第15話 何度でも数ミリずつ
ジェットコースターに乗った後も、たくさんの色んなアトラクションを楽しんだ。最後にシャドウさんと二人きりで観覧車に乗る。パペットさんとウルさんは、観覧車には乗らずに下で待機中だ。
「わあ! 見てください、シャドウさん! パペットさんとウルさんがあんなに小さく見えますよ!」
「ああ、そうだな」
観覧車の窓に張り付いて、下にいるパペットさんとウルさんに手を振る。絶対に見えないだろうと思っていたのに、パペットさんは軽く手を振り返してきたので驚いた。流石は強襲部隊長様である。感心していると、窓に触れていた手にシャドウさんの手が重ねられた。
「小雪……本当に楽しそうで良かった」
蕩けるような甘い声に少しだけ心臓が跳ねる。彼は私の手を取って、大事そうに両手で握った。
「小雪、俺はまだ他人を道具として見ている。クラムジーパペットもバッドウルフもそうだ。どれだけ優秀でも、俺にとってはただの使い勝手のいい道具に過ぎない」
シャドウさんは、甘さが一切ない冷たい声で淡々と告げていく。
「今日の出来事も君を楽しませる事ができた玩具として俺は彼らを評価した。小雪……失望したか?」
シャドウさんは不安そうに何度も私の手を撫でる。話せば嫌われるかもしれないのに、それでも彼は話してくれた。シャドウさんは、私に誠実に向き合ってくれようとしているのだ。それならば、私も彼から目を逸らしてはいけないだろう。私はシャドウさんの目を真っ直ぐに見つめる。
「失望なんてしませんよ。だって、道具から玩具に昇格してるじゃないですか。シャドウさんにとっては、数ミリの進歩ですね!」
私が笑いかければ、シャドウさんは呆気にとられたように目を見開く。
「ただの道具なら情なんて湧かないでしょう。でも、玩具なら、遊ぶ相手なら、いずれは愛着が湧くかもしれません」
本当に数ミリで構わないのだ。普通の人ならばサジを投げてしまうような数ミリを私は拾い上げたい。
「何度でも言いますよ。数ミリずつ……私と知っていきましょう」
「小雪……君は本当に、あぁ……敵わないな」
そう言って、シャドウさんは俯いてしまった。ほんのりと熱を帯びた彼の手を握り返せば、シャドウさんは肩を揺らす。可愛らしい反応に、思わず笑みがこぼれてしまったのは、二人だけの秘密だ。
◇
翌朝の私は、キングサイズのピンク色のベッドでくつろいでいた。スマホのロック画面は、昨日のジェットコースターでの写真のままだ。
「んふふ、何回見ても個性がすごい……」
シャドウさん達とは、確実に仲良くなってきている。それでも、ホーム画面を開けば、オールさん達との写真が目に入るのだ。
「説得できないかなぁ」
「無理だよ」
突如聞こえてきた声に、私はもう驚かない。パペットさんが、部屋に侵入するのが私の日常になりそうだ。私にプライバシーは存在しないらしい。彼は当たり前のように私のベッドに座ってきた。
「君は甘いね、小雪」
「どういう意味ですか?」
今日のパペットさんは、いつもより声が冷たい。寝転がっていた私は、首を傾げながら体を起こす。
「シャドウ様が優しいのは小雪が特別だからだよ。それを君はまだ理解できていないんだね」
「シャドウさんは変わってきていますよ」
「変わってないよ。小雪が見ているのは、表面だけ」
槍を撫でながら、パペットさんは重たい空気を放っている。
「私達もオールナイフ達も……本気で殺し合うことが出来る。それを君はまだ理解できていない」
「っ……」
ベッドに上がってきたパペットさんは、へたり込んでいる私の頬に手を添える。先程まで槍を撫でていた手は、温度を奪われて冷えきっていた。
「説得とか話し合いとか……そんな甘い考えは捨てなよ」
「嫌です」
もう見慣れた冷たい青い瞳を睨みつける。どれだけ甘いと言われても、私は決して諦めない。ハッキリと告げれば、パペットさんの瞳が少しだけ揺らいだ。
「怯えてるくせに……」
パペットさん私を睨み返す。私の体の震えを彼は見抜いているのだろう。
「舐めないでください。怖くても立ち向かうのが私なんです。シャドウさんもウルさんも……そして、あなたも、私は絶対に諦めませんからね。しつこく説得しますから、覚悟してください!」
「何それ……本当に変な子……」
私の言葉に、パペットさんがゆらゆらと瞳を揺らす。出会った頃からの微笑みが崩れて、彼は困ったように眉を下げた。
