第2話 ここで居候させてください!(殺人鬼のお家)
ぺろおじさんについて行くが、相変わらず物騒な武器を持った人達だらけである。何故か当たり前のように、みんな武器を持って歩いているので、ここは異世界で間違いないだろう。ビルなどの建物はないけれど、家は現代風の普通の民家が並んでいる。地面はコンクリートで、カフェなどもあった。
「それで、お前は結局何なんだ? 殺人鬼には見えないな」
不可解なものを見るような目で、ぺろおじさんは私を見てくる。
「迷子です。可哀想な迷子の一般人です」
精一杯、可哀想な人間であることをアピールしないといけない。そんな想いを込めて、ぺろおじさんを見つめた。すると、呆れたように半目で見つめ返されてしまう。
「はぁ……マジで変なヤツを拾っちまったな」
彼は頭を掻きながら、深くため息をついた。
「あの……ところで、キラーガーデンって何ですか?」
「あ? どういう質問だよ」
ぺろおじさんは、質問の意図を探るように私を見る。気まずくて視線を逸らすと、彼は軽く息を吐き出して答えてくれた。
「まあ、簡単に言うと……殺し合いで階級が決まる世界だな」
「何それ怖い」
殺人が普通の異世界は嫌すぎる。身震いして腕を擦っていると、彼から視線を感じた。
「この世界の奴らは、全員殺人の経験がある。なのに、お前からは一切の悪意を感じない」
「えっと……」
隣を歩く彼はこちらを見ていなかった。変なことを言って、また怪しまれないように口を閉ざす。この世界には殺人鬼しかいないということだろうか。
「本当に変な女だな……」
もう一度見た彼は、少しだけ口元が緩んでいる。私はどう返したらいいのか分からなかった。しばらく歩いて、ぺろおじさんは立ち止まる。
「着いたぞ、家政婦候補」
「意外と普通の家だ……でも、大きい」
豪邸と呼ぶのに相応しい灰色の四角い家だ。少し色が悪い豆腐みたいに見える。思っていたよりも普通で、庭に死体が落ちていないことに安心した。
「いま、変なこと考えてただろ」
「いえ、何も考えていないです」
ぺろおじさんから冷たい視線を感じる。豆腐みたいだと思っていたことを見抜かれてしまったのだろうか。
「はぁ……行くぞ」
「はい! どこまでもついて行きます」
門を開いて中へ入る。庭は芝生で、真ん中のコンクリートの道を通って先へ進んだ。
「お前、名前は何だ?」
「小雪です。可哀想な一般人です」
「小雪、ソリには気をつけろよ。アイツに冗談は通じねぇからな」
玄関の前で立ち止まったぺろおじさんは、突然真剣な顔で私を見つめる。
「ぺろおじさん……心配してくれてるんですか?」
「まあ、家政婦候補だしな。あと、その呼び方やめろ」
ぺろおじさんはドアを開けて中へ入っていった。私も彼の後ろをついて歩く。家の中もかなり広くて、ぺろおじさんはリビングに私を連れてきた。
「ソリ、家政婦候補を連れてきたぞ」
ぺろおじさんは、ソファに座っている誰かに声をかけた。後ろ姿を見ただけでも、背筋が思わず伸びてしまう。放たれている威圧感で、冷たい汗が首筋を流れていった。
「おい。こっちに来いよ、家政婦候補」
ぺろおじさんに呼ばれて、恐る恐るソファに近づいていく。
「あの……今日からお世話になります。小雪です」
その人は日本刀を眺めていた。黒い髪をポニーテールにしている男の人。黒い瞳に黒いロングコート。黒いコートの下はベルトだらけで、動きにくそうだった。
「どういうつもりだ、オール」
低い唸るような声で、彼は問いかける。
「こいつはマックスソリチュード。俺はソリって呼んでる」
ぺろおじさんは涼しげな顔で、ソリさんを紹介する。ソリさんからは、殺気のようなものが出ていた。睨みつけられただけで、心臓が痛いくらいに跳ねている。思わず自身の首筋に触れて、呼吸が出来ているか確認してしまった。
「ソリ、こいつは今日から俺たちの家政婦だ。俺もお前も料理は出来ないだろ?」
「俺のテリトリーに無価値な女は必要ない。失せろ」
再び鋭い殺気が飛んでくる。ここで価値を示さなければ殺されてしまう。鋭い殺気を向けられて、本能的に理解させられた。
「ごめんなさい、料理は苦手です! でも、卵焼きなら作れます!」
「は? お前、卵焼きしか作れないのかよ!」
ぺろおじさんが目を見開いて、私を二度見してきた。嘘をついたらきっと殺されるだろう。だから、ここで勝負するしかないのだ。
「卵焼きなら、世界一美味しく作れます!」
ソリさんはしばらく沈黙した後、すっと視線を逸らした。
