第7話 肩ぶつかりおじさん(美青年)
こんにちは、小雪です。いつも通りの大ピンチです。目の前には肩ぶつかりおじさん(美青年)がいます。発端は、ほんの数分前の話です。ソリさんと街中を歩いていて、ほんの少しソリさんが離れた瞬間に、この肩ぶつかりおじさんにぶつかられました。以上です。
「おい、何か言えよ! 雑魚女!」
金髪に緑色の瞳。ヒョウ柄のシャツに黒いスーツ。綺麗な顔立ちなのに、見た目がヤクザの下っ端Aって感じだ。
「肩ぶつかりおじさん……」
「あぁ?」
言うつもりはなかったのに、気づいたら口から零れ落ちていた。この世界に来てから、思ったことが直ぐに口に出るようになった気がする。
「何でもないです。悪意はないです」
「チッ……なんでこんな雑魚女があの方に……」
不機嫌そうな肩ぶつかりおじさんは、私の顔を見て舌打ちをしてきた。嫌そうな顔をしているけれど、ぶつかってきたのはそちらなので謝って欲しい。
「何をしている」
戻ってきたソリさんが、冷たい空気を出しながら歩いてくる。殺気がピリピリと肌を刺激して息苦しい。必死に短い呼吸を繰り返していると、ソリさんが軽く背中を叩いてくれた。
「悪かった。落ち着け」
少ない言葉だけれど、その分思いやりが詰まっているのが分かる。深呼吸をしていると、金髪の青年がこちらを睨んでいることに気づいた。
「雑魚女……信じられねぇ。こんな弱そうな女が、シャドウ様のお気に入りだなんて俺は信じねぇぞ」
金髪の青年は吐き捨てるように言い放った。彼の言葉にソリさんがピクリと眉を動かす。
「シャドウのお気に入りだと……」
ソリさんからドス黒い殺気がじわじわと滲み出てきた。金髪の青年は気にした様子もなく私を指さす。
「おい、雑魚女! 俺はバッドウルフだ。シャドウ様の命令だから、てめぇに手は出さねぇ。だけどな、あの方は高貴なお方だ。調子に乗るなよ、雑魚女!」
「はあ……そうですか……」
思わず、気の抜けた返事をしてしまった。金髪の青年は怒った様子で、拳を握りしめている。以前の私なら怯えていたと思う。だが、いまの私の隣にはソリさんがいるおかげで、あまり恐ろしいと感じていなかった。
「バッドウルフとか言ったか。貴様、シャドウが小雪を狙っているというのは本当か」
「ふんっ、てめぇに答える義理はねぇよ!」
鼻を鳴らして、腕を組むバッドウルフさん。あまり威圧感が感じられず、ついソリさんと見比べてしまう。ソリさんが近くにいると、完全にヤクザの下っ端という雰囲気がしていた。
「シャドウ……」
唇をかみしめて、苦しげに眉を寄せるソリさん。いつも無表情な彼が珍しく感情を露にしている。心配で私は何度も彼の方を見てしまう。すると、バッドウルフさんがソリさんに蔑むような視線を浴びせた。
「シャドウ様に見捨てられたのを思い出したか? クルエルファミリーに、てめぇの居場所はないぞ」
「黙れ」
ソリさんは、奈落の底から這い出るような低い声をだす。瞳孔は開ききっており、刀の柄を握る手からみしりと恐ろしい音がした。
「雑魚女、これはシャドウ様からだ」
バッドウルフさんは懐から小さな箱を取り出した。黒い小さな箱は明らかに高そうに見える。受け取って開けると、中にはペンダントが入っていた。深紅の丸いペンダントは、陽の光が当たると微妙に色の濃さが変わる。
「あの、こんな高そうなものは受け取れないですよ」
「シャドウ様からの贈り物だぞ。泣いて喜べ」
返そうとしたけれど、バッドウルフさんに睨まれて何も言えなくなってしまった。私はため息をついて俯く。
その瞬間——
ソリさんが私からペンダントを奪って地面に落とす。そして、思いっきり刀の鞘でペンダントを潰してしまった。
「あっ……」
私は唖然と小さく声を零した。不気味な静寂が訪れて、バッドウルフさんから先程とは比にならないほどの殺気が零れる。
「てめぇ……マックスソリチュード。自分が何をしたのか、分かってんのか」
「俺に挑む気か?」
お互いに武器を手に持って、睨み合う二人。まさに一触即発の空気に、私は息を飲んで見守ることしか出来ない。
「おいおい、バッドウルフとソリじゃねぇか。何してんだ?」
突然、オールさんがスカジャンのポケットに手を突っ込んだまま歩いてきた。
「オールナイフ。邪魔すんじゃねえよ」
「…………」
二人ともお互いに視線を逸らさない。オールさんは冷たい微笑みを浮かべている。一切温度のない声で彼は告げた。
