第28話 近づく距離
朝食を食べ終わると、天守地区組と覇牢地区組の人達が会議をすることになった。白いテーブルクロスの敷かれた長机の向かい側にはオールさんが座っている。彼は机に肘をつきながら、いつもの軽い口調で話しかけてくる。
「小雪、会議が終わったら話したいことがある。お前の部屋に行ってもいいか?」
「話ですか? 良いですよ」
私は快く頷いてから自室に戻った。一人でベッドの上に寝転がると、連日の疲れからか眠気に襲われてしまう。微睡む意識の中で、瞬きを繰り返すと真ん丸な黒い瞳が見えた。
「あ、起きた。小雪は夢の中でも寝てるんだね 」
「お姉ちゃん……?」
真ん丸な黒い瞳、少し跳ねた黒い三つ編みの少女。年齢は10歳くらいだけど、見覚えのある姿は私の姉の美優だ。
「ここはどこ?」
「どこって……キラーガーデンでしょ?」
「え……どういうこと?」
話が噛み合わなくて、私は周囲を見回した。廃墟らしき場所で私とお姉ちゃんは瓦礫の上に座っている。
「いつもの夢だよ。ほら、もうすぐオールも来るんだから、しっかりしなよ〜」
「オールさんが来る?」
唖然としていると、壊れかけのドアをこじ開けて、茶髪の少年が部屋に入ってきた。手には錆びたナイフを持っており、薄汚れた白いシャツには所々赤い染みがある。
「待たせたか?」
「ううん、大丈夫! 気にしないで。私達もいつここに来るかは不定期だからさ」
茶髪の少年とお姉ちゃんは普通に会話をしている。この少年がオールさんなのだろうか。呆然と幼いオールさんを見つめていると、彼が私の視線に気づいた。
「小雪、どうした?」
「あ、えっと……何でもないです」
「何で急に敬語なんだよ……」
オールさんは少し不満そうに眉を寄せる。その瞬間に、お姉ちゃんが会話に混ざりこんできた。
「それよりさ、今日は怪我をしていないよね? この前は血まみれで来たから、私達すっごくビックリしたんだからね!」
「今日は大丈夫だ。この前は……悪かったな。仕事で失敗しちまったんだよ」
そう言って、オールさんは気まずそうに顔を背けた。姉が10歳くらいだから、年齢は恐らく私と同じ8歳だ。この頃からトラジェファミリーにいたのかな。
「小雪、今日は口数が少ないな。何かあったのか?」
「何でもないよ! その……オールさんの仕事は何だろうって気になっただけ」
オールさんは私の目を真剣な顔で見つめてくる。何となく気まずくなって目を逸らしてしまった。
「嘘が下手だな。まあいい。俺の仕事は要人の暗殺だ。子供の方が油断する奴は多いからな。案外、俺みたいなガキでも仕事は回ってくるもんだ」
彼はナイフの刃先を指で弄りながら、退屈そうに話す。思っていたよりも重たい話に、私はどう返事をするべきか迷ってしまう。お姉ちゃんの方を見ると、満足げに笑っていた。
「ふふっ……」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「オールなら小雪を守ってくれそうだと思ったの!」
お姉ちゃんの言っている意味が分からなくて小首を傾げる。オールさんの方を見ると、彼はいつの間にか私の目の前に立っていた。
「小雪、お前は俺が守ってやる。だから、この先なにがあっても諦めんなよ。いつか、絶対に俺がお前を迎えに行くからな」
「え……」
私は訳が分からなくて、困惑し続けている。今、見ている景色は夢なのだろうか。オールさんの言葉に返事を出来ずにいると、彼はお姉ちゃん方を向いた。
「美優、お前もだ。自分を犠牲にすることばっかり考えんな。お前が自分を大事にしないなら、俺がお前を家族として守る」
オールさんの言葉にお姉ちゃんは目を見開いて固まってしまう。お姉ちゃんは泣き出しそうな顔で、俯きながらポツリと呟いた。
「これが全て現実だったら、どれだけ良かったことか……」
「お前は……チッ、今はそういうことにしておいてやるよ」
オールさんは少し悲しげに舌打ちをした。二人にまだ話したいことがあるのに、段々と意識が遠のいていく。二人の話し声が途切れ始めると、オールさんが私の手を握って話しかけてきた。
「……がなくても、俺は……からな」
彼の真っ赤な炎みたいな瞳だけが、やけにはっきりと見える。私は深い眠りへと落ちていく。最後の言葉は聞き取れなかったけれど、力強くて優しい声だったことは分かる。微睡む意識から覚醒した時に見えたのは、オールさんの深紅の瞳だった。
「起きたか? 随分と気持ちよさそうだったな」
「不法侵入ですよ、大人オールさん」
「なんだよ、大人オールって……」
