第33話 前へ進む
誰かに肩を揺さぶられている感覚で目が覚める。唸り声をあげながら目を開けると、レディさんの金色の片目が見えた。
「わにゃ! 小雪ちゃん、おはよう!」
「おはようございます、わに先生!」
何か変な夢を見た気がするけど、思い出せない。私は痛む頭を無視して、レディさんに挨拶を返した。
「起こしに来てくれたんですね」
「うん。小雪ちゃんが寝坊しないように、起こしに来たんだよ」
「ノックはしないんですね……」
キラーガーデンは、やはりノックをしない文化のようだ。レディさんは穏やかに微笑んだまま黙っている。
「あの……正罪地区に行く前に、レディさんと行きたいところがあるんですけど良いですか?」
「僕と行きたいところ? どこかな?」
「アンノウンさんの病院です」
レディさんは首を傾げたまま、静かに表情を消した。彼が怒るのも無理はないと思う。それでも、私は二人にきちんと話し合って欲しいのだ。
「裁判で何が起きるのか分からないので、正罪地区に行く前にアンノウンさんの病院に行きたいんです。一緒に来てくれませんか?」
「仕方ないね……」
レディさんはそう言って、私の手を引いてベッドからおろしてくれた。彼にお礼を伝えてアンノウンさんの病院へと向かう。病室のドアを開ければ、アンノウンさんが両手でワニスクリームを握りしめていた。彼女はレディさんを見て目を見開いた。そして、直ぐに気まずそうに俯いてしまう。
「レディリヴァー様……」
「院長先生って呼んでよ、アンノウン。僕は君を解雇にしたつもりはないよ」
少し冷たく言うレディさんに、アンノウンさんは拳を握りしめて怒鳴る。
「あなたのそういう所が大嫌いです! どんな時も余裕があって、私が欲しいものを簡単に手に入れてしまう!!」
アンノウンさんは涙を流しながら、レディさんを睨みつけていた。右目に巻かれた包帯はまだ痛々しい。
「どれだけ私が完璧を演じても、誰も見てくれなかったのに……ずるい、ずるいです。あなたが羨ましい……私がレディになりたかった」
「ごめんね、アンノウン。僕はずっと君の正体に気づいていた。僕は君をキングから引き離すことで、自分を救いたかったんだ。君を利用しようとしていた。ごめん、ごめんね……アンノウン」
レディさんはアンノウンさんの言葉を受け止めて、拳を握りしめる彼女の手を包み込んだ。
「アンノウン、君が僕を嫌っていることは分かってるよ。だから、君は僕のもとへ帰らなくてもいい。君は好きなところにいて良いんだ」
「私の居場所は……トラジェファミリーです」
「うん。君が選ぶなら、それがいいよ。僕は君の選択を否定しない」
アンノウンさんはレディさんの手を振りほどいて気まずそうに顔を背ける。私はアンノウンのそばに行って、彼女と目を合わせた。
「アンノウンさん、伝えたい想いがあるのなら、いま話した方が良いと思います。私は……言えませんでしたから」
シャドウさんに返事を出来なかった事を、また思い出してしまう。私は彼に伝えられずに後悔してしまった。だから、アンノウンさんにはそんな思いはして欲しくないのだ。アンノウンさんの薄紫色の瞳が、私から逸らされる。伸びてきた彼女の手を掴んで、私はアンノウンさんと手を握り合った。
「レディリヴァー様、私はあなたのことが大嫌いで……大好きです。あなたを裏切ったことを謝罪させてください。申し訳ありませんでした」
彼女は震えている声を誤魔化すように、私の手を強く握った。事務的だけれど、アンノウンさんらしい謝罪に、レディさんは目元を和らげる。眉を下げた彼の表情はどこか寂しげに見えた。
「うん、謝罪を受け取るよ。パーフェクトアンノウン、今日で君は解雇だ」
「はい、私は自分の意思でトラジェファミリーを選びました。お世話になりました、レディリヴァー院長先生」
アンノウンさんが頭を下げると、レディさんは小さく頷く。レディさんの手招きされて、彼と共に病室から出た。レディさんは振り返らずに、アンノウンさんに告げる。
「アンノウン、君は僕にはなれないよ。君は鳥かごのレディじゃない。トラジェファミリーのパーフェクトアンノウンだ」
ドアを閉めたレディさんは、私にいつもの可愛らしい笑顔を見せる。
「連れて来てくれてありがとう、小雪ちゃん! さあ、次は正罪地区だね!」
「そうですね。でも、どうやって正罪地区に行くんですか?」
レディさんに手を引かれながら病院の廊下を歩く。隣を歩く彼はとんでもない発言を落としてきた。
「うん? そんなの飛行機に決まってるじゃないか」