その瞬間——
耳をつんざくような、凄まじい爆発音が聞こえてきた。
「なに!?」
建物全体が揺らぐような凄まじい衝撃。思わず声を出せば、パペットさんは冷静にベッドからおりた。
「ああ、オールナイフ達と天守警察署の奴らが来たみたい。うちの強襲部隊はそこまでヤワじゃないと思ってたんだけどな……」
「オールさん達、来ちゃったんだ……」
私は拳を握りしめて考え込む。私が俯いている間に、パペットさんは槍を持って部屋を出ていってしまった。
「どうしよう……」
パペットさんには強気に言ったが、まだ具体的な説得方法は思いついていない。それでも動かずにはいられなくて、ベッドからおりて、部屋から出ていく。
「行かなきゃ……怖くても、私にだって何か出来ることはある!」
ただ黙って待っているだけなんて出来ない。シャドウさんを止めて、オールさん達を守る。必死に頭を回しながら、私は走り出した。
「オールさんとソリさん、どこにいるの……」
とにかく走り続けて、一先ずは下の階を目指す。ふと、窓の外を見れば、遠くの方からは煙が出ているのが見えた。
「本当に戦場になってしまったんだ……」
気合いを入れ直すと、屋敷の玄関を目指す。ドアを開けた先では、血を流すオールさんとソリさんがいた。向かい合っているシャドウさんは、かすり傷どころか、衣服に汚れすらない。駆け寄ろうとした瞬間、誰かに腕を掴まれて、近くの花壇の後ろに引き寄せられた。
「んぐっ!!」
「馬鹿、静かにしてろ……」
私を抱きしめていたのは、ウルさんだった。傷だらけのウルさんは私の口を手で塞ぎながら、シャドウさんたちの様子を伺っている。
「んんーっ!!」
「巻き込まれて死にたくないだろ。大人しくしてろ」
どれだけ暴れてもウルさんには力で勝てない。大人しく力を抜くと、彼も口を覆う手を緩めてくれた。聞き耳を立てると、ソリさんの苦しげな声が聞こえる。
「シャドウ……」
「マックスソリチュード、俺は貴様を弟だと思ったことは一度もない」
温度のない声が、容赦なくソリさんを突き放す。ウルさんの腕の中でもがいて、三人の方を見る。シャドウさんは自身の刀を見つめて、ソリさんの方を見ようともしなかった。
「俺が貴様に兄と呼ばれた時に否定しなかったのは、そちらの方が貴様をコントロールしやすくなると思ったからだ。マックスソリチュード、貴様は最初から最後まで俺にとって道具でしかなかった」
「俺は、俺は……ずっとあんたに憧れていた。あの日、拾ってもらった時から、あんたに救われたと思っていたんだ」
少し幼い話し方で、ソリさんは縋り付くようにシャドウさんを見つめている。一方で、シャドウさんはソリさんに対して、一瞥すらしなかった。
「知っていた。貴様が何を感じていたのかさえも、俺は把握していた。その上で使えない道具だと判断したのだ」
「にいさん……どうして……」
シャドウさんの言葉を聞いて、ソリさんが地面に膝をついてしまった。オールさんは歯を食いしばって、シャドウさんを睨みつけている。
「シャドウ、お前は本物のバケモノだ。あの頃から、少しも変わっていない」
「言いたいことはそれだけか。無駄な時間だ」
ナイフを投げるオールさんに、一瞬で近づいたシャドウさん。彼はオールさんのお腹を蹴り飛ばすと、迷わずソリさんの首に刀を振り下ろそうとした。
「ソリさんっ」
走り出そうとした体を、ウルさんに押さえ付けられた。もがいて必死にウルさんに訴えかける。
「離してっ、ウルさん!」
「暴れるなっ! いま近づいたら、お前まで巻き込まれるぞ!」
ウルさんは私を宥めようと声をかけてくれるけれど、今の私はソリさんのことで頭がいっぱいだった。逃げて欲しくてソリさんの顔を見た私は息を飲む。
ソリさんは——
目を閉じていた。
まるで全てを諦めてしまったような、無防備で酷く悲しい横顔が視界に入る。急激に全身の血の気が引いていくのを感じた。刃がソリさんに迫るのが、やけにゆっくりと鮮明に見えてしまう。
「ソリっ! 逃げろ!!」
必死に叫ぶオールさんの声も、今のソリさんには聞こえていないようだった。晒された首筋が、処刑を待っているように見えて、辛くてたまらない。
「やめてっ!! シャドウさんっ!!」
私は花壇から身を乗り出して、必死にシャドウさんの名前を叫んだ。