「天守警察署の署長としては見過ごせねぇな。一般人は二殺戦時以外での殺しは許可されてない。シャドウの部下であるお前も例外じゃねえよ」
「チッ……」
バッドウルフさんは舌打ちをすると、オールさんとソリさんにハンマーを向けた。
「てめぇら、覚えてろよ」
「すごい……完璧な三下ムーブだ……」
殺意の滲んだ声を出したバッドウルフさん。セリフが完全にやられ役の下っ端だ。ぺろおじさん以上のやられ役を見つけてしまった。
「バッドウルフ……ウルさん、完璧ですね」
「あぁ? 馴れ馴れしいぞ、雑魚女!」
思いっきり舌打ちをしたウルさん。彼はオールさんとソリさんの方を見て、唐突に不敵な笑みを浮かべた。
「シャドウ様を敵に回すことがどういうことか分かってんだろ? てめぇらは近々パペット様の強襲部隊に殺されるぞ。自業自得だな」
鼻を鳴らして去っていくウルさんに、私は謎の感動をしていた。こんな人が現実に存在するとは思わなかった。シャドウさんのおかげで、良いものが見れてしまったと心の中で感謝する。
「ソリ、大丈夫か?」
不意にオールさんがソリさんの肩を叩く。
「何があったのか知らねぇけどよ。あんま一人で背負うなよ」
「ああ……」
ソリさんは目を伏せて、静かに頷く。二人が背中を向けて歩き出した。
その瞬間——
シャドウさんの笑い声が聞こえた。
「くっ、ははっ! ああ、ダメだ。小雪、君は本当に面白い子だ……」
「シャドウさん!?」
勢いよく後ろを向くと、シャドウさんが塀の上に座っていた。優雅に足を組んで、マスクで隠れた口元を手で覆って笑っている。彼の左手には、金ピカの小判が握られていた。
「シャドウっ……!」
極限まで膨れ上がったソリさんの殺気が周囲を支配する。足が震えてよろけそうになった所を、いつの間にか移動していたシャドウさんに支えられた。
「マックスソリチュード。俺の大切な人を怯えさせないでくれないか?」
シャドウさんの酷く冷たい声に、ソリさんの瞳が揺らぐ。ソリさんは殺気を押さえ込んで、唇をかみしめた。
「ほら、この小判は君のものだろう? 返しておこう」
「あ、私の純金入りの小判……」
チンピラ三人組に渡した小判を、何故シャドウさんが持っているのだろうか。不思議に思いながら彼を見る。シャドウさんはまた堪えきれない様子で笑い始めた。
「ははっ、ふふっ、あぁ……可愛い子だ。あの時から、俺はずっと君のことばかり考えていたんだ。オールナイフに拾われてしまったのは残念だったが、今からでも遅くない。俺の屋敷においで」
楽しげに笑うシャドウさんは、私の腰を掴んだまま離さない。至近距離で見る彼の目は濁りきっていて、まるで月のない闇夜のようだった。シャドウさんの目には底知れない冷たさがある。
「ひゅっ……」
引きずり込まれそうな仄暗い瞳に、悲鳴のような吐息が零れた。震える手でシャドウさんを押し返そうと彼の服を掴む。すると、突然シャドウさんが数メートル先まで飛び退いた。次々に飛んでくるナイフをシャドウさんは黒いコートを翻して躱していく。
「俺たちの家政婦に気安く近づくんじゃねえよ」
いつもの豊かな表情を消したオールさんが、ナイフを構えてシャドウさんを睨みつけている。
「ふっ、良いだろう。簡単に捕まえても退屈だ。また会おう、小雪」
彼は心底楽しそうに私の方を見て、ウインクをして歩き出した。
「少しづつ、君の逃げ道を塞いでいこう。最後は俺の腕の中だ」
くすくすと笑いながら立ち去るシャドウさん。彼が去った後、ソリさんの方から視線を感じた。私の方を見て、彼は目を細める。
「お前をシャドウには渡さん」
伸びてきたソリさんの手が、私の肩を痛いくらいに掴む。その瞳は焦っているように見えた。掴まれた肩にどんどん力が入れられていく。
「ソリさんっ……」
あまりの強い力に悲鳴を上げそうになる。
「ソリ、手を離せ」
オールさんが厳しく言い放つと、ソリさんは目を僅かに開いて手を離す。彼は飛び退いて、少し距離を取った。
「悪い……」
「いえ、大丈夫です」
少し肩を押さえて、へらりと笑う。ソリさんの手は僅かに震えていた。
「小雪、肩に触れるぞ」
オールさんが軽く触れただけで、肩がずきりと痛む。
「っ……」
声が出そうになって咄嗟に口を塞ぐ。オールさんは息を吐いて、額に手を当てた。
「医者に見せるぞ。レディの病院に行く」
オールさんの言葉に、ソリさんは拳を握りしめていた。




