第百三話 月下の人生(死活)
その者は室町幕府第十五代足利義章の時代に生まれた。
名は月下。
親は大きな領地を持つ地主の下で働いていた。
しかし、母親は月下を生んだ後に亡くなってしまった。
父親は月下を一人で育てようとし、地主は少しばかり援助していた。
それでも地主と父親の関係が強い訳ではなかったため、援助も長くは続かなかった。
地主は月下が三歳になると、父親に月下を売るように言った。
それは地主自体が長く扱いたい訳ではなかったことと父親自身が生活に苦しくなっていたことから言ったことだった。
父親としても何となく気づいていたし、これ以上続けたところで、二人とも死んでしまう可能性があると思っていた。
地主からの援助は驚きながらも、結局自分らが死んだところで気にしないだろう。
地主からの提案には半々だったが、父親は了承した。
その理由は奴隷という人間として扱われない人達(父親は奴隷ではなく雇われ人)になってしまうが、生死を考えてしまうとその方が月下にとっていいと思ってしまった。
そして月下は売られ、そのお金は地主と父親で分けられた。
その取り分は地主と父親で6:4と父親は言われていたが、実際のところは9:1だった。
これは地主が少しでも金にするための策略で、奴隷商人としても誰かがいないと生きていけない子どもを買うことは難しい。
それでも買うからには買い手がいるということ。
それは子どものいない夫婦や職に就かせるために育てる人など、いない訳ではない。
あとは地主がご贔屓してくれている客だったというのもあるのだろう。
それから一年程、月下は奴隷商人の下で生活し、買い手が見つかった。
その買い手は京から近いところに住む貴族家の傍系の召使い。
その者はその家の主人の命令により、新たな召使いの育成を頼まれた者。
月下はそこで召使いになるために教えられる。
しかし、そこでの月下の立場は最下層である奴隷。
たとえ、召使いのために買われたとしても、家の主人は下の者が月下に対して何かしようとも何かを咎めることはなかった。
家の者は月下に嫌がらせをし、ストレス発散をする者が多くいたが、主人の家族は遊びで行っていた。
それでも五歳までは物を失くしたり、食事を減らしたりと小学生がするようなイタズラで済んでいた。
それがある時、一つの出来事で大きく変わった。
それは召使いの一人が月下に対して料理を教えていた時、召使いが持っていた包丁が手から抜け、その包丁が対面にいた月下の手に刺さりそうになった。
すぐに召使いの者が月下に対して離れるように言った。
幾ら、嫌がらせをしようとも召使いのほとんどは傷つけようとは思っていなかった。
だから、その言葉が出たのは人間としての良心だったのだろう。
しかし、包丁は月下の手に当たる寸前に倒れた。
召使いは驚きつつも、それを主人へと報告した。
その結果、月下は調べられた。
月下の体は傷というモノが付かなかった。
さらに病気も効かなかった。
だけど、痛覚はあるようで、痛みは月下に与えた。
その後の月下の仕事はストレス発散機だった。
手足は縛られ、最低限の食事を与えながら、家の者のストレス発散としての役目を与えられた。
それは何故か傷つけないと思っていた召使いまでもがやるようになってしまった。
日に日に月下は心を閉ざし始め、悲鳴を仕事のように発した。
それから年月が流れ、家に賊が入る。
その時の時代は戦国時代。
京でも尾張の戦国大名織部信正が所有し、左右に領地を拡げていたが、京から離れた位置に住んでいた貴族家の傍系は賊からの被害が多かった。
この家も直系から離れ、金を持っているだけの名ばかりの貴族で、朝廷における地位は低い。
そのような貴族が狙われやすい。
賊はその家の者は殺し、金目の物を盗んだ。
特別な部屋に閉じ込められていた月下は何故か賊から助けられた。
実はその賊達、元奴隷だった者が多かったのもあり、奴隷の者を助けることがあった。
月下は何も理解することなく連れられて、賊のアジトへと連れられた。
賊のアジトは二つあり、寝泊まり用と潜伏用がある。
寝泊まり用は奪った貴族の家を寝床として使っているアジト。
潜伏用は洞窟に奪った物が置かれており、そこで食事をしたり、会議をするような所謂本アジト。
寝泊まり用は生活感をなくし、潜伏用は生活感がある。
この賊達は貴族とか権力を持つ者に恨みを持っている者が多く、戦国大名や京の貴族に手を出すことはないが、それ以外の警戒レベルが低く、戦闘ができる者が少ないところを狙う。
そして、奪った物で生活をする。
さらに集団で行動する賊達ではあるものの、自己思案化を掲げる。
これは元々命令だけで動いてきた者達だったのが理由である。
自分で考えることは許されず、言われたことだけをやらされる生活をしてきた者にとって、自分で考えるというができない者が多い。
