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第20話 ワニスクリーム

今日はオールさんとソリさんが覇牢地区に出発する日だ。玄関先で私は二人をお見送りしている。


「オールさん、ソリさん! 行ってらしゃい!」


ニコニコと精一杯の笑顔で手を振れば、ソリさんがオールさんの肩を軽く叩く。


「オール、さっさと言え」

 

ソリさんは淡々と告げる。私が首を傾げていると、オールさんは気まずそうに口を開いた。


「小雪、病院では無理矢理抱きしめて悪かったな」


突然の謝罪に少し目を丸くする。オールさんはちゃんと謝ってくれたのだから、私も謝らなければならない。


「いえ、私の方こそ勝手に出ていってごめんなさい」


お互いに謝りあって、ほんの少しだけ気まずかった空気が和らぐ。隣を見ると、レディさんが真剣な顔でオールさんとソリさんの顔を見つめていた。


「二人とも絶対に帰ってくるんだよ」


レディさんがオールさんとソリさんに声をかける。


「分かってる。留守の間は小雪を頼んだぞ。俺たちはお前を信じてるからな」


「ふん……」


オールさんはレディさんの手を握り合う。ソリさんは顔を逸らしつつも、小さく頷いていた。


「小雪、行ってくる。大人しく待ってろよ」


「はい! 待ってます! ウルさんやパペットさんとも、協力してくださいよ!」


「アイツらは、めんどくせぇからな……」


疲れた様子で、オールさんは首を振る。くすくすと笑えば、オールさんも少し口元を和らげた。ソリさんも落ち着いた雰囲気で、以前のような刺々しさが消えている。手を振って、オールさんとソリさんを見送る。完全に見えなくなってから、レディさんと手を繋いで、彼の病院に向かい始めた。


「わに先生。アンノウンさんにお菓子を買ってから、病院に行ってもいいですか?」


「わにゃ! お菓子、良いね! そういえば、アンノウンはよく君にお菓子を渡していたね」


レディさんに許可を取れたので、スーパーへと向かう。鼻歌混じりに、彼は楽しげに歩いていた。


「あの……」


「どうしたの?」


話しかければ、可愛らしい笑顔が返ってくる。元の世界の話を聞きたいけれど、どう聞けばいいのか分からない。そもそも彼は、以前に教えないとハッキリ言っていた。


「キラーガーデンの人は死んだら、どうなるんですか?」

 

聞いても無駄だと判断して、別のことを尋ねる。レディさんは、薄っすらと冷酷な笑みを浮かべて告げた。


「地獄に落ちるんだよ」


「え……?」


何の迷いもなく、レディさんはハッキリと言った。彼は私の方へ視線を向けない。何事も無かったように、ニコニコと笑いながら歩いている。


「あの、今のはどういう意味ですか?」


「言葉通りさ。キラーガーデンの住民は、地獄行きが確定している」


背筋が凍りつくほど美しい微笑みのままに、彼は話し続ける。


「ここは、待合室。地獄行きの患者たちは、ここで宣告を待つのさ」


「レディさん……?」


いつもの無邪気な笑顔とは正反対の冷たい微笑み。寒気を誤魔化すように、顔を逸らして拳を握りしめる。レディさんは私の首筋を何度も執拗に撫で回してきた。


「これ以上は知らない方がいいよ。君も知りたくないだろうからね」


頭の中で落書きをされたように、記憶が浮かんでは塗りつぶされていく。無意識に首を撫でる彼の手に自身の手を重ねていた。路地裏の記憶の中で、僅かに血の匂いを思い出す。閉じ込めるように蓋をすれば、もう記憶は消えていた。


◇

 

スーパーについた私はお菓子コーナーで真剣に、アンノウンさんへのお見舞いの品を選んでいる。隣にいるレディさんは、ゆるキャラのキーホルダーのおまけがついたお菓子を握りしめている。


「見てよ! この赤色のワニちゃん、注射器を持ってるよ。完全に僕じゃない?」


「わあ、すごく似てます! ちゃんと可愛いですね!」


アイスクリームのコーンに入ったワニのゆるキャラが、小さなお菓子の箱に描かれている。殺人鬼たちが住む世界で、ちゃんと可愛いゆるキャラが存在することが驚きである。でも、注射器を武器にして持っているのが、すごくキラーガーデンって感じがした。パッケージにはワニスクリームと書かれている。もしかして、以前にソリさんが見せてくれた番組のキャラクターだろうか。


「でも、色はランダムかぁ。普通の緑色とか、毒々しい紫色とかもあるんだね」


ニコニコと可愛らしい笑顔で、レディさんはお菓子のおまけに夢中の様子だった。


「わに先生、アンノウンさんはイチゴ味が好きなんですよね?」


「そうだよ! アンノウンは、ピンク色とイチゴ味が好き! ちなみに僕はピンクは嫌い」


「へぇ、レディさんはピンクが嫌いなんですね。赤とピンクって少し似てるのに……」

 

