第29話 断頭台への招待状
おはようございます。小雪です。朝に目が覚めて、枕元を見たら手紙が置かれていました。今度は誰が不法侵入してきたのでしょうか。真っ白な封筒の裏側を見ると、綺麗な文字で差出人の名前が書かれている。
「えっと、差出人は……正罪地区、最高治安法院長ペインメランコリー。え! ペインメランコリー!?」
ペインメランコリーさんの名前を読み上げた瞬間、私は手紙を落としそうになった。手紙の中身を確認してみると、そこには姉の名前が書かれていた。私は目を凝らして、文字を読んでいく。
「宣告、被疑者の罪状は不法滞在である。直ちに正罪地区・最高治安法院への出頭を命ずる。なお、本件の証人には天音美優を指定する。また、法廷には正罪地区並びに神言地区の地区長の列席が定められている。出頭命令の拒否は、いかなる場合においても神への反逆罪とみなす」
最後まで読み上げた私は、ただ呆然と手紙を持ったまま固まっていた。お姉ちゃんが私の裁判の証人で、私は不法滞在者として裁判にかけられるらしい。最後まで読んだが、私の脳は完全に理解を拒んでいた。
「いたっ! あれ……お姉ちゃんはどんな顔をしていたっけ?」
お姉ちゃんの事を思い出そうとした瞬間に、酷い頭痛に襲われる。霧がかかったように、彼女の顔が思い出せなくなった。不安に駆られて、私は胸元を強く掴む。
「大丈夫、大丈夫。とりあえず、オールさん達に相談してみよう……」
何度も自分に言い聞かせて、深呼吸を繰り返した。ベッドから降りて、私はオールさんの部屋を目指す。長い廊下の曲がり角で、長身の人影にぶつかりそうになった。後ろに倒れかけた所を、大きな手が私の背中に回って抱き寄せられる。
「わっ! ごめんなさい!」
「いえ……構いませんよ」
顔を上げると、ジェントルさんが立っていた。予想外の相手に私は無意識に目を見開いてしまう。その瞬間、いつものジェントルさんの被害申告が始まった。
「あーあ、また目を開いてますね。どうせ、僕みたいなクズに触られて気持ち悪いとか思ったんでしょう。そうやって、直ぐにみんな僕を拒絶するんだ。これは立派な僕への精神攻撃ですよ。正当防衛で僕もあなたに攻撃してもいいですよね」
「ジェントルさんは気持ち悪くないですよ。良い匂いがするので、抱きしめられても不快感がないです!」
彼の白いスーツの胸元からは、上品なローズの少しくせのある香りがした。ジェントルさんは無表情のまま淡々とした声で話す。
「はぁ……そうですか。わざわざ僕の匂いに言及するということは、僕の匂いが気になったということですね。褒め言葉を言いながら心の中では貶しているんでしょう。僕は傷つきました。これは立派な僕への攻撃ですね」
「わあ……何を言っても無駄みたい……」
遠い目をしていると、ジェントルさんが私の右手に視線を向けた。彼は私の持っている手紙を見て、警戒したように目を細める。
「その手紙は何ですか?」
「あっ、そうだ。これ、正罪地区のペインメランコリーさんからの手紙なんです! オールさん達に相談しに行こうとしていたんです」
「そうですか。僕はキング様にご報告します。その手紙の件は、全員で話した方が良いでしょう。後でオールナイフ達と会議室に来てください」
そう言って、彼は優雅に一礼をして立ち去った。思っていたよりも、ジェントルさんはちゃんと会話が出来る人のようだ。私は手紙を持って、オールさんの部屋へと再び歩き出した。
◇
オールさんの部屋にはソリさんとレディさん、ウルさんも集まっている。天守地区の五人で手紙の内容を確認すると、オールさんは厳しい顔で手紙を睨みつけていた。
「天音、美優か……」
「オールさん、やっぱり何か知ってるんじゃないですか?」
昨日見た夢のことを思い出す。私は、あれが単なる夢とは思えなかった。私はきっと、キラーガーデンに来たことがある。私が覚えていないだけで、オールさんと何度も会っているのだ。
「オールさん、教えてください。私とお姉ちゃんは本当にキラーガーデンに行っていたんですか」
彼は眉を寄せて、気まずそうに顔を背ける。ソリさんとレディさんは静かに見守っていた。
「はぁ……そうだ。お前たちは夢だと思っていたようだが、お前も美優もキラーガーデンに実際に来ていた」
「やっぱり……そうだったんですね。でも、どうして私は覚えていないのでしょうか」
