第22話 お疲れ様です、お姉ちゃん
目が覚めて初めて見るものが、誘拐してきた美青年の寝顔なのはどうなんだろう。創作なら喜ぶ人もいるだろうけど、こちらは現実なので少しも嬉しくない。
「やっと起きたねぇ、小雪ちゃん」
「おはようございます、ドゥームさん」
「もう夕方だよぉ」
いつの間にそんなに寝ていたのだろうか。目を擦りながら起き上がる。ベッドが一つしかないので、昨日の夜は渋々ドゥームさんの抱き枕になって寝た。すごく寝苦しかったけど、逆らってまたお仕置タイムが始まるのは嫌だったから仕方がないのだ。
「起きたばかりで重いものは食べれないでしょ? 軽食はスクランブルエッグにしようねぇ」
「また卵……永遠に卵……」
リビングに向かうドゥームさんの後ろについて行く。テーブルに近づくと、ドゥームさんが椅子を引いてくれたので、遠慮なく座らせてもらう。
「ありがとうございます」
「いいよぉ。お料理するから、ちょっと待っててねぇ」
そう言って、彼はお料理をし始めた。ぼんやりと灰色の天井を見つめながら、これからのことを考える。まずはオールさんやソリさん達と合流したい。だけど、そんな簡単にドゥームさんから逃げれるだろうか。
「卵スープも飲もうねぇ」
「ドゥームさんが作る料理も、卵ばっかりじゃないですか……」
料理をしている彼を見つめる。オールさん達はライトオーダーさんから、ドゥームさんを殺すように言われている。彼が殺されると思うと、ズキリと胸が痛んだ。ドゥームさんは、もう知らない人じゃない。直接会って会話をした相手だ。彼がどんな人なのか、もう知っている情報はゼロじゃない。
「はぁ……」
ため息をついて、俯く。ふと、ドゥームさんの方を見ると、険しい顔で固まっている。
「どうかしましたか?」
「やだなぁ。ジェントルの気配がする」
心底嫌そうに眉を寄せて、ドゥームさんは背中に背負っていたライフルを構える。そして、玄関の方へ向かって歩き出した。そっと様子を見に行くと、薄紫色の長髪の美青年が、ドゥームさんと何かを話していた。
「眼帯が一緒だ。もしかして、トラジェファミリーの象徴なのかな」
美青年はドゥームさんと同じ、赤いバツ印の描かれた黒い眼帯を右目につけている。水色の瞳の白いスーツ姿の美青年は、無表情でドゥームさんに話しかけていた。少しづつ近づいていくと、美青年と目が合う。びっくりして目を見開くと、美青年は真顔でため息をついた。
「あーあ、やだやだ。いま、僕を見て、目を見開きましたよね。どうせ僕みたいなクズと目が合って、気分が悪くなったんでしょう。悲しい。僕を悲しまたのは、あなたですよ。僕を攻撃しましたね。じゃあ、僕があなたを殺しても正当防衛ですよね?」
「ジェントル、話が長いよぉ!! うわあああん!! もうやだぁ!! 僕から小雪ちゃんを奪うつもりなんだぁ!!」
ジェントルと呼ばれた美青年は、一切表情を変えないまま、泣きじゃくるドゥームさんを見つめている。
「はぁ……そうやって、大きな声を出して僕を威嚇してるんでしょう。怖いなぁ。酷いなぁ。これも立派な精神攻撃ですよね。じゃあ、攻撃してもいいですよね」
「うわあああん!! ジェントルのバカぁ!!」
ジェントルさんは、淡々と言いたいことだけを言う。ドゥームさんは泣きじゃくる。私は何も出来ずに、ただ立ち尽くす。
「なにこれ……」
これは私が収拾をつけなければならないのだろうか。どうやって、終わらせればいいのか分からない。戸惑いながらも、私はとりあえずドゥームさんを落ち着かせようとした。
次の瞬間——
パンッと両手を叩く音が聞こえてきた。
「はい、そこまで〜」
ジェントルさんを押し退けて、玄関のドアから入ってきたのは、真っ赤なチャイナドレスを着た桃色髪の綺麗な女の人だった。そして、やはり彼女も赤いバツ印のついた黒い眼帯を右目につけている。
「わ、凄い美人さんだ……」
「わあ、ありがとう〜。君が小雪ちゃんだね! 私はソリッドビター。気軽に、ビターお姉ちゃんって呼んでね〜」
ニコニコと綺麗な笑顔を向けてくるビターお姉ちゃん。ビターお姉ちゃんは、ジェントルさんを指さして、紹介してくれた。
「彼はジェントルウェーブ。めんどくさい男だから、基本的に無視していいよ」
「あぁ、また悪口を言われた。そうやって、みんなで僕を攻撃してくるんだ。なんでそんなことするんですか。そんなに僕が嫌いなんですか。僕だって、あなた達のこと大嫌いですよ」
