第10話 朱流病院襲撃事件
入院七日目の小雪です。今日も今日とて、レディチャーハンが美味しいです。
「わに先生、このレディチャーハンの味付けはどうしてるんですか?」
「それは秘密だよ! 特別な秘密の調味料で味付けしてるんだからね!」
わに先生は人差し指を立てて、くすくすと笑う。今日もわに先生が可愛い。
「ところで、君たちは食生活の見直しは出来たのかな?」
わに先生がオールさんとソリさんの方を見ると、二人は同時に顔を背けた。
「外食と出前を覚えたから大丈夫だ。多分な……」
「黙れ、レディ」
オールさん、ついに出前をとることを覚えたんだ。だけど、出前ばかりだと高くつくから良くないと思う。
「全く君たちは仕方ないね。昔から、料理だけは出来ないんだから……」
わに先生は、呆れた様子でため息をつく。すると、オールさんとソリさんは言い訳をし始めた。
「人には向き不向きがあるだろ。俺達には料理が向いてない」
「暗殺なら得意だ。料理は……俺の仕事ではない」
ソリさんの言い訳を聞いて、私は二人を庇うように会話に入った。
「ソリさんの言う通りですよ! お料理は私の仕事です!」
私は二人の家政婦だから、きちんとお仕事をする義務があるのだ。わに先生は困ったように微笑みながら提案してくれる。
「うーん。今度、僕と一緒にお料理の勉強をしようか」
「お願いします! ついでにレディチャーハンの作り方もお願いします!」
「わにゃ! それはダメだよ〜」
さりげなくお願いしてみたけれど、やはりダメだった。わに先生とのお料理教室は、かなり楽しみである。私がわくわくしながら、わに先生と話していると、ソリさんが真剣な顔で言い放つ。
「レディ、小雪の肩はどうなっている」
「順調に治ってきているよ。直に退院出来そうだね」
わに先生が柔らかく微笑むと、ソリさんも安心したように目元を和らげる。ソリさんはあの日から、ずっと私の事を気にかけてくれていたのだ。
「退院前に写真でも撮ろうぜ。小雪、スマホを貸せよ」
「良いですね! みんなで撮りましょう!」
オールさんに言われてスマホを取り出す。嫌がるかと思ったけれど、ソリさんは何も言わずに私のベッドに近づいてきた。
「わにゃ! 写真いいね! オールくん、上手に撮ってね」
「任せろよ。ほら、撮るぞ〜」
オールさんが写真を撮って、私にスマホを返してくれる。いつの間にか、先程の写真がスマホの壁紙に設定されていた。
「わあ! ありがとうございます!」
「良い写真だろ?」
「はい! 凄く嬉しいです!」
元気よく頷けば、オールさんは優しく目を細めて、頭を撫でてくれた。しばらく四人で話していると、ノックの音ともにアンノウンさんが入室してくる。
「失礼します。レディリヴァー院長先生、バッドウルフが総合受付に来ております」
「はいはーい! じゃあ、ちょっと行ってくるね」
わに先生は手を振って、元気よく病室から出て行った。その様子を見て、私はポツリと呟く。
「わに先生、まだウルさんのことを疑っているんですかね」
「当たり前だろ。アイツはシャドウの部下だぞ」
私の独り言にオールさんが突っ込む。やはり、わに先生はウルさんをまだ警戒しているらしい。ウルさんは毎日お見舞いに来てくれるが、その度にわに先生が総合受付まで迎えに行っている。ウルさんは少し可哀想だけれど、かなり頼もしい人だと思った。
「だが……妙だよな……」
「どうかしましたか?」
「シャドウは一度も、この病院に来てないな」
私は頷きながら、これまでの生活を振り返る。ウルさんが毎日来てただけで、シャドウさん本人は一度も来なかった。思い返すと、不気味な程に何も無い。
「俺たちの方もシャドウとは会ってない。クルエルファミリーはバッドウルフ以外に誰も動いていないんだ。おかしいだろ。本来なら、クラムジーパペットの強襲部隊と殺しあってもおかしくねぇのにな」
オールさんは真剣な顔で、顎に手を当てて考え込んでいる。
「何か……あるな。絶対に何か裏がある。あの男の小雪に対する執着は半端じゃねえ」
「そうだな……」
オールさんの言葉に、ソリさんはどこか悲しげな複雑な顔で頷く。シャドウさんに見捨てられたらしいソリさんからすれば、私に執着してるお兄さんを見るのは複雑だろうなぁ。何とも言えない気まずい空気に俯く。
「まあ、安心しろよ。いざとなれば、俺の天守警察署の部下たち全員連れてシャドウの屋敷に乗り込んでやる。天守警察署の絆を舐めんなよ」
「警察署長の力がすごい……」
オールさんの言葉に感心して頷いた。
その瞬間——
突然下の階から轟音が響いてきた。
