第8話 このお医者さん、大丈夫かな
タクシーに乗って病院へ向かう。左隣に座るソリさんは、黙って目を伏せている。あまりにも重い空気に私は右隣にいるオールさんの方を見た。
「はぁ……仕方ねぇな」
縋るように助けを求めて視線を送る。すると、オールさんは、体をこちらへ向けてきた。
「左肩はまだ痛むか? 触らなくても痛いのか?」
「えっと……」
「正直に言えよ。どうせ、レディに見せたら分かるんだからな」
オールさんの言葉に、ソリさんが少し反応する。隣で、ソリさんの腕がぴくりと動いたのが分かった。少し迷いつつも、私はハッキリ言う。
「少し……痛いです」
「そうか……」
オールさんは、ソリさんに向かって冷たく言い放つ。
「ソリ、お前いつまでそうやってガキみてぇにメソメソしてんだよ」
「オールさん!?」
私はオールさんの発言に目を見開く。そんなことを言って喧嘩にでもなってしまえば、死んでしまう。オールさんではなく、私が死んでしまう。
「ソリさん、怒ってない……」
ソリさんは意外にも怒らない。無言でオールさんを見つめていた。
「過ちは消えねぇ。だったら、次に考えることは、こいつのために何をするかだろ? いつまでも、後悔ばっかりしてんじゃねぇよ」
オールさんの声色は冷たい。だけど、彼の言葉は確実に私を気遣ってくれている。
「小雪……悪かった……」
ソリさんは、私の右手を掴んだ。怪我をした私の左肩に触れないように、彼はそっと体を動かす。ソリさんを見上げると、どこか悲しげに黒い瞳が揺れている。
「お前を守る。俺は二度とお前を傷つけない」
ソリさんの両手が、私の右手を包み込んだ。高めの体温が、私に熱を分け与える。普段の彼は冷たい態度ばかりなのに、その両手は温かくて心地よかった。
「ありがとうございます! 肩のことは、全然気にしてませんから!」
私はソリさんに笑顔を向ける。本当に気にしていない。何故なら、ソリさんは悪気があった訳では無いからだ。
「そうか……」
ソリさんは視線を逸らして、私の右手を優しく撫で始めた。
「小雪、もうすぐ病院に着くぞ。あ〜、病院に着く前に言っておくが、レディは男だ。レディリヴァー、通称レディ。少し変わってるが、腕は確かだ」
「少しではないだろう。あれは、馬鹿だ。相手にするのも疲れる愚鈍で馬鹿な男だ」
オールさんの言葉に、ソリさんは忌々しげに言い放った。レディさんと仲が悪いのかな。というか、名前はレディなのに男の人なんだ。
「まあ、そう言うなよ。あれはあれで、愛嬌があって良いだろ?」
「ふんっ、愚者と話す気はない」
ソリさんは私の右手を離すと、腕を組んで真っ直ぐに前を向いた。私も前を見ると、朱流病院と書かれた看板が見えた。大学病院くらいの大きさの病院だ。骨折とかではないと思うけど、直ぐに治って欲しい。
「そういえば、レディリヴァーって名前をどこかで聞いたことがあるような……」
「アンノウンを覚えてるか? 一緒に警察署に来ただろ。アイツの上司だ。あと、朱流病院の院長だ」
「ああ! あの時の美人なお姉さん!」
銀髪三つ編みの美人なアンノウンさんを思い出す。白衣を着ていたから、恐らく彼女もお医者さんだ。
「お二人はレディさんとは、どういう関係なんですか?」
「まあ、幼なじみだな」
「腐れ縁だ」
オールさんが明るく答えて、ソリさんは少し口元を緩めながら答えた。ソリさんもレディさんを嫌っている訳ではなさそうだ。
◇
病院で受付を済ませて、診察室に向かう。扉を開けて中へ入ると、白衣を着た美青年がいた。黒い眼帯を左側につけており、赤い長髪が特徴的である。中性的で美しい男性は、柔らかく微笑んでいた。
「あの……」
声をかけようとした瞬間、彼は突然可愛らしい無邪気な笑顔を向けてきた。
「やっぽー! オールくん、ソリくん、久しぶり〜!」
青年はガバッと椅子から立ち上がって、右手でオールさんの肩を叩く。
「わにわに! へいへい! 元気にしてた?」
「相変わらずだなぁ。お前のそういうアホな所は割と好きだぞ」
オールさんはニコニコと微笑ましそうに、青年を見つめている。不意に青年が私の方を見る。彼は私に気づくと、驚いたように両手で口元を塞いだ。
「オールくんとソリくんが、女の子を連れてきた!? 僕に内緒で恋人を作ってたの?」
「新しい同居人だ。良いから早く診察してくれよ。左肩を診てやってくれ」
青年は不思議そうに私とオールさんを見比べる。そして、明るく微笑んだ。
「僕はレディリヴァー! みんなはレディって呼ぶよ! よろしくね。わにわに!」
「わにわに! 小雪です。よろしくお願いします!」
よく分からないけど、良い人そうだ。彼はにこにこと笑いながら、診察を始めた。
「わにわに! ノリがいいね! まずはレントゲンを撮ろうか」
ニコニコと微笑みながら、レントゲン室へ連れて行かれる。いくつか検査を終えて、レディさんは落ち着いた雰囲気でカルテを読み上げる。
