第13話 恋を知った怪物
こんにちは、小雪です。シャドウさんとのお茶会を続行しています。不思議なことに人間は極度の緊張状態だと飲食をしても味がしないようです。
「小雪、顔色が悪いな。すまない。無能な部下のせいで、君に負担をかけてしまった」
「いえ……大丈夫です」
シャドウさんは困ったように眉を下げて、私の右手を撫でている。彼にとって部下の人を殺すのは普通のことらしい。当たり前のことだと思っているから、私の感覚が理解できなくて、怯えている理由も分からないんだろう。
「病院の襲撃は……シャドウさんの命令ですよね?」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。チラリとシャドウさんを見つめると、彼は穏やかに微笑んでいた。
「そうだ。俺は君に嘘はつきたくない。だから、全て正直に話そう」
シャドウさんは紅茶を口にすると、目を閉じて話し始める。
「バッドウルフを見舞いに行かせたのは、君とあの男の親交を深めるためだ。実際、君はバッドウルフを頼ってここへ来た。傷ついたバッドウルフを回収せずに、病院に置いておいたのも作戦だ。そして、クラムジーパペットにパーフェクトアンノウンを痛めつけさせたのも俺の命令だ。殺さない方が君には効果的だと思ったから」
感情のない事務的な話し方で、淡々と彼は告げていく。悪い事をしたという罪悪感や後悔は一切ないのだろう。薄々気づいていたけれど、やっぱり全ては彼の作戦通りだったわけだ。ティーカップを見つめるシャドウさんの目は、どこまでも無機質で何を考えているのか分からない。
「俺にとって他人は道具だ。でも、君は違う」
私の方へ顔を向けた瞬間、彼の瞳に熱が宿る。それは酷く甘くて、呪いのような重さのある言葉だった。
「俺の全てを捧げたい。君が望むならどんな男にでもなろう。永遠に仮面をつけたまま、生涯を終えても構わない。君に愛されたいんだ」
シャドウさんはマスクをつける。口元が見えなくなると、途端に彼の本心が見えにくくなった。
「ここで優しい振りをして欲しいと言えば、シャドウさんはその通りにしてくれるんでしょうね。そうして、偽りの愛の中で、あなたは幸福だと笑うのでしょう。だけど、その心にほんの少しでも傷があるなら、私はちっとも嬉しくないんですよ」
私は彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。少しでも、彼に届いて欲しいと祈りながら、シャドウさんの手を握った。
「幸福は完璧に満たせるものではないです。それでも、ほんの数ミリの傷を癒すために、お互いに与えられるものを渡す。それが愛し合うことだって私は信じています」
声はきっと震えている。彼の手を握る私の手はきっと弱々しい。
「私に愛されたいなら、自分が傷つくような愛し方をしないでください。仮面なんて必要ないですから……」
彼のつけていたマスクをそっと外す。シャドウさんは、唖然と目を見開いていた。少し開いた口元がゆっくりと和らいでいく。緩んだ口元を隠すように、彼は片手で口を覆った。
「あぁ、こんな感情は初めてだ。君と出会ってから、初めてのことばかりで……どうしたらいいのか分からない」
そう言って、彼はほんのりと目元を赤らめる。
「これから知っていきましょう。少しずつ……数ミリずつ、知っていきましょう」
「ああ、君が……教えてくれるんだな……」
口元を覆っていた手を外して、シャドウさんは私と手を重ねる。赤く染まった頬と下がった眉毛、蕩けるような甘い眼差し、それは本気の恋をした青年の笑顔だった。
「でも、病院襲撃の件は許しませんからね! そこは分かっててください!」
「ああ、分かってる。ちゃんと分かってるさ」
彼はさらに目を細めて、どこか嬉しそうに微笑んでいる。シャドウさんは全てを把握した上で、反省も後悔もしないのだろう。把握することと、理解することは違うのだ。
◇
お茶会を終えて、一人ベッドの上でくつろぐ。ベッドに置かれた羊のぬいぐるみを抱っこしてみた。
「私、おひつじ座でひつじ年なんだけど、何か関係あるのかな。もしかして、誕生日も年齢も把握されてる?」
偶然だとは思うけど、シャドウさんだから疑ってしまう。ひつじを枕元に戻して、私は気持ちを切り替える。
「よし! 考えても仕方ないよね!」
ベッドで寝転がりながら、必殺技を叫んだ。
「ローリング小雪! ローリング小雪!」
全力でキングサイズのベッドの上をコロコロと転がる。一度でいいからやってみたかった。誰もいないのをいいことに、私は全力で遊び始める。