「今のは!?」
驚いて声を上げると、アンノウンさんの冷静な声が横から聞こえてきた。
「緊急事態です。クラムジーパペット率いる強襲部隊がこの病院に来ました。現在、当院の医療部隊が一階の総合受付にて応戦中との事です」
手元のタブレットを操作しながら、アンノウンさんは冷静に答える。彼女の言葉を聞いて、ソリさんが日本刀を持って、病室から飛び出した。オールさんはアンノウンさんの方を見て、一瞬迷う素振りを見せてから、病室のドアの方へ向かう。
「アンノウン、お前を信じるぞ。小雪を頼んだ……」
「かしこまりました」
アンノウンさんは、オールさんの怪しむような目を、気にした素振りもなく頷いた。
「私はどうしたら良いんですかね」
「最上階の院長室へ向かいましょう。あそこが一番安全です。敵がここまで上ってくる前に、先に移動した方が良いですね」
アンノウンさんは、手早く点滴を外して、逃げる準備を進めてくれる。少しふらつきながら立ち上がると、彼女は何のためらいもなく、私をお姫様抱っこしてきた。
「突然、申し訳ございません。ですが、こちらの方が効率がよろしいかと……」
「あ、いえ。お願いします」
女の人だけど、かなり力が強い。やはり彼女も殺人鬼なのだろうか。キラーガーデンの人は女性も強いらしい。現実逃避をしながら、アンノウンさんに運ばれていると、不意に声をかけられた。
「おい、雑魚女……とパーフェクトアンノウン……」
この声はウルさんだ。アンノウンさんはしゃがみ込むと、振り向きざまに、大きめのメスを投げる。ウルさんはメスを避けながら、ハンマーで殴りかかってきた。
「パーフェクトアンノウン、その雑魚女を置いていけ……」
ウルさんはやっぱりすごい人だと思う。こんなにシリアスな雰囲気なのに、発言がきちんと三下だ。私をそっとおろしたアンノウンさんが戦闘態勢に入る。
「申し訳ありませんが、当院では厳重な衛生管理が義務付けられております。消毒と滅菌にご協力をお願いいたします」
アンノウンさんは大きめのメスを投げつけて、ウルさんをこちらへ近づかせないように牽制していた。
「アンノウンさん、かっこいい……」
「少々お待ちください、小雪様」
白衣姿でそのセリフと行動は、アンノウンがあまりにも強すぎると思う。
「それでは、これより殺菌作業を開始いたします」
「チッ……ごちゃごちゃうるせぇよ」
お互いに武器を構えているアンノウンさんとウルさん。そして、床にへたりこんでいる私。とりあえず、私はアンノウンさんを応援することにした。
「アンノウンさん、頑張ってください!」
私が声をかけた瞬間に、ウルさんが走り出した。ハンマーを振りかざして、アンノウンさんに襲いかかる。
「この消毒女がっ!!」
「短絡的ですね。行動が読みやすく、攻撃が甘いです」
アンノウンさんの回し蹴りで、ウルさんが壁にめり込む。頭から血を流しているウルさんを見て、血の気が引いてきた。アンノウンさんは本気でウルさんを殺す気なのだろうか。
「発言と行動が矛盾しています。何度か会ったことで、私に情が湧きましたか? ハンマーを振り下ろす際に、落とす最中で力を抜いていましたね」
「うるせぇよ……クソがっ! わざと力を抜いてたんじゃねえ!」
ウルさんの叫び声を聞いても、アンノウンさんは一切表情を変えずにメスを構える。私は咄嗟にアンノウンさんの白衣の裾を掴んでしまった。
「アンノウンさん、本当に殺しちゃうんですか?」
「小雪様……」
私の言葉にアンノウンさんは、薄紫色の瞳を揺らす。彼女がここまで明確に動揺を見せたのは初めてかもしれない。
「クソがっ! 俺を殺そうとしてたくせに、急に恋愛ドラマみたいなシーンを作るんじゃねえよ!」
「ウルさん、恋愛ドラマを見てるんだ……」
キラーガーデンに恋愛ドラマとか存在してるんだ。頭から血を流しているのに、ウルさんは平然と戦闘を再開し始める。ウルさんの恋愛ドラマ発言が衝撃的すぎて、私は頭が真っ白になってしまった。
「パーフェクトアンノウン! てめぇを殺して、俺は任務を遂行する!」
「どうぞご自由に……」
先程よりも鋭くなったウルさんのハンマーを、アンノウンさんは完璧に避けていく。戦闘も気になるが、ウルさんが見ている恋愛ドラマの方が気になって仕方ない。後で、アンノウンさんに再起不能にされたウルさんに聞いてみよう。多分彼なら答えてくれるだろう。
「ウルさん、頑張ってください。多分、アンノウンさんには勝てないです。後で、恋愛ドラマの番組名を教えてください」
祈るように手を合わせて、私はウルさんの敗北を確信するのだった。




