第32話 裁判前日
話し終わったレディさんは、深く息を吸ってゆっくりと吐き出す。オールさんは何も言わずに、そっとレディさんの背中を叩いた。
「僕はまだ、チェックキングの鳥籠の下で、這いつくばっているだけだ。自分で鳥籠から出られた訳じゃない」
レディさんな自嘲気味に笑いながら、自身の長い赤髪を弄り始める。彼は私たちの方を見て、気まずそうに乾いた笑みをこぼした。
「あはは……ごめん、暗くなったね」
「レディさんは何も悪くないですよ。私達のために話してくれたんでしょう? 辛いことなのに、教えてくれてありがとうございます」
私は彼の目を真っ直ぐに見つめる。レディさんは曖昧な微笑みを浮かべていた。
「ただ、僕が話したかっただけかも……なんてね。それより、小雪ちゃんの裁判はどうしようか」
「裁判……私は迷い込んだだけなのに、どうしてこんなに大事になっているんですかね」
私は裁判について、ずっと疑問に思っていた。不法滞在の裁判に、神様まで出てくるものだろうか。考え込んでいると、オールさんが一番気になっていたことを口に出す。
「美優が証人ってのも気になるよな」
「お姉ちゃん……まさか、お姉ちゃんも死んじゃったのかな」
私は最悪の想像をしてしまって、気分が悪くなった。口元を押さえる私を気遣って、ソリさんが背中を何度も擦ってくれる。
「私は裁判に参加します。あの、その……オールさん達も一緒に来てくれませんか?」
「ああ、当たり前だ。ちゃんと、頼ってくれたな」
私の言葉にオールさんは腕を組んで頷いた。ソリさんは無言で頷いて、レディさんとウルさんも賛成してくれる。
「わにゃ! 小雪ちゃんが決めることだから、反対はしないよ。僕もついて行くね」
「お前を守るって決めたからな。仕方ねぇから、ついて行ってやるよ」
皆の頼もしい返答に、私はほんの少しだけ心が落ち着いてくる。けれど、お姉ちゃんの事だけが、私の中でずっと気がかりだった。
「皆さん、ありがとうございます。裁判の前に、お姉ちゃんと話せたらいいんですけど……」
そもそもお姉ちゃんは正罪地区と神言地区のどちらにいるのだろうか。私は顎に手を当てて考え込む。すると、軽いノックの音ともに、ビターさんがドアを開けて部屋に入ってきた。
「ちょっと、ちょっと〜! お姉ちゃん達を無視して、何を勝手に話を進めちゃってるのかな〜?」
「あ、ビターさん……」
「そういう大事な話は、同盟相手に相談して欲しいなぁ」
ビターさんは明るい笑顔で、壁によりかかっている。よく見ると、彼女は私が持っている手紙に視線を向けていた。
「とりあえず、会議室に行こうか! ああ、拒否権はないよ。もし、裁判で何かあれば、君たちだけでは対処が難しいでしょ?」
ビターさんの言葉に全員が黙り込む。彼女の言っていることは正しかった。私は元からキングさんにも相談するつもりだったけれど、他の人たちは不満そうにビターさんを睨みつけていた。
◇
円卓を囲んで、天守地区と覇牢地区の中心人物達が集まっている。キングさんが私のために、先に正罪地区と神言地区について説明してくれた。
「正罪地区はルールを従わせるための地区だよ。四地区最大の裁判所である最高治安法院があり、そこで小雪は裁判を受けることになるだろうね。地区長はライトオーダー。彼は無法地帯だったキラーガーデンに、神の名のもとでルールを定めた男と言われている」
「へぇ、かなりすごい人なんですね。ライトオーダーさんの年齢から考えると、今の体制になったのも最近の話なんですね」
あのピンクサングラスのパパ系おじさんは、やはり只者ではなかったようだ。私が一人で納得して頷いていると、キングさんが神言地区について話し始める。
「ライトオーダーも危険ではあるが、私としては今の神言地区長・ホープトレイターが気になるね。突然、神言地区に現れて、初めての二殺戦で地区長に下克上をした女性だ。彼女は見事に勝利を収めて、新たな地区長になっている」
神言地区の説明で、私はオールさん達と一緒に見たテレビを思い出す。あの時、オールさんとソリさんの間に挟まって、私は黒髪の騎士みたいな女性を見ていた。恐らく、テレビに映っていた彼女がホープトレイターさんだろう。キングさんは、私の方を見て静かに告げる。
「神言地区は神の住む地区だと言われている。そして、私は今回の君の裁判には、神が関係していると思っている。小雪、私は君の裁判には傍聴席で参加させてもらうよ。何かあれば、必ず手を貸してあげよう」
