第21話 裏切りの形
今日はアンノウンさんのリハビリの付き添いをしている。あれから数日でアンノウンさんは歩けるようになっていた。凄まじい回復力だと思う。流石はキラーガーデンの住民である。
「アンノウンさん、今日はこの辺にしておきましょうか」
「そうですね。無茶をしても効率が悪いでしょう」
病院の敷地内にある庭園の、おしゃれな赤いベンチに二人で座る。レディさんは天守地区の第四位の人だったらしく、今はシャドウさんの代わりに政務をしているらしい。病院の院長も兼任しているせいで忙しそうだ。ぼんやりと空を眺めていると、アンノウンさんが弱々しく話しかけてきた。
「小雪様、あなたは檻の中で育った小鳥を哀れだと思いますか?」
「アンノウンさん? 急にどうしたんですか?」
「本物の大自然を知らない小鳥が、突然外へ放り出されて生きていけると思いますか?」
アンノウンさんは、次々に私に問いかける。彼女は、懐からピンク色のワニスクリームのキーホルダーを取り出した。私はわけがわからないまま、思ったことを口にしていく。ほんの少しだけ感じた違和感を無視しながら、それでも彼女の問いかけに答えた。
「それは……無理だと思います。だって、檻の中で育った鳥は、野生での生き方を知りませんから」
「そう、ですか……」
私の答えを聞いて、アンノウンさんはワニスクリームを懐にしまう。そして、透明な液体が入った注射器を取り出した。嫌な予感がして、立ち上がる。それでも、まだ逃げ出すことはできずにいた。逃げないといけないのに、彼女を信じたい気持ちが強くて足が動かない。
「それならば、無理やり外へ放り出されてしまった小鳥には、檻が必要なことは理解できますよね。完璧な保護者が……完璧な、飼い主が必要だと分かるでしょう」
「アンノウンさん、何を言ってるんですか?」
瞬きをした瞬間にはもう視界が歪んでいた。ふわりと浮遊感がして、お姫様抱っこされたのだと気づく。
「おやすみなさい、可愛い小鳥……あなたの飼い主は、あの方です」
目を閉じる直前に聞こえた声は、微かに震えていた。
◇
目が覚めて最初に目に入ったのは、灰色のコンクリートの天井だった。そっと右を向くと、黒い眼帯をつけた美青年の顔面が、ドアップで視界に入った。
「うわあああ!! 誰ですか!?」
驚いて飛び起きると、黒髪おかっぱ美青年が、突然大声で泣き始める。
「うわあああん!! ビックリしたよぉ! 怖いよぉ!」
「え!? あ、泣かないでください。ごめんなさい」
慌てて慰めようと、ワンピースのポケットから白いハンカチを取り出した。黒髪の美青年の涙をハンカチでそっと拭うと、彼は安心したように微笑んだ。
「えへへ、優しいねぇ。すきぃ……」
「好意の反射神経が速すぎる……」
驚きつつも、冷静に目の前の彼を観察する。白いフリルの服に黒色のベスト。特徴的なのは眼帯だ。黒い眼帯に赤いバツ印がされている。
「ねえねえ、君は小雪ちゃんだよねぇ?」
「えっと、そうです。あなたは誰ですか?」
「僕はドゥームロックだよぉ。トラジェファミリーのボス、チェックキング様の側近! 凄いでしょ!」
彼はベッドの横でしゃがんだまま、胸を張っている。ニコニコと無防備に微笑む姿は可愛らしいけれど、いま聞き逃せない言葉が聞こえた。
「いま、トラジェファミリーって言いましたか? しかも、名前がドゥームロックさん……」
「うん、言ったよぉ。ここは覇牢地区の僕のおうちで、君を連れて来たのは僕。つまり、君は僕のもの。よろしくね、小雪ちゃん」
彼は私の手を取って、嬉しそうにぶんぶんと乱暴に振り回す。アンノウンさんに気絶させられたのに、何故かこの青年の所有物にされた。意味がわからない。
「えっと、アンノウンさんはどこですか?」
「アンノウン? もしかして、一緒にいた銀髪の女のことかな。僕に襲いかかってきたから潰しておいたよぉ。目が合っただけで襲いかかってくるような、すっごく危ないヤツだから、君は近づいちゃダメだよぉ」
頬をふくらませて、彼は不満げに唇を尖らせる。見た目は20代前半くらいなのに、言動がやけに幼い。情報が多すぎて、頭が混乱し始めた。
「アンノウンさんを殺したんですか?」
「殺してないよぉ。二殺戦以外での殺しは禁じられているからねぇ。僕は警官じゃないから殺せないの。あ……でも、あの男は殺したか」
