第1話 ナイフぺろぺろおじさん(イケメン)
どうも小雪です。路地裏で不審者たちに殺されかけてます。誰でも良いので助けてください。心の中でSOSを出しても現状は変わらない。目の前にはチンピラ三人組。まだ23歳で、やりたいことがたくさんあったのに、早くも人生が終わりそうだ。灰色の壁に背中を預けて私は遠い目をする。青空には雲ひとつなかった。
「おいおい、呑気に現実逃避かぁ?」
「随分と余裕そうだな?」
「さっさと金目のものを寄越せよ」
チンピラ三人組が何かを言っている。現実逃避中の私は、もはや何も言えない。きっかけは何だっただろうか。確か帰宅中にいきなり路地裏に引きずり込まれたのだ。気を失って、目を覚ましたら見知らぬ場所にいた。そして、当たり屋のように肩をぶつけてきたチンピラたちによって、追いかけ回されて今に至る。
「なあ、嬢ちゃん。キラーガーデンは弱肉強食なんだよ。俺の言いたいことが分かるよな?」
タレ目のチンピラAはいやらしい笑みを浮かべている。キラーガーデンとは何だろうか。地名だとしたら、そんな物騒すぎる名前は聞いたことがない。もしや、流行りの異世界転移をしてしまったのだろうか。ため息をつきたくなるのを堪えて、私は懐を漁り始める。ちなみにカバンが消えたので、もちろんお金はない。
「あの、これで許してもらえますか?」
取り出したのは、友人と旅行に行った際に買った金ピカの小判だ。財布がないので、これしか渡せるものがない。
「一応少しだけ純金が混ざっているような気がする小判です。ちょっとお高めの小判ですよ」
「こいつ今、気がするって言わなかったか?」
さりげなく言ったのに、ツリ目のチンピラBに気づかれてしまった。あくまで私が勝手にそう思い込んでるだけなので、小判に純金が混ざっているかの保証はできないのだ。
「なんだこれ……」
タレ目Aはあからさまに不機嫌な顔をする。両隣のツリ目Bと猫目Cも怪訝な顔で小判を見つめていた。傍から見ると、みんなで小判を覗き込んでいる変な光景だと思う。でも、私はこれでも真剣なのだ。
「見ての通りカバンがないので、お財布もないんです。これで勘弁してください」
小判に祈りを込めて、チンピラAの手にそっと乗せた。
「てめぇ……この状況で何を考えてんだ。イカれてんのか?」
至って真面目な顔で言うと、タレ目Aは困惑し始める。ツリ目Bと猫目Cは武器を下げて、ヒソヒソと何かを話し始めた。
「この女、何か変だぞ。妙に落ち着いてるし、ひょっとして強いんじゃないのか?」
「いや、こんな女は二殺戦で見たことがない。ただの変なやつだろ」
微妙な空気が流れて、見逃してもらえるのではないかと少しだけ期待してしまう。しかし、現実は無情だった。
「とりあえず、痛めつけとくか……」
「そうだな。舐められたままだとムカつくしな……」
呆れた様子でタレ目Aがナイフを構える。すると、他の二人も武器を構えてしまった。せっかく命懸けで小判を渡したのに、なんの効果もなかった。私は崩れ落ちそうになる体を誤魔化すように、背後にある灰色の壁に体を預けた。目を強く閉じて、必死に現実逃避をする。
「これは夢、これは夢だから大丈夫……」
口に出して自分に言い聞かせると、頭に霧がかかってくる。三回目を唱えれば、私はいつも通りの自分になれるのだ。消えかかった意識の中で、口を開こうとした。
そのとき——
新たなチンピラDが現れた。
「丁度いい所にサンドバッグが四人もいるじゃねぇか」
やけに顔の良い、茶髪の男だ。年齢は20代前半くらい。黒いスカジャンに銀色のドッグタグのネックレスをつけてる。サンドバッグが四人なので、私も含まれている。正義の味方なんていなかった。
「ひっ! お前はオールナイフ!」
「な、何でこんな所に!」
チンピラDの名前はオールナイフさんと言うらしい。凄く中二病みたいな名前だけど、本人に言ったら殺されそうだ。チンピラたちは慌てて逃げ出そうとする。けれど、それよりも早く、顔の良いチンピラDがナイフで二人を切り裂いた。最後の一人は声も出せずに、腰を抜かしている。
「た、たすけ……」
「あ? ダメに決まってるだろ」
最後の一人も呆気なく殺されてしまう。いつの間にか、私は地面に膝をついていた。恐怖で指先が震えているのが分かる。
「さあ、次はお前の番だな」
真っ赤な瞳が楽しげに細まる。
そして——
彼は血のついたナイフをペロリと舐めた。
「ナイフぺろぺろおじさん……」
突如、姉に見せられたホラー映画のワンシーンが、頭の中に浮かんでしまった。かませ役のチンピラがナイフを舐め回すシーンが鮮明に見える。
「は?」
男性は唖然と口を開けたまま、構えていたナイフを下ろした。
「お前……めちゃくちゃ変なやつだな」
「はぁ……そうですかね」
彼はしばらく私を見つめて、ため息をついた。
