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第26話 犠牲が生んだ同盟

ペインメランコリーさんが立ち去ったあと、私達はトラジェファミリーの迎えの車に乗ってタワーへと向かった。パペットさんに肩を貸して、ウルさんと彼を支えながら歩く。ウルさんはパペットさんが意識を失わないように何度も声をかけ続けていた。


「パペット様っ、もう少しです。絶対に助かりますから!」


「ウルさんっ! レディさんがいます!」

 

キングさんのタワーの入口前で、オールさんとソリさん、レディさんが待機していた。レディさんは医療器具を持ってこちらへ走ってくる。


「レディさんっ! パペットさんが頭を殴られたんです!」


「怪我をしたところを見せて!」


レディさんはパペットさんの出血を見て、静かに息を飲んだ。私の腕の中で、パペットさんの呼吸は浅くなっていく。レディさんの表情を見て、彼が助からないことを嫌でも察してしまう。ウルさんはレディさんの胸ぐらを掴んで怒鳴りつけた。


「レディリヴァー! 何してんだよ、医者だろ! 何とかしろよ!」


「ごめんね……」


ただ目を伏せて、唇を噛み締めるレディさん。ウルさんは目を見開いて、拳を握りしめる。


「クソッ……ふざんけんなよ。有り得ねぇ。パペット様が、あんな奴のせいで死ぬなんて有り得ねぇだろ!」

 

ウルさんは拳を振り上げて、レディさんを殴ろうとした。レディさんが受け入れるように目を閉じる。

 

「うる……やめなよ……」


拳が当たる直前に、パペットさんが弱々しい声でウルさんを止めた。縋り付くように、ウルさんはパペットさんの赤い軍服の胸元に触れた。


「置いていかないでください。お願いします……おねがい、します……」


「うる、けがをさせて、ごめんね……」


「あやまらないでくださいよっ! あなたはいつだって、つよくて、れいこくで……あやまったことなんて、ないでしょう……」


涙を隠すことなく、ウルさんは泣いていた。必死に軍服を掴むウルさんを、パペットさんは優しい目で見つめていた。


「うる、こゆきを……まもって、ね……」

 

パペットさんの閉じかけている目元にそっと触れる。パペットさんは掠れた声で鼻歌を口ずさんだ。


「ふ、ん……ふふん……」


「ぱぺっと、さま……」


鼻歌を口ずさむパペットさんは、穏やかで優しい微笑みを浮かべていた。見たことがない彼の微笑みに、私は息を飲んでしまう。涙が止まらないのはウルさんだけではない。アンノウンさんの件を、パペットさんは結局最後まで謝らなかった。それでも、私はもう彼のことを嫌いだなんて言えない。


「ふ、ふん……ふふ、ん……」

 

彼の鼻歌を邪魔しないように、誰も声を出さなくなる。ただ、私とウルさんのすすり泣く声だけは消せなかった。


「ふ、ふん……ふ……ん……」


完全に瞼が閉じて、パペットさんの体が光に包まれていく。ウルさんは声を荒らげながら、何度もパペットさんの名前を呼んだ。


「パペットさま……パペットさま!! パペットさまっ!!」


ウルさんは光の粒を、両手で掴んで集めようとする。完全に消えてしまうまで、彼は諦めずに光を追い続けていた。私はただ唖然と軽くなってしまった両腕を眺める。パペットさんが私を庇って死んでしまった事実は、私の中に消えない痛みを増やした。


◇


キングさんの部屋に全員が集合している。部屋の中央の黒いソファにレディさんとキングさんが向かい合って座っていた。天守地区の人はレディさんの後ろに、覇牢地区の人はキングさんの背後に控えている。重苦しい空気の中、まず最初にキングさんが口を開いた。


「天守地区と覇牢地区は同盟を結ぶ、ということでいいのかな?」


「全て君の思い通りだね、チェックキング」


キングさんの対面に座っているレディさんが冷めた声で呟く。彼はキングさんの方を見ようともしなかった。


「天守地区第四位レディリヴァーが、代理地区長として同盟に承諾するよ」


「ふふっ、冷たいね。もう、覇王様とは呼んでくれないのかな?」


「十数年前の話をしないでよ。僕はもう子供じゃない。おとぎ話を信じていたあの頃とは違うんだ」


鋭く睨みつけるレディさんとは反対に、キングさんはどこまでも柔らかく微笑んでいる。


「君は昔から賢い子だったね。私が居なくても、天守地区の四位まで上り詰めた。そして、いま私と対等に同盟を組んでくれている」


「絶対に破滅させてやる……」


「ふふっ……その時はまた這い上がるだけさ、私の可愛いレディ。君は私に勝ちたいんだろう。だが、千の道の中から君が選ぶのは、私が作った道だ。自由になれたと思っているのならば、千の道が全て私が用意してあげた道だったのだと教えてあげよう」


