第9話 小雪は入院中
どうも入院二日目の小雪です。ご飯が美味しくて幸せな小雪です。点滴されながら、しっかりご飯も食べさせてもらえました。病院のベッドも柔らかくて寝心地がいいので、ずっとゴロゴロしてます。
「わにわに〜! 小雪ちゃん、おはよう〜!」
にぱっと元気で可愛い笑顔を向けてくるわに先生。どうしよう、凄く癒されてしまう。殺人鬼なのに、何故こんなにも笑顔が可愛いんだろうか。
「わにわに! おはようございます、わに先生。カーテンは開けないでください」
窓際に立ったわに先生は、私の言葉を無視して、容赦なくカーテンを開けた。
「ぐわああ、日光が眩しい……」
「わにゃ! 日光はしっかり浴びないと、健康に良くないよ」
呻き声を上げると、わに先生が宥めるように頭を撫でてくれる。わに先生は優しくて好きだ。お花が飛んでるような錯覚が見えるほど、癒しのオーラを放つわに先生。
「元の世界では、日光を浴びてなかったのかな?」
「え……」
突然の爆弾発言に思わず、瞬きを忘れて彼を凝視する。わに先生は相変わらず、朗らかに微笑んでいた。
「心配しないで。正罪地区の人達には言わないよ! もちろんライトオーダーには絶対に言わない!」
「…………」
柔らかく微笑んだ彼からは、悪意は感じられない。むしろ、温かい親愛に満ちた目をしていた。何も言えない私に、わに先生は手の甲を軽く頬に押し当てる。
「僕は無意味な嘘はつかないんだ。信じて……ね?」
「はい……」
綺麗な金色の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。彼の白衣から覗く手首からは、僅かに消毒液の匂いがした。お医者さんらしい匂いに、なんだか安心感が湧いてくる。
「わにゃ! 良い子だね! 僕が守ってあげるからね……」
手の甲ですりすりと頬を撫でられる。不意に撫でていた手が、するりと手の甲から手のひらに変わった。そのまま首元を慈しむように撫でられる。
「良い子、良い子、痛かったね……もう大丈夫だからね」
声も言葉も優しいのに、少しだけ圧を感じるのは気のせいだろうか。優しく撫でていた手が離れていく。
「あの……元の世界へ帰る方法を、わに先生は知ってますか?」
「僕は何も言わない。でも、君はいずれ分かるだろうね。必ず分かる。君は、もう二度と……」
わに先生は背中を向けて、陽の光がさす窓にそっと触れた。その背中を見つめながら、彼の言葉に耳を傾ける。
「元の世界へは帰れないってことを……」
「え……?」
くるりと振り返ったわに先生は、また元気な可愛い笑顔を浮かべていた。
「なんてね! 大丈夫、大丈夫! オールくんもソリくんもいるからね。小雪ちゃんには、僕たち幼なじみトリオがついてるよ。元の世界へ帰れなくても、僕たちがずっとそばにいてあげる」
「えっと、ありがとうございます……」
彼の言葉に微妙な返事しか出来ない。わに先生は嘘をつかないとオールさんは言っていた。だったら、さっきの元の世界へ帰れないというのも本当なのかな。不安になって、指先が冷えていく。顔を俯かせて、自身の指先を弄っていると、わに先生が声をかけてきた。
「そんな顔をしないで。今日のお昼ご飯は、わに先生の特製『レディチャーハン』を作ってあげるからさ!」
「食べます! 絶対に食べます!」
わに先生の特製チャーハンは本当に美味しい。昨日の夜に食べた時は、美味しすぎて本気で感動した。ちなみに、チャーハンにはいっぱい卵が使われているので、結局卵からは逃げられないのであった。
「レディリヴァー院長先生、少し良いですか。受付にバッドウルフが来ています」
「分かった。僕が見に行くから、アンノウンは小雪ちゃんのそばにいて」
軽いノックの音ともに、アンノウンさんの声が聞こえた。わに先生が指示を出すと、アンノウンさんが部屋に入ってくる。彼女はわに先生の側近で、冷たそうな口調とは裏腹に、こっそりお菓子をくれる良い人だ。ちなみに正式な名前はパーフェクトアンノウンさん。めちゃくちゃ有能そうな名前である。
「わにゃ! 小雪ちゃん、ちょっと待っててね!」
わに先生は、私に手を振って部屋から出ていく。ウルさんとわに先生の相性は悪そうな気がするけど、ウルさんは大丈夫だろうか。
「アンノウンさん、あの、」
「これを……」
シャドウさんについて聞こうとしたら、アンノウンさんがチョコのお菓子を手のひらに乗せてきた。私はお礼が言える女なので、きちんと感謝を伝える。