「ふん♪ ふふん♪ 楽しそうだね」
「え!?」
前言撤回、いつの間にかパペットさんがいた。ニコニコとご機嫌な微笑みを浮かべている。あまりの恥ずかしさに、シーツに包まって身を隠した。
「何でいるんですか!? うわあああ!!」
「んふふ、面白かったよ。ローリング小雪、良いね……」
「言わないでええええ!!」
悲鳴をあげていると、パペットさんがベッドに上がってきて、私のシーツを剥ぎ取った。
「君のそういうところ、本当に面白いね。私も君のこと、好きになりそうだよ」
「陰キャ音符おじさんに好かれたくないです」
「生意気な口だね。可愛い子……」
くすくすと笑いながら、パペットさんは剥ぎ取ったシーツをもう一度被せてくる。身動きが取れないように、丁寧に体にシーツを巻かれてしまった。
「ほら、もう動けないね。まだ私に軽口が言えるの?」
「くっ! 負けませんからね! 体が動かないなら、頭突きで応戦しますから!」
「へぇ、ならこれでどう?」
体重をかけて押し倒される。至近距離で彼の青い瞳と視線が絡まった。白い髪が頬にかかって、額が合わさる。感情の読めない青い瞳が私を射抜く。
「っ……」
「いま、息を飲んだね。私に怯えたでしょ……」
手足がシーツに絡まって動けない。怖いのに身動きひとつ取れなくて、体が小刻みに震え始めた。怯えている私を見て、パペットさんは満足そうに笑っている。青い瞳にじんわりと熱が灯り始めるのを私は見逃さなかった。
「可愛いかも……このまま食べちゃいたい」
「ひっ……」
目を瞑って震えていると、パペットさんが突然私の上から退いた。そっと目を開けると、彼の顔から笑顔が消えている。
「ダメだね。シャドウ様のモノに手を出すのはダメだ」
軽く首を振って、パペットさんはため息をつく。何とか絡まったシーツから脱出して、私はベッドの上でへたり込んだ。
「結局、何しに来たんですか?」
「遊びに来ただけだよ。君は私に何か聞きたいことはないの?」
パペットさんはそう言って、私の隣に座ってきた。遊びが過激すぎるし、勝手に部屋に入ってくるのは自由すぎる。色々言いたいことはあったが、先ずは質問から始めることにした。聞きたいことと言われて、真っ先に考えたのはソリさんのことである。
「ソリさんとシャドウさん、二人の過去に何があったんですか?」
「マックスソリチュードとシャドウ様は血の繋がりのない赤の他人だよ。マックスソリチュードは勝手にシャドウ様を兄と呼んでいた。ただ、それだけ……」
「え……」
あまりのことに、言葉が出てこなくなってしまった。見た目が似ていたから、兄弟だと思っていたのに違ったんだ。
「髪型も、服装も、それに武器も……全部あの男が勝手に真似をしているだけだよ。顔立ちが違うのに、雰囲気を真似されてるせいで、勘違いされることが多いけどね」
パペットさんは呆れたようにため息をついた。冷たい眼差しで、彼は自身の髪を耳にかける。
「昔、マックスソリチュードはシャドウ様に敵勢力の生贄にされた。シャドウ様は他人を道具としか思ってないから、彼を簡単に差し出した。私もウルも、シャドウ様の冷酷な所も含めてあの方が好き」
生贄という言葉に、目を見開く。冷たい人だとは思っていた。怖い人だということも知っていた。それでも、少しくらいはソリさんに情があると、私はどこかで期待していた。声が出ない私の顔を、パペットさんは覗き込む。青い瞳が、私の心を見定めるように、冷たく光っていた。
「君はどうなの?」
「私は……」
まだ、分からなかった。シャドウさんのあの熱を持った赤い瞳を思い出すと、完全に拒絶することが出来ない。何か言わなければならないと、私は口を開いた。
「分かりません。でも、シャドウさんが私の事を本気で好きだってことは分かりました。だから、私はあの人の事をもっと知りたいです」
「知ることで嫌いになったらどうするの?」
「嫌いになっても離れません。好きになるまで、数ミリずつ話し合います。どれだけ時間がかかっても、シャドウさんは待ってくれるでしょう?」
シャドウさんなら待ってくれるだろう。そう信じられるのは、あの人の本気が伝わってきたからだ。私はシャドウさんの恋を否定しない。彼の行為は決して許されることではないけれど、同時に彼の本気の証明でもあるのだ。私の言葉にパペットさんはくすりと笑う。
「変な子……でも、私は好き……」
「嬉しくないですね」
パペットさんはふわりと柔らかく微笑むと、鼻歌を口ずさみ始めた。病院襲撃の時とは違う、穏やかな声が部屋に響く。




