第27話 たまご事変
翌朝、私はキングさんから与えられた自室のベッドで目を覚ました。ウルさんはあの後すぐに寝てくれたので、宣言通りにきちんと自室に戻って寝たのだ。
「ウルさん、もう起きてるかなぁ……」
ベッドから降りて、早速ウルさんの様子を見に行く。扉を数回ノックすると、彼はドアを開けてくれた。
「おはようございます、ウルさん。体調はどうですか?」
「問題ねぇよ。俺はそんなにヤワじゃねぇ」
ウルさんが、いつも通りの口調に戻っていて少し安心する。顔色も昨日よりかは幾分か良くなっているように見えた。
「小雪、バッドウルフ、起きたんだな」
廊下の左側から、オールさんが挨拶代わりに手を上げて、こちらへ歩いてくる。彼の両隣にはソリさんとレディさんがいた。
「わにわに! おはよう! 小雪ちゃん、バッドウルフくん!」
「わにわに! おはようございます、レディさん! ソリさんとオールさんもおはようございます」
レディさんが元気よく挨拶をしてきたので、私も笑顔で挨拶を返す。朝のこういうやり取りは、気持ちの整理をつけるために必要なことだと思う。レディさんは返事を返さないウルさんに絡みに行く。
「バッドウルフくん、おはよー!」
「うおっ! やめろっ、頭を撫でんじゃねぇよ!」
頭を撫で回してくるレディさんに、ウルさんは嫌そうな顔で舌打ちをした。
「チッ……俺は部屋に戻るからな!」
そう言って、ウルさんは勢いよく部屋の扉を閉めた。その瞬間、レディさんの顔が険しいものになる。
「危ういね……」
「レディさん、それはどういう意味ですか?」
私は不安になって、レディさんの白衣の袖を掴む。レディさんはため息をつきながら口を開いた。
「バッドウルフくんは、いま精神的にかなり不安定だ。何か気分転換をさせてあげたいところではあるけど……」
「キングさんにお願いしたら、外出の許可をもらえませんかね?」
外に出れば、何か刺激があるかもしれない。そう思って、提案しただけなのに、オールさんから強い視線を感じた。
「何で外に行くのに、チェックキングから許可をもらう必要があるんだ?」
「え? それは……このタワーがキングさんのものだから、一応許可は必要かなって……」
「一言だけ、ソリッドビターにでも言っておくだけで十分だろ。わざわざ、許可を取る必要はねぇよ」
オールさんの言葉に私は考え込む。確かに出かけることだけ伝えておけば、許可まで取る必要はないかもしれない。納得して顔を上げると、ソリさんが廊下の壁際にある彫像へ視線を向けていた。
「おい、いつまで隠れているつもりだ」
「あちゃー、バレてたか!」
「本気ではなかっただろう」
彫像の影から出てきたのはビターさんだった。彼女はソリさんの言葉を、曖昧に微笑んで誤魔化す。
「外出だよね! 許可は出せないなぁ。だって、ほら……昨日ペインメランコリーに襲われたばかりだしね」
そう言って、彼女は扇子で顔を隠しながら、視線をウルさんの部屋に向ける。その言葉と仕草で、私はパペットさんを思い出して胸が痛くなった。
「お前の許可は求めてねぇよ」
「それは困るなぁ……」
オールさんとビターさんが互いに冷たい視線を送り合う。レディさんとソリさんは静観していて止める気は無さそうだった。私は勢いよく、右手を上げて声を出す。
「はい! 私から一言いいですか! わに先生のお料理教室がしたいです!」
「うん?」
ビターさんが目を見開いて固まる。その場にいる全員の視線が突き刺さった。しかし、私はここで引くわけにはいかないのだ。外に行かずに、ウルさんの気分転換をする方法は一つしかない。
「わに先生! よろしくお願いします!」
「良いよ! そういえば、前に約束してたね!」
頭を下げてお願いすれば、レディさんは快く引き受けてくれた。オールさんとソリさんは、二人同時にため息をつく。
「うーん。まだ許可を出してないんだけど……まあ、いいか」
ビターさんが諦めたような声を出した瞬間に、私は小さくガッツポーズを決めた。
◇
ウルさんは文句を言いつつも、結局キッチンには来てくれた。やはり、彼も誰かと居たいと思っていたのかもしれない。
「わにゃ! それじゃあ、みんなでチャーハンを作ろうね!」
レディさんが赤地に黒いワニが描かれたエプロンをつけて、明るくみんなに声をかける。
