第五話『翼ある目撃者』
「これより、検察側が新たに請求した補強証拠についての審理を行います。検察官、説明を」
裁判長である私は、法廷の熱を落ち着かせるように静かに告げた。
前回の尋問で、弁護人は「檻の構造の異常性」を執拗に攻め立て、被害者ホレ氏を完全に沈黙させた。法廷の空気は「魔女=児童監禁誘拐犯」という最悪の心証へと傾きつつある。この窮地を、検察側がどう巻き返すか。
検察官が起立し、一枚の召喚状を掲げた。
検察官:
「検察側は、被告人両名が二度目に森へ遺棄された際、なぜ一度目のように自力で生還できなかったのか――その『退路の断絶』に関する、現場の直接の目撃者を証人として請求いたします」
弁護人がすかさず怪訝な表情で立ち上がる。
弁護人:
「異議があります。当時の現場は夜間の森林地帯、それも人里離れた奥地です。親たちが子供を置き去りにして去った後、現場に他の人間がいたという記録は捜査報告書(甲第3号証)にも存在しません。存在しない目撃者の請求は却下されるべきです」
検察官は冷徹な笑みを浮かべ、弁護人を見据えた。
検察官:
「人間だとは一言も言っていません。……裁判長、おとぎ国刑事訴訟法第104条に基づき、言語通訳官を介した『森の野生動物』の証人尋問の許可を求めます」
法廷内が、一瞬にしてざわめきに包まれた。
傍聴席の新聞記者:
「(身を乗り出して手帳を開く)……動物の証人尋問か! おとぎ国の法廷ならではの手続きだが、滅多に使われない異例の手段だぞ。検察は何を喋らせるつもりだ?」
傍聴席の一般市民:
「小鳥か獣か分からないが、夜の森で子供たちの動きを見ていた者がいるっていうのかい?」
私は木槌をトントンと二度叩き、法廷を制した。
裁判官:
「静粛に。……弁護人の異議を却下します。本廷は、言語通訳官の立ち合いの元、検察側請求の証人、通称『森のアオジ』の入廷を許可します」
弁護人は不服そうに眉をひそめながらも、一礼して着席した。
法廷の扉が開き、公認の動物言語通訳官が、小さな木製の止まり木を手に持って入廷してきた。
その止まり木の上には、一羽の小さな、緑がかった黄色い小鳥――アオジが静かに止まっている。
通訳官が証言台の前に止まり木を設置し、裁判長である私に向かって一礼した。
通訳官:
「これより、証人『森のアオジ』の宣誓および通訳業務を開始します」
小鳥が「チッ、チッ」と短くさえずる。通訳官がそれを厳かに翻訳した。
通訳官:
「『私は良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、また何事も付け加えないことを誓います』」
カチリ、と法廷全体の空気が切り替わる。小鳥であっても、宣誓を終えれば法律上の「証人」だ。虚偽の通訳や、証拠能力のない発言は許されない。
私は検察席へ頷いた。
裁判官:
「検察官、主尋問を始めてください」
検察官:
「はい。……証人、あなたにお伺いします。事件の数日前、あなたとその仲間たちは、森の奥深くへと歩いていく被告人ヘンゼル・フォン・アウエルバッハ、および被告人グレーテル・フォン・アウエルバッハの姿を目撃しましたね。その際、兄であるヘンゼルが、道中に点々と『パン屑』を落としていた様子を見ていましたか」
小鳥が首を傾げながら、数回さえずった。
通訳官:
「『はい、見ていました。男の子がポケットから何かを細かくちぎって、地面に落としながら歩いていました』」
検察官:
「では、ここからが本題です。ヘンゼルが落としたそのパン屑は、その後どうなりましたか。あなた方が全て食べてしまったというのは間違いありませんね」
「チチチッ、チチチチッ!」
小鳥が羽を少し広げ、激しくさえずり始めた。その声のトーンの変化に、法廷内の全員が息を呑む。
通訳官:
「『はい、私たちが全て食べ尽くしました。……ですが、それは、あの恐ろしい黒衣の老婦人――被害者ホレ氏の使い魔である“大カラス”たちに命令されたからなのです!』」
「なっ……!?」
検察官の顔から血の気が引いた。
弁護人が弾かれたように椅子を蹴って立ち上がる。
通訳官:
「『大カラスたちは、上空から私たちを監視し、“地面のパン屑をひとかけらも残さず今すぐ片付けろ。さもなければお前たちの巣を壊し、雛を食い殺す”と脅迫してきたのです。私たちは怖くて、必死になってパン屑を食べました。子供たちが二度と村へ帰れないように、退路を完全に断つために、あの魔女の命令でやらされたのです!』」
法廷全体が、今日一番の衝撃に揺れ動いた。
傍聴席の一般市民:
「……おい! 魔女の命令だったって言ったぞ!」
「パンが自然に消えたんじゃない、お婆さんがカラスを使って、意図的に子供たちを森に閉じ込めたんだ!」
傍聴席の新聞記者:
「(凄まじい勢いでペンを走らせる)大逆転だ! 検察が自ら呼び出した証人が、被害者魔女ホレ氏の致命的な『組織的誘導工作』を暴露した! 檻の存在、お菓子の家の匂い、そしてカラスを使った退路の遮断。全てのピースが『拉致監禁目的の罠』として完全に繋がったぞ!」
検察官は激しく動揺し、書類を持つ手が震えている。
「い、異議……! 裁判長、今の証言は……!」
私は右手を静かに上げ、検察官の発言を冷徹に制した。
(裁判官の心の声):
「検察が被告人たちの計画性を補強するために呼んだ証人が、皮肉にも、被害者魔女ホレ氏の『徹底的な監禁工作』を証明する決定打となった。……天秤は、完全に子供たちの『生命の危機による防衛』へと傾いた。……だが、これほど狡猾に子供たちを追い詰めた魔女が、なぜ最後はこれほど無防備に、子供たちの反撃を許したのか。この矛盾した『邪悪さ』と『無防備さ』の同居は一体何を意味する?」
私は証言台の小鳥と通訳官を見据えた。
裁判官:
「検察官、主尋問を継続しますか。それとも弁護人の反対尋問へ移りますか」
法廷の風向きが、完全に、そして残酷なまでにひっくり返ろうとしていた。