「はいはい。一旦、黙ろうね〜」
ビターさんは薄紫色の瞳を細めて、軽くジェントルさんの背中を叩く。また何かを言おうとしたジェントルさんを、彼女は玄関から追い出した。
「はぁ〜、めんどくさ。お姉ちゃん、変なやつの相手ばっかりで疲れちゃうなぁ」
「ビター!! 僕から小雪ちゃんを奪う気なんでしょっ!! うわあああん!! やだやだぁっ!!」
必死に首を振って、ライフルを構えるドゥームさん。そんな彼を見て、ビターさんは派手な桃色の扇子で口元を隠す。
「キング様の命令が聞けないの?」
「っ……」
ビターさんの一言で、ドゥームさんはピタリと泣き止む。彼は迷いながらも、ライフルを下げる。あんなに狂気に満ちたドゥームさんが息を飲むほどの相手は、一体どんな人なんだろうか。考え込んでいると、ビターさんが満足げな顔で私を手招きした。
「さあ、小雪ちゃん。キング様の所へ行こうか!」
「お姉ちゃんは、どうして私のことを知ってるんですか?」
「お姉ちゃんだからだよ!」
ニコニコと笑ってはぐらかすビターさん。何だか疲れてしまった私は、とりあえず考えるのをやめた。何故か私の存在は、偉い人達にはバレているようだ。個人情報が全然保護されていない。
「待ってよぉ! 僕もついて行く!」
ドアを勢いよく開けて、走りよってくるドゥームさん。結局四人で車に乗って、チェックキングさんの所へ行くことになった。
◇
覇牢地区はシャドウさんの天守地区と違って、高層ビルが多い。その中でも一際目立つ、大きな高層タワーへと車はたどり着いた。赤いカーペットの敷かれた広いエレベーターに四人で乗り込む。
「ビターお姉ちゃん、チェックキングさんってどんな人なんですか?」
「ん〜? 覇牢地区第一位の男で、めちゃくちゃ頭が良い人。あと、ライトオーダーと仲が悪い」
ライトオーダーさんが仲が悪いんだ。彼がオールさん達に、ドゥームさんを殺させようとしているのと何か関係があるのかな。難しい顔で考え込む私に、ビターさんは肩を組んできた。
「まあ、そんなに真剣に考え込まないでよ。全部、キング様に任せておけば、上手くいくよ……」
扇子で顔を隠しながら、吐息混じりにビターさんは囁く。色っぽい声に、ビクリと肩が跳ねると、ビターさんにくすくすと笑われてしまった。恥ずかしくて俯いてしまうと、ドゥームさんが泣きながら抱きついてくる。
「ビターなんかで、顔を赤くしないでよぉ!!」
「うぐっ! ドゥームさん、苦しいです……」
お気に入りのぬいぐるみを抱きしめるみたいに、全力で締め上げられて変な呻き声が零れる。
「僕のことは無視ですか。そうですか。別に気にしてませんけどね。でも、そうやって僕を蔑ろにしたら、攻撃として受け取りますよ」
「ふふっ、小雪ちゃんモテモテだね〜」
ビターさんが二人を止めることを放棄して、楽しみ始めてしまった。
「誰か助けてぇ……」
もうやだ。ここの人たち、面倒くさすぎる。ビターさんが止めてくれないと、この二人の相手だけで一日が終わってしまう。
「小雪ちゃんは、僕が最初に見つけたんだからねぇ」
「こらこら。最初に見つけたのは、アンノウンでしょ?」
ビターさんの一言で思わず、彼女を凝視する。
「アンノウンさんを知ってるんですか?」
「うん、知ってるよ。アンノウンはキング様が天守地区に配置した駒だからね」
「アンノウンさんが、チェックキングさんの部下だったなんて……」
でも、それなら何でアンノウンさんはドゥームさんと戦ったんだろう。彼女がキングさんの部下なら、ドゥームさんとは仲間のはずなのに。
「また、眉間にシワが寄ってるよ〜」
「わっ……」
ニコニコと微笑みながら、ビターさんは私の眉間を解す。全部、チェックキングさんに聞けば分かるかな。エレベーターが止まって、真っ赤なカーペットがひかれた廊下が見える。
「行こうか、小雪ちゃん」
「はい……」
ビターさんが先に歩き出す。私は緊張しながらも、一歩足を前に進める。ここまで来たら、後は答え合わせの時間のはずだ。チェックキングさんに聞けることは全部聞く。彼がどんな人なのかは分からないけど、少なくともいきなり殺されることはないと思う。ビターさんが茶色の扉の前で立ち止まった。
「さあ、小雪ちゃん。覚悟はいいかな? まあ、今更もう後には戻れないけどね」
「大丈夫です。扉を開けてください」
ビターさんが扉に手をかける。私は深呼吸をして目を開いた。