「朝からチャーハンですか。あまりにも重すぎますね。これは僕のお腹への攻撃ですよ。同盟を結んだのにそういうことをするんですね」
「はいはい。黙ろうね、ジェントル」
長文で被害を訴えるジェントルさんと素早く彼の頭を扇子で叩くビターさん。さらに、そこへドゥームさんが参戦し始める。
「うわあああん!! 酷いよぉ!! 何でマックスソリチュードがいるのぉ!!」
「チッ……うるせぇぞ! ドゥームロック!」
ウルさんが噛み付くと、ドゥームさんがさらに泣き始めた。因縁の相手なのに、手を出さずに我慢しているウルさんは凄い。正直に言うと、ビターさんがジェントルさんとドゥームさんを連れてきた時はかなり焦った。だが、ウルさんは舌打ちをしただけで終わらせたのだ。
「メンバーが濃いな。ソリ、大丈夫か?」
「俺は問題ない」
オールさんが肩に手を置くと、ソリさんは軽く頷く。改めて考えると、このメンバーでお料理教室をするのは、異常事態かもしれない。でも、ドゥームさんまで連れてきたのはビターさんだから、私は悪くないと思う。
「みんな、自分の役割は覚えているよね? それじゃあ、持ち場についてね!」
レディさんの言葉で全員が移動する。私はウルさんと卵を割る係だ。私だけ、いつも卵と縁があるのは何故だろうか。
「卵を割るのは簡単ですよね。私はいつも卵焼きを作っているので、得意なんですよ!」
「おい……」
片手で卵を割りながら、ウルさんの方を見る。彼は床に卵を落として、困ったような顔でこちらを見ていた。
「あ、えっと……大丈夫です! まだ予備の卵はありますから!」
そう言って、私は両手に卵を持ってアピールした。しかし、落ちた卵をそのままにしていたせいで、歩いてきたドゥームさんが転んでしまう。
「うわあああ!!」
叫び声を上げて、派手に転ぶドゥームさん。そしてドゥームさんが持っていたキャベツが、私に襲いかかってくる。
「わあっ!!」
驚いた私は、咄嗟に両手の卵を放り投げてしまった。片方が、人参を切っていたジェントルさんの方へ飛んでいく。
「何ですか!? 僕への攻撃ですね!!」
彼は自身の武器であるビリヤードのキューで卵を弾き飛ばす。ジェントルさんに飛ばされた卵は、何かを温めるために開かれていた電子レンジの方へ飛んでいった。
「あ、すごく嫌な予感がする……」
「奇遇だな……俺もだ……」
思わず口から出た言葉に、ウルさんも同意してきた。そして、何も知らないレディさんが、電子レンジで生卵を温め始める。
次の瞬間——
電子レンジが爆発した。
「えええ!! 何で!!」
レディさんが悲鳴をあげて、混乱し始める。真っ先に動いたのはオールさんだった。
「レディ、ソリ!! 消化器を探すぞ!!」
大慌てで、レディさん、オールさん、ソリさんが消火活動を始める。私はウルさんの背中に隠れて、何も聞こえないフリをしていた。
「これ……私のせいですかね?」
「知らねぇよ……」
二人でため息をついて、ふとキッチンの出入口を見る。すると、キングさんが顔面についた生卵をハンカチで拭いていた。
「あっ! さっきの飛んで行った二個目の卵!!」
私は先程の卵を思い出して声をあげる。キングさんの微笑みがいつも以上に美しく見えるのは気のせいだろうか。
「ふふっ、扇子で生卵を私の方へ飛ばしたのはビターだね?」
キングさんの言葉を聞いた瞬間に、凄まじい勢いでビターさんが顔を背ける。明らかに泳いでいる目のせいで、犯人はすぐに分かってしまう。
「ビター?」
「すみませんでした……」
扇子で顔を隠しながら、ビターさんは冷や汗を流している。キングさんは、感情の読めない微笑みを浮かべていた。
「んふっ……キングさんの顔に生卵……眼帯がフライパンに見えてきた……」
思わず吹き出してしまうと、隣にいるウルさんが笑い始めた。彼は口元を手で覆って、肩を震わせている。
「お前、今のは絶対に本人に言うなよっ!」
「でも、フライパンって黒いじゃないですか」
必死に笑いを堪えるウルさん。彼が笑ってくれたのを見て、私は少しだけ安心した。
「ありがとう、フライパン眼帯おじさん……」
「馬鹿っ! 追撃、やめろよっ」
ついに楽しそうに口元を緩めたウルさん。消火活動してるオールさん、ソリさん、レディさんの天守地区組。そして、キングさんに怒られているドゥームさん、ジェントルさん、ビターさんの覇牢組。色々と不安はあるけれど、今だけは平和だと思えるのが救いだった。