レディさんの鋭い殺気混じりの視線をキングさんは受け流す。涼しげな顔で、彼は足を組み替えた。


「愚かで愛しいレディ。私が与えた知識、私が与えた思想、君は本当に自分で考えられているのかな?」


「黙りなよっ……」


キングさんの言葉にレディさんが立ち上がりそうになる。その瞬間、オールさんがレディさんの肩を押さえ込んだ。


「落ち着け、レディ。チェックキングのペースに呑まれるな」


「ふぅ……ありがとう、オールくん」

 

レディさんは深く息を吐き出して、自分を落ち着かせようとする。それを見て、キングさんはまた楽しげにくすりと笑みを零した。

 

「チェックキング、無駄話はやめよう。僕たちは同盟の話をしていたんだからね」


「ふふっ……そうだね。ライトオーダーの話をしようか」

 

彼は完全にキングさんに、会話の主導権を握られてしまっているように見える。レディさんは話の内容を逸らそうとして、最後には会話の内容までキングさんに決められていたからだ。


「ウルさん……」

 

レディさんは心配だが、彼のそばにはオールさんとソリさんがいる。私は少し離れた位置で、壁によりかかっているウルさんを見つけた。一瞬だけレディさん達の方を見てから、ゆっくりと彼の方へ歩き出す。


「ウルさん……わたし、」


「絶対に謝るなよ。謝ったら、俺はお前を恨みたくなる」


謝罪の言葉を遮られて、私はその場に立ち尽くす。何も言えないまま、立ち去ろうとしたら、手首を掴まれた。


「行くな……ああ、クソッ。俺はどうしたらいい」


「ウルさん……」


「お前が憎い。憎いのに、俺にはもうお前しかいない。お前まで失ったら、俺は生きられない。どこにも行かないでくれ、小雪」


私を引き止める彼の手には、全く力が込められていない。泣き出しそうな顔で、ウルさんは私の手を軽く引き寄せた。


「どこにも行きませんよ。私はウルさんのそばにいます」


「ごめんな、ごめん……俺が弱かったせいなのに……」


小さく謝り続ける彼の手を、私はそっと握りしめる。そうして、しばらく黙っているとオールさんとソリさんが近づいてきた。オールさんは、私とウルさんの繋がれた手を見て顔をしかめる。


「小雪、お前は何でも受け入れすぎだ。突き放すことを覚えねぇと、自分が潰されるぞ」


「何でもかんでも受け入れている訳ではないですよ。一応、自分で選んでいます」


冷たく目を細めて、オールさんはウルさんを睨みつけている。いつもなら噛み付くウルさんは、今回は何も言えずに黙り込んでいた。ソリさんが軽くオールさんの肩を叩く。


「オール、見ないフリをしてやれ」


「チッ……お前も甘いんだよ」


オールさんは忌々しげに舌打ちをして、背を向けてしまった。やけに冷たい態度をとる彼に、私は困惑してしまう。


「そんなんだから、利用されるんだよ……」


聞こえてきた声に眉を寄せる。言葉の意味を理解できずにいると、キングさんがこちらへ歩いてきた。彼は私の方を見て、ふわりと優しく微笑んだ。


「今日は疲れてしまっただろう? 部屋でゆっくりと休むといい。もちろん君の部屋の隣は、バッドウルフが使って構わないよ」


「ありがとうございます……」


私は軽く頭を下げて、ウルさんの手を引いて部屋に向かった。ウルさんの部屋を用意してくれたのは、キングさんなりの気遣いだろう。


「今日は休みましょう」


「ああ……」


小さく返事をしたウルさんは、私の手を強く握ってきた。私も彼の手を握り返して、長い廊下を歩く。部屋にたどり着いても、ウルさんは私の手を離さなかった。


「ウルさん、また明日の朝に会いましょう」


「小雪……そっちの部屋で寝てもいいか? 俺は床で寝る」


オールさんの先程の言葉を思い出す。ここで許可を出すべきではないと私は考えた。


「ごめんなさい……」


私が謝ると彼は俯いて、より強く手を握りしめてくる。私は彼の手を両手で包み込んだ。


「私がウルさんの部屋に行きます。ウルさんが眠れるまでそばに居ますから……」


「っ……」


「眠れるまで、ですよ? ウルさんが眠ったら、私は部屋に戻りますからね」


念押しをしておくと、ウルさんは私の手をそっと離した。彼は俯いたままお礼を伝えてくる。


「ありがとな……」


私は小さく頷いて、彼と一緒に部屋に入った。本当は良くないのかもしれないけれど、どうしても放っておくことが出来なかったのだ。

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