第6話 私の記憶の癖
翌朝、リビングに向かうと、オールさんとソリさんがソファに座ってテレビを見ていた。何となく空気が重くて、声をかけづらい。私の気配を察したオールさんが、振り返って手招きをしてきた。
「こっち来いよ、小雪。お前も見た方がいいかもな」
「どうしたんですか?」
当たり前のように、オールさんとソリさんの間に座らされる。テレビの方を見ると、二殺戦の話がされていた。オールさんは真剣な顔でテレビを見ている。
「神言地区の地区長が変わったみたいだな」
「地区長って何ですか?」
「その地区の階級一位の殺人鬼だ。キラーガーデンでは、一位のヤツがその地区を治めている」
オールさんは顎に手を当てて、ソリさんの方に話しかけた。
「なあ、ソリ。この女、見たことあるか?」
「ないな。二殺戦に初参加で一位か……」
ソリさんは自身の刀に触れて、警戒するようにテレビを睨みつけている。私はテレビに映っている女性をよく観察してみた。白いマントを羽織った短い黒髪の女性だ。金色の衣装に白いタイトなズボン。黄色の膝まであるブーツを履いた姿はまるで騎士のようだった。
「かっこいい女の人だ……」
男装の麗人とはまさに彼女のことだろう。私が見蕩れていると、オールさんが不意に声をかけてきた。
「なあ、お前には家族はいないのか?」
「姉が一人いますよ。急にどうしたんですか?」
突然のことに、小首を傾げながら答える。オールさんは私の方を見ながら、淡々と問いかけてきた。
「どんなヤツだ? 一緒に暮らしてたのか?」
「え……えっと、優しくて……え、あれ……」
姉のことを思い出そうとして、言葉が出てこなくなった。姉の顔は分かるのに、一緒に暮らしていた記憶が思い出せない。私は首を押さえて、ゆっくりと息を吐き出した。少しずつ消えていく意識をそのまま手放す。
そして——
私はまた、いつもの自分に戻ってくるのだ。
「姉はとても優しい人ですよ! ところで、神言地区はどんなところなんですか?」
「また、その癖か……」
オールさんは私を一瞥して、直ぐに視線を逸らす。癖とは何のことだろうか。私は何も分からずに、オールさんを見つめ続ける。
「神言地区は神の住む地区だ。神の言葉を地区長が聞き、それを正罪地区の地区長がルールにして他の地区に守らせる」
「え! 神様がいるんですか?」
「そうだ。神言地区は神の住む地区と言われている。キラーガーデンのヤツらは、まず神言地区の教会でこの世界についての知識を与えられる」
オールさんの言葉に私は首を傾げる。
「どういうことですか? その言い方だと、まるで別の世界から神言地区に来たみたいじゃないですか?」
私が問いかけると、オールさんは黙り込んでしまった。戸惑っていると、ソリさんが口を開く。
「以前は突然地区のどこかへ来るものしかいなかった。だが今は、全員が神言地区から現れ、徹底的に管理されている」
ソリさんの話を聞いて、ほんの少しだけ期待してしまう。心臓がはねているのを感じて、私は落ち着かせようと深呼吸をした。
「それなら、どこかに元の世界へ帰る情報もあるかもしれませんね!」
私の言葉にソリさんは何も言わない。オールさんの方を見ると、感情の読めない冷たい目で遠くを見つめていた。
「そうだな……」
その声には力がなくて、弱々しく聞こえたのは気のせいだろうか。何となく気まずくて、二人の間で私は縮こまる。すると、オールさんがため息をつきながら、テレビのチャンネルを変えた。
「はぁ……仕方ねぇな。これでも、見とけよ」
そう言って、オールさんが見せてきたのは、銃の通販番組だった。司会者の男性が、やけに良い笑顔で性能について語っている。
「あの、もう少し……平和な番組が良いです」
「ここは殺人鬼しか住んでない世界だぞ。そんなものねぇよ」
「正論すぎる……」
オールさんの言うことは正しいけれど、今の私には癒しが必要なのだ。俯いていると、今度はソリさんがリモコンを取ってテレビのチャンネルを変えた。
「これでどうだ」
「何ですか、これ……」
テレビに映ったのは、可愛らしいワニのマスコットキャラクターだった。アイスクリームのコーンに入ったワニのゆるキャラだ。可愛らしいゆるキャラが、注射器を咥えて動いている。独特すぎるキャラクターだけど、不思議な愛嬌があった。まさか、ソリさんがこんな可愛いものを知っているとは意外すぎる。
