第34話 ようこそ、最高治安法院へ
どうも小雪です。最高治安法院という裁判所の前に来ています。真っ白な柱が何本も立っているローマ風の建物から、ライトオーダーさんが手を振って走りよってきた。
「やあやあ! 小雪ちゃん、よく来てくれたね。パパは、小雪ちゃんを待ってたんだよ」
「はあ、えっと、よろしくお願いします?」
今から裁判だというのに、全く緊張感がない。白い胸元が開いたシャツに筋肉質な肉体。ピンクのサングラスをかけた40代くらいの正罪地区階級一位の男性。直接会うのはこれが二回目だけど、一度見たら忘れられない人だ。私はライトオーダーを見つめながら、彼を無言で観察していた。すると、キングさんがライトオーダーさんに向かって、いつも以上に甘い声を出す。
「やあ、ライトオーダー。久しぶりだね、元気そうで何よりだよ」
「キングくんも元気そうだね。君もうちの子になるかい?」
「ふふっ、遠慮しておくよ。君に支配されるつもりはないからね」
声を一切荒らげずに火花を散らす二人を前にして私は戸惑う。キングさんの顔とライトオーダーさんの顔を見比べていると、オールさんが二人の間に入って話を進めてくれた。
「ライトオーダー、良いから裁判所の中を案内しろよ」
「もちろん! さあ、中へ入ろうか」
ライトオーダーさんは背を向けて、顔だけをこちらへ向ける。彼はお茶目に片目を閉じて、私に笑いかけてきた。
「ようこそ、キラーガーデン最大の裁判所・最高治安法院へ」
ライトオーダーさんに案内されて、真っ白な廊下を進んでいく。たどり着いたのは、正面の裁判官席から半円を描くように真っ赤な傍聴席が並んだ場所だった。席には誰もいなくて、私達だけが案内されている。
「小雪ちゃんはここで、キングくん達はあっちの傍聴席ね」
「ここで裁判が……」
案内された証言台の前で、私はライトオーダーさんに話しかける。
「美優お姉ちゃんは無事なんですか?」
「彼女は神言地区の地区長・ホープトレイターちゃんが保護しているよ。君が気にするべきなのは、自分の無実の証明だね。まあ、結果は決まっているけど……」
「どういう意味ですか?」
結果が決まっているなら、彼らの中で私は有罪が確定しているということだろうか。増えていく謎に、私は上手く情報を整理できない。
「パパ……いや、俺は……君の事あんまり好きじゃないなぁ」
「え……」
ピンクのサングラス越しに、侮蔑の混じった冷たい金色の瞳と視線が絡まる。低い声には明らかな嫌悪感が含まれていた。あまりの威圧感に数歩後ろに下がると、オールさんとソリさんが前に出てくれる。
「おい、ライトオーダー。結果が決まっているというのは、どういう意味だ」
「裁判は罠か?」
ソリさんが刀に手をかけると、ライトオーダーさんは両手を上げた。わざとらしくため息をつきながら、彼はおどけた様子で明るい声を出した。
「ごめん、ごめん! 別に大したことじゃないよ。ちょっと本音が漏れちゃっただけだからね。パパは君達に悪意なんてないよ〜」
ライトオーダーさんは、威圧感を消して微笑む。だけど、レディさんは私の肩を抱きながら、警戒心を露わにして彼を睨みつけている。
「油断ならないね……」
「チッ、同感だ……」
ウルさんもハンマーを握りしめて、私の隣に立ってくれている。一触即発の空気の中で、ヒールの冷たい足音が聞こえてくる。ライトオーダーさんは不敵に笑うと、上げていた手をおろした。
「ホープちゃん、おそ〜い!」
「いえ、わたくしは時間通りです。そこの方々、席についてください」
現れたのは短い黒髪に黒い瞳の美しい女性だった。白いマントに金色の衣装、そして膝まである金色のブーツが特徴的だった。騎士のような格好をした彼女は、私のお姉ちゃんの左手を引いて歩いている。私はお姉ちゃんに笑顔で呼びかけた。
「お姉ちゃんっ!」
黒いドレスを着たお姉ちゃんは、昔と変わらずに三つ編みをしている。彼女の黒い瞳は私を映すと、柔らかく細まった。
そして——
氷のような冷たい声が私を突き放した。
「相変わらず、目障りな子ね」
愛らしい微笑みのまま、お姉ちゃんは私に憎しみのこもった目を向けている。私は何も言えずに、その場で固まってしまった。お姉ちゃんは私から興味を失ったように目を逸らした。
「ホープ、席まで連れて行って。この子の顔を見ていると、気分が悪くなるの」
「仰せのままに……」
彼女はホープと呼ばれた女性とともに、裁判官席の方へ歩いていく。そして、裁判官席の左隣にある席に座った。その瞬間、キングさんがライトオーダーさんに話しかける。
「神言地区長の隣が証人席かい?」
「彼女は特別だからね」
それ以上は何も答える気がないらしく、ライトオーダーさんは裁判官席の左隣の席に座りに行った。キングさん達も傍聴席の方へ歩き出す。
