第14話 強制遊園地
こんにちは、小雪です。シャドウさんの屋敷に来て、二日目の小雪です。スマホの壁紙が病院での集合写真なので、画面を見る度に辛くなります。
「何を見てるの?」
「わああああ!! パペットさん!?」
ベッドの上で寝転がっているところを話しかけられて、またもや絶叫してしまった。どうして、この人は扉をノックしないのだろうか。あと、鍵をかけてるのに入ってこれるのは何故なんだ。
「今日はローリングしてないんだね」
「今日の小雪はロンリネス小雪なんです」
「ふうん……」
ため息をつきながら、膝を抱える。私のスマホの壁紙を見たパペットさんは、無言で私からスマホを取り上げてきた。
「パペットさん?」
「みんなで遊園地に行こうか」
パペットさんは唐突に私の手を引いて、強引に部屋から連れ出す。
「え? いま、遊園地って言いましたか??」
「言ったよ。ウルも誘おうね」
長い廊下の前方から、ウルさんがポケットに手を突っ込んだまま歩いてくる。今日も元気なチンピラ姿で安心した。
「ウル、遊園地に行くよ」
「は? 遊園地、ですか?」
突然の事に困惑するウルさんを無視して、パペットさんは次にシャドウさんの部屋を目指すのだった。
「おい、雑魚女。どういうことだよ」
「私に聞かないでください。というか、今ってオールさん達と冷戦状態ですよね? そんな遊園地になんて行ってる場合じゃないでしょう」
鼻歌を口ずさみながら歩くパペットさん。赤い軍服の後ろ姿を見つめながら、ウルさんと声をひそめて話し合う。
「シャドウ様、よろしいでしょうか」
「入れ」
パペットさんのきちんとした敬語に、私は驚いて変な声が出そうになった。パペットさんは、話そうと思えば敬語も使えるらしい。
「シャドウ様と話してくるから待っててね。勝手にここから離れたら脚を切り落とすよ」
「絶対に動きません」
冗談か本気か分からないパペットさんの脅迫に全力で頷く。従順な姿を見せれば、彼は満足そうに微笑む。パペットさんが、シャドウさんの部屋へ入っていくのを見届ける。暇になってしまった私は、ウルさんに話しかけてみた。
「ウルさんはいつからパペットさんと会話できるようになったんですか?」
「任務で失敗した日からだな……」
ウルさんは懐かしそうに目を細める。
「ペアを組んでたヤツが、シャドウ様を裏切ろうとした。ライバルのマフィアファミリーに情報を売ろうとしたんだ。ソイツの裏切りが分かった時に、俺はその男を殺して、自害しようとした。シャドウ様のお手を煩わせる前に、自分でケリをつけたいと思ってな」
ウルさんは冷たい眼差しで、自身のハンマーを撫でる。そのハンマーで相方の人を殺したのだろうか。マフィアの世界ではよくあることなのかもしれない。
「その時だ。今まで鼻歌でしか話さなかったパペット様の口から、初めてお言葉をいただけたんだ。あの時、君には価値があると言ってくださった。あの方は俺のシャドウ様への絶対的な忠義を認めてくださった。俺にとっての一生の思い出だ」
ウルさんは胸を張って、どこか誇らしげに遠くを見つめていた。窓の外を見つめる彼の緑色の瞳は、陽の光を浴びて輝いている。
「パペット様は少し変わったお方だが、シャドウ様への忠誠は本物だ。だから、俺もパペット様のことは嫌いじゃねぇ。パペット様から話しかけてもらえることは俺の自慢なんだよ」
パペットさんは少しどころではない変人だが、ウルさんにとって彼が特別な存在であることは分かった。理屈ではないのだろう。常識がシャドウさんを批判しても、二人にとってはシャドウさんこそが絶対的な存在なのだ。
「私はシャドウさんの冷酷な部分を好きにはなれません。でも、ウルさんとパペットさんの想いを批判したりしませんよ。他人の心を批判して、好きな方向へ動かすこと。それは私が嫌う他人への支配と変わりありませんからね」
「そうかよ。雑魚女に何を言われても、俺はシャドウ様への忠義を曲げるつもりはねぇけどな!」
鼻を鳴らして、ウルさんは思いっきり顔を背けた。金髪の隙間から見えた頬は、ほんのりと赤く染まって見える。ウルさんは、顔を背けたまま黙り込んでしまう。少し微笑ましい気持ちで、私は無言の時間さえも心地よく感じていた。そうして、パペットさんとシャドウさんを待っていると、部屋の扉が開いた。
「お待たせ、ちゃんと待ってたんだね」
パペットさんが先に部屋から出てくる。彼は扉を開けた状態を維持して、シャドウさんが出てくるのを待つ。ウルさんも丁寧に頭を下げて、シャドウさんを待っていた。
