第六話『脅迫の解像度』
「……検察官、証人に対する主尋問を継続しますか。それとも弁護人の反対尋問へ移りますか」
私の問いかけに、検察官は額の汗を拭いながら、消え入るような声で「反対尋問へ……」と告げて席に戻った。
自ら呼び出した小鳥の証言によって、被害者ホレ氏による『組織的な退路遮断工作』という最悪の容疑が浮上したのだ。検察側の動揺は計り知れない。
私は弁護席へ視線を向けた。
「弁護人、反対尋問を許可します」
「はい」
弁護人が毅然とした態度で起立し、証言台の上の小鳥――『森のアオジ』の前へと歩み出た。法廷の誰もが、弁護人がこのまま魔女の罪を決定づけるトドメの尋問を行うものと確信していた。
弁護人:
「証人アオジ。今のあなたの証言は極めて重大です。被害者ホレ氏の使い魔である大カラスたちが、あなた方を脅迫し、意図的にパン屑を片付けさせた。……では、その際の大カラスたちの『正確な発言内容』を、通訳官を介してもう一度詳しく教えてください」
小鳥が止まり木の上で小さく跳ね、さえずる。
通訳官:
「『大カラスたちは、上空からものすごい大声で、何度も何度も“そのパンを今すぐ片付けろ! 急げ!”と鳴き喚いたのです。逆らったら巣を壊されると思って、本当に生きた心地がしませんでした』」
弁護人は手元の資料をめくり、ふと動きを止めた。
弁護人:
「“そのパンを今すぐ片付けろ、急げ”……。証人、大カラスたちが口にしたのは、本当にその言葉だけですか? 先ほどあなたが言った『逆らったら雛を食い殺す』という具体的な脅迫文句は、大カラスたちの口から直接発せられたものですか?」
「チ、チチッ?」
小鳥が当惑したように首を傾げた。さえずりのトーンが少し低くなる。
通訳官:
「『それは……直接そう言われたわけではありません。ですが、あんなに大きくて不気味な黒い鳥が、上空から怒鳴るように命令してきたのです。僕たちのような小さな鳥からすれば、そんな大声で脅されたら、逆らえば雛を食べられると思うのは当然です……』」
法廷の空気が、わずかに動いた。
(裁判官の心の声):
「……なるほど。大カラスたちが発した客観的な言葉は『パンを片付けろ』という指示のみ。後半の残虐な脅迫内容は、大カラスの身体的威圧感によって、小鳥たちが極限の恐怖心から生み出した『主観的な解釈』――すなわち、被害妄想の類であった可能性があるな」
私は検察官を見た。検察官もその論理の糸口に気づき、顔色を取り戻して鋭く立ち上がった。
検察官:
「裁判長! 被害者の使い魔である大カラスたちの『真意』を立証するため、捜査段階で押収された【被害者宅の魔法通信鏡の音声記録(甲第18号証)】の緊急再生を求めます!」
裁判官:
「許可します。書記官、再生してください」
法廷の魔術投影機から、当時のホレ氏と大カラスたちの音声が流れ出す。ひび割れた老婦人の声だった。
『……ああ、大カラスたちや。大変だよ、森の入り口の方から、小さな子供たちの泣き声が聞こえる……。この飢饉の最中だ、きっと親に捨てられて迷子になったんだねえ。危ないから、あの子たちが無事にここまで来られるように、安全な道を作っておやり……。夜の森の野生動物にパン屑を横取りされて、足跡を見失ったら大変だからね。小鳥たちにも手伝ってもらって、道を綺麗に掃除しておくんだよ……』
ガサガサというノイズと共に、大カラスたちの「カァ、カァ」という不器用な、しかし忠実な鳴き声が響き、音声が途切れた。
静寂が、法廷を支配する。
傍聴席の新聞記者:
「(ペンを止めて目を見開く)……何てことだ。魔女は子供たちを閉じ込めるためじゃなく、野生動物から足跡を守り、自分の家へ『安全に誘導するため』にカラスを遣わしたのか!」
傍聴席の一般市民:
「でも、あのカラスたちの声、確かに不気味で怖いよな。小鳥たちが『怒鳴られた、雛を食べられる』って勘違いしちまったのも無理はないよ……」
裁判官は手元の資料にペンで厳かに斜線を引いた。
(裁判官の心の声):
「目が不自由な老婦人の、子供を救おうとした不器用な善意。しかし、その使者である大カラスたちの威圧的な見た目とだみ声が、小さな小鳥たちに『拉致工作の脅迫』という最悪の誤解を与えてしまった。小鳥たちも目印だとは知らず、ただ怖くてパンを食べただけだったのだ。……悪意はどこにもない。あるのは、見た目の恐怖が引き起こした、あまりにも悲しい被害妄想の連鎖だ」
私は証言台の小鳥を見つめた。
裁判官:
「証人『森のアオジ』、および通訳官。あなた方の証言は十分に精査されました。退庭を許可します」
小鳥が静かに羽ばたき、通訳官と共に法廷を去っていく。
魔女による『退路遮断工作』という疑惑は晴れた。しかし、依然としてあの家には、人間を閉じ込めるための「鉄格子の檻」が存在するという物理的事実が残っている。
私は正面を見据え、木槌を一度、厳かに鳴らした。
裁判官:
「これより本廷は、事件のもう一つの重大な物理的証拠――被害者宅に設置された『鉄格子の檻』、および『竈の構造検証』へと審理を移します」
天秤は再び、混沌とした真実の闇の中へと揺れ動いていく。




