第4話 美人なお姉さんを発見
突然だがオールさんは警察官で、ソリさんは銀行の警備隊長さんらしい。何故こんな話をしているのかと言うと、オールさんが忘れ物をしたからだ。今日は二殺戦の前日なので、街中にも緊張感が漂っている。
「ピリピリしてて怖い。でも、この書類が必要だって言ってたからなぁ。普段お世話になってるし、オールさんのために頑張らないと……」
私は茶色の大きな封筒を抱きしめながら、綺麗に整備された歩道を歩く。ちなみに天守警察署の場所は知らないので、誰かに聞かなければならない。もう既に嫌な予感がしているけれど、今だけは本能を無視して歩き続けるしかないのだ。
「あ……綺麗な女の人だ」
視線の先には、銀髪の綺麗な女性が立っている。長い髪を一本の三つ編みにしている真面目そうな女性だ。縁なし眼鏡をかけた姿は少し冷たげに見えた。彼女は黒いタブレットを操作しながら、壁によりかかっている。
「すみません! 少し聞きたいことがあるのですが、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
なるべく丁寧な敬語を心がける。女性とはいえ、キラーガーデンの住民なので、立派な殺人鬼なのだ。白衣を着た銀髪の女性は私の方を見て、無表情のまま頷いた。
「はい、構いません。ですが、手短にお願いいたします」
「ありがとうございます! えっと、天守警察署の方向が知りたいです」
「天守警察署ですか。あちらに見える赤レンガの建物が、天守警察署です」
女性が指さした遠くの方に、小さく赤い建物が見える。女性はメガネを左手で上げながら、再びタブレットに視線を戻した。
「ありがとうございます! とても助かりました!」
「いえ……お気になさらずに」
頭を下げてお礼を伝える。顔をあげると、ほんの少しだけ彼女の耳元が赤くなっていることに気づいた。
「優しい方ですね!」
「は……いま、なんと……」
「場所を教えてくださったので、良い人だなって思ったんです」
女性は唖然と目を見開くと、少し目を伏せた。話す声は先程よりも低くなって、突き放すような冷たさが宿る。
「私はただ聞かれた場所を教えただけです。それだけの事で、優しいなどと決めるのは早計ですね。武器も持っていないのであれば、知らない相手には尚のこと警戒心を持つべきです」
口調は丁寧だけれど、声にはどこか余裕がない。俯いてしまった彼女に、私は笑顔でもう一度お礼を伝えた。
「心配してくださって、ありがとうございます。やっぱり、あなたは優しい人ですね」
笑いかけても、銀髪の女性は表情を変えない。それでも、私は彼女に伝えたいことを話す。
「あなたが場所を教えてくれたから、私は一つ不安が減りました。あなたがそれだけの事だって思ったことが、私にとってはあなたを信用したいと思える優しさだったんです」
「理解不能です。しかし、感謝の言葉は受け取っておきましょう」
そう言って、銀髪の女性はもう一度メガネを上げる。ほんのりと赤く染まった耳元が、彼女の純粋な優しさを示していると私は思った。
「私はパーフェクトアンノウンです。天守警察署まで、ご案内いたします」
「え、あ……小雪です! 良いんですか?」
「あなたは危機管理が足りないようですからね。何かあると面倒なので送って差し上げます」
くるりと背を向けたアンノウンさんは、そのまま歩き出す。私はゆらゆらと揺れる長い銀色の三つ編みを追いかけた。
◇
天守警察署は、巨大な赤レンガの建物だった。アンノウンさんと一緒に中に入って、青い警察官の制服を着た男性に声をかける。
「あの、オールナイフさんにお届け物です」
「オールナイフ様っ!? 少々お待ちください!!」
茶色の封筒を見せながら話しかけると、若そうな警察官の男性は大急ぎで走り出す。オールさんは、意外とすごい人なのだろうか。不思議に思っていると、アンノウンさんの方から視線を感じる。隣を見ると薄紫色の瞳がこちらを見つめていた。
「オールナイフ様とお知り合いなのですね。私もあの方とは、何度かお話したことがあります」
「え!? そうだったんですか!?」
驚いていると、彼女は無表情のまま答える。
「はい。私はレディリヴァー院長先生の側近ですからね」
「レディリヴァー院長先生……」
アンノウンさんの口から、全く知らない名前が出てきた。だが、ここで知らないと言えば、変に思われる可能性があるので口を閉ざす。
「あの方をご存知ですよね?」
「はい! 知ってます! 有名ですよね!」