「あー、殺す気が失せたな。イラついてたのも落ち着いたし、今回は見逃してやるよ」
「ありがとうございます?」
どうやら命の危機は去ったみたいだ。男性は頭を掻きながら、ポツリと独り言を呟く。
「まあ、お前みたいな弱そうな奴は、他の奴らに弄ばれて終わりだろうけどな」
前言撤回、普通に命の危機だった。私はこのナイフぺろぺろおじさんに全てを賭ける。
「すみません! どうか、私を拾ってください!」
「は? 俺に何のメリットがあるんだよ」
メリットと言われて、思わず口を閉ざす。だけど、ここで引き下がる訳にはいかない。
「えっと、えっと……」
私にできることは何かあるだろうか。一生懸命考え込む私を見て、男性は無表情のまま問いかける。
「お前、料理は出来るか?」
「できます!」
食い気味に答えた。正直、料理はあまり好きではない。だが、生き残るためなら何でもするつもりだ。
「ふーん。良いぜ、拾ってやるよ」
「ありがとうございます!」
私は頭を下げて、きちんとお礼を伝える。感謝を伝えられるかどうかで、人生は決まるのだ。
「俺はオールナイフだ。使えなかったら、殺すからな」
男性はまたナイフを舐めて、冷たい視線を浴びせてくる。彼は口元を歪ませて、不敵な笑みを浮かべていた。それを見た私は、また口を滑らせてしまう。
「ぺろぺろおじさん……」
「その呼び方やめろよ……」
オールナイフと名乗った男性は、呆れたように言う。今の反応で私は確信した。この人はそんなに怖い人ではない。本当に恐ろしい人であれば、私はもう既に殺されているだろう。
「よろしくお願いします! ぺろおじさん!」
「図太すぎるだろ」
ぺろおじさんは呆れたように言う。彼はくるりと背を向けた。そして、顔だけをこちらに向けて意味ありげに笑う。
「まあ、せいぜい頑張れよ。ソリに追い出されないようにな」
突然、新しい名前が出てきた。瞬きを繰り返すと、ぺろおじさんは楽しげに告げる。
「マックスソリチュード。俺の同居人だ。アイツは冷酷で女にも容赦ないぜ」
またもや、中二病みたいな名前が出てきた。この世界の住人は、みんなそういう感じなのだろうか。
「殺されないようにしないと……」
不安から来る寒気を誤魔化すように左腕を擦る。すると、ぺろおじさんは振り返って、不思議そうに小首を傾げた。
「はぁ? 俺の前で殺すわけないだろ」
「どういう意味ですか?」
ぺろおじさんの言葉の意味が分からなくて、眉を寄せて尋ねる。彼はすっと目を細めて、観察するような視線を向けてきた。
「本当に俺を知らないんだな。俺はオールナイフ。天守警察署の警官だ」
「はあ!? さっき人を殺してたのに??」
思わず目を見開いて、彼の血のついたナイフを凝視する。視線に気づいた彼は、ナイフの血をズボンで拭き取った。
「警官の殺人は許可がされている。逆に言えば、警官以外の奴は二殺戦以外での殺人は禁じられている。ソリも俺の前で殺人はしないはずだ」
世界観が物騒すぎて、生きていける自信がなくなってしまった。二殺戦の意味も分からない。謎だらけで混乱していると、ぺろおじさんが訝しげに、こちらを見つめていることに気づいた。
「そんなことも知らないのか? お前、どこから来たんだよ。無知すぎるだろ」
先程までの緩い態度から、雰囲気が一変する。深紅の瞳が鋭い殺意の混じった瞳へと変わっていくのが分かった。
「なあ、お前は何者だ?」
ナイフの先端で、するりと顎を撫でられる。私はごくりと唾を飲み込んだ。
「ナイフ、ひんやりしてる……」
「遺言がそれかよ……」
咄嗟に現実逃避の言葉を言うと、彼は面倒くさそうに息を吐き出した。
「まあいい。ついてこいよ。行くあてがないんだろ?」
ナイフを仕舞った彼に、私は全力でチャンスを掴みにいった。
「行くあてはないです! どこまでもついて行きます!」
「お前みたいな無力な女に、何か出来るとは思えないけどな。気合い入れろよ、家政婦候補」
ぺろおじさんは、冷たい嘲笑混じりの笑みを浮かべた。私はついてこいと言われたので、遠慮なく彼の隣を歩き始める。すると、ぺろおじさんは少し驚いた様子で、僅かに口を開いたまま固まった。
「おいおい……」
「何ですか?」
ぺろおじさんは呆れた様子でため息をつく。私はため息の理由が分からないので、とりあえず首を傾げてみた。
「お前、本当に図太いな……」
「図太いのが長所なので!!」
元気よく言えば、彼は半目でこちらを見て、それ以上何も言わなかった。やはり、彼はそんなに恐ろしい人には見えない。ぺろおじさんは、私から目を逸らして何かを呟いた。
「変わってないんだな……」
「どうしました?」
彼は無言のまま、歩き出してしまう。私は不思議に思いつつも、何も言わずについて行く。次はマックスソリチュードさんに、お料理アピールしなければならない。冷酷だと聞かされたが、生き残るためなら、私は何でもするつもりだ。




