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第12話 陰キャ音符おじさんとシャドウ様

翌朝、私はウルさんとタクシーに乗っていた。まだ昨夜のオールさんとのやり取りを引きずっている私は、ウルさんと会話する気にもなれない。


「おい、雑魚女! せっかくシャドウ様に会うんだぞ。もっと嬉しそうにしろ」


「はぁ……無理ですよ。ウルさんは知らないでしょうけど、色々あったんです」


ため息をついて、また肩を落とす。ウルさんに当たるのは良くないと分かっているけど、少し冷たい声になってしまった。


「お前が落ち込んでると……なんか、俺も落ち着かないんだよ。さっさと機嫌を直せ」


「ウルさん……じゃあ、なんか面白いことしてください」


「はあ!? 急になんだよ! いきなり、そんなこと言われても知らねぇよ!」


唐突な私の無茶振りに、ウルさんは驚いて声をあげる。


「面白いことって何だ……?」


一生懸命考え始めたウルさんを見て、少しだけ心が落ち着いた。きっと、根は真面目で良い人なんだろうな。


「冗談ですよ。そんなに真剣に受け取らないでください」


「なんだよ。驚かせんなよ」


ウルさんはため息をつくと、ジト目で私の方を見つめてきた。


「パペット様にも同じ態度をとれよ。俺にだけ舐めた態度だったら許さねぇぞ」


「パペットさんは三下じゃないので無理です」


「俺も三下じゃねえよ! 一応幹部候補だぞ!」


ウルさんの言葉に、私は思わず彼の顔を凝視する。


「幹部候補……パシリじゃないんだ……」


「てめぇ……舐めやがって……」

 

彼はハンマーを持つ手を震わせながら、苛立たしげに舌打ちをした。そして、ほんの小さな声で問いかける。


「ちょっと元気でたか?」


「はい。ありがとうございます」


同じように小声で返事をすると、彼は満足そうに鼻を鳴らす。感情表現が豊かなウルさんに、ほんの少しだけ救われた。


◇


しばらくしてたどり着いたのは、とんでもない豪邸だった。屋敷は白い壁に囲まれており、巨大な金色の門が開いて、タクシーは中へ入っていく。白い壁に茶色の屋根。屋根が三角形に尖ってるのが洋館って感じがしておしゃれだ。


「メイドさん?? 殺人鬼のお屋敷ですよね??」


「あ? 何ぶつくさ言ってんだよ」


タクシーが止まって、車からおりる。屋敷の前には、メイド服を着た女性たちが並んで待っていた。急に緊張してきた私は、思わずウルさんの方を見た。


「あぁ、チンピラだ。落ち着く……」


「この雑魚女っ……」


ウルさんは怒りを抑えるように深いため息をつく。そして、私の背中を軽く叩いて、屋敷の中へと強引に押し込んだ。


「広い! 綺麗! ケバい!」


「最後だけ余計だ。豪華絢爛と言え」


圧倒的な富を感じるシャンデリアや白い大理石の床。真っ赤な絨毯が目を引く、正しくお金持ちのお屋敷である。


「凄い豪華ですね〜。ここに小判を置いておけば、本物に見えるかもしれない……」

 

ウルさんと一緒に、メイド服を着た女性の後ろを着いていく。懐にある純金入り小判を衣服越しに撫でながら、私はポツリと呟いた。


「皆様、こちらのお部屋でございます。シャドウ様がお待ちしております。どうぞ、お入りくださいませ」


「案内ありがとうございます!」

 

案内役のメイドさんにお礼を伝えると、彼女は丁寧に一礼をして立ち去った。私は緊張を誤魔化すように、首を振って頬を叩く。


部屋のドアノブに手をかけた。


その瞬間——


背後から聞き覚えのある鼻歌が聞こえてきた。


「ふん♪ ふふんふん♪」


勢いよく振り返ると、パペットさんがいつの間にか、後ろから着いてきていた。


「パペット様!? 一体いつから……」


「タクシーが門を通った時からだよ。相変わらず、気配に鈍いね。メイドたちの方が鋭いんじゃない?」


「うっ……」


パペットさんの冷たい言葉に、ウルさんはショックを受けた様子で肩を落とす。というか、パペットさんは喋れたんだ。


「あの! アンノウンさんのこと、許してませんからね!」


「ふん♪ ふふん♪」


パペットさんは、私が話しかけた瞬間に、鼻歌を口ずさみ始めた。それを見て、ウルさんは私にドヤ顔を見せつけてくる。


「ふんっ! パペット様はな、気に入った相手としか話さないんだよ! 残念だったな!」


「別に、陰キャ音符おじさんに気に入られたくないです」


「陰キャ音符おじさん??」


私の言葉にウルさんは呆気にとられたような顔で固まる。鼻歌おじさんと言うと思ったでしょ。そんなありきたりな名前はつけない。彼はアンノウンさんを傷つけたので、罰としていつも以上に変なあだ名をつけたのだ。


