第25話 もう止まれない
次の日、私は繁華街にある中華料理のお店でパペットさんとウルさんを待っていた。もちろん、ビターさんは隣に座っている。丸いテーブルには料理が置かれているが、私は一切口にしていなかった。
「お客さん、いないですね」
「念の為に今日は貸切にしておいたよ〜」
そう言って、ビターさんは可愛らしくウインクをしてみせた。昨日のことがあるから、微妙に気まずくて私は俯く。すると突然、勢いよく店の扉が開いて、ウルさんが店の中に入ってきた。
「雑魚女!? 何でお前がここにいるんだよ!」
「え? 何も聞いてないんですか?」
予想外の一言にビターさんの方を見ると、彼女は悪びれずに告げる。
「私はドゥームがこの店の常連客だっていう噂を流しておいただけだよ。下手に話しかけに行くより、情報を操作して相手の方から来させる方がリスクが少ないからね」
ドゥームさんの名前が出てきた瞬間に、ウルさんの背後から凄まじい殺気が放たれる。現れたのは真顔のパペットさんだった。彼は一切口を開かないまま、槍をビターさんに投げつける。
「かはっ!」
「ビターさん!」
槍を避けたビターさんに、パペットさんの蹴りが入る。ビターさんは腕で防ごうとしたけれど、吹き飛ばされて店の壁に叩きつけられてしまった。
「待ってください、パペットさん!」
ビターは咳き込みながらも立ち上がった。私は彼女を背中で庇って、パペットさんの前に立ちはだかる。
「退いてよ、小雪。今の私は、君が相手でも殺しちゃうから」
「退きません……」
パペットさんの槍が私の喉元を押す。ほんの少しだけ食い込んできて、数滴の血が鎖骨へと流れていく。彼の殺気と怒りが真っ直ぐに伝わってきて、立っていることさえ辛かった。それでも、私はドゥームさんのために、パペットさんとウルさんを説得すると決めたのだ。
「何で庇うの……その女はシャドウ様を殺した奴の仲間なんでしょ」
「私だってシャドウさんを殺したドゥームさんを許してません。だけど、彼を知ってしまったから……もう他人じゃないから、見捨てられません」
槍がさらに喉元へと押し込まれる。彼が本気で殺そうと思えば、あと数センチ押し込めば良いだけだ。覚悟を決めて、パペットさんの槍を掴む。シャドウさんが死んだあの日から、熱を失ってしまったパペットさんの青い瞳。その瞳を見つめていると、ウルさんがハンマーを握りしめながらパペットさんに話しかけた。
「パペット様、小雪の話を聞いてみませんか……」
「ウル……君まで裏切るんだね」
パペットさんは素早く槍を引いて、ウルさんを槍の石突で突いて店のドアの方へ吹き飛ばした。
「が、ぁ……」
「ウルさんっ……」
ガラスのドアにぶつかって、全身から血を流すウルさん。パペットさんは、駆け寄ろうとした私の首を掴んで持ち上げた。
「っ……ぁ、ぱぺっ、とさん……」
「シャドウ様が殺された日から、私の心臓は止まってしまったんだよ」
冷えきった彼の指が私の首に食い込む。先程つけられた傷口から血が彼の手を伝っていく。それでもパペットさんは首を締める力を弱めなかった。
「小雪、君のことを気に入ってたよ。ウルと同じくらい気に入ってた。でも、ダメだね。君を殺そうとしてるのに、何も感じないや」
「は、ぅ……ぁ……」
どれだけ藻掻いてもパペットさんの手は緩まない。息を吸い込もうとしても、掠れた声しか出てこなかった。生理的な涙が溢れて、死を覚悟した。
その瞬間に——
ワンピースのポケットから、スマホが落ちた。
床に転がったスマホのロック画面は、あの日の遊園地のジェットコースターの写真のままだった。
「ぁ、あ……」
彼は私の首から手を離した。しゃがみこんで、私のスマホをそっと手に取る。
「げほっ、ひゅっ、かはっ……」
「ダメだ……小雪を殺すのはダメだ」
パペットさんは、画面の中のシャドウさんを何度も撫でている。それまで、ずっと無表情のままだったパペットさんがようやく顔を歪めた。
「ぱ、ぺっとさん……」
酸欠でまともに話すことも出来ないまま、這いずってパペットさんの服を掴む。彼は私の手を振り払って、床に押し倒してきた。馬乗りになったパペットさんは、私の首の傷口に触れる。
「殺したいよ……シャドウ様を殺したドゥームロックも、裏切り者のウルも、君も……みんな殺したい」
「パペットさん……私はあの人が生きて欲しいと望んだから、あなたに殺される訳にはいかないです。だから、私を責めてください。恨んでください。私はあなたの殺意も憎悪も受け入れます。全部受け入れて、それでも生き続けます」
パペットさんはポロポロと涙を零し始める。溢れ出る涙を拭うこともなく、彼は静かに涙を流し続けていた。