当たり前のように私の部屋に入ってきて、当たり前のように私のベッドの横に立っているオールさん。この世界の人は基本的にノックをしないのだろうか。
「子供の頃の夢を見ていました。何故か、ちっちゃいオールさんもいましたよ」
「そうか……どんな夢だった?」
「ちっちゃいオールさんが、私とお姉ちゃんを守るって言ってくれました」
夢で見たことを素直に話すと、オールさんは無言で私の頭を強めに撫で回してきた。
「わっ! 何するんですか!?」
「何でもねぇよ……」
彼は少し不機嫌そうに眉を寄せて、重々しいため息をついた。私は少し不思議に思って、彼に問いかける。
「私たち、子供の頃に会いましたか?」
「さあな……」
曖昧に返答を濁すオールさんに、私は瞬きを繰り返して彼を見つめる。
「実は私、子供の頃の記憶がほとんどないんですよね。オールさんが何か関係してたりとか……まさかね」
珍しくあまり笑わないオールさんに、私は乾いた笑い声で誤魔化そうとした。彼はベッドに上がってきて、私との距離を詰める。座り込む私の手に、オールさんが軽く右手を重ねてきた。弱々しい繊細な触れ方に、私は逆に戸惑ってしまう。
「小雪、お前はまだ俺が怖いか? 朱流病院での事を、俺はまだ悪かったと思ってる。だから、嫌ならこの手を振りほどいてくれ」
どこか縋るような瞳で私を見つめるオールさん。けれど、彼は重ねた手に力を込めない。
「もう、怖くないですよ。あの時の事を忘れた訳ではありません。それでも、私はもう一度オールさんの事を信じたいです」
あの日の事を忘れたわけではない。恐怖が完全に消えたわけではないけれど、今のオールさんならきっと大丈夫だと思う。だから、私は彼の手をそっと握り返した。
「小雪……俺はお前に辛い思いをさせたくない。だが、同時にお前を縛り付ける気もない。だから、せめて泣く時は俺のそばで泣け。慰める時だけは、絶対にそばに居たい」
「オールさん……ありがとうございます。オールさんのそういう所、私は好きですよ!」
私が笑いかけると、彼は少しだけ辛そうに微笑み返してきた。真っ直ぐな赤い瞳を細めて、オールさんは口を開く。
「ああ、俺も……お前が好きだ……」
オールさんはそう言って、また乱暴に私の頭を撫でる。彼の好意の種類を私はまだ見分けられなかった。
◇
オールさんが部屋から出て行った後、私は特に意味もなく廊下を歩いていた。油断していた私は、ドゥームさんと出くわしてしまう。彼は選択肢を間違えると、本気で殺しにかかってくるので、中々に相手をするのが大変な人だ。
「あ! 小雪ちゃんだぁ!」
「ドゥームさん、こんにちは」
ドゥームさんは可愛らしい微笑みを浮かべながら、私の傍に近寄ってきた。彼の笑顔は幼気な愛らしさがあって、レディさんに似ている気がする。
「ドゥームさんは、レディさんとオールさんのことをあまり知らないんですか?」
「全然知らないよぉ。だって、オールナイフは初代ボスの僕のお父様と仲が悪かったからね。レディリヴァーの事はもっと知らないねぇ。キング様は、あいつのことを大事に隠してからさぁ」
ドゥームさんは昔のオールさんとレディさんを知らないらしい。そういえば、ソリさんとはお話できたのだろうか。二人は一度、きちんと話し合った方が良いと思う。そんなことを考えていたせいだろうか。偶然、ソリさんが廊下の向かい側から歩いてくるのが見えた。
「あ〜! マックスソリチュードだ! 嫌な感じ〜!」
「わわっ! 露骨すぎますよ、ドゥームさん!」
私が慌ててドゥームさんの口を塞ぐ。恐る恐るソリさんの方を伺うと、意外にも冷静な無表情で、ドゥームさんを見つめていた。ドゥームさんは、私の手を口元から外す。
「ばーか! ばーか! マックスソリチュードのばーか!」
ドゥームさんは、ソリさんの背中を軽く叩き始めた。ソリさんは抵抗することなく、されるがままになっている。私が唖然としていると、ソリさんはため息をつきながら口を開く。
「会議の後に、少しだけドゥームロックと話した」
ソリさんは背中を叩かれたまま、呆れたようにドゥームさんを一瞥した。ドゥームさんは、ほんの少しだけ以前よりも柔らかい声を出す。
「うん。マックスソリチュードの事情をちゃんと聞いたよぉ。それでも、絶対に許さないけどねぇ。まあ、嫌いではあるけど、もう憎くはないかなぁ」
「俺もお前のことは嫌いだ。だが……同盟相手としては認めている」
二人はいつの間にか、ちゃんと話し合っていたようだ。負の感情が完全に消えたわけではないだろう。それでも、お互いに歩み寄ろうとしているのだ。軽口を叩き合う二人に、私は安堵の息をこぼした。