「うん、骨に異常はないね。湿布と痛み止めで何とかなりそう。ただ……」
レディさんは眉を寄せて、私をジッと見た。不穏な気配に、ソリさんが続きを促す。
「なんだ、勿体ぶるな」
「栄養失調気味だね。しばらく入院した方が良い」
レディさんは、すっと目を細めてオールさんとソリさんを睨みつける。ピリッとした空気が流れ始めた。
「ねえ、こんな華奢な女の子がどうしてキラーガーデンにいるの? おかしいよね。少なくとも天守地区の子じゃない。僕はこの地区の全住民の個人情報を把握してるから分かる」
この人、とんでもないことをサラッと言った。やはり、まともな人ではなかった。ふと、体が痺れるような感覚がする。
「口出しするな、レディ」
ソリさんとレディさんが殺気をぶつけ合う。気がつくと、私は無意識に左腕を押さえていた。ずきりと肩が痛み始める。
「そこまでだ。落ち着け、ソリ。こいつはアホだが、嘘はつかない。レディが言うなら、本当に危ないってことだ」
「うん、僕は無意味な嘘はつかないよ」
オールさんがパンッと手を叩くと、二人は殺気を収めた。ソリさんは、苛立たしげに舌打ちをしたが、何も言わない。
「入院の手続きをする。小雪、しばらく病院で治療を受けろ」
「あ、はい……」
オールさんの言葉を聞いて、レディさんはふっと表情を和らげた。
「うん、賢明な判断だね」
彼は私の方を向いて、にっこりと笑う。
「わにゃ! よろしくね、小雪ちゃん!」
「よろしくお願いします! わに先生!」
「わに先生!? あははっ! 良いね!」
ニコニコとレディさんと笑い合う。すると、オールさんが重々しく深いため息をついた。
「相性が良すぎるだろ……」
「あははっ! 僕、もう既に小雪ちゃんが大好き!」
怪我をしていない方の右手を優しく握られて、軽くゆらゆらと揺らされる。和やかな空気を切り裂くように、ソリさんが口を開いた。
「小雪がシャドウに目をつけられた」
「シャドウに!? あの冷酷無比で、感情のないサイボーグ男が??」
レディさんは目を見開いて、私の方を凝視した。冷酷無比は分かるけど、感情がないというのはどういうことだろうか。
「シャドウさんは感情がないんですか? 私の前では微笑んでくれましたし、優しい紳士的な人でしたよ」
「え!? 誰それ! 僕の知ってるシャドウは、いつも無表情で淡々とした命令口調の冷徹な男だよ!」
レディさんは信じられないものを見るような目で、オールさんとソリさんの方を見た。二人は真剣な表情で、静かに頷いた。
「ああ、俺たちの知ってるシャドウもそうだ。恐らく、アイツは小雪に好かれるために、演技をしているんだろうな」
「チッ……」
オールさんの言葉にソリさんは思いっきり舌打ちをする。忌々しげにソリさんは顔を歪めた。
「え〜、凄いね! あのシャドウが演技をしてまで君に好かれようとするとはね。相当、気にいられてしまったんだね」
「全然、嬉しくないです……」
私が不満げに呟くと、レディさんは無邪気にニコニコと微笑む。そして、懐から大きめの注射器を取り出して、指で軽く注射器の先端を弾いた。
「まあ、安心してよ。仮にシャドウの部下達が攻めてきても、僕の医療部隊が応戦するからさ!」
「ひえっ、戦うタイプのお医者さんだ……」
レディさんはニッコリと美しい微笑みを浮かべて、謎の紫の液体が入った注射器を懐にしまった。
「レディ、小雪を頼むぞ」
「うん! 任せてよ! 少なくとも、オール達よりまともな食事をあげるよ。小雪ちゃんが入院してる間に、君たちは生活環境の見直しと、シャドウへの対抗策を考えるべきだね」
レディさんに正論を言われて、二人は黙り込んでしまう。私は未だに状況の恐ろしさが理解できてないので、あまり危機感が湧いてこない。
「あの、シャドウさんってそんなに凄いんですか?」
恐る恐る尋ねると、レディさんは顎に手を当てて考え込む。
「うーん。天守地区の人口、48万人の頂点に立つ男だからね。彼を敵に回せば、48万人に狙われることになるって言えば、ヤバさが分かるかな?」
「え……こわすぎる……」
「しかも、クルエルファミリーというマフィアのボスなんだ。まあ、全員が彼に忠誠を誓ってる訳じゃないし、他の地区ほど団結力があるわけじゃないけどね。それでも、この地区に住む者たちなら、シャドウの恐ろしさは知ってるよ」
改めて自分の置かれている状況を理解して、私は言葉を詰まらせる。オールさんとソリさんを巻き込んでしまった申し訳なさで、彼らに謝罪の言葉を言おうとした。
「謝るなよ。俺たちは自分たちの意思で、お前を守ると決めたんだからな」
「同意だ」
オールさんの真剣な表情と、ソリさんの短いけれど気持ちのこもった言葉に救われる。
「ありがとうございます……」
ありきたりな言葉しか出てこないけれど、私は心からの感謝を伝えた。




