気圧でコルクの玉が飛ぶ。ここにある賞品が床に落ちれば獲得だ」

「へー、おもろそうだ」


ルトが不思議そうにいじっている隣でニーナがぴょんぴょんと跳ねる。


「みんなでやろー! うちあのぬいぐるみがほしい」


射的なんて、子供の頃に前世の父親と一緒にやって以来だ。

今の自分なら、身体能力も上がっているし簡単に落とせるかもしれない。


「よし、私が取ってあげる」


セリーヌは店主に銅貨を払い、コルクの銃を受け取って構えた。


玉は5発、いける気がする。


1発──2発──3発──


え……嘘……。


4発──5発──


「セリーヌ……お前下手すぎだろ」

「1発もかすりもしない……」

「ウケる、セリー剣は凄くてもこっちは下手なのやばっ」


ぐ……。

悔しい。

ルトに下手って言われるのが一番悔しい。


「貸してみて」


ロズはそう言って店主に銅貨を払う。


「あのぬいぐるみだよね……」


ロズは銃を受け取ると、軽くその重さを確かめ、流れるような動作で構えた。


パンッ! ──放たれた1発目のコルクは、ぬいぐるみの頭をかすめて後ろの壁に当たった。


「えっ!? 1発目だよ!?」


初見でそこまで正確に狙える!?

おかしい、何かの間違いだ!


しかし、ロズは眉一つ動かさず、銃の反動とコルクの弾道を一瞬で計算し終えていた。


「……なんとなく、わかったかも」


クールにそう呟くと、ロズは再び銃を構える。


その瞬間、ゾクリとした戦慄が肌に走った。


周りの空気が、一変したのだ。


この異常なまでの集中力。

ロズの周囲だけ、まるで時間の流れが遅くなったかのような錯覚を覚える。


町中の喧騒も、露店の賑わいも、ニーナの応援すらも、今のロズの耳には一切届いていない。


ただ、標的を屠るためだけの静寂。

弓を極限まで引き絞り、世界のすべてを排除して標的と一本の線で繋がる、狩人の呼吸。


銃口はミリ単位のブレすらなく、完全に固定されている。その鋭い目付きは、お祭りの出店で遊ぶ少女のものではなかった。

次の一撃で必ず獲物の命を『狩る』という、本物の狙撃手の目だ。


私は思わず息を呑み、動けなくなる。


──放たれる2発目。


乾いた音と共に飛び出したコルクは、完璧な放物線を描き、猫のぬいぐるみの眉間のど真ん中に強烈にクリーンヒットした。


バシッ!!!


ぬいぐるみは回転しながら後ろに吹き飛び、棚から綺麗に転げ落ちる。


「よし」

「やったあぁぁーーー!! ロズ凄ーーい!!」


ニーナが大喜びでぬいぐるみを抱きしめる。


「おいロズ! あの4発あるぞ! 高そうなもん片っ端に落として赤字にさせようぜ!」

「そんなことしないよ。私はもう満足だから……はい」


後ろで悔しそうに歯軋りをしている私にみかねて、残り4発をリベンジのために渡してくれる。


「よ、よし! 汚名を返上させていただく!」


お手本でやってくれたんだ。

ロズのやってたことを意識する。

集中する!!


…………。


結果は、無残なまでの惨敗。


まるで先ほどの映像の再放送を見ているかのように、残り4発すべてが綺麗に虚空を掠め、何一つ落ちることはなかった。


「なんでえぇぇーーー!! ロズはあんなに綺麗に当たってたのに!!」


頭を抱えて叫ぶ。


「まぁ、しょうがねーよ。ロズは元々弓術の化け物だしな、モノを狙い定めるセンスが桁違いなんだろ」

「あはは! セリーにも不得意なことがあってよかったじゃん。初めて『人間らしさ』を見た気がするわー」


私だって普通の人間です!


「おじさん! イカサマしてるでしょ! 私の番だけ、銃に細工してるんだ!」

「いや、ロズから直接受け取って、どうやって小細工すんだよ」


ルトのツッコミが心を刺す。


「ぐやしい……」


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