「やはり、この裁判には何かあるね……」
彼の声が遠ざかる中、私は先程お姉ちゃんに言われた言葉が理解できずにいた。肩に軽く触れられて、隣を見ればオールさんが私を心配そうに見つめている。
「オールさん、私……」
「オールナイフ、席につけ」
言おうとした言葉は、新たに室内に入ってきた誰かの声に遮られる。顔を向けると、黒いハイネックセーターを着た赤髪の青年・ペインメランコリーさんが裁判官席へ歩いていた。
「パペットさんを殺した人……」
ペインメランコリーさんの赤髪で、あの日のことを鮮明に思い出す。オールさんはペインメランコリーさんを睨みつけると、私の肩をもう一度叩いて声をかけてくれた。
「小雪、俺達がついてるからな」
「はい、大丈夫です……」
オールさんが傍聴席へ座ると、ペインメランコリーさんが厳かな声で裁判の開始を告げる。
「それではこれより、神の名のもとに天音小雪の裁判を開始する」
いよいよ、私の運命を決める裁判が始まる。頭の中はまだ整理できていないけれど、私は前を向いて裁判官のペインさんを見つめる。飛行機の中で、私は逃げないと覚悟を決めたのだ。ペインメランコリーさんを見上げていると、彼は視線を右下へ向けて声を出す。
「神言明者、こちらへ」
ペインメランコリーさんの声が響くと、右側のドアから濃い紫の短髪の男性が現れた。黒い軍服を着ており、首元には薄桃色のスカーフを巻いている。高身長で筋肉質な男の人は私の近くまで来ると名乗り始めた。
「神言明者のボイドポイズンと申します。それでは、これより罪状朗読及び求刑申告をさせていただきます」
ボイドポイズンさんは白い紙を持って、私の罪状を読み上げる。
「被告人・天音小雪は過去に複数回に及ぶキラーガーデンへの不法侵入を犯している。さらには、殺人鬼の魂が集まるキラーガーデンに一般人の身でありながら、数週間の不法滞在をしていたことが判明した。よって、神の名のもとに死刑を求む」
「は……死刑……つまり、地獄行きってことですか?」
私は唖然としながらも、か細い声で問いかける。キラーガーデンの住人は全員殺人鬼で、死んだ後は地獄行きが確定していると聞いた。私は殺人鬼ではないけれど、地獄に行くことになるのだろうか。地獄行きではなくても、もっと酷いことになるかもしれない。青ざめていく私を無視して、ペインメランコリーさんが確認をしてくる。
「被告人、罪状の内容に間違いはありませんか?」
「え、あ……わたし、わたしは……」
胃からせり上がってくるものを飲み込む。ゆっくりと深呼吸をして、私はハッキリと告げた。
「間違いありません。私は幼い頃にキラーガーデンへ来たことがあります」
夢の中での出来事が本当ならば、私は確かにキラーガーデンへ来て、オールさんと会っていた。ボイドポイズンさんは淡々とした口調で、さらに私の罪に対して死刑を求める。
「複数回の不法侵入及び不法滞在、これはキラーガーデンの神に対する冒涜であると考えられます。神言明者として、私は死刑を求めます」
「証人・天音美優、あなたの証言を聞かせてください」
ペインメランコリーさんは、お姉ちゃんの方を見る。彼女は薄っすらと微笑みを浮かべて、私を冷たく見下ろした。
「天音小雪は、間違いなくキラーガーデンに不法に侵入していました。私は彼女とオールナイフの会話を聞いたこともあります」
「被告人が罪を認め、証人が罪を証明している。よって、正罪地区・最高治安法院長として、被告人に死刑を言い渡す」
お姉ちゃんの発言を聞いたペインメランコリーさんが、私に対して死刑を告げる。私は信じられない気持ちで、お姉ちゃんの方を見た。彼女は全く動じた様子もなく、私の方を一瞥もしない。
「お姉ちゃん……?」
名前を呼んでもお姉ちゃんは私を見てはくれなかった。私はお姉ちゃんに無視をされたことは一度もない。私は縋るようにお姉ちゃんの名前を何度も呼ぶ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……違う、お姉ちゃんは私を無視したりしない……」
複数の革靴の音が近づいてくる。私は心が折れそうになっていた。お姉ちゃんの魔法の言葉が頭に浮かんできた。
そのとき——
誰かに肩を掴まれた。
「小雪だけが裁かれるのはおかしいだろ」
ゆっくりと隣を見ると、オールさんが私の隣に立っていた。後ろを見れば、ソリさんやレディさん、ウルさんもいる。
「不法侵入と不法滞在で小雪が裁かれるなら、なんで美優は同じように裁かれねぇんだよ。お前もこのキラーガーデンに来ていただろ」
オールさんの言葉を聞いたお姉ちゃんは、とびきりの愛らしい微笑みで私を指さした。
「不法侵入はそうかもね。でも、不法滞在はしてないわ。だって、私は小雪を殺したもの」
息を飲んだのは、私だけではなかった。