私が不思議に思って首を傾げていると、レディさんが少し低めの声で呟く。
「答えは君自身の心にあるだろうね……」
「レディさん……?」
「人は忘れたいことを、意図的に無かったことにしようとする。心理学で言うところの防衛機制というやつだね」
頭の中が一瞬で白く塗りつぶされるような感覚がした。視界が歪んで、倒れそうになったところをソリさんに受け止められる。
「小雪、頭が痛いのか」
「大丈夫、です……」
ソリさんに体を預けて、私は何とか立つことが出来ていた。荒い呼吸を繰り返す私を、ソリさんが背中を撫でて落ち着かせてくれる。霞む視界の中で、ウルさんがレディさんに怒鳴りつける声が聞こえた。
「てめぇ、どういうつもりだ! レディリヴァー!」
「落ち着け、バッドウルフ」
今にもハンマーを振りかざしそうなウルさんを、オールさんが間に入って落ち着かせる。レディさんは温度のない声で、淡々と言い放った。
「僕は事実を言っただけだよ。実際に小雪ちゃんは、記憶を意図的に閉じ込めているよね?」
レディさんの方を見ると、酷く冷めた無表情でオールさんを見つめていた。金色の片目は睨みつけるように、細まっている。
「レディ、いい加減にしろ」
「っ……」
オールさんの鋭い一声で、レディさんは息を飲む。レディさんの跳ねた肩が、怯えたように強ばるのが見えた。
「レディリヴァー、お前は誰かを傷つけて平然とできる奴じゃないだろ。謝りたいなら、いま謝っておけ」
「ごめん……」
レディさんは泣き出しそうな顔で、オールさんに謝罪した。彼はゆっくりとこちらへ来て、私を抱きしめているソリさんの腕に触れる。
「ごめんね、小雪ちゃん。言い訳はしないよ。本当にごめん」
「大丈夫ですよ。レディさんは大事なことを教えてくれました。あなたのおかげで、私は自分の秘密に気づくことが出来ましたから」
私はそう言って、レディさんに笑いかけた。レディさんがハッキリと言ってくれたおかげで、私は自分の抱えている問題に気づけた。私は記憶がないのではなく、意図的に封じ込めたのだ。
「ありがとう、小雪ちゃん」
レディさんは眉を下げて、私に微笑み返す。オールさんとのやり取りを見て、私は改めてレディさんが悪い人ではないと確信した。レディさんと仲直りしたところで、私はソリさんの方へ顔を向けて、気になっていたことを尋ねた。
「ところで、ソリさんは私とお姉ちゃんに会ったことないですよね?」
「ないな」
ソリさんは短く答える。やはり、彼とは面識がないようだ。私は同じように、ウルさんとレディさんにも聞いてみる。
「ウルさんとレディさんはどうですか?」
「全くねぇよ」
「まあ、そうですよね。ウルさんの場合は、絶対に初対面の時に顔に出そうです」
私は一人で納得して頷く。レディさんの方へ顔を向けると、彼は儚げに微笑んでいた。
「レディさん? 大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。僕も君と会ったことはないよ。僕はずっと……チェックキングの屋敷に閉じ込められていたからね」
そう言って、彼は自身の左目につけられた眼帯に触れる。キングさんの側近の三人は、黒地に赤いバツ印がついた眼帯を右目につけている。けれど、キングさんは右目に、レディさんは左目に無地の黒い眼帯をつけていた。私はレディさんの眼帯に意味がないとは思えなかった。
「レディさんは……いえ、やっぱり何でもないです」
キングさんと何があったのか聞こうとして、私は口を閉ざした。先程仲直りしたばかりなのに、余計な詮索をするべきではないと思ったのだ。それに、聞き出すことでレディさんを傷付けるなら、私は何も知らないままでいる方が良い。
「僕の過去が知りたいんだね。まあ、当たり前かな。だって、僕はあの男の弟子だったんだから……」
レディさんは苦しげに眉を寄せて、何度も眼帯に触れている。それを見たオールさんは、軽くレディさんの肩に触れた。
「無理をするな、レディ」
「ううん、大丈夫。ちゃんと話すよ。これから、チェックキング達と会議があるからね。その前に話しておきたいんだ。小雪ちゃんは、僕がチェックキングの弟子だってことしか知らない。それだと、小雪ちゃんも……それにバッドウルフくんも僕を完全には信用できないでしょ?」
レディさんはそう言って、ゆっくりと眼帯から手を離す。彼は自身の胸元に手を当てて、息を吐き出しながら口を開いた。