月下にしても、精神は閉ざし、家の者にあらゆる痛みを与えられ、ただ機械のように悲鳴を上げる。
そこに月下の思いや考えはない。
それを取り戻すことをしている。
自己思案ができない者はできるまでずっと洞窟内で待機し、賊の中の何人が取り戻す作業をする。
その作業はただ囁きかけるだけ。
その内容は「誰かの命令に従うな。自分の意思だけで行動しろ」とただそれだけ。
少し経てば、実際に賊が行っているのを後ろの方で見る。
そして、自己思案化を進め、自己中心へと導く。
さらに年月が流れ、世の中では富臣秀義が天下統一を間近になっていた時、ついにアジトに武士部隊がやってきた。
富臣政権が確立しつつある今の世は少しずつ平定が行われ、畿内を中心に賊を行っていたここは何とか今まで逃げることができていたが、流石に難しい状況となっていた。
月下はあれから最低限の生活を自分で行うことはできていた。
それでも戦闘どころか動き回ることもできない月下にとって、これは最悪な事態となった。
賊達は戦闘を行なったり、逃げたりと各々で行動を行っていた。
それは自己思案している結果だった。
逆に自己思案ができない者からすれば、状況を読めず、その場に立ち止まっていた。
賊達と武士部隊ははっきり言って、賊達に勝ち目などない。
賊達は人を殺すための戦闘はできても、人と戦って倒す戦いはしたことがない。
むしろ、避けてきた。
だから、賊達は次々と殺されていく。
それは子ども、女や自己思案できない者も限ったことではない。
全てが賊として扱われた。
そして、それは月下にも来る。
しかし、何をしようとも月下は死ななかった。
それと共に月下の中にある自己思案(自己中心)が芽生え始めていた。
貴族の家にいた頃とは違う。
賊達の教えにより、逆らってもいいというのが根付き、感情を持っていた。
その感情は恨みを飛び越え、怨みとなった。
月下の周囲からドス黒いオーラが現れ、『怨化』が発動する。
『死霊術』
周りにいた賊達が立ち上がる。
それを見て、武士部隊は後退りながら警戒する。
『死神』
月下の右手に大きな鎌が現れ、掴む。
立ち上がった賊達は亡者となり、武士部隊に近づいていく。
武士部隊は連携し、その亡者達を倒していく。
しかし、死なない。
それは亡霊という体だけでなく、月下の能力によるものだった。
『不死』
絶対に死ぬことのない最強の防御能力。
痛覚のない亡者にとって相性の良い能力だった。
亡者達は次々と武士達を殺していく。
そして、月下が『死霊術』で亡者にする。
死ぬことのない亡者達が物量で武士達を殺していたが、その部隊の隊長らしき者は他の武士よりも格段に強く、亡者でも難しかった。
そこで月下は自身の鎌、『死神』を構える。
隊長らしき者から見れば、月下は子供でしかない。
しかし、月下から感じるモノは化け物だった。
『死へと誘え』
月下は言霊のように言い、隊長らしき者の首を刈り取ろうとした。
月下の『死神』が首に近づく時、隊長らしき者は避けるというよりか、尻餅をしてそれを奇跡的に避けた。
それからは早いものだった。
隊長らしき者は咄嗟に後ろに向きながら立ち上がり、逃げ出した。
それを月下は追うことはなかった。
後日、畿内である噂が流れた。
それは人間を姿をした化け物が現れたという噂だ。
化け物は死鬼と呼ばれ、近隣では討伐部隊を派遣したのだが、尽くやられてしまい、むしろ亡者として戦力を上げてしまう結果となっていた。
それでもあまり行動的じゃなかったこともあり、直接関わらないところでは本当に噂話だけで終わった。
逆に近隣では恐ろしい鬼として語られ、その周辺から住む人がいなくなるほどだった。
そして、近隣の城主達は次々と殺され、亡者となっていった。
全部書き切れなかったと多くなりそうだから中途半端ですが、投稿しました。
実は予定では2パターン投稿したかったのを、執筆中のところを間違えて削除してしまったので、1パターンだけにします。
因みに2パターン目は少し過激な文章になる予定でした。
例えば賊に安く買われ、爆弾を持ちながら突撃させる人間爆弾とかもありました。
今回の本編の補足としては時代は足利義昭の将軍就任の数年後で、月下の年齢配分は父親の時が1歳から3歳、奴隷商人の時は4歳、貴族家の時が5歳から9歳、賊の時が10歳から12歳となります。
実際の時代との相互性はないです。
というやると色々と細かくやらないといけないので、一応、12歳の時点で本編にある富臣秀義の時代であるように織部信正と暗知陰秀は表舞台にはいません。
その数年後という感じになります。
次話はその続きで月下視点ではなく、別視点からになります。
月下を止めるためにやって来た二人。
表舞台では死鬼と呼ばれた月下。
その月下を二人は止められるのだろうか。