「ふん……ふふん♪ ふん♪」


陰キャ音符おじさんは、一瞬だけ目を見開くと、ガシッと私の顔面を鷲掴みにしてきた。ギリギリと凄まじい勢いで、締め上げられて悲鳴が出てしまう。


「ぐあああ!! 潰れる!! 粘土みたいに手形をつけられる!!」


「パペット様! そこまでにしておいてください!」


慌てて止めに入るウルさんを無視して、陰キャ音符おじさんはギリギリと私の顔面を掴み続けていた。


「ふふん♪ ふん♪」

 

しばらくして、彼は私から手を離した。そして、また楽しそうに鼻歌を口ずさみ始める。


「ねえ、ウルさん。私の顔面の形、変わってないですか? こねくり回された粘土みたいになってないですか?」


「安心しろ。前より良くなった」


「どういうことですか!? やっぱり私の顔の形、変わっちゃったんですか??」


ウルさんの方を全力で揺さぶると、陰キャ音符おじさんがくすくすと笑い始めた。


「んふふ。やっぱり、君は面白いね……」


「話さないでください。一生鼻歌でお願いします」


パペットさんに気に入られても、一ミリも嬉しくないのだ。アンノウンさんに酷いことをした彼を、私は絶対に許すことはないのだから。


「ふぅ、いい加減に部屋に入るぞ。シャドウ様をいつまで待たせる気だ」


「いや、100%とそちらの陰キャ音符おじさんが悪いですよね」


ニコニコと微笑んでいるパペットさんを私は睨みつける。その間に、ウルさんはシャドウさんの部屋をノックした。


「小雪だけ入っておいで」


部屋の中から聞こえてきた声に、心臓がうるさいくらいに跳ねる。不安でウルさんの方を見ると、彼は顎で部屋の中へ入るように示す。


「失礼します……」


か細い声を出しながら、ゆっくりとドアを開けて、私は室内へと入った。


「え!? なにこれ、可愛い!!」

 

部屋の中は淡い桃色と白色で統一された可愛らしい部屋だった。高級そうな家具と、羊やうさぎのぬいぐるみが飾られている。白いテーブルにはティーセットが置かれており、椅子に座っているシャドウさんは黒いコートを脱いでいた。黒いシャツに赤いネクタイを締めた姿で、いつもの黒いマスクも外している。


「気に入ってくれたか? 君のために用意した部屋だ。さあ、座って」


「あ、はい……」


恐る恐る彼の向かいの椅子に座る。シャドウさんは紅茶を入れて、私の方へ差し出してくれた。


「俺の部下と随分と仲良くなったみたいだ。君がこの屋敷に馴染んでくれたみたいで嬉しいな」


「…………」


「小雪、君が俺を選んでくれて本当に嬉しい。君の選択を後悔はさせないさ」


ふんわりと穏やかに微笑むシャドウさん。オールさん達が、シャドウさんは演技をしていると言っていたのを思い出した。彼の口調は自然なものに見えるけど、どうなんだろうか。


「小雪、何を考えているんだ? もっと君の事を聞かせてくれ」


机の上に置いていた手を、シャドウさんが握ってきた。ごく自然な動きで、恋人みたいに指を絡めてくる。


「私がここに居たら、他の人達に手を出しませんよね?」


「ああ、約束しよう。俺は手を出さない。彼らの方から仕掛けてきたら、話は別だが……」


シャドウさんは身を乗りだして、顔を近づけてくる。ほんのりと頬が赤く染っているように見えた。


「俺は君が好きだ。あの日、路地裏で一目惚れしてしまったんだ。君だけは永遠に特別だ。俺の人生でたった一度きりの本気の恋。俺のことは信じなくていい。だが、この恋だけは否定しないでくれ」


握られた右手にそっとキスをされる。切なげに下がった眉毛も、熱を帯びた瞳も、全て本物だった。演技でも嘘でもない。本気の告白だった。


「えっと……返事はまだ出来ないです。頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいのか分からないです」


「構わないさ。ゆっくりで良い。これからいくらでも時間はあるのだから」


シャドウさんはそっと手を離して、紅茶に口をつける。彼の仕草は全て、完璧に整っているように見えた。


「申し訳ございません! シャドウ様、至急お話があります!!」


「はぁ、ティータイムの邪魔が入った。すまない、少しだけ待っていてくれ」


シャドウさんは立ち上がって、部屋から出ていった。私は彼の本性を見れる気がして、好奇心のままにドアを少し開く。聞き耳を立てると話し声が聞こえてきた。


「しゃ、どう、さま……」


真っ黒なポニーテールを一瞬だけ揺らして、彼は一閃で部下の男性の首をはねた。そして、近くにいたメイドさんに冷徹に言い放つ。


「片付けろ……俺と小雪の時間を遮るな」


その話し方は、ソリさんと似ている気がした。

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