「このキャラクターの名前は何ですか?」
「ワニスクリームだ」
ソリさんの口から、ゆるキャラの名前を聞く日が来るとは思わなかった。ワニとアイスクリームが混ざって、ワニスクリームだろうか。あと、悲鳴のスクリームも混ざってそうだ。画面では、ワニスクリームが人を襲っている。全然ゆるキャラではなかった。きちんと、キラーガーデン仕様になっている。オールさんはワニスクリームを見ると、眉を寄せながら抗議してきた。
「俺の番組の方が面白いだろ」
「オール、お前の番組は小雪には合わない。女には、ワニスクリームのようなものが良い」
どちらも物騒だから断りたいが、強いて言うならソリさんのワニスクリームの方がマシだと思う。私はソリさんの左手を掴んで少し上げる。
「ソリさんの勝ちです」
「ふっ……」
ソリさんが少し嬉しそうに笑うのを見て、オールさんは不満そうにしていた。意外とソリさんの方が、女心を分かっているようだ。
「小雪〜。お前、ワニスクリームに釣られるなよ。どうせ、どっちも微妙だと思ってただろ?」
「まあ、キラーガーデンですからね。仕方ないと思います」
オールさんは口元を緩めて、私の両頬を片手で掴む。抗議をする前に、頬を潰されて何も言えなくなった。
「俺とソリ、どっちを選ぶんだ? なあ、言ってみろよ」
頬を掴まれているせいで、私は何も言えない。分かっているくせに、オールさんは意地悪だ。助けを求めてソリさんの腕を引っ張ると、彼は面倒くさそうに言い放つ。
「俺を巻き込むな」
ソリさんに見捨てられた私を、オールさんは楽しそうに見つめている。彼は私の頬から手を離して、子猫を撫でるみたいに顎をくすぐる。
「よそ見すんなよ、小雪」
「ひっ……」
私は顔を真っ赤にして固まってしまう。オールさんは満足そうに笑って、何事もなかったかのように、テレビのチャンネルを変えた。
「可愛いやつだな……」
そう言って、彼はこちらに視線だけを向けて、私の頭を撫でた。赤い瞳はまるで炎のようで、激しい熱が微かに見える。私は頬の赤らみを消そうと、掴まれていた頬に触れた。恥ずかしさを誤魔化したくて、私はソリさんに話しかける。
「そう言えば……ソリさんのお兄さんは、ここ天守地区の地区長さんですよね?」
「あの男の話はするな」
ソリさんはお兄さんの話題になった瞬間に、低い声で唸るように拒絶した。そして、彼は勢いよく立ち上がると、無言でリビングから出ていってしまった。
「あ……えっと……私、何か良くないことを言ってしまいましたか?」
「気にするな。ソリはシャドウと仲が悪いんだ」
そう言って、オールさんは頭を掻きながら、深いため息をついた。彼は私の目を見て、ハッキリと告げる。
「昨日、お前を泣かせたのは、天守地区・階級一位のハーフシャドウだな? ソリの兄だからって遠慮するなよ。あの男に何かされたんだろ」
「はい……そうです」
確信しているような言い方をするオールさんに、私は隠すことなく素直に頷いた。私はまだシャドウさんがどんな人なのか知らない。先程の反応から、ソリさんと仲が良くなさそうなことしか分からなかった。
「気にするな。ソリの兄でも関係ねぇよ。俺もソリも、お前を見捨てる気はない。お前が怯えているなら、あの男に渡す気はねぇよ」
「ありがとうございます……」
少し遠慮がちに微笑むと、彼は私の頭を乱暴に撫でてきた。雑だけど痛くない絶妙な撫で方をしてくるので、私は怒るか迷ってしまう。これがオールさんなりの慰め方だと思うと、私は抵抗できなかった。
「お前はもっと自分の言いたいことを言えよ」
「えぇ……? 初対面でナイフぺろぺろおじさんって言った女にそれを言うんですか?」
「そう言うことじゃねぇよ」
私に呆れた目を向けながら、彼はまだ私の頭を撫で続けている。
「嫌なことは嫌だと言えばいい。少なくとも、俺とソリは受け入れてやる。俺たちはお前が反抗したくらいで、怒るような男じゃねぇよ」
「っ……」
オールさんの言葉に、私は息を飲んで俯いた。言い方は少し荒いのに、彼の目はどこまでも真剣で優しい。
「怖いなら怯えたままでいい。冗談に混ぜて拒絶しろ。その隠れた本音を、俺たちが見抜いてやる」
「オールさんに拾われて良かったです。お二人は殺人鬼ですけどね!」
照れ隠しのように、最後の言葉を付け足せば、オールさんは口元を綻ばせた。