「ありがとうございます。それで、あの、」
「これも……」
お礼を言った瞬間、今度はクッキーのお菓子を渡されてしまった。問いかける暇もなく、次々にお菓子を渡される。もしかして話したくないのだろうか。
「アンノウンさん……?」
「これ……あげます……」
よく見ると、アンノウンさんの耳元がほんのりと赤い。顔は無表情で何を考えているのか分からないけど、彼女なりに仲良くしようとしているのかもしれない。
「ありがとうございます!」
「はい……」
何だかアンノウンさんが可愛く見えてきて、自然と笑みが零れる。私が笑いかけると、アンノウンさんも少しだけ口元を緩めてくれた。
「おーい。小雪、入るぞ」
ノックの音ともに、今度はオールさんとソリさんが病室に入ってきた。オールさんは私の手のひらから溢れているお菓子を見て、不思議そうな顔をする。
「その大量の菓子はなんだよ」
「内緒です!」
ニコニコとアンノウンさんの方を見て笑うと、彼女はそっぽを向いて恥ずかしそうに俯いていた。
「ふーん。レディのところは居心地が良さそうだな」
「ふん……」
オールさんとソリさんは眉を寄せて鼻を鳴らす。私がいない間、また炭生活になって機嫌が悪いのかな。首を傾げていると、オールさんがベッドの横の椅子に座った。すると、アンノウンさんがソリさんの分の椅子を持ってくる。
「助かった……」
「いえ……」
ソリさんはちゃんとお礼が言える人だったんだ。何だか意外である。彼は椅子に座ると、少し気まずそうに私の左肩を見つめた。
「肩の調子はどうだ?」
「あんまり痛くないですよ! わに先生も、大した怪我ではないって言ってました!」
「そうか……」
私の言葉にソリさんは安心したように息を吐き出した。一方でオールさんはまだ険しい顔をしている。
「どうかしましたか?」
「シャドウの動きが読めない」
オールさんは真剣な顔で、ナイフを取り出すと、指先で刃先をするりと撫でる。ソリさんもどこかピリピリした雰囲気を出していた。
「クルエルファミリーが全く動いていないのが気になる。近いうちに、クラムジーパペットの強襲部隊が襲ってくるかもしれないな。何かあれば、連絡してこい。これを渡しておく」
そう言って彼はスマホを渡してきた。ピンク色のシンプルなケースに入ったスマホだ。
「ありがとうございます」
所持品が純金入り小判一枚だけだったのに、スマホが増えて少し嬉しい。スマホを受け取ると、オールさんはいたずらっぽく口元を緩めた。
「寂しかったら、いつでも連絡しろよ〜。寝落ち通話してやろうか?」
「若者みたいなことを言うんですね!」
「俺はまだ23歳だぞ……」
オールさんの言葉に驚いて、持っていたお菓子を膝の上にこぼしてしまう。
「え……同い年だったんですね」
「お前も23歳なのかよ」
まさかの同い年の相手を、ぺろおじさんと呼んでいたとは驚きである。チラリとソリさんとアンノウンさんの方を見る。
「お二人は何歳ですか?」
「25だ」
「同じく25歳です」
ソリさんとアンノウンさんは年上だった。二人は無口で同い年という共通点がある。案外、仲良しだったりするのだろうか。一人で頷いていると、突然病室のドアが開いてウルさんとわに先生が入ってきた。
「おい! 見舞いに来たぞ、雑魚女!」
「こらこら、病室では静かにすると約束したでしょ!」
大きな声を出しながら、メロンを抱きかかえているウルさん。そして、その後ろから困ったように微笑んでいるレディさんが現れた。
「わあ、メロンを持ってきてくれたんですね! ありがとうございます!」
「ふん、シャドウ様からの品だ。泣いて喜べ」
果物は好きなので素直に喜ぶ。一方で、オールさんとソリさんはあからさまに顔をしかめている。
「レディ、なんでコイツを病室に連れて来たんだよ」
「賑やかな方が小雪ちゃんも喜ぶと思ってね! それに、この子自体は悪い子じゃないと思うんだ」
オールさんが問いかけると、レディさんは何の迷いもなくウルさんの背中を叩き始める。
「うおっ!? 馴れ馴れしくすんな、レディリヴァー!」
「わにゃ! わに先生って呼んでもいいよ!」
病室が賑やかになってきて、自然と笑みが浮かぶ。本音を言えば、少しだけ緊張していたのだ。
「ふん……騒がしいな」
ソリさんは鋭くウルさんを睨みつけていたけれど、私と目が合った瞬間に、ため息をついて目を閉じた。
「優しいなぁ……」
ポツリと独り言を呟く。どうやら、私の気持ちは見抜かれていたようだ。