「ありがとうございます、キングさん!」
私はキングさんにお礼を伝えて、聞きたかったことを尋ねてみる。
「ところで、このキラーガーデンの神様ってどんな方なんですか?」
「ふむ。キラーガーデンを作った神だとは聞いているけれど、詳しいことは私も知らないんだ。ライトオーダーならば、何かを知っているだろうね」
レディさんから聞いた話では、キングさんは神様を殺そうとしていた。彼ほどの人が、殺す相手のことを何も知らないとは思えない。まだ何か隠していることがありそうだ。私が口を開く前に、オールさんがキングさんに問いかける。
「チェックキング、お前は何を隠している。何故、神と小雪の裁判が関係していると思った」
「ふふっ、隠し事はお互い様だろう?」
そう言って、キングさんは余裕を見せつけるように微笑んだ。オールさんは苛立たしげに舌打ちをして、机に肘を置くのだった。
「チッ……」
オールさんの舌打ちを聞いて、レディさんが口を開いた。
「落ち着きなよ、オールくん。とにかく、裁判の日を待つしかないね。日付が書かれていないのが気になるけど、早めに正罪地区に行った方が良さそう」
確かにあの手紙には正確な日付は書かれていなかった。とても怪しいけれど、キングさんも反応しているということは、手紙自体は本物なのだろう。私はキングさんの方を見て尋ねる。
「出発はいつにしますか?」
「明日の朝には出発しよう。到着が遅いと言われて、裁判を不利にするわけにはいかないからね」
私はキングさんの言葉に納得して頷く。やはり、彼は頼れる人だと思う。キングさんが怒鳴ったり、暴力を振るうイメージが出来ない。だから、どうしても私は彼を疑いきれないのだ。
「キングさん、裁判の前にお姉ちゃんとお話をすることは出来ませんか?」
「それは難しいね。彼女はきっと、正罪地区で保護されているだろう。ライトオーダーが君たちを会わせるとは思えない」
「そうですか……」
私は落ち込みつつも、彼が保護という言葉を使ってくれたことに少し安心していた。酷い扱いを受けていないことを私は祈ることしかできない。
◇
会議が終わって、私は自室のベッドの上にいた。中々眠れなくてぼんやりと天井を見つめる。私は意識を集中させて、昔の記憶を思い出そうとしていた。
「お姉ちゃん……美優お姉ちゃん……」
名前を呼んでみると、顔だけが鮮明に思い浮かぶ。私には小さい頃の記憶はほとんどない。記憶の始まりは、高校生一年生の時だった。入学式の日に、可愛らしい女の子と友達になれた。彼女とは、とても仲良くなって、一緒にあの金ピカの小判を買ったのだ。
「あれ……お姉ちゃんとの思い出が……ない?」
思い出そうとすればするほどに、記憶は薄れていく。無理やり思い出そうと頭を叩いたら、凄まじい眠気に襲われた。私はそのまま意識を放り投げて眠りにつく。
『お姉ちゃん、どうしたの? お顔が赤いよ?』
私が6歳でお姉ちゃんが8歳の頃の話だ。お姉ちゃんの顔はいつも赤かった。頬を赤らめて、彼女はいつも私に微笑みかけるのだ。
『お姉ちゃん、どうしたの? そんなに抱きしめられたら痛いよ?』
お姉ちゃんはよく、私を痛いくらいに抱きしめてくれていた。彼女は力加減が苦手で、私はいつも泣きそうになりながら、抱きしめ返していたのだ。
魔法が——
とけてしまう。
『お姉ちゃん、お姉ちゃん……痛いね……』
お姉ちゃんの頬は殴られて赤く腫れていた。お姉ちゃんはいつもどんな時でも、私を庇ってくれていた。私の両親は、私とお姉ちゃんを暴力で支配していた。
『大丈夫、大丈夫、大丈夫……三回唱えれば、いつも通りの自分になれる』
魔法の言葉は三回唱える。そうすれば、全て誤魔化せる。この魔法を教えてくれたのは、美優お姉ちゃんだった。私はいつも彼女に守られていた。それなのに、私はずっと彼女を忘れていたんだ。
『お姉ちゃんに会いたいなぁ』
きっと目が覚めたら、私はこのことを忘れているのだろう。お姉ちゃんとの思い出がないのは、辛い記憶を閉じ込めるためだ。私は全部わかった上で、忘れることを選んでいた。
『ごめんね、お姉ちゃん……』
『大丈夫。私はお姉ちゃんだから、小雪を守るよ。ねえ、小雪、これは……だからね』
桃色の可愛らしいノートを見せて、お姉ちゃんは笑っていた。赤く晴れた頬も、手足のアザも、痛々しい笑顔も、全部が辛くて私は目を背けた。ノートを見せながら、お姉ちゃんはなんて言ってたのかな。