「ぜんぶ君のせいだよ。君のせいで、シャドウ様は死んだんだ」
「はい。私のせいです」
パペットさんは私を抱きしめると、肩に顔を埋めて小さな声で呟いた。
「ありがとう……小雪……」
私は聞こえないフリをして、彼を抱きしめ返す。パペットさんが求めていたのは、慰めの言葉ではないと、私は分かっていた。
◇
ヒビの入った壁に軽く触れて、ビターさんはわざとらしくため息をつく。
「いや〜、これは修理代がかなりかかるね〜」
「うるせぇ! パペット様に文句を言うんじゃねぇ!」
腕を組んで首を振るビターさんにウルさんは噛み付く。ビターさんは、パペットさんに近づこうとするが、彼は素早く距離をとった。
「ふん♪ ふふん♪」
「なるほど? 私と話すつもりは無いというわけだね〜」
ニコニコと微笑みながら鼻歌を口ずさむパペットさんに、ビターさんはイタズラな笑みを返した。
「そういう態度をされると、お姉ちゃん燃えちゃうね〜」
「ふふん♪ ふふん♪」
腕に触れようとするビターさんの手を、パペットさんは軽々と躱していく。その光景を見て、ウルさんが怒りながらハンマーを構えた。
「ピンク女! てめぇ、パペット様に馴れ馴れしいんだよ!」
血塗れなのにウルさんは、元気よくビターさんにハンマーを振りかざしている。ようやくいつもの鼻歌と微笑みが戻ってきたパペットさん。私は息を吐き出して、近くにあった椅子に座って、その光景を眺めていた。
「小雪ちゃん〜。そろそろキング様のタワーに戻ろうか。オールナイフとマックスソリチュード、それにレディリヴァーが待ってるよ」
「え? オールさん達もいるんですか?」
私が驚いて立ち上がると、ビターさんは当たり前のような顔で話す。
「うん、三人もキング様と話し終わった頃だろうね」
「やっぱり策士だ……」
どこまでいっても、キングさんの手のひらの上みたいだ。彼を信用したわけではないけれど、今はとにかくみんなで話し合いたい。お店の前でトラジェファミリーの迎えの車を待つ。パペットさんとビターさんが戯れている間に、ウルさんが話しかけてきた。
「小雪、俺はドゥームロックを殺したい気持ちが変わったわけじゃねえ。お前を信じているから、直接ドゥームロックと話してケリをつける」
「はい。それがいいと思います」
憎しみも怒りも簡単に消えるものではない。けれど、相手を知ることで何かしら変化はあると思うのだ。
「ウルさん、変わりましたね。最初はあんなに、チンピラだったのに……今もチンピラですけど……」
「この雑魚女っ!」
「わあ〜!!」
ハンマーを振りかざして追いかけてくるウルさん。彼から逃げて、少し距離をとった。
その瞬間——
私の視界は暗転した。
「パペット様っ!!」
シャドウさんが殺された時と同じだ。あの時と全く同じウルさんの悲鳴が聞こえてきた。
「パペット……さ、ん……?」
私に覆いかぶさっていたのはパペットさんだった。ゆっくりと起き上がると、彼の体が地面に倒れていく。
「これが天守地区、第五位の実力か?」
顔を上げた先にいたのは、跳ねた短い赤髪の男性だった。年齢は20代後半くらいだろうか。白い右目と赤い左目のオッドアイが私とパペットさんを無機質に見下ろしている。黒いハイネックセーターにタイトな黒いズボン。そして、手には太くて長い真っ黒な懐中電灯を持っていた。
「君はライトオーダーの側近の一人、ペインメランコリーだね。こんな所まで来てるなんて、お姉ちゃんビックリだよ」
「お前はソリッドビターか。少し待ってくれ。今、血を拭いているんだ」
ビターさんは扇子で顔を隠しながら、ペインメランコリーさんに向かっておどけてみせる。ペインメランコリーさんは、懐中電灯についた血を拭きながら言葉を返した。
「てめぇ!! よくもパペット様を!!」
「声が大きいな。天守地区は覇牢地区と手を組む。これは、パパに報告させてもらおう」
「逃がすか!!」
走り出したウルさんに、ペインメランコリーさんはライトを当てた。眩しさに目を閉じた瞬間に、鈍い音が聞こえてくる。目を開けた時には、ウルさんが遠くの地面に倒れているのが見えた。
「お前は小雪だな」
「話しかけないでください!」
不意に話しかけられて、私はパペットさんを抱きしめながら睨みつける。
「殺すか否か。じゃんけん、ぽん……」
ペインメランコリーさんはパペットさんとウルさんを交互に見たあと、一人でじゃんけんを始めた。右手がぐーで、左手がちょきになる。右手が勝ったことを確認して、ペインメランコリーさんは無表情のまま頷いた。
「兄貴の勝ちだな。今日は帰ろう」
好き勝手に言って、彼はふらりと立ち去った。ピクリとも動かないパペットさんを抱きしめながら、私は無力感に打ちのめされそうだった。