レディさんはピンク色が嫌いで、アンノウンさんは好き。何だか意外だった。私はアンノウンさんへのお菓子を、イチゴ味のもので統一して、お支払いをしに向かった。レディさんはワニのおまけ付きお菓子を購入して、スーパーから出る。


「わくわくするね! 僕は赤色のワニちゃんがいいなぁ」


「赤色だと良いですね!」


二人でお菓子の箱を覗き込むと、中に入っていたのはピンク色のワニだった。レディさんは眉を下げて、落ち込んでしまう。


「ピンクのワニスクリームちゃんだった。残念だぁ……」


「ランダムですからね……」


落ち込んでいるレディさんの肩に、私は軽く手を置いて慰めた。

 

「これは、アンノウンにあげようかな。あの子はピンク色が好きだしね」


「あ、良いですね! 二人でお菓子とワニスクリームをあげましょう!」


レディさんと再び手を繋いで、病院へと向かう。繋ぎ合った手を、レディさんはゆらゆらと揺らしていた。


◇


アンノウンさんの病室に入ると、彼女は体を起こして挨拶をしてくれた。


「お見舞いに来てくださったのですね。ありがとうございます」


「はい! 今回は私がお菓子を持ってきましたよ!」

 

相変わらず無表情だけど、私がお菓子の袋を見せると、目元だけを和らげてくれた。レディさんも、ワニスクリームの箱をアンノウンさんに見せる。


「見てよ! 君の好きなピンク色と、君の好きなワニだよ!」


「ワニは好きではありませんが、ありがとうございます」


アンノウンさんはピンク色のワニスクリームを受け取って、大事そうに握りしめた。


「なんでさ! ワニは可愛いだろう? ね、小雪ちゃん!」


「はい! つぶらな瞳が可愛いと思います!」


「うんうん! 小雪ちゃんは、やっぱり良い子だね」


にぱっといつもの無邪気な笑顔で、レディさんは私の頭を優しく撫でてくれた。油断していると、頭を撫でていた手が、するりと頬へ向かう。レディさんは私の頬を両手で包み込む。いつもより数段低い声で彼は囁いた。


「可愛いだけじゃないよ。引き込まれたら、溺死しちゃうんだ」


本当にワニみたいな危うい雰囲気が部屋中を満たす。捕食者の目をしたレディさんを見るのは、これが初めてだった。恐怖はないのに、自然と鼓動が高まっていく。顔中に熱が集まって、彼の両手に自身の手を重ねた。


「レディさん……」


離して欲しいと言う前に、レディさんは私から距離をとった。遅れて心臓の鼓動が勢いを増していく。怖くはなかったのに、心臓がうるさいのは何故だろうか。胸元を掴んでいると、アンノウンさんの方から咎めるような声が聞こえてくる。


「レディリヴァー院長先生、お戯れは程々にしてください」


「わにゃ! ごめんね。ついからかっちゃうんだ。だって、小雪ちゃんが可愛いんだもん!」


悪意のない無垢な笑顔が眩しい。さっきまでの不穏な色気は、もう感じられない。レディさんの二面性には驚かされてばかりだ


「本当にごめんね。あっ! オールくんとソリくんには言わないで。怒られちゃう」


「え〜? どう思いますか、アンノウンさん」


イタズラな笑みを浮かべて、アンノウンさんの方を見る。彼女は真顔で力強く頷いてみせた。


「お二人に伝えましょう。怒られてしまえばいいと思います」


「わにゃ!? アンノウンの裏切り者め〜!!」

 

しくしくとわざとらしく泣き真似をするレディさん。彼は涙を拭う素振りをしながらも、どこか楽しそうに見える。

 

「オールくんとソリくんに怒られたら、僕は何も言えないよ〜」

 

時々不穏なレディさんも、可愛らしいレディさんも、どっちも彼の本性なんだろうな。それでも、根底にあるのはオールさんとソリさんへの愛情だから、私はどちらの彼も信用できるのだ。


「お二人とも、お見舞いに来てくださってありがとうございます」


「いえいえ。そもそも私のせいですから……」


アンノウンさんは私の言葉を聞くと、そっと包帯の巻かれた左手を私の頬に添えた。パペットさんに踏まれた左手はまだ痛々しい。


「あなたのせいではありません。全て、シャドウが仕組んだ罠であり、実行したのはクラムジーパペットです。加害者を決めて恨むのは、被害者である私の権利でしょう? 私はあなたを恨みません」


「ありがとうございます。アンノウンさんは優しいですね」


不器用で少し事務的な慰め方がアンノウンさんらしいと感じる。私が微笑むと、彼女はまた耳元だけをほんのりと赤らめた。

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