「今すぐ作れ」
「ソリ!? お前、卵焼きに釣られるのか!?」
ぺろおじさんが困惑している。私は思わず内心でガッツポーズを決めた。卵焼きなら誰よりも上手く作れる自信があるのだ。
◇
卵焼きは最強である。料理と呼んでもいいのか分からないが、私が唯一作れる得意料理なのだ。
「どうぞ!」
自信満々な顔で、ソリさんの前に卵焼きを置いた。もちろん、ぺろおじさんの前にも置く。
「うまっ!! 久しぶりにまともな食事をした!!」
「…………」
ソファに向かい合って座る二人。ぺろおじさんは嬉しそうに食べている。ソリさんの真っ黒な瞳が一瞬だけ細まった。
「悪くない。及第点だな」
ソリさんはお箸を置いて足を組む。やはり、この人は卵焼きが好物なんだ。卵焼きを作れる女で本当に良かったと心底思う。
「やったあ! これから、毎日卵焼きを頑張ります!」
「他のものは作れないのかよ……」
ぺろおじさんが肩をガックリと落として切なげな声を出した。だが、私は嘘はついていないので許して欲しい。卵焼きも料理だから嘘にはならないはずだ。
「卵焼き以外は、全て炭になります」
「俺たちと同レベルじゃねぇか!」
頭を抱えるぺろおじさん。なんだか、哀愁が漂っている気がして申し訳ない。
「ソリ〜。この女、追い出そうぜ」
「少なくとも貴様よりは料理ができる。何も出来ない女よりはマシだ」
ソリさんの言葉に、ぺろおじさんは目を見開く。パチパチと瞬きを繰り返していた。
「マジか。どんだけ卵焼きが好きなんだよ」
「黙れ。無駄口を聞くな」
ゆっくりと目を細めたソリさんから、凄まじい圧を感じる。気がつくと、私は無意識に腕を擦っていた。
「はぁ……分かった。小雪、よろしくな」
「あ、はい! よろしくお願いします」
慌てて二人に頭を下げる。ぺろおじさんは、明るい太陽みたいに笑いかけてくれた。殺人鬼だけど、良い人そうに見える。
「それで、貴様は何者だ?どこの地区から来た」
ソリさんの鋭い視線が突き刺さる。どう言えばいいのか分からなくて口ごもる。少しだけ考えて、誤魔化し方が分からないので正直に話すことにした。何となくだが、この二人に嘘は通用しない気がしたのだ。
「多分、別の世界から来たんだと思います」
「どういうことだ」
ソリさんの鋭い視線が突き刺さる。私は起きたことを、ありのまま伝えた。
「突然路地裏に引きずり込まれて、気を失ったんです。目が覚めたらこの世界にいました」
「それは、」
「やめろ、ソリ」
ぺろおじさんがソリさんの話を止める。顔を向けると、彼は険しい顔でソリさんを睨みつけていた。私は不安で何度も自身の黒髪に触れる。ぺろおじさんが私と目を合わせて、真っ直ぐに見つめてきた。
「お前はどう見ても、人を殺せるような人間じゃない」
「はい。私は殺人鬼ではないです」
「そうだろうな。殺人鬼じゃない奴が、ここにいること自体がおかしい。俺はお前の話を信じる」
ぺろおじさんはそう言って、柔らかく微笑んだ。彼の軽い言葉で、空気が和らいだ気がした。緩んだ空気に少しだけ気が抜けてしまった。
「呑気な男だな」
「不審な動きをしたら、殺せばいいだけだからな」
ソリさんに近づいて、ペろおじさんさんは肩を組む。軽い口調で放たれた言葉で、一気に気が引き締まった。
「そうだろ。なあ、ソリ?」
それはおどけた態度で隠されていた本物の殺人鬼の姿だった。オールさんが一瞬こちらに視線を向けて、軽く殺気を飛ばしてくる。ソリさんの鋭い殺気とは異なる絡みつくような雰囲気だ。まるで、蛇が獲物をゆっくりと絞め落とすような殺気の出し方に思えた。
「ふっ……貴様のそういう所は評価している」
「ははっ、当たり前だろ」
先程までチンピラみたいな雰囲気をしていたオールさんが、今は絶対的な強者として不敵に笑っている。
「なあ、小雪」
ゆっくりと、オールさんが立ち上がる。彼はするりと私の首の後ろに手を回した。至近距離で彼の赤い瞳が私を射抜く。
「大人しくしてたら、可愛がってやるよ」
愉悦に染まった瞳が、キュッと細まった。オールさんの空いた方の手が、私の首を撫でる。冷たい指先が喉仏の辺りを軽く押した。
「ひっ……」
「そんなに怯えるなよ」
吐息混じりの声が耳の奥まで刺激する。オールさんは楽しげにくつくつと笑うと、密着していた体を離した。恐怖と羞恥心に同時に襲われて、顔が熱くなる。
「頑張れよ、家政婦ちゃん」
「は、い……」
真っ赤になった顔を隠すように、私は俯くことしか出来なかった。