さらりと告げられたあの男はシャドウさんの事だろう。やっぱりこの人がドゥームロックさんだ。まさかの泣き虫幼児系美青年キャラだとは、ライトオーダーさんに続いて意外すぎる。
「ドゥームさんは、私をどうする気ですか?」
「え、何もしないよぉ? 最初はマックスソリチュードを殺すための餌にしようと思ったんだけどねぇ。でも、君とっても優しくて可愛いから、ここに置いてあげるねぇ」
ニコニコと微笑むドゥームくん。無邪気な笑顔でサラリとやばいことを言っていたのを、私はちゃんと聞き逃さなかった。この人、ちゃんとヤバいタイプの殺人鬼だ。
「はい……よろしくお願いしますね、号泣キッズお兄さん」
「うん?」
しまった。また口から零れてしまった。ドゥームさんは不思議そうな顔で、小首を傾げている。パチパチと瞬きを繰り返しながら、何かを考え始めた。
「死にたいのぉ?」
「間違えました。よろしくお願いします、ドゥームさん」
慌てて頭を下げると、ドゥームさんはよしよしと頭を撫でてくる。先程のドゥームさんは、冗談ではなく本気で殺そうとしてる目をしていた。
「泣き虫だと思ったら、腹黒キッズお兄さんだった……」
「もう〜!! やだやだ! 変なあだ名つけてくるぅ!! うわあああん!!」
ドゥームさんは泣きながら、近くにあったスナイパーライフルを、私の顔の真横に突き刺す。壁に突き刺さった銃を引き抜いて、彼は顔を近づけてきた。涙をポロポロと流しながら、ドゥームは歪な笑みを浮かべる。
「あはぁ! もっと僕に優しくてよぉ。じゃないと、悲しくて君のこと殺しちゃうかも……」
「っ……」
首筋を冷たい汗が伝っていく。今まで色んな人に出会ってきたけれど、ここまで狂気を宿した目をしている人は初めてかもしれない。
「ねえ、小雪ちゃん。せっかく可愛いんだから、もっと可愛くしててねぇ。フェアみたいにさ……」
くすくすと笑いながら、彼は私の黒髪を掴んでキスをした。
「さあ、もうお仕置タイムは終わりねぇ。お腹は空いてない? 僕はお料理も出来ちゃうんだよぉ」
「えっと、じゃあ……」
「卵スープをあげるねぇ」
話を聞いてもらえなかった。そして、結局私は卵から逃れられないのか。どこにいても、誰といても卵が追いかけてくる。
「ありがとうございます。卵スープ、いただきます」
「えへへ、素直で可愛いねぇ。持ってくるから、待っててねぇ」
お礼を言うと、彼はリビングの方へ扉を開けて出ていった。私は飾り気のない部屋を見回す。壁も床も灰色。タンスやベッドなど最低限の家具のみ。そっと、ベッドからおりて、窓の方を見る。ギラギラとネオンが光る夜の街は、まるで巨大な歓楽街みたいだった。
「お待たせぇ。卵スープを持ってきたよぉ」
「ありがとうございます」
小さめのお椀に入った卵スープを渡されたので、息をふきかけて冷ます。横からドゥームさんの強い視線を感じるけど、無視して卵スープを飲む。
「美味しい? ねえねえ、美味しい?」
「美味しいですよ。とっても……卵です……」
正直に言うと、緊張しすぎているせいで味はしなかった。それでも、彼の機嫌を損ねたくないから何とか誤魔化す。
「可愛いねぇ。味なんてしないくせに、頑張って僕の機嫌を取ろうとしてるんだねぇ」
ドゥームさんは、飲みかけの卵スープを私から取り上げて、近くのテーブルに置いた。そして、私を抱き寄せて、つむじの辺りに何度もキスをする。
「キング様は何も言わないし、僕のものにしてもいいよねぇ。あーあ、マックスソリチュードを殺すための餌はどうしようかなぁ」
私の髪を梳く手付きは優しいのに、声はどこまでも冷たくて狂気的な響きをしている。
「マックスソリチュード……ああ、思い出したらまた悲しくなってきちゃった」
「い、たい……」
彼は私の額にキスをして、ポロポロと泣き始める。抱きしめる腕の力が強すぎて、私の体が悲鳴をあげるように、骨がきしみ始めた。
「ねえ、僕を慰めて……フェア……」
「ドゥームさ、んっ……大丈夫っ、大丈夫ですよ……」
肋骨が圧迫されて息が苦しい。それでも、ドゥームさんに向かって手を伸ばす。彼の狂気は怖いけれど、同時に涙も本物だ。私には彼が小さな子供のように見えて、どうしても放っておけない。
「えへへ、優しいねぇ。ありがとねぇ、フェア……」
呼ばれた名前が違っても、私に助けを求めたのは事実だから、私はそっと指でドゥームさんの涙を拭う。ほんの少しだけ緩まった腕の中で、私は彼を抱きしめ返した。誰かを重ねているのは、彼だけではない。