私が全力で頷くと、アンノウンさんは顔を背けてしまった。
「不思議な方ですね……」
「えっ……」
アンノウンさんは顔を背けているので、表情が見えない。もしや、何かに気づかれてしまったのだろうか。しばらくお互いに無言で待っていると、オールさんがいつもの黒いスカジャン姿で歩いてきた。
「小雪とアンノウン? どういう組み合わせだよ」
「さっき知り合いました。ここまで道案内してくださったんです!」
隣にいるアンノウンさんに明るく笑いかけるが、彼女は真顔のままオールさんの方を見ていた。オールさんは呆れた様子でため息をつく。
「アンノウン、ありがとな。小雪ひとりだと、確実に誰かに狙われてたところだ」
「ええ、私もそう思いました。ですから、ご案内したのです。それでは、私は失礼します」
最後まで表情を変えずに、アンノウンさんは去ってしまった。彼女が去ったのを見て、オールさんは厳しい声で私に話しかける。
「小雪、最初に会った時に言ったはずだぞ。ここは、お前みたいなのが一人で歩いてたら、誰かしらに食い物にされるってな」
「うっ……ごめんなさい」
「今回はアンノウンがいたから良かったが、二度と一人で出歩くんじゃねえぞ」
オールさんは険しい顔で、腕を組んでいる。私は素直に謝罪して、彼に忘れ物を渡した。
「本当にごめんなさい。これを渡したかったんです」
「二殺戦の書類か。わざわざ、ありがとな。気持ちは嬉しいが、お前が危ない目に合うのは心臓に悪い」
茶色の封筒を渡すと、オールさんは困ったように眉を下げて、乱雑に私の頭を撫で回してきた。私は少し意外に思って、彼に問いかける。
「心配してくれてるんですね」
「まあな……」
オールさんは不敵に笑って、私の耳元に唇を近づける。そして、心底楽しげに甘く低い声で囁いた。
「帰ったらお仕置きだな……」
驚いて耳を押えながら、二、三歩後ろに下がる。そして、反撃のつもりで、鮭事件を掘り返してみた。
「なんなんですか! また、お料理を炭にする気でしょう! 鮭の時みたいに! 鮭の時みたいに!」
「あれはお前も悪いだろ! あと、二回も言うな!」
オールさんは不満げに眉を寄せる。焦げた鮭はかなり不味かったようで、本気で嫌そうな顔をしていた。
「鮭事件は、オールさんにとっても苦い思い出なんですね。炭なだけに、焦げて苦いんですね。」
「うまいこと言うな」
「鮭は不味かったですけどね」
私の反撃で、ついにオールさんは、額に手を当ててため息をつく。勝利の右手を掲げていると、彼は赤い瞳を鋭くさせて、真剣な顔で言い放つ。
「小雪、よく聞け。ここ天守地区はまだ安全な方だが、他の三つの地区はもっと危険だ。俺はお前のそういう変なところを気に入ってる。だが、自衛のために警戒心は忘れるなよ」
「はい! ちゃんと分かってますよ。心配してくださって、ありがとうございます」
ニコニコと笑いかけると、彼も口元を緩めて笑い返してくれた。けれど、また直ぐに真剣な顔に戻ってしまう。
「会うことはないと思うが、天守地区の階級第一位の男には気をつけろよ」
「誰ですか?」
「ソリの兄だ。見ればすぐに分かる。見かけたら目を合わせるな。すぐに逃げろ」
まるで、熊に会った時の対処法みたいだ。心の中で少しふざけつつも、私はきちんと覚えておく。命に関わることには、真面目に対応しなければ死ぬことになるからだ。
「とりあえず、俺の部下に家まで送らせる。ちょっと待ってろ」
「オールさんって、偉い人なんですか?」
「まあな。一応、警察署長だからな」
何気なく聞いた一言に、とんでもない返事をされて固まってしまう。オールさんが警察署長だとは全く予想できなかった。警察官と言うだけでも驚きなのに、まさかの警察署長である。
「本当ですか? 本当の本当ですか??」
「嘘じゃねえよ。他の警官に聞いてみるか?」
唖然としつつも他の警察官の人を観察してみる。確かに、他の人達は時々オールさんの方を、敬意のこもった眼差しで見つめていた。
「オールさんが警察署長……似合ってますよ」
「思ってないだろ」
即座に見抜かれてしまったが、これは私は悪くないと思う。誰だって、あのナイフを舐めていたチンピラDが、警察署長だなんて夢にも思わないだろう。
「ナイフぺろぺろおじさん……」
「その呼び方、まだ続くのかよ……」
オールさんの半目に私も半目で見つめ返す。どう考えても、絶対におかしいと思う。あのナイフぺろぺろおじさんが警察署長だと、私はまだ信じていないのであった。