「わあ……すごく嫌な予感がする」
レディさんは平然とした顔で言っている。まさか、この世界に飛行機があるとは思わなかった。だがそれ以上に、飛行機のメンバーに、覇牢地区の側近三人組が含まれているのが恐ろしい。私は今から起きるであろうトラブルのことを考えて、早速胃が痛くなるのだった。
◇
こんなに騒がしい飛行機に乗るのは初めてだ。そもそも飛行機に乗ること自体が初めてではあるけれど、それでも普通はここまで騒がしくないと思う。向かいの席にはキングさんとジェントルさん。隣にはオールさんがいる。ジェントルさんはキングさんの前では静かだからまだいい。問題は後ろの座席で泣いているドゥームさんと怒っているウルさんだ。
「うわあああん!! なんで小雪ちゃんが隣じゃないのぉ!!」
「うるせぇぞ、クソガキ! なんで俺がコイツの向かいの席なんだよっ!」
「うわああん! 僕と年齢ほとんど変わらないくせに!!」
ドゥームさんが泣いて、ウルさんが怒鳴って、ドゥームさんがさらに泣く。これが先程から繰り返されている。私は両手で耳を覆い隠すと、窓の外を眺めることで気を静めることにした。よく考えると、死後の世界なのに雲があって太陽もあるのは不思議だ。私は真っ白なふわふわした雲を眺める。視線を感じて、前を向くとキングさんが私を見つめていた。肘をついて、銀色の髪を揺らして首を傾げる。
「ここが死後の世界だと、信じられないかな? 無理もないね」
「まあ、自分が死んだという実感もあまりないですし……」
顔を俯かせながら、路地裏で切られた首元を撫でる。ふと、レディさんが何度か私の首を撫でてきたことを思い出す。彼は私の死因に気づいていたのかもしれない。
「君はお姉さんの事をどのくらい覚えているんだい?」
キングさんの言葉に、私は息を飲んだ。寒気がするほどに、血の気が引いていく。思わず隣に座るオールさんの腕を掴んだ。本能が拒絶していることを、脳が全身に伝えていた。オールさんは私の手に、彼の大きな手を重ねてくれた。
「やめろ、チェックキング」
「すまない。だが、裁判の時には必ず向き合わなければならないことだよ」
キングさんは真剣な顔で私の目を真っ直ぐに見つめていた。
「小雪、私達もオールナイフ達も裁判では手出し出来ない。だけどね、私は君の強さを信じているよ。私のクイーン、君は挫けないから強いわけではない。挫けても立ち上がろうともがくことが出来るから強いんだ」
「キングさん……私は立ち上がれるでしょうか」
「初めから諦めている子に、手を貸そうとする者は少ないだろうね。だが、成長し続けて努力をしている子には、人が集まるものだ。小雪、君が立てないなら私達がその手を掴んであげよう」
彼の声には、いつもの支配しようとする甘さはない。本気で私のことを考えて、励まそうとしていることが伝わってくる。私はキングさんの言葉を素直に受けとって、彼にお礼を伝えることにした。
「キングさん、ありがとうございます。裁判がどうなるか分かりませんが、逃げない覚悟だけはしておきます」
「良い子だね。私達も、その覚悟を見届けるよ」
柔らかい笑みが戻ってきたキングさんに、私も表情を崩して笑いかける。ふと、重ねられていたオールさんの手に、力がこもるのを感じた。
「オールさん、どうかしましたか?」
「何でもない……」
オールさんは不自然に視線を逸らす。眉間に寄ったシワを撫でると、彼は大きく目を見開いた。
「私は大丈夫ですよ。オールさんも私の勇姿を見届けてくださいね!」
「小雪……お前に何かあったら、俺は全てを捨てでも駆けつける」
オールさんは私の手を両手で包み込む。彼は誓うように私の右手に、触れない程度に唇を近づけてきた。
「お前が戦っている間は何もしない。だが、最後の最後には必ず助けに行くからな」
「はい、頼りにしていますよ!」
私とオールさんは、お互いの信頼を両手に込めて、強く手を握り合う。不意にキングさんがジェントルさんの方へ話しかけた。
「ジェントル、君もいざと言う時は頼むよ」
「お任せ下さい。ナイトの駒として、ご期待には応えましょう」
普段の様子からは信じられないほどに、ジェントルさんは静かに胸元に手を当てて答える。私が唖然としていると、キングさんは少し楽しそうに微笑んだ。
「ふふっ、驚いたかい? ジェントルは覇牢地区階級二位の私のナイトだよ」
「ここ最近で一番の驚愕の事実です……」
私はジェントルさんの方を見るけど、彼はいつもの被害申告をせずに涼しげな顔で前を向いていた。