「小雪、パペットから君が遊園地に行きたがっていると聞いた。貸切にしておいたから、四人で行こうか」
部屋から出てきたシャドウさんが、ふわりと柔らかく微笑んで手を差し出してくる。
「ええ!? 陰キャ音符おじさんのバカ……」
「ふふっ、暇だったでしょ?」
楽しげに笑うパペットさんを睨みつけながらも、私はシャドウさんの手を取った。シャドウさんのことをもっとよく知る良い機会だと思ったからだ。
◇
シャドウさんのお抱え運転手の車に乗って数時間、かなり大きな遊園地まで連行されてしまった。先ずは、どのアトラクションに行くかをシャドウさんと話し合う。
「小雪に選んで欲しい。俺はこういった所へ来たことがないんだ」
「うーん。実は私も遊園地は初めてなんですよね。とりあえず、ジェットコースターに乗ってみましょう!」
「わかった。君の隣に乗ろう」
シャドウさんは、にっこりと微笑む。最初のアトラクションとして、四人でジェットコースターへと向かった。座席に座ると、私以外の全員が、武器を持ったまま座っていることに気づいた。利き手で刀を持った状態のまま、シャドウさんは私の隣に座っている。
「何かシュールだ……」
「一応、警戒はしておくさ」
シャドウさんは、自身の黒いマスクに触れながら優雅に笑う。何となく後ろを向くと、ウルさんが青ざめて震えているのが見えた。その隣ではパペットさんが、いつも以上にご機嫌に鼻歌を口ずさんでいた。
「ウルさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫に決まってんだろ! 舐めんじゃねえ!」
ウルさんが噛み付くように大きな声を出す。
「ウル、声が震えているね。シャドウ様の前で、情けない姿を見せたらダメだよ」
「震えてません!」
パペットさんに顔を覗き込まれて、ウルさんが全力で顔を背ける。もう一度だけ声をかけようとした瞬間に、ジェットコースターが動き始めてしまった。頂上まで登っていく間、期待と不安で胸が高鳴る。
そして——
ジェットコースターは頂上から一気に落ちていく。
「ひゃあああ!!」
「うわあああ!!」
ウルさんと悲鳴が重なり合う。想像以上に激しい急降下の連続で、座席から降りる頃には、足が産まれたての子鹿みたいに震えていた。ふらふらとした足取りで次のアトラクションへと歩き出す。
「つ、次に行きましょう……」
「小雪。歩くのが辛いなら、俺が運ぼうか」
シャドウさんが、心配そうに眉を下げて私を見つめる。返事に迷っていると、パペットさんが少し離れたところで私たちを手招きしていた。
「どうしましたか?」
「んふふ、これを見て」
パペットさんに近づくと、彼は上の方にある巨大モニターを指さす。そこには、ジェットコースターが落下している時の、私たちの写真が大きく映し出されていた。
「シャドウさんにガン見されている……」
目を閉じて悲鳴をあげている私と、それを優しげな微笑みで見つめているシャドウさん。そして、気を失いかけているウルさんと彼の頬を指先でつついているパペットさん。あまりにも、個性が出すぎている写真に笑ってしまった。
「あははっ! ウルさん、これ気絶してませんか?」
「うるせぇ! ちゃんと目は開いてるだろうが!」
「白目むいてますよ〜!」
からかうようにモニターの写真を指さすと、ウルさんは顔を真っ赤にしていた。
「君が楽しそうで俺も嬉しい。小雪、来てよかったか?」
「はい! シャドウさん、ありがとうございます!」
にっこりと笑いかけると、シャドウさんは軽く咳払いをして目を伏せる。私はパペットさんの方にも顔を向けてお礼を伝えた。
「パペットさんも、ありがとうございます!」
「ふふっ、どういたしまして。私も面白いものが見れて良かったよ」
そう言って、彼は私にスマホを返してくれた。ロック画面の壁紙が四人のジェットコースターの写真に変えられている。ホーム画面の方を見てみると、そちらはオールさん達との病院での写真のままだった。ふと、顔をあげると、シャドウさんが柔らかく微笑んで立っている。
「まだ、決めなくても構わない。俺は待てる男だから」
「シャドウさん……」
もしかして、私とパペットさんの会話を、シャドウさんは全て把握しているのだろうか。パペットさんの方を見ると、彼はまた楽しげに鼻歌を口ずさんでいる。パペットさんがシャドウさんに報告している可能性は高そうだ。
「君の信頼には答えるさ」
シャドウさんの目元は、以前よりも穏やかに見える。彼との心の距離が数ミリだけ縮んだ気がした。




